片思いは時々苦しいです ~桜宮視点~
本日、二話目です。
まだの人は前の話から読んでください。
今日はせっかくの土曜日にも関わらず、朝から雨だ。だけど、うんざりすることは無い。
だって、最近は篠山君に落ち着いて話しかけられるようになったのだ。
茜坂先生のアドバイスは流石で、保健室で安く買えるお勧めの香水を教えてもらってつけているとちょっと落ち着くのである。
詩野ちゃん達にも評判が良いし、…篠山君も良い匂いって思っててくれたら良いなあ、なんて。
そんな事を考えながら、本屋さんに向かう。
前はこっちの方に来なかったけど、篠山君が学校近くで品揃えが良いと言っていたので、行ってみたのだ。
着いたそこは、確かに広いし、可愛い文具も沢山置いてあってテンションが上がる。
本屋さんをぶらついて、図書室で借りて面白かった人の新作を買って、ウキウキしながら店を出ようとした時、ぴたりと止まる。
篠山君が出口の方に歩いているのが見えた。
え、どうしよう、休日なのに会えるとか嬉しい! だけど、この服大丈夫かな。変じゃない!?
と言うか、同じ店内にいたのに、気付かなかったとかもったいなさ過ぎる!
今からでも、話しかけて…
「あ、正彦じゃん、久しぶり!」
その親しげな声で思考が止まった。
見ると、ふわふわなショートボブが可愛らしい女の子が篠山君に声を掛けていた。
篠山君の方も親しげに返事を返す。
「おー、久しぶり、渚」
その呼び方に、ますます声を掛けるなんて出来なくなった。
正彦…、渚…。
私は篠山君が下の名前で呼び合ってる人なんて赤羽君以外見たことが無い。
…つまり、赤羽君くらい、親しい人ってこと?
愕然としていると、どうやら渚さんの傘が盗まれたらしく、篠山君に入れてと頼んだ。
篠山君は当然のようにいいよと言って、渚さんを同じ傘に入れてあげる。
そのまま親しげに話ながら去っていく姿に、私は泣きそうになりながら見送るしか出来なかった。
結局、土日いっぱい悩み通して、気分は最悪のまま月曜日が来る。
…篠山君は優しいから、傘盗まれたら、多分、私だって傘に入れてくれると思う。
だけど、名前呼びで親しげに話す姿が頭を過ぎって仕方ない。
…赤羽君に聞いたら、今も昔も彼女はいないって言ってたけど、でも、本当は違ったのかな。
元カノだったとしても、今から頑張ればいい。そう思うのに、当然のような正彦呼びが引っかかってしょうが無い。
それでも、いつもと同じように学校に着くと、篠山君と赤羽君に昇降口でばったり会った。
いつもだったら、朝からラッキーと思うのに、今日は会わなくても良かったなあ。
「はよー、桜宮」
篠山君はいつも通りに挨拶をしてくれる。
篠山君からしたら、本当にいつも通りの朝なのだろう。
だけど、私は渚さんの顔が頭から離れない。
「お、おはよう、篠山君、赤羽君」
必死にいつも通りに挨拶を返すけど、篠山君が不思議そうな顔をした。
「どうかしたか?」
その言葉に、あの雨の日の本屋が過ぎる。
「あ、…いや、あの!」
聞いてしまおうかと思ったけど、でも、聞きたくない。
元カノだったとしても、今でもあんなに仲良さそうならきっと簡単にまた付き合えてしまうのだろう。
だって、渚さんは散々やらかした私と違うのだ。
そう思うと、何も言えない。
「な、何でも無い。ごめんね」
そう言うと、篠山君は不思議そうにしながらも頷いた。
そのまま教室に向かうと、凜ちゃんと麗ちゃんがもう来ていた。
明るくおはようと言ってくれる二人の方に駆け寄ると驚いた顔をされる。
小声でそっと尋ねてきた。
「桃、どうしたの?」
「はい、泣きそうな顔ですよ」
その優しい声に更に半泣きになりながら、ポツポツと土曜日にあった事を説明した。
昼休みになり、篠山君達がご飯を食べに出て行った。
それと入れ違いに教室に入ってきた黒瀬君に、凜ちゃんがつかつかと詰め寄る。
それに嫌そうな顔をして逃げようとする黒瀬君の腕をガシッと掴んだ。
黒瀬君が困惑した顔をしながらも、腕を振り解かず、その場に留まる。
「…サボりに関しては、別にいいだろ。午後からは出る」
「あ、ごめん。今日はそのことじゃなくてお願いがあるの」
「お願い?」
「そう。お願い、篠山に元カノ、今カノの有無と、名前呼びとかについて聞いてきてくれない!」
「はあ?」
その瞬間、とてつもなく嫌そうな顔になった黒瀬君に慌てて近づく。
黒瀬君は苦手とか言っているし、凜ちゃんは全然気にしてないけど、多分黒瀬君は凜ちゃんのことが好きだ。
だって、黒瀬君はつんけんしながらも好きな人の言うことはなんだかんだ聞いてくれるキャラで、篠山君のお願いはよく聞いているし、凜ちゃんの言葉も嫌そうな顔だけどなんだかんだ従っているのだ。
かっこ可愛い凜ちゃんにあれだけ心配してもらって好きになるのはむしろ当然だよね! とか、思ってにやにや見守るつもり満々だったけど、凜ちゃんにあんなこと聞かれたと思うのは流石に気の毒だ。
「その、私が土曜日に、篠山君と下の名前で呼び合って、相合い傘して帰る女の子見ちゃって。お願い、聞いてきてもらえないかな!」
私の言葉に黒瀬君は、嫌そうな顔から、うんざりした顔になった。
「…自分で聞けよ。面倒くさい」
「いきなり聞くの不自然でしょ。黒瀬だったら、仲良いから自然に聞けるじゃない。お願い、今度、お礼に弁当でも作ってあげるから。どうせ今日もコンビニパンなんでしょ」
その言葉に黒瀬君は一瞬止まった後、自然に聞き出すとか無理と言って、教室を出て行った。
「あー、逃げられちゃった。やっぱり、無理矢理すぎたよね」
凜ちゃんは反省したように呟いているが、多分聞いてきてくれると思う。
だって、好きな子の手作り弁当だよ! 黒瀬君はツンデレだから、あんな態度だけど、絶対嬉しがるに決まってる。
そうして、そわそわしながら待っていた昼休みの終わり。
黒瀬君は、こっちに詰め寄ってくると
「今カノ、元カノ、無し。赤羽レベルに親しくないと基本的に名字呼び。桜宮の聞き間違いじゃねえの」
とさっきの質問に答えてくれた。
そして、驚いている凜ちゃんに向き直ると、
「弁当、一週間分。約束守れよ」
と言って席に戻った。
詩野ちゃんと麗ちゃんは興味ありげに、夕美ちゃんはなるほどと言った顔で凜ちゃんを見ているが、私はそれどころじゃない。
そっか、じゃあ、今カノでも、元カノでもないのかな。
名前の件は…ひょっとして、黒瀬君の言っていたように私の聞き間違いかもしれない。
ようやく、ホッとして、胸をなで下ろした。
放課後、いつもと同じように生徒会の手伝いに顔を出した。
今日は部活がお休みなのだと言う、麗ちゃんも一緒だ。
黒瀬君の聞き方が悪かったのか、生徒会メンバーが今度は何した? という顔でこっちを見てくるがいつも通り働く。
麗ちゃんは流石な感じで細々とした事に気を配り、働いている。
あの女嫌いな赤羽君も麗ちゃんみたいに有能な人は大歓迎みたいで、私には任せてもらったことのない仕事も振り分けていた。
うう、確かに私は要領良くないけど…。なんか悔しい。
でも、好きな人に頼りにされて、嬉しそうに仕事する麗ちゃんは可愛い。
雑談で、ファミレスに行って、桃達とお喋りしてみたいのだという恥ずかしそうな笑顔とか、マジで可愛かった。
赤羽君、ちゃんと見てる!? こんな可愛い子に好かれてるんだよ! 性格だって良いんだよ! 女嫌いとか言ってたら勿体ないよ!
そんな事を思っていたら、力も抜けて、篠山君にも普段通り話せるようになった。
本当に麗ちゃん、ありがとう。
そして、麗ちゃんが張り切ったおかげで仕事もいつもより早く終わり、今日は篠山君達と一緒に帰ることが出来た。
赤羽君も柔らかい顔で麗ちゃんにお礼を言っていて、麗ちゃんが嬉しそうなのも嬉しい。
やっぱり、悩みすぎだったよねと思っていると、門の所で女の子が篠山君の名前を呼んだ。
「あ、正彦! 良かった、会えた。6時くらいだから、運良ければ会えるかなと思ったんだ」
嬉しそうな笑顔は周りのイケメンなんて目もくれず篠山君に向かっている。
篠山君も、親しげな様子でそれに返事をする。
「あれ、渚じゃん。どうかしたか?」
「近くのファミレスに友達と寄ったから、もしかしたら会えるかなって来てみたんだ。傘、ありがとね、これ、お礼! 調理実習で作ったものなんだけど、食べてよ」
そう言って差し出されたのは、私じゃ絶対作れない可愛らしくて凝ったアイシングクッキーだ。
篠山君もそれをもらって嬉しそうに歓声をあげる。
ふと、渚さんが顔を上げて、周りを見渡した。
「…それにしても、赤羽君は相変わらずだけど、イケメンが増えてるね」
そんな事を言いながらも、私の顔を見て、一瞬、好戦的に笑ってみせた。
「初めまして、正彦の中学の同級生の渚です」
明らかに敵対心のこもった視線に嫌でも分かる。
この子、篠山君のことが好きなんだ。
皆からの挨拶を受けると、渚さんは私を見て、また好戦的に笑う。
そして、篠山君ににっこりと笑って言った。
「友達といる時にごめんね、それじゃあ、正彦。またね!」
赤羽君の同級生でもあるはずなのに、篠山君しか目に入ってないその笑顔に、親しげに彼女に手を振り返す篠山君に、心臓がばくばくと嫌な感じにうるさくなる。
篠山君は周りを見て、皆のなんとも言えない空気に気付いたのか怪訝な顔をする。
「どうかしたか?」
「あ、いや~。…その、篠やんが女の子、下の名前呼びなんて珍しい、ね」
黄原君の質問に篠山君が答えようと口を開く。
「ああ、それか。だって…」
「ご、ごめん、その! れ、麗ちゃんとファミレス行きたいから、行くね!」
答えを聞きたくなくて、思わず遮る。
麗ちゃんはちょっと困った顔をしながらも話を合わせて頷いてくれる。
篠山君が困惑したような顔をした。
「へ? いや、それなら皆で行けば…」
「じゃ、じゃあ、また明日!」
篠山君の言葉を遮って駆けだした。
こんなの篠山君に失礼だ。
だって、篠山君はなんにも悪くない。
でも、でも、ライバル相手にどう見ても負けてるのなんて聞きたくないよ。
走って皆が見えなくなった所で立ち止まる。
引っ張っちゃった麗ちゃんに慌てて謝った。
「ご、ごめんね、麗ちゃん」
麗ちゃんは怒らずにニコッと笑って私の手を繋ぎ直す。
「桃の方が可愛いです」
「へ?」
「全然負けてなんかないですからね。一緒に頑張るって言ったでしょう?」
優しい麗ちゃんの言葉に一緒に片思い頑張ろうと言ったことを思い出す。
あの時はどんな子が来ても負けるもんかって言えたのに、今はさっきのあれだけで泣きそうだ。
やっぱり、思ってたより、私は弱いなあ。
片思いを楽しめば良いって茜坂先生は言ってたけど、こんな時は全然楽しくないし、悲しいよ。
優しい麗ちゃんの言葉に、一層情けなくなりながら、コクリと頷いた。




