バレンタインの悲劇の話 ~黄原視点~
タイトル通り酷い話です。短編でさらりと流したバレンタインの話。
ぶっちゃけ読まなくても話に大きな影響は出ないので、可哀想な桜ちゃんを見たくない人は見なくてもいいです。
そして、番外編はこれで終わりで次から二年生編になります。
良かったら今後もお付き合いください。
今日は学校中が浮ついた雰囲気になっている。
二月十四日、バレンタイン。
お菓子会社の陰謀という話を聞いたこともあるが、まあ、それは置いといて楽しいイベントではあると思う。
貰えるかどうかに関しては、一応結構貰えたりする。
嬉しいか嬉しくないかは別にして昔から女の子には結構モテるので。
姉ちゃんと夕美には当日にはいらないでしょうと最近の土日で一緒に二人で作ったという物を貰ったのはいつも通り。
夕美は友チョコやるんだと楽しそうにしていた。前は羨ましいと思っただろうが、今は違う。
そう、今はちゃんと男友達がいるのである!
そんな気分のまま教室に入り、何気なく教室を見渡して固まった。
赤っちが朝っぱらから、眉間の皺をクッキリと刻み込み、不機嫌オーラを周りに放出している。
女嫌いなのは知っていたから大丈夫かなとは薄々思っていたけど、思った以上に嫌だったらしい。
遠目から見ている時点でうわあとなっていると、赤っちの近くにいた篠やんとバッチリ目が合い、早く来いと手招きされる。
近くにいる白っちも苦笑していて、ちょっと距離を置きたいけどまあしょうが無いかと教室に入る。
「おはよ~、皆。…赤っち、朝から、ヤバそうだね」
「…校門で待ち伏せ何人かいたし、それ断って、逃げてきたら下駄箱ぎっしりだったんだよな。差し出し人不明のヤツは前にヤバいの何個かあったから、忘れ物入れに放り込んできたんだけど、もうヤバそうだな。この時期は毎年、こうだぞ」
赤っちの幼なじみである篠やんが説明してくれる内容にうわあとなる。
俺もモテる方で朝から何人かに声を掛けられたけど、男でも格好いいなあと思う完璧超人な赤羽グループの一人息子だと比べものにならないほど大変らしい。
「うわあ、赤っちお疲れ~。白っちと篠やんは大丈夫だった?」
「僕も何人かに声を掛けられましたが、赤羽ほどではありませんよ」
「…俺に来る訳ないだろ。お前らと違って、フツ面なんだよ」
篠やんのその言葉にええっとなる。
嫌、絶対モテると思うんだけど、篠やん。
だって、篠やんは男女問わず親切で、メッチャ良い奴で、成績も運動神経だって良い。
俺が高校に入って楽しくやれてんのも、篠やんと友達になれたからだ。実はちょっとこんな風になりたいなと尊敬もしている。
確かに顔は地味目な感じだけど、俺のイケメン揃いの友達の中でも全然負けてないと思うのだ。
…と言うか、実際に篠やんのこと大好きな子、一人いるしね。
そんな事を思ったタイミングで、挨拶が掛けられた。
「お、おはよう、篠山君、赤羽君、白崎君、黄原君」
寒い季節なのに朝から顔を赤くして俺たちに、…いや、主に篠やんだろうなあ、に声を掛けてきたのは桜ちゃんだ。
桜ちゃんは最初はよくいるイケメン好きの女の子って感じで俺とか白っちとか赤っちに声を掛けてくる感じだったけど、篠やんを好きになってからは全然態度が違うのだ。
俺たちにはちょっとミーハーで軽い感じだったけど、篠やんには顔を赤くして、恥ずかしそうに、でも、すごく頑張ってるのが端から見てても分かって、ああ、本命なんだなって感じである。
実際、篠やんを好きになってから、すごく可愛くなったと思う。
まあ、だからと言って手を出すなんて訳は無く、微笑ましいから、ニコニコしながら二人の恋愛を眺めさせてもらうだけだけど。
皆から挨拶が返ってきた後、ちょっともじもじしていたが、何かを思い出したように鞄に手を突っ込んだ。
「あ、皆にはよく迷惑掛けちゃったから。これ、どうぞ」
そう言って、俺と白っち、赤っちに渡されたのは、一応可愛い袋にいれてあるが透けて見える中身は、俺も好きなコンビニで20円くらいで買える駄菓子のチョコレート。
考えるまでもなく分かる。義理チョコだ。
朝からチョコを渡してくる女子にグッタリしていた赤っちでさえ、普通に受け取るような義理チョコ。
一人渡されなかった篠やんは、不思議そうに
「あれ、俺には無いの?」
と聞いているが、いや、篠やんは絶対これじゃないでしょ。これ見るからに義理じゃん。
桜ちゃんは、その言葉に顔を赤くして、
「し、篠山君のは、…その、後で渡したいから、待ってて貰ってもいい?」
と聞いている。
うんうん、流石に本命を教室でさらっと渡すのは恥ずかしいよね。
篠やんは首を傾げながら頷いている。
まあ、あれだけ鈍い篠やんも見るからに本命を渡されたら気付くでしょ。
あー、そのためにわざわざ、俺らにもこんな義理チョコ用意したのかも!
今日起こるであろうことを想像してニマニマしている内にチャイムが鳴って、慌てて席に着いた。
さて、放課後、昼休みにもずっとそわそわしてた桜ちゃんが意を決したように篠やんを見ている。
お、来るか、告白!
「あ、ちょっと、お前ら、いいか?」
なんて、俺らに話しかけてきている篠やんに今は無理とか言って、桜ちゃんが話しかけやすいように一人きりにしてやる。
桜ちゃんが篠やんに声を掛けて、廊下に呼び出すのを見て、こっそり後を付いていく。
赤っちにはわざわざ覗き見するのかとか呆れ顔で言われたし、白っちには微妙な顔をされたが、気になるじゃん!
つーか、結局、付いてきてる時点で同罪だし!
影から隠れて見守っていると、ずっと顔を赤くして俯いていた桜ちゃんが顔を上げた。
「し、篠山君、これ!」
そう言って、差し出すのは朝に俺らが貰ったのとは比べものにならないくらいに気合いの入ったラッピングの箱。
桜ちゃんは真っ赤になって口ごもり、しどろもどろになって口を開く。
うん、うん、照れちゃってるんだよね、分かる!
「チョ、チョコです!」
結局そんなことしか言えなくて俯いてしまったけど、…分かるよね、これは!
真っ赤な顔、恥ずかしそうな態度、そして、あの気合い入りまくりのラッピング。
見るからに告白である。
さあ、篠やんの返事は!?
篠やんは桜ちゃんから貰ったチョコをしげしげと見つめていたが、顔を上げて口を開いた。
「桜宮、チョコ間違えてない? これ、本命っぽいぞ」
篠やんーーーーーーー!!!???
何で、何で、その対応?! 嘘でしょ!?
端から見ていた俺らでさえ呆然となる中、篠やんは慌てたように話している。
「いや、朝に渡し間違えて余っちゃったとかなら、全然、渡しにいくし! その、貰えるのは有り難いんだけど、こんな本命っぽいのは友達からの義理じゃ悪いだろ。ちゃんと、好きなヤツに渡した方が良いんじゃないか?」
そう言って笑った篠やんに、ずーっと、黙っていた桜ちゃんがゆらりと顔を上げた。
涙目でものすごく篠やんを睨んで叫ぶ。
「篠山君の、篠山君の、馬鹿ーーーーーー!!!!」
そう言って、桜ちゃんはそのまま逃げるように立ち去っていってしまった。
運動神経そんなに良くないのに、すごく早い。
一人、ぽつんと残された篠やんがかなり困った顔で立っている。
うん、そうだね、篠やん、これは無いよ。
なんかもう呆れかえって、これは怒ってやらなきゃなあと思いながら、近づくと篠やんがホッとしたような顔でこっちを見た。
「あ、桜宮、行っちゃったんだけど、これ、そのまま、貰ってもいいのかな?」
その言葉に何かもうぐったりする。
篠やん、本当に、もう!
「いや、それは貰ってあげなきゃ可哀想でしょ!」
「え、そうなのか。…あ、そう言えば何だけどさ」
そう言って、篠やんが持ってた鞄から数個のチョコを取り出して、俺に渡した。
「これ、黄原にだってさ」
沈黙が降りた。
誰も何も言えないまま、篠やんだけが通常運転である。
「これは白崎宛で、これが貴成宛な。…貴成は嫌だろうけど、まあ、人宛の物、俺がどうにかする訳にはいかないから。一応、顔バレしてるから変な物は入ってないんじゃないか」
そう言って渡されたチョコを見て、赤っちから氷のような気配が漂ってくる。
「…これは、お前が俺らに渡せって言われたものか?」
「ん? そうだけど」
「自分で渡す勇気が無いから、お前が渡せって言う、激しく失礼なチョコか?」
「いや、まあ、確かに失礼だけど、俺、慣れてるし。あんま気にしてないから、いいよ」
そう言って困った顔で笑う篠やんに赤っちが小さく、
「…だから、こういう女は嫌いなんだよ!」
と言っているのが聞こえた。
…あー、赤っちの女嫌いの悪化の原因ってこれもあるのか。
…じゃなくて!
白崎がちょっと震え声で言った。
「し、篠山、その、すみません。嫌だったですよね…」
「いや、別にお前らのせいじゃないし。普段はなるべく断ってるんだけど、やっぱバレンタインは押しが強いわ」
その言葉で普段から篠やんに迷惑を掛けてたっぽいことが分かり、更に凍り付く。
顔を覆って、うずくまりたい衝動を必死に耐える。
ごめん、マジでごめん。
と、言うか、篠やん、マジで鈍感だなと思ってたけど、悪化の原因ってもしかして…!
そこまで考えた所で、思わずこう言った。
「篠やん、俺、滅茶苦茶、応援することにしたよ!」
「へ? 何の話?」
篠やんは不思議そうにしているが、赤っちも白っちも深く頷いている。
いや、もう、篠やんも桜ちゃんも本当にごめん。
二人の恋路、見守るなんて言わない、必死に応援する。
だから、もう、本当にごめん!




