苦手な事って、頭が働かなくなるものです
「へ?」
不思議そうな顔で固まった桜宮を申し訳ない気持ちで見つめる。
朝からこんな変な話されたら、混乱もするだろう。
気持ちは分かるのだが、俺だってこんな話、会ったらすぐ言うとか決めとかないと、言いづらいのである。
なんでこんな事になったのか、それは昨日の生徒会業務での話が原因だ。
混乱している桜宮に、昨日の事をかいつまんで説明しだした。
放課後、今日もいつものように生徒会業務で、皆して生徒会室で作業をしていた。
学園祭準備が始まってしまったので、いつもより仕事が多い。
先生への確認無しにやれる作業を片付けていると、ドアがノックされて、待っていた人物が入って来た。
「遅れて悪いな。昨日の会議の結論目を通して、他の先生の確認いるやつは話聞いてきたぞ」
生徒会顧問の紫田先生だ。
生徒会の結論の確認や生徒会役員と他の先生方の仲立ちみたいなことをやってくれているが、仕事が多そうだ。
今年はウチのクラスの担任もやってるというのに気の毒である。
因みに本人に聞いたら、学園理事の親戚という事で、早くばりばり仕事こなしてそれなりの立場になることを期待されているらしい。
そう言えば、去年から仕事多そうだった。下っ端で押しつけられてると言う訳では無かったらしい。
本人の望みとは言え、家関連の職場というのはしがらみが多くて大変そうである。
まあ、この話は貴成にも言えるんだが。大グループの御曹司は案外キツそうだ。
「紫田センセ、待ってた。会計関係の書類、こっちに頂戴~!」
「委員会や部活顧問の先生方の確認、どうなりました?」
「落ち着け。順番に説明するから。……んじゃ、最初に予算系の話だが」
昨日纏まった話がどうなったのか順々に説明されていく。
大半の話は昨日の会議の方針で大丈夫そうだが、ちょくちょく考え直しな部分もあった。
まあ、全部が上手くいくわけないから想定の範囲内だ。
「あ、そうそうフォークダンスの案だけど、良いんじゃないかだってさ。だけど、一つだけ。お前等もちゃんと参加しろよ。一曲は強制参加な」
「は?」
その言葉に思わず固まった。
昨日、黄原も言って即座に貴成に却下された案だけど、まさか紫田先生からも言われるとは。
「え、何でです? 参加すると貴成とか絶対面倒くさいことになりますよ」
「だろうな。絶対、目の色変える女子が多いだろうな。赤羽だけじゃ無くて、ここにいる奴ら殆どそうだろ。ウチの学園でもかなりの家柄で有能な奴らの集まりだ。そんな奴らが参加せず、横で仕事してる中、フォークダンスだろ。そっち気にして、控える女子も多いと思うぞ。特に赤羽狙いの上流階級のお嬢様方は。盛り上がりに欠けるだろ。やるなら、きっちり餌になって盛り上げろ」
「……絶対にやらなきゃいけないイベントでもないですよね」
貴成が嫌そうな顔でそう言った。
それに紫田先生は何でもなさそうな顔で頷いて続ける。
「そうだな。だけど、生徒会だけの会議とはいえ、生徒からの要望に一度はやってもいいと結論を出して、教師への確認の項目にも入れたんだ。教師の間でやるという話はそれなりに広まっているし、知ってる生徒もいるだろうな。生徒会の仕事がどういう理念で、こんな風なシステムになってるのか考えて、個人の感情だけで撤回するかどうか考えろよ。言っておくけど、上手くいけば確実に盛り上がるし、やる分には他に問題は一切無いからな」
将来、上に立つものとして。
その理念を暗に伝えられ、貴成がぐっと詰まった。
確かに、会社とかで考えると、一度は上層部の会議で出した結論を、社長の感情でいきなり撤回とか面倒すぎるな。
「あと、折角の機会だ。赤羽はもう少し女子に慣れといた方が良いだろ。お節介かもしれないが、そのままだと将来に差し障りがあるぞ」
「……いえ。俺が軽率でした。お気遣い感謝します」
真面目な顔で貴成が頭を下げる。
珍しく、少し落ち込んだような雰囲気だ。
その空気を和らげるように黄原が明るい声を出した。
「ほら、やっぱり俺の提案で良かったじゃん! ふふん、流石俺!」
黄原のどや顔にクスクス笑って白崎も口を開く。
「そうですね。流石、黄原です。折角ですし、僕たちも楽しみましょうか」
「……はい。……俺も、頑張ります……」
引っ込み思案で貴成と同じく嫌そうにしていた青木も、ぐっと手を握っている。
そんな微笑ましい光景の中、俺は空気を壊すのを自覚しながらもそっと手を上げた。
「……あの、その理論だと、俺、関係ないですよね」
周りの視線が俺に集まった。貴成に至っては呆れた顔をしている。
「いや、そうだが。他のメンバー皆参加するなら、参加しとけよ」
「……俺、ダンスとか本気で苦手なんですけど」
「は? お前、運動神経良いし、大丈夫だろ。フォークダンスとか、簡単でちょっとやれば普通に踊れるようなやつしかないぞ」
「それでも、出来ないヤツがこの世の中にはいるんですよ! 絶対、俺、居なくても関係ないし、俺参加しても流れが乱れるだけなんで!」
怪訝な顔な紫田先生には悪いが、……割と本気で嫌なのだが。
中学の授業でも同じ事言われたけど、出来なかったよ。
ぶつかるわ、足踏むわ、俺と組んだ子に死ぬほど申し訳無かったんだけど!
つーか、音感、リズム感に関しては前世から壊滅状態なんだよ。今世では治るかなと思って、努力したこともあったけど、死んでも治らなかったんだぞ、これ。日常生活において、基本的には支障が出ないし、いいかと思って見ないようにすることにしてたんだよ。
俺の必死な顔に黄原と白崎は苦笑だし、青木は不思議そうな顔をしている。
貴成がガシッと俺の肩を掴んで言った。
「正彦、自分だけ逃げるな。俺だって、女子苦手なんだぞ」
「……それは、そうだけどさぁ。本気で駄目なの、お前だって知ってるだろ。どうしろと、あの体たらくで!」
「それは……」
付き合いが長いだけあって、俺の醜態も全部知ってる貴成が詰まった。
うん、何でこうなるんだって、本気でどん引きしてくれたもんね、お前! 何度も!
そんなやり取りをしていたら、白崎がにこやかにこう言った。
「なら、桜宮に練習に付き合ってもらうようにお願いしては? 今日、誘ってましたから、篠山と踊るのが嫌というのは絶対無いわけですし。桜宮なら、お願いしたら断らないと思いますよ」
「え」
予想外の一言に固まる。
黄原もやけに楽しそうにその言葉に同意する。
「あ、良い考え! 流石、白っち、頭良い!」
「いや、それは流石に桜宮に迷惑だろ」
「別に大丈夫じゃないか? 誘ってくれてたんだろ。踊るの嫌なら絶対誘わねえよ。つーか、一度頼んでみて、断られたらその時考えればいいだろ。お前もいつも通りに空気読め。ちゃんと頼んでおくようにな。んじゃ、次の話に移るぞ」
紫田先生がそう言って、サクッと次の話題に移り、未だに混乱する俺を残して皆は会議に戻っていった。
昨日の事を思いだして、憂鬱な気分になりながらの説明に、桜宮はようやく納得した顔をした。
「そっかぁ。確かに生徒会メンバー参加すれば、絶対盛り上がりそうだもんね」
「……うん、紫田先生の言ってること、絶対間違ってないんだよな」
それだけに俺がそういった関係に超絶苦手意識があるのが申し訳無い。
それに、皆軽く桜宮に頼めばと言ってくれるが、俺の駄目駄目さを考えると、大分長いこと桜宮を練習に付き合わせることになってしまう。
桜宮には好きな人がいるのに、それはちょっとな。
ちょっとでも嫌そうな顔したら、頼むのは諦めて、一人で練習しよう。
……まあ、俺のリズム感だと個人練習にどれほどの意味があるのかは謎だが。
つーか、そこまで練習しても、他のメンバーはともかく俺が参加する意味、あんまり無いだよなあ。
マジで、辛い。
自分の駄目さをクラスの女の子に伝える恥ずかしさを抑えて、説明を続ける。
「ぶっちゃけ、俺のリズム感が本当に酷いから、結構長い間付き合わせることになると思う。放課後は生徒会の業務もあるから、昼休みとかにやんなきゃいけなくなるし。それにやっぱり、俺と頻繁に手繋ぐし、距離も近い。桜宮にとってデメリットばっかりだから、断ってくれて、全然、構わな…」
「えっ、やるよ!」
俺の言葉を遮って、声を上げた桜宮にちょっとびっくりする。
言いづらさから視線を逸らしていたけど、桜宮の顔は想像したように困った顔になっていなかった。
むしろ、やる気がありそうな顔になっている。
「よく勉強とか教えて貰ってるし、お菓子も味見して貰ってるし。だから、日頃のお礼って言うか。やる! 全然、何日でも付き合うから!」
何故か必死さを感じさせる桜宮の言葉に俺は思わず、頷いていた。
「あ、ああ、じゃあ、よろしく?」
「うん! こっちこそよろしく!」
桜宮はそう返して、嬉しそうに笑った。
その笑顔が結構可愛いことで、混乱しきった頭が更にこんがらがる。
そんな中、チャイムの音が響いて、桜宮が慌てた感じで動き出す。
「あ、チャイム鳴っちゃった。じゃ、またね、正彦君」
「え、ああ、また」
席に着いて、成瀬先生が入って来て、話をしているのに全然頭に入ってこない。
「……え?」
なんだか俺自身よく分からないまま、物事が進んでいってしまったようだ。
本編読んで、こんなにリズム感無いヤツいるのって思った人。
作者が本気でこのタイプです。
むしろリズムって何状態です。
音楽もダンスも大嫌いでした。
以上!