学園祭は如何にもイベントフラグな行事です
前半、篠山君目線。後半、桜宮ちゃん目線です。
7月の初め。もう立派に夏になって来た。ウチの学園の夏休みは7月22日からだから、一学期も大分終わりに近づいてきた。
そんな季節の放課後、生徒会会議の日。生徒会室の真ん中で、貴成がドサッと書類の束を置いた。
皆がそれを何とも言えない気分で見守る中、淡々と話し出す。
「さて、夏休みも近づいてくるという事は、学園祭準備も始まる。全員、暫く、修羅場と思え」
その言葉に正直、うへえと思いながら、一番上の業務内容一覧の書類に目を通した。
各クラスや部活動の出し物の確認、各委員会への仕事の割り振り、備品の確認、発注作業、もめ事やトラブルの対処……等々。
やることが多すぎて、既にウンザリだ。
そう言えば引き継ぎの時に前生徒会メンバーも、学園祭は大変だから頑張れよとか言ってたな。
去年も去年で黒瀬の事で大変だったのに、今年は生徒会業務で大変らしい。
ため息を吐きながら、今日の議題である学園祭の改善、改良案と書かれたホワイトボードを見上げた。
「まず、今日の議題だ。去年の文化祭後のアンケートで出た問題の改善、イベントの改良を行えないか話し合っていく。アンケートは去年の先輩方がやってくれていたのを、白崎が更に纏めてくれた。青木、記録をよろしく頼む」
「……はい」
各々がアンケートの纏めに目を通していく。
流石、白崎が纏めただけあって、問題の原因や関連する事柄が分かりやすい。
まず、音響設備の老化や、屋台の数などの備品に関する問題を、黄原が予算を確認しながら、俺が発注するものを控えるという形で進めていく。
後で、過去使ってた業者の評判と、他の業者でより良さそうな所を探してみて、発注作業に入っていこう。発注数も物の確認を行って詰めていかなきゃな。
金銭面の話が纏まると、次は委員会の仕事の割り振りトラブルなどの話だ。
去年のことを思い出しながら、暫定の改善案を出していく。
これは委員会会議でもう一回話し合う必要があると決まった。
面倒くさい内容を全員で意見を出し合いながら纏めていく。
これは確かに、仕事をちゃんとやるヤツが生徒会じゃないとキツいわ。
今回のメンバー、全員頼りになるやつでマジ良かった。
「次に後夜祭の改良案。キャンプファイヤーの時に、フォークダンスを取り入れないかと言う案だな。これはダンス部を中心に何人かから出ている」
難しい話が続いた中、割と平和な話題に黄原が明るい声を出した。
「へえ、良いじゃん! フォークダンスって、手繋いでくるくる回るダンスだよね。折角のキャンプファイヤーだしね~、青春って感じ!」
「そうですね。自由参加の形で、曲を何曲か流す時間を取るだけなら手間も増えませんし。それと、簡単なフォークダンスの振り付けを事前に周知させておくためにプログラムにそのページを増やすくらいですか」
「…はい。…盛り上がると思いますし、良いと思います」
「じゃあ、これは可決の方向で行くか」
「了解。後で先生の許可取って大丈夫だったら、後夜祭のプログラムに盛り込んどくか」
割ととんとん拍子で決まったそれを、先生に伝えることの内容に控える。
……それにしてもフォークダンスか、如何にも乙女ゲームのイベントっぽいな、これ。
多分、桜宮は生徒会の誰かと踊るんだろう。
そんな事を考えていると、黄原が何かを思いついたように、あっと声をあげた。
「ねえねえ! もしも盛り上がらなかったら、あれだし、生徒会メンバーも一曲は踊ることにしない?」
その言葉にげほっとむせた。
生徒会メンバー、……え、ヤバい。俺にも飛び火が来た!?
「えっと、後夜祭当日なんて絶対忙しいし、止めとかないか?」
「一曲くらい大丈夫でしょ~」
「いや、彼女もいないし、相手がいないんだが?」
「え~、篠やんだって、クラスに仲良い女子くらいいるじゃん。桜ちゃんに頼めば、多分大丈夫だよ、ねっ!」
いや、桜宮は確実に無理だろ。好きなやつ誘うだろ。
つーか、俺の場合、それ以前の問題なんだけど!
思わず貴成に視線で助けを求めると、ため息を吐きつつ、口を開いた。
「それは却下だ。絶対、面倒くさくなる」
貴成のその言葉に、盛り上がってた黄原があーっという顔で黙った。
うん、貴成普段からヤバめにモテてるのに、そんなのやったら、ペアになりたい女子が殺到するよな。
つーか、ウチの生徒会メンバー、俺以外は絶対皆モテてめんどくさくなる。
一曲じゃ終んねえ。
白崎が苦笑しながら、口を開く。
「そうですね。まあ、ごく普通に、参加したいなら、仲が良い方と参加するという形で良いでしょう」
「…はい。……俺もそっちの方が」
引っ込み思案な青木が必死に頷いて、同意する。
「そだね。ごめん、ちょっとテンションが上がっちゃって」
「いや、次の話に移るか」
そうして、会議は流れていった。
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「わあ、フォークダンス?」
生徒会会議だからと手伝いを断られた次の日、黄原君が教えてくれたのは今年からフォークダンスをキャンプファイヤーの時にやるという情報だった。
うん、乙女ゲームのイベントでもあったよね。一番、好感度の高い攻略対象者と踊れるやつ。
そう言えば、去年は色々とあって忘れてたけど、無かったなあ。今年からだったんだ。
「そーそー、昨日の会議で今年はやろっかて感じで話が纏まってさ。桜ちゃん、篠やんに早い内に踊ろうって誘ってみたら? どうせ、めちゃくちゃ鈍い上に、変に気を回しちゃうから、直前に誘うとか無理ゲーになるでしょ」
「そうだね! ありがとう!」
黄原君の言葉に大きく頷く。
流石黄原君、お祭りの時も思ったけど、要所要所で空気が読める!
それじゃ、頑張れ~! と手を振って、席に戻った黄原君を見送って、私も席に着く。
それにしてもフォークダンスかあ……。結構、近いし、手も繋ぐよね、あれ。
うう、絶対、緊張する。
……でも、正彦君と踊れたら絶対楽しいよね。
うん、頑張って、誘おう。絶対、アプローチにもなるし。
前に茜坂先生に教えてもらって手首につけるようにした香水の香りで心を落ち着かせて、よしっと覚悟を決めた。
昼休み、授業が終わった後、生徒会メンバー達と私の友人達でお昼を食べる流れになった。
黄原君と夕美ちゃんは幼なじみだし、私の気持ちは周りは皆知ってるから、よくこんな感じになるけど、良いチャンスだ。
屋上に上がって、皆でお昼を取り出したときに、勇気を出してその話題を振ってみる。
「そう言えば、今年からキャンプファイヤーの時にフォークダンスするんだよね」
ちょっとびっくりした顔で正彦君が頷く。
「話が早いな。その方向で話が進んでるぞ」
「あ、そうなんだ? 確かに盛り上がりそうだよね。風紀の巡回、どうなるんだろ」
「それは楽しそうですね」
凜ちゃんは冷静に委員会の仕事内容を、麗ちゃんはキラキラした目で感想を呟く。
凜ちゃんは普段明るいのに、偶に滅茶苦茶クールだし、麗ちゃんは普段お淑やかでクールな感じなのに、偶にすっごく可愛いのはちょっとギャップである。
でも、その会話で緊張がちょっと薄れた。
「うん、楽しそうだよね。……その、正彦君。大分先の話になるけど、当日、よ、良かったら一緒に踊らない?」
なるべく自然に、誘ってみる。
どうせ一回じゃ無理な気がするから、粘るの前提だ。
でも、やっぱり大分恥ずかしい。
多分、いつも通り全然気付いてないだろう正彦君の顔をそろっと見て、固まった。
いつものさらっと流す時の顔じゃなくて、大分困った顔をしていた。
え…、嘘…、め、迷惑だったのかな。
その顔にじわっと涙が浮かびそうになった時、赤羽君が冷静な顔で呟いた。
「桜宮、正彦踊るの苦手だぞ」
「…え?」
「音感、リズム感、一切無いんだ、昔から。音楽の成績は大抵最悪だったし、体育でダンスがあった時だけは評価下がってたぞ」
「えっ、そうなの!?」
黄原君が驚いた声を上げた。白崎君もびっくりした顔をしている。
「だから、コイツ、カラオケだけは誘っても来ないだろ」
「…あ~、そう言えば、カラオケは避けてたね~」
「そうですね。基本的に他の所に誘導してましたね、そう言えば」
「っだぁー!! バラすな、貴成! 別に良いじゃん、音痴だって人権があるんだよ!」
真っ赤になった正彦君がそう叫んだ。見た事ないくらいに慌てているのを見ると、どうやら事実らしい。
不思議そうな黄原君が口を開く。
「え、でもフォークダンスとかめっちゃ簡単じゃん。篠やんならちょっと練習すれば、大丈夫じゃない? 運動神経良いじゃん」
「……中学の時、授業でやったけど、リズムがどうしても合わないから、ペアの足踏みまくるんだよ。動きは分かるけど、音楽に合わせられないんだって」
「そ、そうなんだ。ごめん」
中学の時を思い出したのか落ち込んだトーンでの返事に、黄原君が謝っている。
これはどうやら本気で苦手らしい。
「だから、悪いな、桜宮。俺、ダンスとかはちょっと。絶対迷惑掛けるだけだから、他のヤツ誘えよ。桜宮なら、絶対大丈夫だから」
恥ずかしそうにしつつも、相変わらずちょっと勘違いが混じる返事にくすりと笑う。
……でも、そっか。私と踊らないんじゃなくて、本人が苦手で駄目なのかあ。
大分、結構、残念だけど苦手で嫌なのに誘うのは駄目だよね。
黄原君がごめんと手振りで言ってくるのが分かるが、まあ知らなかったならしょうが無い。
それに珍しく恥ずかしそうな正彦君を見れたから、いっか。
何でも出来ると思ってたけど、やっぱり苦手なものもあるよね。
ちょっと微笑ましい気分になりつつ、お弁当の続きを食べた。
次の日、学校に着いていつも通り鞄から教科書を出していると、正彦君が登校してきた。
「……あー、はよ、桜宮」
「うん、お早う、正彦君!」
正彦君からの挨拶に嬉しい気分になりながら、返事を返した所で。
ふと、正彦君がなんだか微妙な顔をしているのが分かった。
な、何かやらかしたかな。昨日は恥ずかしそうな正彦君が可愛かったけど、普通だったはずだ。
放課後は用事があったから、生徒会の手伝いはせずに帰ったけど、もしかして私、すっごいミスしてて、もう来ないで欲しいとか…?
「その、…桜宮」
「はい!」
何をしたんだろうとぐるぐると考えて、緊張しながら返事をする。
うう、せめてリカバリー可能な範囲でありますように。
「昨日のフォークダンス誘ってくれたのって、冗談じゃない、よな?」
「へ?」
「あ、冗談だったなら別に…」
「い、いや、本気だよ!」
「じゃあ、俺と踊るの嫌な訳じゃないよな」
「それは勿論」
何が言いたいのか分からないけど、踊れるならすごく嬉しい。
「ごめん、本当に悪いんだけど。学園祭までに、俺にフォークダンス教えてくれないか」
「へ?」
すごく気まずそうな正彦君の、私にとって都合の良すぎる言葉に、私は間抜けに固まった。