ちょっとやらかしました
近くの神社でやる夏祭りには小さい頃から来ていた、俺にとってなじみ深いものだ。
だけど、今日のような居心地の悪さは初めてである。
すれ違う人達のほとんどが俺等を見て目をとめる。時々、見とれたのか立ち止まり、誰かとぶつかって怒られている人もいる。
理由は分かる。この集団の美形率の高さだ。
最初、待ち合わせの時にこの集団見た時、思わず混ざりたくないって思ったもん、これ。
貴成とこのお祭り行くこともあったし、生徒会メンバー達で遊びに行ったりもするから慣れてるとは思ってたけど、今日はあの美少女集団がいるのだ。
注目二倍、視線も二倍である。
それにしても、今日の桜宮はかなり可愛い格好をしていた。前のイメチェンの時と違って、普通に似合ってて可愛いなと思う。
だからこそ、好きなやつの側にいけるように自然に位置変更をしたりしているのだが。
…やっぱり、誰が好きなのかしっかり分かってないと応援難しいな。とりあえず俺は無いってことだけしか分からないから、隣になりそうになったら位置変えするくらいだし。
どうやったら良いかなと考えていた時、後ろを歩いていた黄原が大きい声をあげた。
「ゆ、夕美! あっちのべっこう飴懐かしくない、行こうよ!」
そう言って、暁峰の手を取り、引っ張って行ってしまう。
この祭りはそこそこ大きめだから人混みもそれなりだ。はぐれたら合流するのが大変そうである。
暁峰もそう思ったのか、黄原に文句を言おうとして、何かを耳元で小声で囁かれ黙った。
何故か俺の方を微妙な表情で見て、桜宮ににこりと笑いかける。
「そうね、あとで合流場所ラインするから、集合しましょ。ちょっと行ってくるわね」
そう言って、さっさと人混みに紛れていってしまった。
まあ、かなりの大人数グループだし、個人行動が出るのも道理かと思って俺達はどうすると聞こうとした時。
「すみません。あっちの方に古本屋の出店があるらしいので、ちょっと行って来ますね。香具山さんもどうですか?」
「あ、じゃあ、行こうかな」
そう言って、白崎と香具山さんもさくっと離脱し。
「あ、じゃあ、私もあっち見たい。えーっと、黒瀬、付いてきてよ」
「…あー、はいはい」
だるそうな黒瀬を染谷が引っ張って行き。
「青木君、あ、えーっと、かき氷食べよ、かき氷!」
「…うん、そうだね。…それじゃあ、また後で」
倭村さんが青木と共に楽しそうに駆けだして行き。
「…月待、さっき気になってた屋台、戻るか」
「あ、えっと、お願いします」
ちょっとため息をついた貴成がそわそわしてる月待さんを連れて行き。
あっという間に、残されたのは俺と桜宮だけになっていた。
口を挟む暇さえ無い流れるような離脱に、思わずぽかんとしていたがハッと我に返る。
え、これ、駄目じゃないか? 多分、乙女ゲーム的イベントだろうに攻略対象者達が全員行ってしまって、俺と二人きりとか。
桜宮もせっかくお洒落してきたのに、俺と二人きりとか残念すぎる。
「えっと、桜宮…?」
慌てて桜宮に声をかけた瞬間、桜宮を見て、ちょっと固まる。
桜宮は何故か、胸の前で手を合わせ、それはもう真剣に何かに拝んでいた。
神社でのお祭りだし、拝むのが正しいって言えば正しいのかもしれないが、何故神社の前でもなくこんな人混みの中で。
以前から思っていたが、桜宮は度々言動がおかしい。
「…何やってんの?」
「あ、ご、ごめん! 皆の察しの良さと言うか、気の使い方と言うか、色々が。あ、えーっと、何でもないから!」
「…まあ、良いけど。それにしてもどうする? 折角皆で来たのに、俺と二人じゃつまんないだろ。誰か他の人と合流するか?」
「えっ、良いよ! そんなの!」
その声が思ったよりも大きく、周りからの注目が集まり、桜宮も慌てて口を手で押さえる。
「ご、ごめん。…その、合流するにも大変だし、多人数グループだとはぐれやすいのも自然と言うか…、その。えっと」
「えっと、桜宮、急かさないから、落ち着け」
「あ、ありがとう。…そ、そのね、…せ、折角だし、このまま私とまわりませんか?」
そう言った桜宮の顔は何故かやたらと赤くて、身長差のせいもあり、間近で見上げられてちょっとだけドキッとする。
正直、今日の桜宮はかなり可愛いのだ。
「…まあ、桜宮がいいなら別にいいけど」
「本当?!」
「いや、こんなので嘘つかないぞ。…じゃあ、最初に何食べる? 無難にたこ焼きとかいっとくか?」
「賛成! …あ」
「何か駄目だったか? たこ焼き苦手?」
「大好きなんだけど、青のり歯に付くなあと…」
「ああ、女子はそういうの気にするよな。抜いて貰えば」
「いや、あった方が美味しいから、付けて貰う!」
そう言って、手を握った桜宮に笑って、近くのたこ焼きの屋台に並んだ。
チーズとか種類があるから、どれが良いとか、数は何個入りが良いとか、そんなことを話している内に順番がくる。
注文を言ってすぐに屋台のおっちゃんが、笑顔でたこ焼きを差し出しながら威勢良く言った。
「ほいっ、彼女さんと味違いだから、分けやすいように一個おまけだ。熱いから気をつけて食えよ」
親切なおっちゃんにお礼を言おうとしていたのが詰まった。
慌てて違うと言おうとするが、後ろにも人が並んでいる。
金をさっさと払ってぺこりと頭を下げて、受け取るなりその場を退くとおっちゃんが笑っているのが聞こえた。
少し人が少ない所まで行って、立ち止まる。
…彼女、なあ。ちょっとびっくりした。でも、お祭りに二人きりとか端から見たら、そう見えるのか。
さっきから無言な桜宮を見ると、胸元を握りしめて俯いていた。
「えっと、桜宮。たこ焼き、食べないか?」
「う、うん、そうだね! あ、お金! 渡すね!」
「いいよ、食べ終わってからで」
「そっか、じゃあ、食べよっか。…えっと、半分こするんだよね?」
「味違うやつだし、お互い半分交換って言ってたけど。…やっぱ、止めるか?」
「ううん、したい、半分こ!」
そう言って、食べ始めたのに、微妙に目が合わない。
割と近くで一緒に食べてるのにだ。
…やっぱ、気になるよな、好きなやついるのに俺の彼女って言われるとか。
さっきはまあ良いかと思ったけど、やっぱり他の奴らと合流した方が良い気がしてきた。
たこ焼き食べ終わったら、ラインしてみようかな。
そんな事を考えながら、たこ焼きを食べ終わった時。
「あれ、正彦じゃん!」
懐かしい声に振り返ると、中学の時の同級生達がいた。
最近、会ったばっかの渚もいる。
少し驚いたけど、地元の祭りだし、知り合い多いのは当たり前である。
「あー、井藤か、久しぶり」
「本当だよな~、正彦は今日も赤羽…と…」
そう言って俺の隣を見た井藤は言葉を止め、何とも言えない顔で叫んだ。
「彼女とじゃん! マジか!」
その言葉にまたぐっと詰まる。
ちょっと待って、そのキーワードは止めてくんねえ、しかも大声で!
「そうだよ、隣いるの見てわかんじゃん。だから、気遣って、話しかけんの止めたのに、井藤はさあ」
「空気読めねえよな、昔から」
「悪かったな、どーせ、赤羽と一緒だと思ったんだよ! それにしても、マジかあ」
「まあ、正彦ならその内絶対できるって言ってたじゃん。アンタみたいなモテない男と違うんでしょ」
悪かったな、まだ彼女いないよ! モテてませんよ!
それにしても、マズイ。さっきも微妙な雰囲気になったのに、今度はこんな風に大勢にはやし立てられるとか。桜宮に悪すぎる。今日はお礼をしたいと思ってたのに、これはない。
どう口を挟もうかと考えていると、周りに叱られてばつの悪そうな顔をした井藤が桜宮の方に向き直った。
「本当にごめんね、彼女ちゃん。デートの邪魔しちゃってさ」
「あ、…いえ、その…」
話しかけられておろおろとした感じで視線を彷徨わせる桜宮は明らかに困っていた。
慌てて否定するために口を開く。
「違うから、彼女とかじゃなくて!」
「ちょっと、正彦、照れ隠しにしてもそれはないぞ。彼女さん、可哀想だろそんなこと言っちゃ」
「本当に違うんだって。学校の友達と皆で来たんだけど、今、ちょっと別行動中なだけ。また、合流するんだよ。見てないか? 貴成レベルのイケメン連中とそれに劣らないレベルの美少女達。見てたら、それが一緒に来た友達なんだけど」
「…ひょっとして、あの美形カップル達のこと? え、あれ、元々同じグループなの?」
「え、マジ? 中学でも散々だったのに、高校では更に増やすのイケメン関係トラブル」
同中なだけあって、貴成が遭遇したトラブルと、それに巻き込まれる俺のごたごたを知ってる奴らがちょっと引いた顔をしていた。
…うっさい、ほっとけ。俺も最初はちょっとは避けるつもりでいたんだよ。
「この前、門で会った人達? 確かにイケメンだったもんね~。そっか、クラスの友達皆で来てんだね」
渚がからからと笑いながら、そう言ったことで、周りがなんだと言った空気になった。
桜宮が俺の彼女という中々にあれな話題が流れて、ほっと息を吐く。
すると、渚がにこりと俺に笑いかけて、口を開いた。
「ならさ、元のメンバーと合流するまでの間だけでも私達とまわらない? このメンバーで会うの久しぶりじゃん」
その提案に目を瞬かせた。
確かに久しぶりのメンバーだし、元々皆で回る予定の祭りだった。
それに、二人じゃ無くなったら、桜宮が俺の彼女なんて言われて困らせることはなくなるだろう。
割と良い提案かもしれないな、これ。
どうだろと桜宮の顔色を伺って、ちょっと固まる。
桜宮はさっき以上に困ったような不機嫌そうな顔になっていた。
その顔に一つを息を吐いて、口を開いた。
「いや、それは止しとく。俺は良いけど、そうしたら、桜宮知り合いばっかの中、一人アウェイじゃん。居心地悪いだろ。こっちが先約なんで、こっちのメンバー優先で」
「そう? 桜宮さんはどうなの? メンバー多い方が楽しいと思わない?」
「…いえ、私は正彦君とまわりたいです」
桜宮は普段と比べて固い声でそう返した。
「もー、渚、無茶言わない!」
「そうそう、正彦が言ったみたいにアウェイでも楽しめる人ばっかじゃないもんな」
周りの奴らにそう言われた渚は、ちょっと照れくさそうに頭をかいた。
「それもそうだね、ごめんね、桜宮さん」
「あ、いえ」
「それじゃ、正彦。今度はこっちから誘うから、その時に遊ぼうね」
「ああ、そうだな、また今度」
その流れで他の奴らにも適当にまた今度と言い合って、そのまま別れる。
また桜宮と二人きりになって、さっきと同じように歩きだした。
だけど、さっきみたいに会話が出てこない。
ちょっと微妙な空気になってしまったようだ。
まあ、桜宮にしても皆でお祭りってことだったのに、俺と二人だし、彼女に間違われるし、ああいうの誘われた時に断るのって疲れるし。
…うん、滅茶苦茶申し訳無い。
そんな感じで歩いていたら、いつの間にか神社の境内の端の方に来てしまっていた。
屋台は途切れて、ちょっといくと車道に出てしまう。明らかに歩きすぎたな。
「桜宮、端まで来ちゃったし、戻ろうか」
「…あ、うん!」
声を掛けると、桜宮はぼーっとしていたはようで慌てたように返事をし、体の向きを変えようとした。
だけど、下駄がつんのめったようで、よろりと体が揺れる。
バランスを取ろうとしながら、そのまま数歩進んだ桜宮の体は車道に近づき、そして、車が近づいてくる音がした。
「ちょ、桜宮!」
慌てて手をつかみ、こっちに引き寄せる。
思った以上に近い所を車が通り過ぎたのを音や気配で感じ、そして、桜宮と思った以上に近い距離で目があった。