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白の攻略対象者


「あ、篠山君!」


 嬉しそうな声が響いて振り返ると、図書室で大きな声を出してしまったことに慌てている桜宮さんがいました。

 隣では香具山さんもそれを微笑ましそうに見守っています。

 放課後、篠山と一緒に図書室に新しく入った本を見に来たのですが、同じく本好きの桜宮さんと香具山さんも同じ事をしに来たようです。


「あ、桜宮と香具山さんじゃん。新刊見に来たのか?」

「うん。詩野ちゃんに誘われたんだ。お小遣いだけだと気になった本全部買うの大変だから、大きい図書室のある学校で良かった」

「あー、それは分かる。新刊、買うのは楽しいけど、金銭的余裕があんま無いから外した時のガッカリ具合がヤバいんだよな。図書室で読んで、良い感じの作家さん見つけて作家買いすんのがいいや」

「あ、それ、分かる! えっと、篠山君、どんな作家さん好きなの?」

「んーと、最近の人だと…」


 二人で話が盛り上がり始めたので、ちょっと後ろにさがって距離をとります。

 見るからに顔を赤くして一生懸命に篠山に話しかける桜宮さんは本当に分かりやすく、そして何故だろうと思う程に一切気づいて無い篠山は平常運転です。

 他人の恋愛事をあまり気にした事はありませんでしたが、端から見ていてこんなに楽しいものだとは思いませんでした。

 多分、緩んでいるであろう表情のまま二人を見守っていると、香具山さんが同じようにちょっと距離を取って微笑ましそうに二人を見守っているのに気付きました。

 隣に移動して、小さな声で話しかけます。


「微笑ましいですよね、あの二人」

「うん、そうだよね。でも、桃、本当に可愛いのに、なんで篠山君は気付かないんだろう。勿体ない」

「勿体ないですか?」

「うん。だって、あんなに顔赤くして、一生懸命で、女の子って感じでしょう。すっごく可愛いじゃないですか。気付いたら、あんな子独り占めですよ。私の友達、可愛い子いっぱいで、毎日楽しいんです」


 桜宮さんのことをすごく楽しそうに褒める香具山さんは友達が大好きなのが伝わってきて、本当に楽しそうに笑ってて、思わずこう言ってしまいました。


「香具山さんも可愛いですよ。それに、ハッキリした所は格好良くて、とても素敵な女の子だと思いますよ」


 その瞬間、香具山さんは何を言われたのか分からないと言った顔で固まって、それから顔を赤くして飛び退くように僕から離れます。


「…白崎君、そういうこと簡単に言うのは良くないと思うんだけど」


 そう言って睨んでくるその嫌そうな顔もやっぱり可愛くて、思わず笑ってしまいます。

 そう言えば、香具山さんと初めて会ったのはやっぱり図書室だったなと、ふと以前の事を思い出しました。










*****************









 

 香具山さんと初めて会ったのは入学したばかりの頃でした。

 体が弱くて学校は休みがち。それなのに、勉強は出来て格好良いなどと言われて女子には騒がれて。男子には、それらを理由に避けられる。

 そんな感じで友人がいないまま過ごしてきた僕には一人でも時間を潰せて楽しむことが出来る読書というのはとても良い趣味でした。

 この学園は図書室が大きく、新しい本も沢山入荷してくれると聞いていたので入学してすぐに見に来たのです。

 入学してすぐの短縮授業の時期だったので、あまり人も居ませんでした。

 どんな本があるんだろうと見てまわっていると、本棚の影に先客がいたのに気付きました。

 小柄な女の子で、上の方の本を取ろうと必死に背伸びしています。

 少し危なっかしくて見ていられず、後ろからその本を取りました。

 驚いたように振り返ったその子に、安心させるように笑いかけて本を渡します。


「大変そうだったので、ちょっとお節介をしてしまいました。本、これですよね?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 本を受け取って、嬉しそうに笑ったその子は三つ編みの眼鏡といった感じで如何にも大人しそうな女の子で、だけど他の女子と違って僕よりも本を見て笑ったその笑顔が可愛いなと思いました。

 ぺこりとお辞儀をして嬉しそうに貸し出しカウンターに向かっていくのを見て、僕も何を借りようかと本棚に目を移します。

 こんな感じで出会った後も、学校に来ることが出来た時には図書室に行く僕と、よく図書室に来る香具山さんは会うことが多く、時々ちょっとしたことを話すようになり、一回倒れかけてからは体調が悪い時は心配されるようになっていました。

 その頃は本が好きな香具山さんに仲間意識を感じていましたが、恋愛感情などは全く抱いていませんでした。







 入学してしばらく経った頃、席替えがあり、篠山と隣の席になりました。

 篠山はクラスでも目立つ方ではありませんでしたが、誰とでも仲が良く、正直うらやましいなと思っていたので隣になって少し嬉しかったのを覚えています。

 その頃は季節の変わり目でもあったことから体調が悪く、本当に休みがちでしたが、篠山は話しやすくて、意外にも本が好きで、グループ学習にも誘ってくれたおかげであっという間に友人が増えました。

 近くの席になった桜宮さんも僕の好きな本の話題で話しかけてくれたおかげで、女子にグイグイと来られるのは苦手だったのですが楽しく話すことが出来ました。

 クラスで仲が良い友人がいると言うのは本当に久しぶりで、毎日本当に楽しくて。

 だから、ちょっとした約束でも破りたくなくて、嫌われたくなくて。

 具合が悪くても、必死に学校に行っていました。

 食事をしようとしても、なかなか食べる気が起きなくて、せっかく昼食に誘ってもらえても断らなくちゃいけないのが悔しくて。

 頭はガンガンと痛んで、目眩がして、体はだるくて。それでも、怖いと言われてしまう無表情が出てしまわないように必死に笑顔を心がけました。

 今にして思えば、向こうは僕が思う程に気にして無くて、体調が悪くて出来ませんでした、すみませんと一言謝れば許してくれたのでしょう。

 僕の友人達は皆いい人ばかりですし、そもそも約束を破ることになってしまってあの子をあんなに怒らせてしまったのは、僕らが幼くて、タイミングが悪かった。それだけのことだったのです。

 それでも、あの時は毎日必死に取り繕う事を考えて、無茶ばかりしていました。

 だから、あの日、図書室で倒れてしまったのは当然の事だったのでしょう。

 体調が悪そうだから早く帰った方が良いと言ってくれていた香具山さん、たまたま居合わせた仲良くなったばかりの篠山。

 二人に迷惑を掛けたくなくて、朦朧とする頭で必死に姿勢を立て直そうとした時でした。

 状況にそぐわないほど静かな声で香具山さんに話しかけられたのは。

 働かない頭で必死に返事を返していると、


「ねえ、白崎君。私、さっきから体調悪いんだったら、さっさと帰れって何回も言ってたよね。それに大丈夫だからって、無理して倒れたお馬鹿はどこの誰だと思う? つーかな、迷惑かけたくないんだったら、大人しく保健室行って病人やってろ、これ以上心配かけるんじゃねえ、コノヤロウ」


 こんな言葉をものすごくドスの効いた声で言った香具山さんに思わず思考が停止しました。

 顔を上げると、笑顔なのに何故か迫力を感じさせて、だけど目は真剣に怒っていました。

 今までの大人しい女の子と言う印象がガラガラと崩れたのを覚えています。

 呆気に取られている内にテキパキと篠山に指示を出し、そのまま保健室に連れていかれました。

 保健室でも約束を守れないなんてことを気にしていた僕に真剣に怒っていました。

 約束なんてどうでも良いと、迷惑かけたとかじゃなく、体調が悪いことをちゃんと伝えて体を大事にしないことを怒っているとそんな風に怒られて。

 篠山にも苦笑いで同じことを思っていると言われて。

 何故かグルグルと纏まらない思考のまま、迎えに来させてしまった母さんに迷惑をかけたことを謝ると、そんなことは良い、体を大事にしてと言われました。

 次の日、学校に着くと篠山が待っていて、静かな声で約束を破ったくらいで友人を止めたりしないと伝えられました。

 僕に何があったのかは分かっていなくて、それでも真剣な声で告げられたその言葉に驚くほどに心が軽くなりました。

 数日後、桜宮さんには体調が悪いの分かっていながら自己満足を押しつけて無理をさせたと謝られました。

 おそらく、桜宮さんが篠山と僕を避けていたことから考えると、篠山が桜宮さんに何かを伝えたのでしょう。

 そんなことは無いと伝えても、それでもと真剣な表情で謝られました。

 今日の体調は大丈夫かと聞いたので、平気だと返すと、本当に安心したように笑って、篠山を探して飛び出していきました。

 僕がただ変にこだわって、勝手に無茶して体調を崩しただけ。

 それなのに、真剣に考えて心配をしてくれる人達がいるのだと分かって、本当に自分が馬鹿だったなとようやく気付くことができたのです。

 







 自分の馬鹿さ加減に気付いた後、気になったのは香具山さんのことでした。

 その後、数日間、毎日図書室に通い、ようやく見つけた香具山さんに謝りました。

 変なことにこだわって、無茶をして、心配をかけたと、そう謝ると、香具山さんはにこりと笑って、


「私、白崎君のことすっごくイライラする人だなと思ってたんです」


 と言いました。

 あまりの言葉に固まる僕を気にすることなく、香具山さんは話し続けました。


「体調悪いのに無理して、何かをずっと気にしてるの分かるのに、何も伝えなくて。…でも、ちょっとスッキリしたみたいだよね?」


 思わず頷くと香具山さんはすごく嬉しそうに笑いました。


「なら、良かった。ねえ、白崎君、もう無茶はしないように。またやったら、本気で怒るから。分かった?」


 嬉しそうに笑った顔は本当に可愛くて、分かった?と聞くその真剣な顔は少し格好良くて。

 最初に思っていたような大人しい女の子では無く、少しキツく聞こえてしまう程に物事をハッキリと言う優しくて気の強い女の子。

 だけど、そんな所も格好良くて、笑顔は初めて会った時からずっと可愛いと思ってた。

 そんなことに気付いてしまったら、答えは簡単です。

 僕は香具山さんのことが好きになっていました。










*****************

 











 そんなことを思い出して、少し離れた所からやっぱりこちらを睨んでくる姿に苦笑します。

 香具山さんはあんなにハッキリと物事を言うのにどうやら恋愛事は本当に苦手のようで、可愛いとか格好いいと言うだけで懐かない猫のようにこちらを威嚇してきます。

 こんな彼女も可愛いなと思うのですが、もしも桜宮さんのように分かりやすく攻めたら多分近づいてくれなくなるでしょう。

 周りにも恋愛感情だと伝えないようにして、友人として接して、段々と僕からの言葉に慣れて、逃げなくなるまでどれくらいかかるのか。

 分からないけど、桜宮さんもあんなに頑張っているのです。

 持久戦を覚悟しましょう。


「すみません。篠山の褒め言葉は結構率直なので移ったのでしょうか。だけど、友人として言わせてもらいますと、香具山さんは素敵だと思いますよ」

「と、友達としてだよね?」

「はい」

「なんか口説いてるみたいに聞こえるから、女の子にそういうことは言わない方が良いと思うよ。白崎君、格好いいし誤解されちゃう」

「あはは、ありがとうございます。気を付けますね」


 友人としてならとそろそろと近づいてきてホッとしたように笑う姿に意外と単純だなと思いつつ、そんな所も可愛いと思います。

 向こうで盛り上がっていた篠山と桜宮さんが僕たちがいないことに気付いて、あたりを見渡してこちらにやってきます。


「気付いたら居なかったからビックリしたわ」

「すみません、この本が気になって、先に移動してました」

「いや、俺らも二人で話し込んでたし」

「うん、一緒に来たのにごめんね。詩野ちゃん」

「ううん、気にしないで。桃、楽しそうだったし、邪魔しちゃ悪いかなと思っただけだから」

「あ、うん。そだね…」


 赤くなって挙動不審な桜宮さんとそれを不思議そうに見る鈍い篠山の思わず香具山さんと目を合わせて笑ってしまいます。

 本当に、香具山さんが言うように早く気付いて幸せになれば良いと思いますよ、篠山。

 篠山達が気付かせてくれた色々な事のおかげで、僕の恋はすぐに叶わなくてもいいと思うくらい、この日常が楽しいのです。


 






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