楽しいお祭りにしたいんです 〜桜宮視点〜
ちょっとだけ日が陰ってきた薄明るい中、私は神社の近くの待ち合わせ場所に向かっていた。
今日はお祭りに行くからとお母さんが若い頃に着てたという浴衣を出してもらった。
淡いピンク色に白や赤の桃の花が散った可愛い浴衣だ。
古いけど良い物で、小さい頃から柄とか色がすっごく気に入ってたやつだから、着れる歳になって嬉しい。
実はこのお祭りは乙女ゲームのイベントで好感度が高いキャラとデート出来た。
だから、この浴衣はゲームと一緒なのだけど、髪は切ってしまったし、メイクは最近夕美ちゃんに習ってやってみたから、ゲームとは少し違う。
でも、髪もちょっとだけ編み込みやってみたり、メイクも夕美ちゃんが似合うって言ってくれたから、気合いは充分だ。…正彦君もちょっとは可愛いとか思ってくれないかなあ。
そんな事を考えながら、歩きにくい下駄で転けないようにそろそろと歩いていると待ち合わせ場所が見えてきた。
「あ、桃! 浴衣似合ってるわね!」
私に気付いてそんな風に声をかけてくれた夕美ちゃんに思わず声が出る。
「え、き、綺麗、夕美ちゃん、綺麗!」
夕美ちゃんは私と違って薄い緑色に蝶が舞った大人っぽいものを着ていた。髪はかんざしで器用にアップされている。元々モデルさんとかやってる美人さんだけど、今日は色気も滲ませた感じで特に綺麗だ。
「ありがと。これ、ウチの親がやってるブランドで新しく出した浴衣なのよ。桃が綺麗って言ってくれるなら、売れ行き期待できそう」
「夕美ちゃん、桃ちゃんは浴衣じゃなくて夕美ちゃんに言ってると思うよ。今日、すっごく綺麗だもん。桃ちゃんも可愛い! やっぱり可愛い系の格好似合うね」
そう言う詩野ちゃんも大正ロマンとかで出てきそうな格子柄の浴衣を着ている。
文学少女っぽい楚々とした雰囲気も相まって、タイムスリップしてきたみたいに似合っている。
「先輩方、皆可愛いです! 似合ってます!」
ぴょんと跳ねるような勢いで言ってくるのは木実ちゃんだ。
木実ちゃんはオレンジ色にひまわりの花があしらわれた可愛い浴衣を着ている。小さくて活発な雰囲気の木実ちゃんにすごく似合っている。
「ねー、本当に皆可愛い! 眼福って感じよね~」
「はい、皆さんの浴衣、とても似合ってますね。…私も浴衣着られたら良かったのですけど」
そう言う凜ちゃんと麗ちゃんは浴衣じゃなくて普通の服だ。
凜ちゃんはスタイルの良さが際立つようなショートパンツに珍しく髪をアップにしている。
麗ちゃんは清楚で少しレトロっぽい白いワンピースで髪を巻いている。
いつもとちょっと違った服装は彼女達の良さを引き立ててとっても可愛い。
皆の可愛さにちょっと浮かれてた頭が冷静になった。
うん、このメンバーの中で可愛いと思ってもらうとかちょっと無理ゲーかもだ。だって、皆可愛すぎる。
「あ、女子は皆集まったみたいだね~! あとは篠やんと赤っちだけか。それにしても皆すっごい可愛いね! これは俺達、エスコート頑張らなくちゃだね!」
黄原君が楽しげに声を掛けてきた。
黄原君の格好はゲームと同じで、いつものちょっとだけチャラい感じとは違って渋めの浴衣はちょっとギャップがある。昔は真面目な感じだったらしいからその時から使ってた浴衣なのだろう。
「そうですね。ちょっとでも目を離したら、あっという間に声を掛けられてしまいそうです。気をつけなくてはいけませんね」
黄原君の言葉に頷く白崎君も、浴衣を着ている。旧家の出なだけあって、和服には着慣れているようで自然体に着こなしている。病弱で線が細いのもあって、すごく似合っている。
「…俺も、頑張ります…」
コクリと頷く青木君も浴衣を着ている。一見女の子に見えてしまうくらい可愛い顔と小柄な体だけど、紺色の地味な浴衣を着こなしていて、やっぱり男の子だなって感じだ。と言うか、木実ちゃんと並んでくれないかな。絶対可愛い。
「黒っちもそんな端っこにいるけど、ちゃんと女の子守んなきゃだからね!」
「…分かってるっつーの」
そう言ってため息を吐く黒瀬君は浴衣ではなく普通の服だ。
だけど、美形は何着ても似合うの法則がものすごく働いて、シンプルな白いシャツに黒いパンツなだけなのにすっごく似合ってる。
と言うか、黒瀬君をこのお祭りに引っ張り出すのってほとんど不可能だった気がするんだよね、好感度上げにくいし、人混み嫌いだし。来た理由は…やっぱりそうだよね、凜ちゃんだよね! わー、来て良かったよ、凜ちゃん可愛いもん!
そんな事考えていたら、後ろから声がかけられた。
「悪い、遅れたか?」
振り返ると前世のゲームスチルで見たのと同じ浴衣を着た赤羽君が立っていた。
抜群のスタイルが際立っているし、髪のセットもいつもと違い、すごく似合っている。正直、赤羽君の見た目はすごく好みなので、格好いいと思う。
…だけど。
赤羽君の横に立っている人影を見つめる。
浴衣とか着てないし、服も普通のジーパンにTシャツ。
至って普通の格好だし、顔はなんだか私達を見てどこか引きつっている。
…なのに、やっぱり格好良く思えるなあ。
どう考えても攻略対象者の方が格好いいんだろうけど、あんまり見れない私服の正彦君というだけでドキドキしてしまう。
精一杯のお洒落したし、ゲームのイベントみたいにいちゃついたりとかは無理だろうけど、ちょっとでもいっぱい話したいなあ。
そんな事を考えていると黄原君がじゃあ、行こうかと声を掛けた。
それに応じて、皆が歩き出すのに慌てて私も付いていく。
下駄は歩きにくいけど、ちょっとだけ小走りになって、正彦君の隣に行こうとした時。
正彦君がさっと自然な動きで少しずれた。
その結果、私の隣に赤羽君が来る。
…ん?
ちょっと狭めの道を歩いているし、ここから無理に正彦君の隣に行こうとすると横に広がってしまって周りの迷惑になるだろうからそのまま歩く。
今、ひょっとして、私が来たのに気付いて避けた?
い、いやいや偶然、偶然だよ!
お祭りの屋台のある所に行ったら、多分、また歩く位置とか変わりやすくなるだろうし、今度こそ隣に行こう。
そう思って、意気込んでいると屋台が出ていて人が増えてきた所に来た。
「わあ…!」
すごく嬉しそうに歓声をあげるのは麗ちゃんだ。
そう言えば、こう言うの禁止されてたから来たことがなかったと言っていた。
メンバーに赤羽君がいるから、今度親に聞かれた時に口裏を合わせてもらうように頼んだ事で、参加出来そうだと言っていたけど、本当に嬉しそうだ。
キョロキョロとあたりを見渡して、目を輝かせる様子は本当に可愛いけど、ちょっと危なっかしい。
すると、赤羽君もそう思ったみたいで、苦笑しつつ麗ちゃんの横に移動した。
女嫌いだけど、普通に接していれば親切な赤羽君らしいなと思う。
そして、赤羽君が動いたということは歩く位置変更のチャンス!
急いで、正彦君の隣に行く。
周りも私がそこに行きたい事は分かっているので、そのままのポジションで屋台見ようと歩きだした。
正彦君の隣でドキドキしながら、会話の話だしを考えていると、横から声がかかった。
「あ、桜宮。前から人来るから、そっち避けて」
「あ、うん」
正彦君のその言葉に慌てて、横にずれると正彦君も自然な動きで前にずれ。
ごく自然に隣がちょっと後ろを歩いていた黄原君に入れ替わっていた。
歩きづらい下駄では、早歩きで正彦君の横に行くことはちょっと難しい。
…え、えっと、やっぱり避けられてる?
たらりと冷や汗が流れる中、正彦君がちょっとだけ、こっちを振り返り、グッと親指を立てて二カッと笑った。
その笑顔はいつも好きなんだけど、…ちょっと待って。
ひょっとして、私が攻略対象者の誰かの隣になれるように気を遣っている?
麗ちゃんと仲良くなった切欠の私が攻略対象者の誰かを好きだという勘違いを思い出して、顔がひくりと引きつる。
ラブラブみたいにしたいとまでは望めない。だけど、いっぱい話して、楽しいお祭りにしたいなあと思っていたのに、それすら難しいってどういうこと!?
顔を引きつらせていた私の横で、黄原君が顔を覆い、小さく、「篠やん、…それはちょっとない」と呟いたのが聞こえた。
そうだよ、正彦君、それは流石に勘弁してよ!