高過ぎるハードルは胃が痛い
数時間前にも投稿しています。
まだの人はそちらからどうぞ。
普段だったら絶対に泊まることなんてないキラキラしいホテルのロビーで、これまた豪華な食事が立食式で置いてある。
何にも無かったらラッキーとせっかくのご馳走を楽しむのだが、今日はこの限りではない。
周りにいるのは、全員が一回はテレビで見たことがあるような大企業の社長さんやら大物ばかりだ。
そう、今日はあの恐怖体制を作り上げた歴代生徒会のOBとの交流会なのである。
マジで帰りたい、こんなに胃が痛いのは桜宮の初期のアップルパイを食べた時以来かもしれない。
開会のスピーチをやっている某有名政治家のおじいさんの話を引きつった顔で聞いていると、隣から呆れたため息と共に小声で話しかけられた。
「緊張しすぎだ、正彦」
「うっせーよ、俺は貴成と違ってこういうの慣れてないんだよ」
「…まあ、それはそうだが今日のメンバーの中にはウチの父さんもいるぞ」
「それはそれで怖いんだよ」
そんなことを言っている間にスピーチは終わり、こっちを見定めるような視線と共にこちらにやって来るOBの方々。
うわあと思っていると、その中で先陣を切ってやって来たのは顔つきは貴成とよく似ているが、渋さとお茶目さを両立させたようなおじさんだ。
にこりと笑って、生徒会メンバーに話しかける。
「やあ、こんにちは、以前にも会ったことがある人もいるけど、改めて。貴成の父の赤羽 誠一郎だ。ウチの息子が迷惑をかけていないかい?」
「はい、こんにちは。去年の謹賀の会ぶりですね。副会長を務めさせて頂いてる白崎 優斗です。迷惑なんてとんでもないです。いつも大変お世話になっていますよ」
「はは、お世辞でも息子が褒められると嬉しいものだね。えっと、君は?」
「初めまして。会計の黄原 智之です。貴成さんとは友人としても親しくして頂けて、こちらこそご迷惑をおかけしているかもしれませんね」
「ああ、黄原君か。息子の話でよく聞くけど、そんなことは言っていなかったよ。こちらこそ息子と仲良くしてくれてお礼を言いたいくらいだ。じゃあ、君が青木君だね?」
「…はい。初めまして。書記の青木 流星です。生徒会の中では唯一の一年生なので、会長にはいつも勉強させてもらっています」
「まさか、一年生で生徒会なんて有能な証じゃないか。これから一年、息子を支えてやってほしい」
俺と貴成を除いた生徒会メンバーはそれに手慣れた様子で挨拶していく。
ああ、うん、そうだよね、コミュ症気味の黄原と青木もこういうのは慣れてるよな。
如何にも大グループの会長然とした堂々とした態度で挨拶してくるおじさんに全然物怖じしていない。
まあ、俺としても、幼稚園の頃からずっと付き合いのある幼なじみの父親なのでこの人には全然緊張しない。
だけど、この人にはちょっと注意しなきゃいけない気がする。
他のメンバーと挨拶し終わって、俺の方を向いたおじさんは顔を明るくさせてこちらにやって来た。
「やあ、正彦君。最近忙しかったから、こうして話すのは少し久しぶりだね。いつもいつも息子の面倒を見てくれてありがとう」
「そうですね、お久しぶりです、誠一郎さん」
「嫌だな、いつもみたいにおじさんで構わないさ。それにしても君が庶務なんて…。貴成なんかよりよっぽど会長に向いてそうなのにな」
「いえ。俺なんかよりもずっと優秀な貴成の方が向いてますよ」
「いや、君は貴成よりもずっと優秀だよ。アイツときたら勉強や運動は出来るけど、人付き合いと言う社会に出たら必須の物が苦手じゃないか。その点、君は昔から貴成と同じ歳とは思えないほど、周りをよく見て動くのが上手くて、人間関係をいつも良好に保ち続けている。素晴らしいよ、流石は正治さんの息子さんだ。彼は本当にあんな小さな会社の部長なんてやってるのが不思議な程、しっかりして頼りになる人だからね。そうそう、最近、良いワインが手に入ってね、絶対正治さん好みなんだ。飲みに来てくれるように頼んでくれないかい。確かにダイエットはこの歳になってきたら必要だけど、正治さんはそこまで太ってる訳じゃないから友人と飲むくらいは平気なはずだと思うんだ」
あ、ヤバいわ、これ。
咄嗟に貴成に視線を送るとちょっと頭を抱えながらも、おじさんを止めにいってくれた。
うん、おじさん、いい人なんだけど、なんか俺のこと過大評価し過ぎだし、ついでに父さんのこと好きすぎるのである。
まあ、確かに今生の父さんは職業は普通の会社員だし見た目も俺の顔見て察せだけど、かなりキッパリと自分の意思を持ってるストイックで硬派な感じの人で中身は普通に格好いいのである。
未だに母さんは父さんにべた惚れだし、父さんも言葉少なながらもしっかりと日頃の感謝とか愛情とか伝える人なんで夫婦仲も非常に良い。
そして、二人とも俺が貴成と仲良くなった時も、お金持ちな赤羽一家に対して息子の友達の家という態度で普通に接した結果、なんか滅茶苦茶好かれている。
母さん達は馬が合ったらしく一瞬で仲良くなってたけど、父さんは何をどうやったのか大グループの会長なんてやってるおじさんにリスペクトされるなんて謎なことになっている。
いや、仲は普通に良いはずである。父さんもおじさんの事、友人って言ってたし。ただ、なんか圧倒的に温度差を感じてしまう時が多い。
貴成の家も滅茶苦茶夫婦仲良いし、普段は普通に格好良いおじさんなんだけど、父さんに対してだけなんかおかしい。本当に父さん、何した。
「父さん、もう、その辺で。おじさんの事ならここで話さなくってもいいだろ」
「…だって、しょうが無いだろ、正治さんに最近振られっぱなしなんだぞ。ダイエットぐらい良くないか?」
「それでも、本当に愚痴りたい時には付き合ってくれてるんだろ、おじさん」
「そうなんだけど、ちょっと寂しいじゃないか。それより、お前は正彦君にまた迷惑かけてないか? 女嫌いな原因は知ってるけど、そのフォローを正彦君に任せっぱなしじゃないか。友人が有能だと甘えたくなるのは分かるが、それだけじゃいけないだろう。そもそも、お前は…」
流れるようにお説教に入ってしまったので、無言でその場を離れる。
周りに友人や目上の人がいる中でこんなお説教をされる貴成には気の毒だが、まあ、おじさんもこんな場所で社交もせずにこんなことを続けるはずがないから短いだろうし頑張れ。
あのまま続けられると俺の過大評価のせいでハードル上がりまくるし、父さんが一体何者なのかという感じで非常に気まずいのである。
そっと生徒会メンバーの所に戻ると、ちょっと不思議そうな顔をした黄原に問いかけられた。
「ねえ、篠やんのお父さんって…」
「普っ通の会社員。なんか妙に貴成のおじさんがリスペクトしてるけど、そんだけ」
「ああ、成る程、人たらしはお父さん譲りなんだ~」
「は?」
「まあ、確かに納得ですよね。それにしても赤羽会長にあそこまで認められてるなんてすごいですね」
「…はい、すごいです!」
「いや、父さんと仲良いからそれでじゃないか?」
「違うと思うぞ、篠山」
そんな事を話していると、他の人達と話していた紫田先生がちょっと疲れた感じで顔を出した。
リコール騒ぎとか起こしたヤバい世代の人達に今年の生徒会の感じとかを聞かれるのが怖いとか始まる前から言っていたが、どうやらどうにか終わったらしい。
まあ、今年のメンバーはなんだかんだ言って皆真面目な面子ばかりだから大丈夫だろうと思ってはいたが。
と言うか。
「違うって何がです?」
「赤羽会長は非常に人を見る目が厳しいってことで有名だからな。そんな方がこんな場所でべた褒めだぞ。今年の生徒会の話聞いてきてた方々も興味津々だったし、何なら俺も推しといたから。庶民の外部生だからって、不安がってた人達も安心してたし、良かったな期待されてるぞ」
「いや、何にも良くねえんですが!?」
止めて、ハードルが上がる上がる。
確かに精神年齢は周りからしたら高いかもしれないけど、俺、ゲームとかで言ったらただのモブですからね、メイン張るようなハイスペック達以上の能力求められるとか気が重すぎる。本当に止めて。
そろっと、周りを見渡すと大物さん達と目が合いにこりと微笑まれるが目が笑っている気がしない。完全に見極めモードに入っている。
引きつった顔で何とか笑い返しながら、ようやくお説教から解放されて帰ってきた貴成含めた生徒会メンバー皆で胃が重いお話をこなしていく。
…後で何とか食事だけは楽しんで帰ろう、そうしよう。
本当に乙女ゲームの世界の漫画チックな生徒会や学校システムの怖さをしみじみ実感した。




