ちょっと落ち着きます
お久しぶりです。本当に度々すみません。
前半、篠山君、後半、桜宮ちゃん視点です。
眠いなあ。
学校に来て早々、下駄箱の所で欠伸をしてしまう。
つーか、最近忙しすぎるのだ。そんな事を思いながら、今日、やんなくちゃいけないことを思い出す。
部活動の新学期始めの予算の割り振りちゃんと出来てるか確認して、各委員会の役職とか運営の確認も途中で…、ヤバい、ちょっと帰りたいな。
ブラックだ、前から思ってたけど、間違いなくブラックだ。
慣れたら多少マシだと、前任の先輩達が言っていたから、それまで我慢かな。
ちょっとウンザリしながら歩いて教室に向かっていると、後ろから声を掛けられた。
「お、おはよう、篠山君!」
声で桜宮だと分かる。振り返って、挨拶を返そうとした瞬間、固まった。
桜宮の格好なんだがいつもと違う。
スカートがまるで漫画とかに出てきそうなほどに短くなっており、学校指定のブレザーやベストは無くて大きめのカーディガン、おまけにシャツの胸元がいつも以上に開いていた。髪もいつもと違ってちょっとくるくるしている。
驚いた俺に、何故か目を輝かせた桜宮が言った。
「えっと、篠山君、どう思う!?」
その言葉に慌ててこう言った。
「桜宮、今日、調子悪いのか?」
桜宮は去年一年同じクラスだったが、黄原とか黒瀬と違って、今日がなんかイベントある日ならともかく、何にも無い普通の日に制服の着崩しとかするようなことはしないヤツだった。
そういうことしてる女子もいるけど、桜宮と最近仲良くしてる染谷とか香具山さんとかは真面目でそういうのしないし。
おまけに、顔もなんか感じが違って、目は潤んでるし、頬はいつもより赤い。
「え、いや、その…」
「朝、熱測ったか? 一応、保健室行くか? 付きそうけど」
正直、茜坂先生は苦手だけど、桜宮が調子悪いなら普通に付き添いくらい行く。
最近、生徒会のこともすごく手伝ってくれてるし、その疲れもあるかもだからしな。
桜宮はおろおろとして、そして、ぴたりと固まった。
「し、篠山君、その、私、今日、変?」
「いや、変というか、いつもと違うし、顔も赤いし、大丈夫かなって」
そう言ったら、桜宮の顔が一気に歪んで、涙目になっていく。
ヤバい何かやらかしたかと思った瞬間、
「ご、ごめんなさいーー!!!」
そう叫んで、そのまま走って行ってしまった。
ちょっと呆然しながら、横にいた貴成の方を向くと、呆れた顔でこう言った。
「…正彦は時々激しくズレてるよな」
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うるうるした瞳に見えるアイメイクに、上気したように見える血色チーク、赤目で艶のあるグロス。
ブレザーの着こなしも、いつも以上に短く折ったスカートに、いつものカッチリした紺の上着じゃなくて、ゆるっとしたカーディガン。中のシャツは第二ボタンまで開けて、リボンもゆるっと。
昨日、ネットで一晩中調べて考えた渾身の格好を自信満々で篠山君に見せたが、本気で心配されるという予想斜め上の返しに撃沈してしまった。
私の格好と半泣きの顔を見て、心配した顔でトイレまで連れて来て話を聞いてくれた夕美ちゃんは苦笑いで口を開く。
「うーん、確かに桃の顔色的にその赤のチークやグロスはちょっと違和感あるかもね。ピンク系の方が似合うと思うわ。髪も巻いてるの可愛いと思うけど、桃の顔的にもうちょっとゆるふわの方が良いかな。・・・それと、智に聞いたけど、制服の着崩しって結構先生に注意されるわよ。桃、古文とか体育の先生方苦手だし、もうちょっと控えめの方が良いんじゃないかしら」
有名な洋服ブランド経営してる両親を持ち、自分もモデルをやっている夕美ちゃんは実は結構ファッションとかに厳しい。やんわりとした口調だけど、その格好は止めた方が良いと言ってくるその注意に半泣きでスカートの丈を戻す。
私の話を聞いて微妙な顔をしていた凜ちゃんも、私に化粧落としシートを渡しつつ、口を開く。
「うん、篠山の発言は中々だけど、私ももう少し自然な方が桃に合ってると思うわよ。それと、一応うちの学校緩いとはいえ、校則違反のオンパレードだったから、控えてくれると風紀委員的にも嬉しいかな」
多少オブラートに包みつつ、やっぱり似合って無かったと言ってくる凜ちゃんにガクッとなる。
あんなに張り切ったのにまた空回って、朝からもう泣きたい。
・・・私、やっぱり色気がないし、出すのも難しいのかな。だから、篠山君も完全スルーなのかな。
明らかに凹んでる私に夕美ちゃんは焦り、凜ちゃんは明るく慰めにかかる。
「そんな顔しない! 普段の格好でも桃可愛いわよ、黒瀬のあんなセクハラみたいな発言気にしないで良いんだから」
「そうよ、桃はいつもの方が似合ってる」
「でも、普段の格好で篠山君に全然通じてないもん…」
完全にいじけてしまった私に二人は困った顔をした。
流石に困らせたくはなかったので、慌てて謝ろうとした瞬間、凜ちゃんが何か思いついたように手を叩いた。
「桃、今日、制服のブレザー持ってきてないんでしょ。確か保健室で服貸してくれるから、午後に先生が厳しい古文がある前に昼休みに借りてきたら。それでもって、かおるちゃんに話聞いて貰ったら?」
その言葉に思わず目を瞬かせる。
「えと、かおるちゃんって、保健室の茜坂先生だよね?」
「そうそう、かおるちゃん、仲良いんだ~。優しいよ」
ちょっと意外だったけど、確かにゲームと違って普通に優しそうな先生っぽかったしな。
それにすごく色っぽい先生だった。
「うん、じゃあ、お昼休みに行ってみる…」
そう言った私に二人がほっとした顔をして、その後すぐにチャイムがなり、急いで教室に戻った。
昼休み、お昼ご飯を早く食べて、ドキドキしながら保健室に来た。
ノックをすると、中から明るい声で返事が返ってくる。
入ると茜坂先生以外に人がいなくて、ホッとする。
「あら、桜宮さんね、どうしたの?」
「えっと、ブレザーって借りられますか?」
「あ、あるわよ。ちょっと待ってね」
保健室に置いてあるロッカーから、出してきたベストを受け取る。
どうやって相談に移ろうと考えていると、茜坂先生が優しそうに笑って口を開いた。
「何か相談事かしら?」
「えっ」
「いや、さっきからちょっと緊張してたしね。良いわよ、話してみて、若い子の話聞くの大好きなんだから」
そう言って話やすいようにか、優しそうな顔で更ににっこり。
…うん、本当にゲームと違って普通に良い先生である。
それに勇気づけられて、口を開く。
「あの、色気ってどうしたらでますか?!」
茜坂先生がちょっと固まって、それから楽しそうに笑い出す。
「やだ、桜宮さん、そんなこと気にしなくても可愛いわよ! 若いんだからこれから、これから」
「いえ、今はそんな気休めの言葉じゃなくて、本当に至急色気が欲しいんです!」
茜坂先生の言葉に被せるようにそう言うと、茜坂先生は何とも言えない顔になった。
「うーん、理由はずばり恋よね? お相手に何か言われた?」
「あ、いえ、そんな事は全然無くて…ただ」
朝の心配そうな顔を思い出す。失敗したとはいえイメチェンしても、そういう風にはちっとも見て貰えないし、思いつく限りのアプローチは連敗中。
「…全然、意識して貰えないだけです」
そう言うと、茜坂先生はクスクス笑った。
「それで、色気ね。なるほど、そっか。あのね、桜宮さん、不特定多数に向けた色気なんて、あまり役に立たないことが多いわよ」
「え、でも、色気のある人はモテるじゃないですか! 茜坂先生だってモテたでしょ」
「ええ、モテたわよ、体目当ての男ばっかりにね。こちとら、お付き合いもした事無いのに、見た目だけで遊んでるって言われ続けたわよ。女子の間でも評判駄々下がりだったわよ」
そう言った茜坂先生の遠い目に慌てる。
「す、すみません!」
「だからね、自分の好きな格好とかお相手の好みじゃ無い限り、あまり派手で色気のある格好ってのは無理してする必要無いと思うわよ。個人的にはね。それに、桜宮さん、お相手のこと好きになってからどれくらい?」
突然の質問に、一瞬で、顔が赤くなった。気持ちに気付いたあの日のことを思い出しながら答える。
「…気付いたのは、去年の文化祭です」
「あら、じゃあ、まだまだじゃない。因みに彼にお付き合いしてる人とか思い人は?」
「あ、友達情報によるといないっぽいです!」
「なら、全然良いじゃない。あのね、楽しめば良いと思うわよ、片思い。アプローチは頑張ってるんでしょ」
「他の人には完全に伝わってるのに、本人には伝わってないんですよ…」
「あら、素敵、立派に牽制にはなってるじゃない。焦るんじゃなくて、ちょっとずつ積み重ねていけばいいのよ。そのうち、変わってくるかもしれないわよ。それと、…ちょっと待ってね」
茜坂先生は奥の方に置いてあった鞄を取ると、中から綺麗な瓶をいくつか取り出した。
「桜宮さん、名前は桃だったわよね。この香り、どう?」
ピンク色の瓶のキャップを開けるとふわりと香るのは優しいピーチの香りだ。キツい匂いは苦手だけど、これは柔らかい甘い匂いで素敵だ。
「わあ、良い匂いです」
「良かった、香水集めるの趣味なのよね。はい、手首出して」
言われるがままに出した手首にシュッと吹きかけてくれる。
「両手首でこすって、ついでに首筋とかにもつけてみて」
その通りにすると、手首を顔に近づけた時に、ふわりと香る。
「自分の好きな香りって落ち着くでしょ。桜宮さんは焦んなくていいから、落ちついて頑張ってみなさい。そのままで充分、魅力的よ。キツくなったら、相談は乗るしね。恋バナ大好きなのよ」
優しくそう言って笑う茜坂先生に、ちょっとだけ納得出来ないながらもこくりと頷いた。
お礼を言って保健室を出た後、話したことを考えながら歩く。
片思い楽しみながら、落ち着いて頑張りなさいかあ。
あまりに通じないアプローチに焦ってたのは確かにだけど、あの鈍感な篠山君にゆっくりって通じるものなのかな。
それに、すっごく素敵な人だから、いつ他の人に取られちゃうかもって怖いんだよね。
そんな事を思いながら、教室に帰ってくると、篠山君とばったり目が合った。
う、朝にやらかしたアレを思い出して、ちょっと顔を合わせづらい。
だけど、篠山君は私の方に寄ってきて、そのまま頭を下げた。
「桜宮、朝はごめん! 俺、無神経な事言ったよな。謝ろうと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて」
「あ、いいよ、全然! 謝らなくて!」
と言うか、夕美ちゃん達にも微妙な顔をされてしまったイメチェンだったしなあ……。
「いや、冷静に考えるとイメチェンだったと思うんだけど、桜宮、去年はそういうのする感じじゃ無かったから、体調悪いとか言っちゃって。本当に無神経で悪かった。…えっと、その、俺が言うのもあれなんだけど、桜宮は普段の格好でも、…その、可愛いから大丈夫だと思うぞ」
か、可愛い!? 突然の言葉に動揺して顔が真っ赤になる。
なのに、言った本人は何とも気まずそうなだけだ。
なんか、ちょーっとだけムカついてくる。
「別に無理してお世辞言わなくてもいいよ…」
思わず出てしまった可愛くない言葉に、篠山君は困った顔をした。
「いや、悪い、無理してお世辞って訳じゃないんだけど…。あー、もう、慣れてないんだって、こう言うの。だから、朝もやらかしたし。とにかく、桜宮は普通に可愛いと思うぞ」
珍しく口ごもりながらのその言葉に顔はちょっと赤い。
そう言えば、いつもサラッと誰かをフォローするし、お礼とかもしっかり言うけど、女の子の容姿褒めたりとかあんまり見たことないような。
「慣れてないの?」
「しょーがないだろ、黄原とか白崎とかモテるヤツはサラッとこう言うのやれるんだろうけど俺はモテないんで」
ちょっとむくれた顔に、思わず笑う。
手首から香る良い匂いのおかげか、今日は篠山君の前でも割と落ち着いているのだ。今日あたり、香水とか買ってみようかな。
うん、そっか。私も恋愛とか慣れて無くてテンパってるように、篠山君だってこういうの慣れてないんだ。あのヤバい鈍感の理由にも慣れてないってのがあったりとか。
どさくさで言って貰えたような可愛いだけど、案外嬉しいし、可愛いって思ってくれてるなら頑張ればいけるかもだ。
うん、イメチェンは失敗だったけど、結構結果オーライだったなあ。
むくれた篠山君にごめんと謝りながら、そんなことを思った。




