赤のライバルキャラ(2)
2話連続投稿です。
まだの人は前の話からお読みください。
初めて会ったあの日に次に会った時と思ったけれど、また貴成さんとちゃんと話せたのは、ずっと後のことでした。
理由は簡単、貴成さんがモテまくっていたからです。
貴成さんがああいった集まりによく出るようになると、一気に同年代の子達が増えたのです。
おそらく私の両親と同じようなことを考えたのでしょう。
親からの言いつけもあったのでしょうが王子様のような素敵な男の子は、たまのパーティーなどではいつも女の子に群がられていました。
それを見ていて、なるほど、やっぱり皆は王子様が好きなのかと納得したのを覚えています。
あまりの大人気に話しかけることも出来ずに、そういったパーティーではいつも貴成さんに突撃していけなかった控えめな感じの女の子達とお喋りをして暇を潰していました。
他の男の子はそんな貴成さんをうらやましがったり、親の言いつけだからと側に行こうとしていましたが、私は少し不思議でした。
貴成さんはいつも本当に退屈そうな顔ばかりで、あの日お友達の話をした時のように楽しそうな顔をすることは無かったのです。
だからきっと女の子達に群がられてきっと嬉しくないし、早く帰りたいと思っているのでしょうに、他の子達はいつも貴成さんを取り囲んでいたのです。
助けてあげた方が良いでしょうかとは薄々は思っていたのですが、私もその頃は他のことで悩んでいました。
お母様達はよくそういったパーティーで仲良くなった子のお話を聞いてきました。
私が正直に仲良くなりたいと思った子や少し嫌だなと思った子の話をすると、お母様達は言うのです。
その子はあんまり良くない家の子だから今日はしょうが無かったけど、次はあまり仲良くしないようにと。
その子はとても良い家の子だから次は良いところを見つけて仲良くしなさいと。
でも、どう考えても、その良い家の子はとても意地悪で嫌な子でしたし、あんまり良くない家の子はとてもお話が面白くて、優しい良い子だったのです。
習い事のこともそうです。
私のやった事はいつも先生やお友達にとても褒めてもらえます。だけど、よく見てみると隣の子の方がずっと上手だったりするのです。
そういった事が気になりだした切っ掛けは貴成さんのお友達の話や、私の描いた絵を下手と言われたことでしたが、きっとそれが無かったとしてもいずれは気付いたと思うほどに私にとってそれは違和感があったのです。
だから、私もそういったパーティーはあまり好きではなかったですし、たまに貴成さんと話す機会があってもお母様達から何か言われるのが嫌で、ちょっとした挨拶で済ませていました。
そして、貴成さんと次にちゃんと話せたのは、私が10歳の時でした。
話せた切欠は私が勇気を出したりしたわけではなく、私のドジでした。
その日はとても綺麗な庭園が有名なホテルでのパーティーで、半分は室内、半分は庭園といったようなパーティー会場でした。
貴成さんは庭園にいたため、子供達のほとんどは庭園に行っており、私もそれを見たお母様達に庭園に行ってきてはと言われて庭園に行きました。
その日に履いていた靴は、新しい綺麗なもので、だけどとても足が痛くなるものでした。
綺麗な庭を見る余裕もあまり無く、見つけたベンチに向かおうとするとその近くで貴成さんや他の子達が集まっていました。
その中を突っ切ることはしたくなかったので、ちょっと離れようとした所、その中の一人が私に気付いて声を掛けてきました。
私は咄嗟に振り返ろうとしましたが、足が痛くて上手く動けず、結果思い切り転けてしまいました。
周りの子が声を掛けてくる中、私は固まってしまってなかなか立ち上がれませんでした。
ドレスを汚したらお母様に怒られるでしょうし、心配して声を掛けてくれる子もいましたが、私が転けたのを見てクスクス笑っている子もいて、どうしようもなく恥ずかしくなってしまったのです。
どういった顔で立ち上がろうと悩んでいると、スッと手が差し出されました。
その手に慌ててお礼を言おうとして、顔を上げ固まりました。
貴成さんが珍しく退屈そうな顔ではなく、心配そうな顔をしてそこにいました。
貴成さんは固まってしまってなかなか動けない私に少し首を傾げて口を開きました。
「…大丈夫か?」
「あ、はい。えっと、大丈夫です」
「服や怪我のこともあるし、ホテルのスタッフに声を掛けて別室に案内してもらいに行くぞ」
そう言って、淡々と私の手を引いて立たせると、そのまま歩き出します。
その姿を見て先程まで貴成さんを取り囲んでいた女の子が慌てて口を開きます。
「あの、貴成様が行かなくても私が案内します!」
「お前らは俺の側で盛り上がってただろ。俺はほとんど口を挟んでなかったから、俺が居なくても関係ない。だから俺が行かせてもらうぞ」
そう言って、そちらに見向きもせずに向かう姿になるほど抜け出す口実に使われたのかなと納得しました。
貴成さんは彼らから離れた所で立ち止まり私の方に向き直りました。
「さっきから歩き方変だけど、大丈夫か?」
「あ、ただの靴擦れですので、大丈夫です」
「靴か…。よく、そんな履きづらそうなの履くよな」
「今日のは失敗でしたね。…あの、手を離して貰っても?」
「ああ、悪い。あそこから早く抜けたくて、ついな」
「いえ。貴成さん、囲まれて大変そうでしたし」
「いや、それもあるが、お前が転けたの見て笑ってたヤツいただろ。お前の気分がよくないだろうから早く抜けたいと思ってな」
その言葉に気付いてたのかと少し驚きます。
「…ありがとうございます。助かりました」
「いや、いい。取り敢えず、ここのベンチに座っとけ。誰かスタッフに声掛けてくる」
有り難く座らせてもらうが、その言葉に慌てて口を開きます。
「あ、私一人で大丈夫ですよ」
「いや、あのまま戻ると面倒くさいからこのまま付き合わせてくれ。怪我した子に付き添ってたなら文句も言われないだろうし、友達の付き添いで保健室とか行くの慣れてるしな」
友達と言う言葉に最初に会った日の会話を思い出しました。
「友達と言うと、虫取りが得意な同じ幼稚園の?」
「よく覚えてたな。そいつだ。あと、今は虫取りとか駆けっことかだけでは無く、勉強も出来るぞ。俺と同じくらいだ」
少し自慢そうな顔でそう言う姿に微笑ましくて思わず笑ってしまいました。
貴成さんはそれを見て、少しむくれます。あの退屈そうな顔では無く、自然な顔でした。
「何か?」
「いえ。大事な友達なんだなと」
「ああ、親友なんでな。と、手が空いてるスタッフがいた。ちょっと待ってろ」
貴成さんは近くにいたスタッフに声を掛け、少し話すとすぐに戻ってきました。
「スタッフルームに手当の道具とかがあるらしいからそこに行く。歩けるか?」
「はい」
やはり足は痛いが、少しの距離なら問題無いです。
立とうとすると、自然に手を差し出され、思わず固まるが、そのまま手を重ね引いてもらいました。
友達と手をつないだりすることはあるのに、その時はものすごく緊張したのを覚えています。
スタッフルームに着くと、貴成さんは着いてきてくれたスタッフさんに濡れタオルと乾いたタオルを頼みました。
「スカートの裾の所、少し汚れてるから。応急処置程度になるけど、汚れは取った方がいいだろ」
「ありがとうございます。よく知ってますね」
「友達がしょっちゅう服を汚しては必死に染み抜きとかやってるからな」
「…けっこうドジなんですか?」
「いや、思い切りがよすぎるんだよな。しっかりしてる所はかなりしっかりしてるんだけど。…まあ、いい、怪我の手当手伝うぞ」
そう言われて自分の体を見ます。
手は少し汚れていますが、少しすりむいただけで血も出てません。膝も同じです。
そして、少し怖いながらも、靴を脱いで、靴下を脱ぎました。
そして足を見て、大分困りました。
靴にすれていた部分の皮が完全にすり切れ、血が出ていました。
この足でまたパーティーに戻るのは本当にきついです。
「結構痛そうだな」
「…はい。戻ったらベンチに座って大人しくするしかないですね」
「いや、戻る必要は無いだろ。痛そうだし、あそこじゃ落ち着かないだろうから、ここで終わる時間まで休ませてもらえばいいだろ」
「ですが…」
「お前の親には後で俺も言っておくから。俺も戻りたくないし、良いだろ。共犯者ってやつだ」
その言葉に少しだけ目を瞬かせます。
「その言葉、覚えてたんですね」
「それはそうだろ。あれは俺が初めて出たパーティーだったし、インパクト強かったし、…それに一番マシだったしな」
「マシですか?」
「ああ。そこまで絵を描いたりに興味は無かったけど、お前は俺に無闇に構ってこなかったし、あれのおかげで大分暇もつぶせたしな。最近のあれこれと比べると本当に一番楽マシなパーティーだったぞ」
見るからにうんざりと言った表情でそう言う貴成さんにやっぱりと思いながらも、一応はフォローしようと口を開きます。
「まあ、貴成さん格好いいですしね。他の方も仲良くなりたいんですよ。…それに、親からの言いつけと言ったこともありますしね」
「…だろうな。本当に面倒くさい。というか、お前もじゃないのか?」
「はい?」
「親からの言いつけと言うヤツだ。お前の親に会うとしょっちゅうお前を売り込まれるんだが、お前はいつも必要最低限の挨拶だけだしな。すごく有難いから放置していたが、そう言えば不思議だなと」
その言葉に色々な事がよぎり、固まってしまいました。
両親の行動には正直頭を抱えたいですし、勇気がでないだけであった行動が貴成さんにとって好印象だったという驚きもありました。
ですが、淡々と聞かれたその言葉に私は思わず思っていたことをこぼしてしまったのです。
「…こう言った場で沢山の人と会うと、よくその話をお母様達が聞くんです。だけど、私が仲良くなりたいと思う子があまり良くない家の子だと、次は避けるように言われるんです。習い事でも、明らかに下手な私を皆が褒めるんです。でも、ずっと前に貴成さんに言われたように下手なのが私にも分かるんです。…そういうのがすごく嫌だから、お母様達が言う良い家の子ともあまり話したくないんです。…でも、悪い子って思われるのも、嫌なんです。だって、嫌だなと思う所もあるけれど、お母様達の大好きな所もいっぱいあるんです。だから、お母様達の言うことは出来るだけ聞きたいのに、やっぱり聞きたくないんです。…変でしょうか?」
自分でも分かるくらい情けない声がでます。
でも、止められなくて、言ったことがあまりに面倒くさくて、思わず俯いてしまいました。
その後に続いた沈黙に、ああ止めておけば良かったと泣きそうになってしまった時、小さな声が聞こえました。
「…変ではないと思うぞ」
思わず顔を上げて、少し驚きました。
貴成さんは今まで見たこともない、本当に困った、そして、一生懸命な顔をしていたのです。
「その、お前の感じることは普通だと思う。…俺も、良い家の子だの何だのとかは嫌いだし、親嫌いになれないとかも分かるし。だから、全然変ではないと思うし、…俺はそれ聞いてお前のこと結構良い奴だったんだなと思ったし、こんな事聞き出して悪かったなと思ったぞ。…えっと、周りに無意味に褒められるのが嫌なら、もっと上手くなれば良いんじゃないかと思う…、すまん、今言うようなことじゃ無いのか。…だから、とにかく、あまり気にしすぎなくても、良いんじゃないかと思うぞ」
いつも堂々と話すのに、つっかえつっかえで、話はあまり繋がっていなくて、それでも私のことを励まそうと一生懸命なのが伝わってきました。
「…ありがとうございます」
思わず呟くと、どこか困りはてたような顔で首を振りました。
「いや、俺の友達だったらもっと上手く言えるんだろうが、俺はこう言った事が下手で、その、悩んでることを無神経に聞き出して悪かった」
自信なさげな表情に、何でも出来ると評判のこの人にも苦手なことがあるのかと少し不思議な気持ちになりました。
「いえ、その、すごく心が軽くなりました。話を聞いてくれてありがとうございます」
「そうか」
「はい、お友達じゃなくて、貴成さんで良かったと思いますよ」
「いや、アイツだったら、もっと上手くやれたと思う」
ちょっとだけ情けない顔で呟くその言葉に、少しだけムッとして思わず呟きました。
「…よっぽどすごい人なんですね、そのお友達は。見てみたいです」
ちょっとだけ皮肉っぽくなってしまったその言葉に貴成さんは頷いて、にっこり笑った。
「ああ、自慢の親友だ」
その笑顔は初めて会った時からずっと印象に残っていた、嬉しそうな自慢げな笑顔で。
その笑顔に胸が大きく脈を打ったのを覚えています。
ドキドキして、顔が赤くなりそうなのを隠すように、必死に口を開きました。
「習い事、もっと頑張りたいと思います」
「良いと思う」
「今度から、貴成さんがパーティーで囲まれて大変そうだったら、頑張って突入していきますね。私は所謂良い家の子なので、皆もきっと少し遠慮してくれます」
「…ありがとう、本当に助かる」
「だから、今度から挨拶したら、お母様達に貴成さんと仲良く出来たって話しても良いですか? そうしたら、多分、聞かれるのちょっとマシになると思うんです」
「ああ、全く構わない。お互い大変だしな」
「…そうですね」
ああ、本当に大変なんです。
見るからに女の子が嫌いな貴成さんにときめいてしまう気持ちは、間違いなく彼にばれたら嫌がられてしまうでしょう。
でも、それでも。
昔、好きだった絵本を思い出します。
お姫様が結ばれたのは、なんでも出来て、すごく格好良い、完璧な王子様。
でも、私はそんな王子様よりも、友達想いで、優しくて、辛い時にたどたどしくても一生懸命助けてくれる騎士様が好きなのです。
これが、私の中の恋になりそうだった興味が、完全に初恋に変わった出来事でした。
***************************
胸ポケットに入れた写真をさらに隠すように、胸に手を当てて、美術室に向かいます。
扉を開けると、少し緩い部活であるからでしょうか、また私が一番のりでした。
いつも、私が座る席に着いて、そっと写真を取り出します。
その写真はやっぱり嬉しそうな楽しそうな満面の笑みでした。
あの日のことを思い出して、やっぱり笑みがこぼれてしまいます。
何でも出来て、少し冷たい印象を持たれている貴成さんが、女の子を慰めるのが苦手で、でも一生懸命慰めてくれるくらい優しくて、そして、実はちょっとだけ人付き合いの上手な親友に対してコンプレックスを持っていることを知っている人はどれくらいいるのでしょう。
多分、篠山さんは知っているのでしょうか。
それでも、きっとこの学園に通っている女の子達のほとんどが知らないことなのです。
もう一度だけ、見つめて、そして、生徒手帳の中に大事にしまいます。
両親が別にやらなくて良いと言う、私が下手な絵の部活に入って。
きっと、両親が知ったら嫌がるでしょう普通の家の子と仲良くして。
そして、両親が望む人に、両親のように家の為ではなく、本当に普通に恋をする。
二人に内緒な小さな反抗を、ちゃんと良い子の仮面を被って楽しむ私は、きっと悪い子なのでしょう。
それでも、それが楽しくて仕方ないから、大事にしていきたいのです。
麗ちゃんのこの恋は篠山君によって赤羽君が柔らかくなったことによる変化です。
乙女ゲームでは、全然タイプでも無く、興味が無かったので、両親へのちょっとした反抗で、ヒロインに勝負を挑んだ後、にっこり笑って身を引きます。




