夏祭りの幕間
篠山君のやらかしで解散した後の、攻略対象者達とライバルキャラ達のお祭りの様子です。
<黄の二人の話 ~黄原視点~>
「智、そろそろ手、離していいわよ」
呆れたような声が隣の幼なじみからかかった。
慌てて手を離して振り返ると、声と違って顔は楽しそうに笑っていた。
「智が離脱した瞬間、皆して空気読んで同じことするんだもの、可笑しかったわ」
「だよね、ちょっとびっくりした。ごめん、急に引っ張っちゃってさ」
「いいわよ。…それにしても、篠山君、本当に鈍いわね」
その言葉に乾いた笑いを浮かべる。
今日の桜ちゃんは見るからに精一杯のお洒落をして、篠やんの隣に行こうとそわそわしていた。
それを微笑ましく見てたのに、篠やんときたら、あの謎すぎる気の遣い方だ。
気付いた瞬間、頭を抱えてしまった。咄嗟にあの行動に出たら、皆して察してくれるとか流石は俺の友達である。
…篠やんもこういう時以外は察しがいいのになあ。
「でもさ、なんで連れ出すの私にしたの?」
「へ?」
夕美からの質問の意味が分からなくて、本当に変な声が出た。
「いや、だって、念願の友達とのお祭りよ。毎年一緒に来てる私なんかよりも、友達と回れば良かったのに」
その言葉の意味が咄嗟に理解出来なくて、何度も瞬きを繰り返す。
それを夕美は黙って待っている。
昔、今よりももっと人見知りで、人前で言葉がなかなか出てこなかった時から、夕美はこうして俺を待ってくれていた。
それを懐かしく思いながら、口を開いた。
「確かに友達と一緒にいるのは楽しいけどさ、夕美と一緒にいるのも昔からずっと楽しいよ。篠やんや赤っち達のことは大好きだけどさ、夕美のことだってずっと大好きなんだから」
昔から友達が欲しかった。女の子に話しかけて貰えるのは嬉しいけど、ちょっと怖い時もあったし、やっぱり男子同士の遊びに入れて貰えないのは寂しかったから。
だけど、友達が出来たからと言って、昔からの幼なじみが大事じゃなくなるなんてないのである。
…それこそ、俺が迷惑をかけてしまったり、夕美が俺といるのが嫌だって言わない限り、俺が夕美といるのを嫌がることなんて有り得ないのだから。
夕美は俺の言葉に目を瞬かせて、苦笑する。
「もう高校生なのに、小っ恥ずかしいこと言わないでよね。智って、昔からそうなんだから」
「い、いやだって、そう思ってんだから、しょうが無いじゃん」
「それが恥ずかしいの! まあ、それが智らしいわね。取り敢えず、べっこう飴の屋台行きたいわ。黄色い犬のやつが欲しいの。…そう言えば、合流何時くらいがいいかしら」
「そうだね、花火が19時半からだから場所取りも考えて…」
「あ、いつもの場所なら早くいけば空いてそうよね。ご飯揃えて、そこ行きましょう」
しっかり者の夕美は歩きながらも、これからの予定を立てていく。
それに頷きながら、ふと、夕美の耳が赤くなってるのを見つけて、こっそり笑いをかみ殺した。
大きくなって、昔よりも綺麗になったけど、照れ屋な所はやっぱり昔から変わってない。
<白の二人の話 ~香具山視点~>
食べ物の屋台などが並ぶ大きな通りから外れた脇道のような所に、古本の屋台が出ていた。
子供が大きくなって読まれなくなったであろう古ぼけた絵本や、少し前に流行った小説などが並んでいる。
だけど、その奥の箱に積まれた本はもう絶版になってしまいなかなか手に入らないシリーズに見える。
好きな作家さんの昔の話でずっと探していたのだ。
テンションが上がって、いつものようにしゃがもうとした所で、その動きづらさに我に返った。
出来るだけそっと体を動かす。
皆着てくるみたいだったから着ることにした浴衣だったけど、自分で着付けたため少し着崩れの不安があるのだ。
和服とかは可愛いくて憧れてるんだけど、やっぱり慣れていないからか着づらさと動きづらさがある。
目当ての本を手にとって、シリーズ全巻が揃ってるのを確認して、にやにやしていると隣から声が掛けられた。
「良いのありました?」
「うん、探してたのがあったの」
何の気なしに声の方に振り返り、そしてその距離の近さに一瞬止まった。
不自然にならないように気を付けながらそっと視線を本に戻す。
白崎君はやたらと顔が良い。至近距離で目が合う度に、ちょっと固まってしまう。
まあ、私のクラスはやたらと顔が良い人が男子も女子も多いけど。
私と彼の関係は…一応友人と言っていいのだろうか。まあ、一年の時から本好きで図書室でよく会う知り合いではあった。
でも、あまり近づきすぎるのは実はちょっと怖い。だって、白崎君女子にすごくモテるし。
その理由はまあ分かる。だって、顔は良いし、気遣いが出来るし、努力家で真面目だ。
だけど、私はこの人のめんどくさい所を知っている。
去年、図書室で体調悪くて倒れている所に何度か出くわしたのだ。私は当然ながら心配して、早く保健室に行くか、家に帰るかしなきゃと伝えた。
その返事が「約束があるので、それは出来ない」だ。
正直、この人馬鹿じゃないのと思った。いや、明らかに体調ヤバいんでしょ、帰れよ。と言うか、体調不良で倒れて尚その約束を守らせようとするやつとか、付き合い考えた方が良い。絶対碌なやつじゃない。
幸い篠山君と友達になったことで、それは随分マシになったみたいだけど。
桃ちゃんの好きな人である篠山君は、あの鈍感ささえなければすごい人だから。
取り敢えずこの人混みの中、あまり大荷物を持ち歩くのもあれだし、他の本が気にならない内に早くお会計をしてしまおう。
そう思って、手に提げていたバックから財布を取り出そうとした時にバッグが帯にガッと引っかかった。
着付けたの自分だから知ってる、帯の結び方が下手だったから引っかけたらヤバい。
現にそっと下を見ると、明らかに帯が緩んでいた。…どうしよ、え、トイレに行って直すにしても立ち上がって大丈夫、これ。と言うか、確実にトイレも混んでるだろうし。
「…大丈夫でしょうか?」
「え?」
「帯が緩んでしまったように見えたので。直せそうですか?」
白崎君が心配そうにこちらを見ていた。早速気付かれてしまったらしい。
それにしても、直せるかなあ、これ。着るのも必死だったしなあ。
私の顔を見て察したのか、白崎君がにこりと安心させるように笑った。
「もし良かったら、僕が直しましょうか? 家で和服を着る機会が多いから慣れているんです」
「良いの?」
「ええ、勿論。では、人通りの少ない所に行きましょうか。すみません、これ」
「あ、私のだから、自分で払うよ!」
「いえ。今は帯が完全に崩れてしまったら大変なので、抑えていてください」
その言葉に慌てて帯と襟ぐりを抑える。確かにはだけたらヤバい。
今は白崎君に甘えることにして、本を持ってもらったまま、出来るだけそっと立ち上がって歩き出す。
屋台の通りから外れた白い提灯が飾ってある場所で立ち止まった。
「それじゃあ、直しますね」
「うん、お願いします」
言われるがままに手を上げたり、くるりと回ったりしながら、無心に白い提灯を眺める。
だって、近い。目が合うどころじゃない。手が触れるのをどうしても感じてしまう。
終わった時には、ちょっとぐったりしてしまった。
だけど、自分で着た時よりも綺麗に着れている。
「ありがとう。本当に上手だね」
「慣れているだけですよ。伝統などを気にする家なので」
ああ、お金持ちそうだもんなあと思っていると、にこりと笑った白崎君の次の言葉にむせそうになった。
「でも、とても似合っていたので、崩れてしまわないで何よりです。香具山さんは和服が似合いますね。とても可愛らしいです」
さらりと言われた褒め言葉にどうしても動揺してしまう。
そう、白崎君はこうして可愛いとか素敵だとか言ってくる所がある。
最初は、口説かれてるのかと思ってしまったけど、友人として言っているだけだと言われて、自分の自意識過剰に少し凹んだ。
クラスメートになったことで言われる機会も増えたのに、未だ慣れないのは私が恋愛事に縁がなさ過ぎたせいだろう。
昔から男子には、大人しそうだと思ったのにとか、ムカつくとか、散々な評判の性格だった。まあ、私の外見が大人しそうだと言うのもあるのだろう。外見に凝る方では無いから、楽な格好でいると尚そう見えるらしい。
だから、こんな風に男の子に女の子として扱われているような感じはどうしても慣れない。
それに白崎君は私のキツい性格を格好いいとか言ってくるのだ。本当に変な人である。
「…あ、ありがとう? …あ、さっきのお金、払うね」
「いいですよ、あれくらい」
「駄目、お金はちゃんとしなきゃ。はい、千円ぴったりだったよね」
「はい。では、屋台の方に戻りましょうか。食事も取りたいですし」
「そうだね。…あ、本、私のだし自分で持つよ!」
「重いので僕が持ちますよ」
「尚更私が持つよ。白崎君体弱いんだから、あまり疲れることはしない方が良いし」
「これくらい平気ですよ。それに今日は男子が女子をしっかりエスコートしなきゃと言っていたでしょう?」
にっこり笑って、そのまま歩きだしてしまう、白崎君に頬を膨らませる。
…ああ、もう、絶対慣れない!
<黒の二人の話 ~染谷視点~>
お祭りの喧騒の中、無言で歩く隣をちらりと見て、どうしようかなと内心呟いた。
周りの空気を読んで解散する時、残りのメンバーが青木君のこと好きな木実と、赤羽君のこと好きな麗だったから、黒瀬を呼んだ。
だけど、コイツと私が仲良いって訳では全くないのである。と言うか、嫌われている…のだろうか。よく分からない。
ちなみに、私は黒瀬の事が嫌いではない。
入学して以来見るからに周りに近寄るなオーラを発していたけど、困ってる人を見て素通りすることはしなかったし、人を傷付けるような事も言わないやつだったから。
家が嫌いなのかなと言うのは割と初期で気付いていた。家柄がどうのと言う話を振ってきたやつがいた時、いつも以上に嫌そうな顔をしていたから。
正直、私の家もかなりごたごたしていたから、そういう事情は共感出来る。
その上、結構出来が良いのにも気付いてしまった時から、ついお節介を焼いてしまったのである。
だって、いつまでも子供として家の付属物でいる訳じゃなくて、いつかは自立する時がくるのである。
そんなに嫌いなら、出て行ってしまえば良いのだ。それなのに、折角の可能性を自分で台無しにしようとしていた。
どうでもいい、どうにでもなれって気持ちは私もよく分かる。でも、それじゃ駄目だよと言ってくれる人がいたおかげで私は立ち直れた。
だから、今度は私がそう言ってあげる側になりたいと思ったのだ。
結果は惨敗で滅茶苦茶嫌そうにされただけだったけど。
まあ、篠山がそれをやってくれたみたいだから、良しだ。
私も大変お世話になったが、篠山は本当にさらりと誰かを助ける人だ。
桃が好きになったのもとても分かる。私は今は恋愛とか構ってる余裕無いから、そういう風には見なかったけど。
だから私が嫌われただけでも、結果が良かったので良しとか思っていたのだけど。
最近、私は黒瀬に弁当を作っている。
桃が凹んでいた時に、お弁当でも作るからと言って協力してもらったのが切っ掛けだけど、言い出しといてなんだが断られると思ってた。だって、交渉材料なさ過ぎて、思わず言っただけだし。まあ、コンビニパンばっかが気になってたのは確かだけど。
だけど、約束の一週間が過ぎた後も、度々食費を渡されて作ったりしている。
その頻度、週に二、三回。結構多い。
正直私の料理なんて、可もなく不可もなくな家庭料理。コンビニパンよりは栄養が取れるのは確かぐらいのものだ。
正直、私の常識から考えて嫌いなやつの作った料理とか頼まないから、あれ、思ったより嫌われてなかったのかなと思ったんだけど。普段の声かける度嫌そうな顔は継続中である。謎だ。
まあ、渡される食費のおかげで黒瀬の分を作る時はちゃっかり家でのご飯もグレードアップしているから良いけど。
そんな感じで距離を測りかねているやつと二人きり。流石の私もどうしようかと悩みもする。
まあ、屋台でも見ようとはぐれないことに気を付けながらも周りを見ながら歩いて行く。
正直、お金そんなないから、お腹に貯まりそうなものを的確に選ばなければ。屋台の料理はコスパが悪い。
…美味しそうではあるんだけどね。ソースの匂いが空きっ腹に効きます。
美味しそうな串焼きを、あれだけではお腹ふくれないとして見送ろうした時、ずっと黙っていた隣が口を開いた。
「…食わねえのか?」
「へ? ああ、金欠なんで、もっとお腹に貯まるもの一品で済ませるよ」
私の言葉にちょっと眉を顰めた黒瀬は、私の見ていた屋台の方に方向転換する。
そして、串焼きを二本買うと、戻ってきた。
無言のまま一本をあっという間に食い切り、残った一本を私に寄越す。
「一本目で飽きた。残りはお前が処分しろ」
その言葉にぽかんとして、黒瀬の顔を見つめてしまった。
そしてそのちょっと気まずそうな顔に吹き出し、爆笑しながら受け取る。
「そ、それは、ありがと、…せ、折角だから、貰うね」
私の笑いすぎて途切れ途切れの言葉を忌々しそうに聞いているが、いや、無理。これは笑う。
…うん、ナイス、ツンデレである
有り難くもらった串焼きを食べるが美味しい。やっぱり食べ歩きは良い物である。
「次はたこ焼きとかちょっとだけ食べたくない? 飽きたら私が処分するよ」
「うっせえ。次はやらねえよ」
残念、笑いすぎたみたいだ。たこ焼きは自分で買って、さっきのお礼に何個か黒瀬に押しつけよう。
そんな感じで思いの外楽しくお祭りを回っていく。
さっきラインで来た集合時間にも近くなってきたので、そろそろ集合場所に向かうかと方向転換をした所で、目の前のアクセの屋台に飾られていた黒地に白い花が咲いたトンボ玉の簪が目に入った。
…可愛いなあ。あれくらいシンプルなやつなら、普段着にも合わせられそう。と言うか、今日の服でもいけるな。
値段を見ると…三千円くらいか。財布の中身と今月の残り日数を考えて、そっと却下した。
うん、今月は古着屋とは言え夏服も買ったし、しょうが無い。諦めよう。
そのまま立ち去ろうとすると屋台のおじさんが話しかけてきた。
「おや、お嬢ちゃん、綺麗な子だね。絶対似合うんじゃないか、その簪。いや、むしろお嬢ちゃんのためにウチにあったんじゃないかな」
「あはは、ありがとう。だけど、ごめんね、金欠なんだ」
調子の良いことを言うおじさんの言葉をさらりと流して、立ち去ろうとすると、明るく笑ったおじさんが黒瀬の方を見てこう言った。
「なんだい、それなら、彼氏に買ってもらえばいいよ。彼氏君も彼女さんの可愛い姿見たいだろ」
…わあ、そうくる? まあ、男女二人で回ってたらそう見えるかと思うが、コイツにはちょっと止めて欲しかったなあ。
チラッと黒瀬の表情を見て、そっと逸らす。うわ、嫌そう。
「おじさん、私達そういうんじゃないんで」
「ほらほら、彼氏君が不甲斐ないから彼女さんにこんな事言わせちゃってるよ。ここはぱっぱと買ってあげて、信頼回復させなきゃ」
わー、うざいおっさんだったあ。もういいや、さっさと行こう。
そう思ったのに、黒瀬が口を開いた。
「いくら?」
「は?」
「毎度あり! 三千二百円…と言いたい所なんだけど、その男気に免じて三千円きっかりでいいよ。ちょっと待ってな、綺麗に包装してあげるから」
「そのままでいい」
「そうかい、ならどうぞ。いや、良い彼氏だね、お嬢ちゃん」
…え、いや、なんで?
混乱したまま黒瀬を見ると、無言で歩きだしてしまっていた。
慌てて追いかけると、ちょっと離れた所で待っていてくれた。
追いついた所でさっと簪を目の前に突きつけられる。
「やる。つけたらどうだ」
「え、いや、ちょっと待って。三千円は高い。理由も無しに貰えない」
「俺は使わねえから、お前が要らねえなら捨てるぞ」
「あ、いや、そうだね、そうなんだけど! …何で買ったの? 理由は?」
私の混乱しきった言葉に黒瀬はちょっと目を逸らして、こう言った。
「…去年からのあれこれ。ウザい、…けど、感謝してなくは、…ない。お前は、苦手だが」
「は?」
「もう良い。とっとけ」
そう言って簪を無理矢理私に渡すと歩き出していってしまう。今度は待ってくれないらしくどんどん離れていく。
ぽかんとしながら、簪を見下ろし、そして、人混みにぶつからないように小走りに歩き出す。
結構必死になって追いついた所で、耳元で叫んでやった。
「あーりーがーとー!!」
「うっせえ!」
それに笑いながら、ああ、あのお節介、無駄じゃなかったんだとそう思った。
<青の二人の話 ~青木視点~>
「青木君、青木君、次どうしたい?」
手に持った真っ青のシロップが掛けられたかき氷を頬張った後、倭村さんは俺にそう言って笑いかけた。
その嬉しそうにきらめく目が眩しいなあと思いながら、ちょっと悩む。
月待先輩と同じように俺もこういった所はあまり経験がない。
だから、どんな物があるのかも詳しくない。
「…えっと、倭村さん達が、…部活で作ったっていう飾り…見てみたい、かな」
生徒会に申請が来た時にどんな物なんだろうと気になっていたので、そう言うと倭村さんは更に嬉しそうに目を輝かせた。
「本当?! じゃあ、こっち! 多分、人もここまで多くないから、そこでゆっくりかき氷食べようよ!」
「…うん」
食べ歩きの経験があまり無いせいで、溶けていくばかりのかき氷に気付いていたのだろう。
去年に引き続き今年も同じクラスになった倭村さんはクラスで浮いていた俺にも気付いてくれる気配りの出来る人だったから。
案内されてたどり着いたのは、神社のお社の前の広場。
そこに大きな木組みがあって、提灯や和紙で作られた繊細な飾りが揺れていた。
七夕の笹に飾る飾りのようなものをイメージしていたが、思っていた以上に本格的で驚く。
「一番大きいのはこれだよ! 他にも作った提灯とかは境内の色んな所に置いてあるの。提灯の色も白とか赤とか青とか、色々作ったんだ!」
「…すごい、ね」
「えへへ、ありがとう! ボランティア部の先輩にね、器用な人がいてね! あと、デザイン得意な人も! 材料費は神社の人持ちだったから、できる限り頑張ったんだ」
同じ部の人を自慢するようにあれは二年の先輩が、これは同級生のあの子が、とニコニコしながら教えてくれる。
話が一段落すると、周りを見渡してからこちらを振り返った。
「あ、あっちに座れそうだから、そこで食べよっか」
「…うん」
古びた石のベンチに座り、少し溶けてしまったブルーハワイとかいう真っ青なかき氷を見つめる。
俺の知っているかき氷は店で出てくるもっとふわふわしたものだったけど、これはそこまでふわふわしてはいなさそうだ。
ストローで作った変わったスプーンで、すくって口にする。
さくさくの氷の部分と、溶けてざくざくになった部分、そして甘い甘いシロップの味。
店で食べたのとは違うチープな味だけど、意外にも好みの味だった。
「どう?」
「…どこがハワイなのか、分からないけど…美味しい」
「あはは、それは私も分かんない! だけど、美味しいなら良かった。あ、それね、溶けた所はそのストロースプーンで飲めるよ」
促されるままに飲んでみる。うん、これもありだ。
生温い風が吹いてきて、倭村さん達が作った飾りが揺れた。
人混みから外れても聞こえてくる喧騒に、ああ、お祭りなんだなあと嬉しくなる。
昔から、いじめられっ子だったから、こんな風にお祭りに誘って貰うなんてことはなかった。
テレビで見ては楽しそうだなと思ってた場所に自分も参加している。
それが嬉しくて、誘ってくれた人達のいる生徒会に所属しているというのが更に嬉しくなった。
生徒会のメンバーの先輩達は皆優しくて、有能で、とても尊敬出来る。
中でも篠山先輩は、特に尊敬している。
俺と違って人付き合いが上手くて、自然に人と寄り添うことが出来るのは本当にすごい。
俺のうじうじした言葉も、ちゃんと聞いて、その上でそれを気にしないと言い切ってくれた。
ちょっと恋愛関係には鈍感な所もあるけど、そこもあの先輩にも欠点があるんだなと親しみを感じさせる気がする。桜宮先輩はちょっと気の毒だけど、まあ、あの人はそれを分かった上で好きなんだろうし。
そんなことを考えていると、隣にいた倭村さんが小さく唸って、頭を抑えた。
「…え、だ、大丈夫!?」
「ごめん! かき氷一気に食べ過ぎちゃって、頭きーんとしただけ。あ、青木君、舌青くなってるね」
「…え?」
「シロップのせいで染まるんだよ。ほら! 私も青くなってるでしょ!」
そう言って、出した舌は確かに青かった。
びっくりしながら頷くと、楽しそうに笑う。
尊敬していると言えば、実は倭村さんもそうだ。
いつも明るくて、元気で、正に俺と正反対な可愛い女の子。いつだって、一生懸命で、そして、周りを気遣える子だ。
結構人気もある彼女と二人でこんなことしてるなんて知られたら、恨まれそうだなあと思う。
だけど、彼女と一緒にいると、明るくて、楽しそうな彼女につられて俺も楽しくなってしまうから。
まあ、それくらいは受け入れようと、可愛らしい友人を見つめて、俺も笑った。
<赤の二人の話 ~赤羽視点~>
お祭りの屋台のどれもが珍しいのか、目を輝かせて、きょろきょろしていた月待が前から来た人にぶつかりそうになったのをそっとエスコートして避けさせる。
楚々とした仕草で完璧なマナーを披露している普段と随分違うなと思う。
「あ、す、すみません。また、やってしまいました」
「いや、初めてなら、気になるものも多いだろ。取り敢えずさっきのリンゴ飴買うか?」
「はい! お気遣いありがとうございます」
以前から薄々感じていた鈍感が実は想像を超えるヤバさだった幼なじみのやらかしで、グループを解散し個人行動になったのだが、月待の様子を見ているとこれも良かったのかなと思う。
今も買ったリンゴ飴を目を輝かせてまるで宝石でも見るように見ている。
大変微笑ましいが、これではグループ行動なんてしたらあっという間にはぐれてしまっていただろう。
少人数の方が今日の月待には良いだろう。
俺も久々に食べるが、やはり甘い。まあ、これも祭りの味かと思い食べきると、月待はまだ食べ始めていなかった。
「…食べないのか?」
「あら、す、すみません」
「いや、急かすつもりはない。ゆっくり食べていいんだが」
「はい。えっと、いただきます」
そして、大きく口を開けてかじりつき、目を見開いた。
ここまで美味しいと感じさせるのは珍しい。現に屋台の側で食べていたからか、リンゴ飴の屋台の行列が増えてきている。
それに感謝してか屋台の人の一人がこっそり、イチゴ飴を握らせてくれた。さっき月待が買うか悩んでいたので、遠慮無く受け取る。きっとこっちも同じように美味しそうに食べるのだろう。
「美味そうだな」
「はい! とても美味しいです。昔から食べてみたかったのですけど、合成着色料の入ったものは体に悪いとカラフルな物は親が一切許してくれなくて」
その言葉に月待の両親を思い出す。
確かにパーティなどでよく見る、そういった拘りが強そうなタイプだった。
俺の家は両親が比較的庶民派で好きにさせてくれたから、正彦と色々と遊び回れたが、月待みたいに真面目なやつは我慢したことも多かっただろう。
今日は好きなように見回らせてやろうと頷き、そう言えば、人混みにいるのに今日は一切知らない女から声を掛けられてないなと思った。
多分、月待が側にいるから彼女持ちだと思われているのだろう。
女嫌いを拗らせて、彼女とかいらない、いると思われたくもない、虫唾が走ると言っては両親を微妙な顔にさせていたが、今日はそれが全く嫌じゃないのは、やはり月待だからだろうなと思う。
月待は昔から他の女子と違ったから。
幼稚園の頃から、女子にモテたけど、それが嬉しいと感じた事は無かった。俺の側で起こるケンカにウンザリしたし、大きくなってからは嫌がらせのようなアプローチが増え、尚且つ正彦に対して失礼な事をするやつも増えた。
それは上流階級のパーティでも同様で、自信満々によってくる女にはうんざり以外の何も無かった。
だけど、月待は初対面の時はしつこく絡むこともせず、暇つぶしに誘ってくれただけ。
その後は、必要最低限の挨拶をこなすだけで、必要以上にこちらに関わってくることが無かった。
その上、月待が怪我をした時に話して以来、俺が絡まれているとそっと助け船を出してくれるようにもなった。
本人の性格も、良い家の子だからと庶民を見下したりしないし、努力家で、責任感もあって、尚且つ親切。
女嫌いな俺も、彼女に対しては嫌う要素が無かったのだ。
だから、高校入学の時の頼み事もお互い大変だなと同情する気持ちで頷いた。
だけど、そのせいで起きたトラブルを月待が俺には一切知らせず、自分一人でどうにかしていたと正彦から聞いた時はひたすらに申し訳無かった。確かに高校入ってからは中学よりは、女性関係のトラブルが減っていたのだ。それが月待のおかげだなんて全然気付いていなかったのである。
高校に入ってから、桜宮の友人である彼女達のように普通に接することが出来る女子も増えたが、月待には出来るだけ、親切にしてやりたいと素直に思う。
ようやく食べ終わって、名残惜しそうにごちそうさまでしたと言う月待に、そっとさっきもらったイチゴ飴を差し出した。
ちょっと驚いた後、顔が輝く。
「い、良いんですか!?」
「屋台の人のサービスだ」
「まあ!」
嬉しそうに屋台に一礼し、また美味しそうにかじりつく。
それを見守っているうちに、思わず笑みが零れた。
嫌いではない女子から始まって、偶に会う親切な知人、そして、迷惑を掛けてしまった恩人。
女嫌いな俺だが、彼女に対してはずっと好感を感じている。
だけど、今日はそれ以上に、いつもは大人っぽく振る舞う彼女の子供っぽいはしゃぎっぷりが、素直に可愛いなと思えた。