とりあえず友情が芽生えたのはいいことです
桜宮ちゃん視点、篠山君視点、桜宮ちゃん視点と切り替わります。
「なんとか言いなさいよ」
その言葉と共にペットボトルの中身を掛けられた。
周りにいた子達もクスクスと笑ってそれを見ている。
「やだー、みすぼらしい」
「でもお似合いじゃない? 身の程知らずに赤羽様にすり寄る野良猫だし」
「そうよねー」
意地悪いクスクス笑いの広がる中、必死に口を開く。
「ねえ、だから私は赤羽君には…!」
「口答えしないでよ!」
今度は中身だけでなく、ペットボトルまでもが飛んできてとっさに顔をかばう。
そんな私を見て、また嘲笑がはじけた。
なんかもうどうしようもない状況に陥っている気がする。
現実逃避のように、なんでこんな状況に陥っているのか思い出す。
今日は早く帰ろうと思ってたんだけど、先生に手伝いを頼まれて。
資料を準備室に運び、帰ろうとした所でこの子達に近くのこの部屋に押し込まれたんだ。
凜ちゃん達の注意を思い出し、心の底から謝罪する。うん、警戒心足りてなかった!
この部屋は臨時でやってくるカウンセラーさん用の部屋で普段は使われていなく、加えて、相談用の部屋ということもあり防音設備もしっかりしているらしい。
この子達は赤羽君のファンクラブのメンバーであるらしく、どうやらゲームの赤羽君ルートそっくりの状況に追い込まれているらしい。
あまりにもそっくりの状況に怯えるよりもゲーム知識に頭が行ってしまうのが救いだろうか。
篠山君をめぐるライバルという訳では無かったんだなあと思ってるうちに彼女達がヒートアップし、我に返った私がしゃべる度に色々とされて主張できていなかったが、誤解を解かないと本当にヤバいだろう。
「私は赤羽君のこと好きじゃないよ! 本当にただのクラスメートなんだってば!」
必死にそう言うと、彼女達の顔が歪んだ。
「何言ってるの? アンタが入学式の直後から赤羽様にまとわりついてたの知ってるんだから! 一度は私達が色々としてあげたおかげで、身の程を知って止めたのにまた性懲りもなくすり寄って。おまけに、赤羽様と仲良く話すようになったなんて生意気なのよ!」
「そうよ。私達だってあまり話してはいただけないのに!」
そ、それかあ!
うう、入学直後の私はヒロインなんだから暴走が後を引きまくっている。
それで、最近赤羽君と和解して篠山君のことを教えてもらうようになったのを誤解されてるのか。
何とか事情を分かってもらおうと口を開く。
「それは、誤解で! 私が好きなのは、赤羽君の友達のし、篠山君で。篠山君の話を色々と教えてもらってるだけで、赤羽君とは本当に何も無いんだって!」
ようやく伝えられたその言葉に、彼女達は嘲るように笑った。
「白々しいのよ。あんな地味な庶民なんかを好きだなんて嘘をつくなんて」
「そうよ。分かりやすい嘘すぎるわ」
「赤羽様がいるのに、あんなヤツ好きになる訳がないじゃない」
は? 何言ってるのこの子達。
呆然としてしまった私に構わず、彼女達は話を続ける。
「でも、良いこと聞いたわ。あんたはそう言って赤羽様に取り入ったのね」
「そうね、赤羽様は優しいからあんなヤツと付き合ってあげてるんだもんね」
「私達もそうすれば、赤羽様の目に留まれるのね!」
その言葉に床に落ちているさっき投げつけられたペットボトルを拾うと思いっきり彼女達に投げつける。
「きゃああっ!」
「ちょっと、何するのよ!」
「これだから庶民は野蛮よね」
お前が言うなな発言を繰り返す彼女達に、思わず呟く。
「……けんな」
「は? 何言って」
「ふっざけんなーーーーー!!!!!」
思いっきりキレた。
*******************
「ここも空振りですか…」
「他に心当たりは!?」
「…臨時のカウンセラールームで何回かお茶をしたことがあります!」
そう言って走りだし、たどり着いた教室のドアの隙間からは明かりがもれ、そして鍵が掛かっていた。
月待さん曰く普段は掃除当番の子が掃除をするとき意外は閉まっていて、居心地がいいからと掃除当番の子が鍵を返す前にお茶をしたらしい。
つまり、こんな時間にこんな風ってことは…ビンゴ!
「月待さん、ここの鍵どこにあるのか知ってる?!」
「おそらく職員室…、いえ、近くの掃除用具入れに隠してあります!」
「何でそんな所に!?」
「いえ、以前の掃除当番の方が鍵を無くしてしまい新しい鍵を作ったそうなのですが、作った後に見つかり、言い出すのも面倒で掃除用具入れに隠したそうなのです」
「なんで、そんなの知ってんの?!」
「それをやったの学園を二年前に卒業された従兄弟なんです。以前、親族の食事会で酔ってポロッと」
「なんか言いたいことは色々あるけど、今はナイス!」
職員室よりもずっと近くだ。
しゃべりながらも掃除用具入れまで走り、扉を開けると月待さんが「確かこのあたりと…」と呟きながら奥の隙間に手を突っ込み、鍵を取り出した。
二人して急いでカウンセラールームまで戻り、鍵を開けて中に飛び込んだ瞬間。
「だからね、あんたらみたいなのがいるせいで、赤羽君は完全に女嫌いを拗らせてるんだよ!」
何故かびしょ濡れになりながらも、犯人であろう女生徒達を圧倒する勢いでキレてる桜宮がいた。
どうやら俺たちが扉を開けたのにも気付いていないほどキレている桜宮は尚も続ける。
「つーか、さっきから何言ってんのよ。あのね、すごく格好良いんだから! 本当に優しくて、頭良くて、運動神経だって良いし、性格も良いから友達もいっぱい! あんたらがそんな風に言っていい人じゃないんだから! つーかね、私あんたらのふざけた言動に付き合ってる暇は私には全く無いんだから! 本当に色々やらかしちゃったから、このままじゃ彼女なんて厳しすぎると思うし! 私はあんたらと違ってちゃんと頑張って、努力して、釣り合いたいの! 誰がなんと言おうと、私はちゃんと…」
そう叫ぼうとした時に月待さんが、扉にぶつかり音を立てた。
桜宮が音に気付いて振り返り、一気に顔色を赤くする。
「きゃああああああーーーー!!!!! なんでいるの!? いつから、いつから聞いてたの!?」
「いや、ついさっきから…」
「どの言葉から!?」
「え、えーと、あんたらのせいで貴成が女嫌い拗らせてるのあたり?」
そう言うと何故か愕然とした顔で後ずさる。
「…嘘でしょう。告白はちゃんとロマンチックに綺麗に決めたかったのに…」
本当に泣きそうな顔でへこみだした桜宮に状況が分からず思い切り慌てる。
そんな風に大騒ぎしている俺らに構わずカウンセラールームに入っていた月待さんが静かに切り出した。
「貴方達でしたか…」
突然の乱入に顔色を青くしていた女生徒達が慌てて口を開く。
「いや、あの、私達、赤羽様のために…!」
「他の生徒に対する嫌がらせが貴成さんの為になると? 勘違いなさっているようですが、貴成さんは昔からそういった行為を心から嫌っていますよ。貴方方の醜い嫉妬を貴成さんのせいにしないでください」
「でも、あなただってむかつくでしょう?! あなただってファンクラブなんてやってるじゃない! いつも済ましてて、動こうともしなから、私達が代わりにやってあげたんじゃない!」
その言葉に月待さんがすっと目を細める。
「私は貴成さんに迷惑をかけるつもりはありません。それに、自分の好きな人には桜宮さんのように自分で好意を伝え、努力していきたいと思います。どうか一緒にしないでくださいませ」
静かな、だけど冷たい怒りが伝わってくる。
みっともなくわめき続ける馬鹿と違って、月待さんは背筋を伸ばし、とても上品に真っ直ぐ立っていた。
さっきの天然の入った女の子とは思えない気迫に馬鹿どもがようやく押し黙った。
月待さんはこちらを振り返り、ずぶ濡れの桜宮を見て表情を曇らせると、深く頭を下げた。
「桜宮さん、ご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ありません。今回のことは私が責任を持って学園に話させていただきます」
「そんな!」
後ろの馬鹿どもが騒ぐが俺がじろりと睨みつけると押し黙る。
桜宮は驚いた顔をしていたが、何かを思い出したように慌てだした。
「いえ、大丈夫です! あんまり大事になると月待さんにも変な噂が立ってしまいますので!」
桜宮の発言に眉をひそめる。
多分転生者の桜宮のこの発言ってことは、馬鹿どもは心の底からどうでもいいが、ひょっとして本当に月待さんの噂が立ってしまうのだろうか。
「今回のことで一番傷付いたのは桜宮さんでしょう。それにずっと前からこう言ったことが起こりかねないのを知っていたのに対応を間違えた私の責任もあります。桜宮さんのことは大して広まらないように念押しさせてもらうので大丈夫ですよ」
とても生真面目にそう言い切る月待さんに桜宮が慌てる。
正直馬鹿どもがどうなろうか知った事じゃないが、月待さんに被害がいくとなると止めた方が良いだろう。
「一応、被害を受けた本人がいいって言ってるなら、あんまり大事にしない方がいいんじゃないか?」
「ですが…」
「さっきも言ったけど月待さんは抱え込み過ぎだって。素直に桜宮の言葉に甘えたら? 責任感が強いのは良いことだけど、月待さんはちょっと行き過ぎ」
俺の言葉に激しく頷く桜宮を見て、月待さんは頷いた。
後ろで固まっている馬鹿どもに向き直る。
事態が自分達に有利なように運んだのを見て顔色を明るくしてる彼女らに近づくと、小さな声でぽつりと呟いた。
「言っとくけど、貴成にはしっかり伝えさせてもらうからな」
「え…!」
「当たり前だろ。校内にこんな頭のおかしいやつらがいるなんて、知らせとかなきゃ危なすぎだし。二度と顔も見てもらえなくなるだろうけど、そっちのがお前らも諦めが付くんじゃねえ?」
泣き出しそうな顔になっている彼女たちに更に続ける。
「この対応は月待さんと桜宮の為であって、お前らの為では全く無いから。次やったら、学園に報告程度じゃ済まさねえからな」
幸いあの恐怖な保健医や貴成のキレるとヤバいと評判の親父さんなどちょっとヤバ目なツテはあるのだ。
使うかどうかはこいつら次第だが、釘をさしておくに越したことは無いだろう。
怯えたように逃げていくのを見送り、今回も何とかなったかなとため息をつく。
「あ、あの、篠山君」
桜宮に呼ばれ振り返ると、真っ赤になっていた。
目を泳がせながらも、ポツリポツリと話し出す。
「そのね、さっきのことだけど…。あんな感じでぶち切れながらの発言だったけど、嘘じゃ無くって、全部本気の言葉で、その…」
さっきの発言を思い出し、なるほどと頷く。
「大丈夫、貴成に言ったりしないから。告白はロマンチックにいきたいんだもんな」
俺の言葉に桜宮が固まった。
「え、いや、違う」
「え、じゃあ、アイツら?」
正直、さっき桜宮が語っていた完璧超人なんて攻略対象者であるアイツらくらいしか思いつかないんだが。
ちょっとオーバーな所もあるかもだが、まあ、それは惚れた欲目もあるだろう。
「えっと、すっごく本気なの伝わってきたから、気持ち言いふらしたりしないぞ。誰が相手でも応援するから!」
俺の言葉で表情が完全に抜け落ちた。
「…応援………、篠山君は私が好きな人と上手くいくと嬉しいの?」
「ああ、勿論! 友達だしな!」
そう言い切ると何故か深く俯いて固まってしまった。
ちょっと焦っていると、やがてやる気に満ちた顔で顔を上げる。
「篠山君! 私頑張るから。好きな人に私の好きな人に気にしてもらえるように。笑顔で友達扱いされたりしないように頑張るから!」
「あ、うん。頑張れ!」
何故かやけくそになったように笑っている桜宮に、月待さんが静かに声を掛けた。
「すみません。もう遅いですし、そのままだと風邪をひいてしまいます。私が部活で汚してしまった時用に置いてある制服をお貸しします。家の車も呼びますので、そのままお送りしますよ。篠山さんはどうぞお先にお帰りください。ずっと困っていたことに決着をつけるお手伝いをしてくださってありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げる月待さんに俺もつられて頭を下げる。
「いや、俺も大したことしてないんで。じゃあ、二人とも気をつけて」
「あ、うん。私も助けてくれてありがとう」
そうお礼を言ってくれた桜宮に軽く手を振って、カウンセラールームをあとにした。
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月待さんと二人きりになった部屋でなんだか力が抜けて、ぐったりする。
月待さんが私の方に向き直って、口を開いた。
「気付かないままトドメをさしていたので、お節介を焼いてしまいました。すみません」
「…いや、ありがとう」
なかなかにショックだったが、もとより好きになってもらえているはずないと思っていたのだ。
うん、これから頑張ればいいのだ。
正直、あの子達にやられたことよりダメージが大きいけど…!
なんとか前向きな気持ちにして、月待さんに向き直る。
月待 麗さん。赤羽君ルートのライバルキャラ。
イベントでファンクラブからの嫌がらせを受けまくり会長のこの子が黒幕かと思っていたら、親の言いつけで赤羽君に近づいていただけで本人は特に赤羽君のことが好きでもなかったという脱力したシナリオを思い出す。
ゲーム内でもずれているが良い子で、赤羽君ルートのハッピーエンドではヒロインに勝負を申し込み、負けたからとさっぱりと去っていくんだよなあ。
だから、バッドエンドの方でファンクラブの噂に巻き込まれる下りを気の毒に思っていたが、回避できたようで良かった。
多分、今まで嫌がらせがあまり無かったのも月待さんのおかげだったのだろう。
「えっと、多分今までも色々してくれてたんだよね。本当にありがとう」
そう言うとぱちりと目を瞬かせた。
「いえ、私のせいでもありますし」
「そんなこと無いよ!」
「いえ、本当に私のせいなんです。だって、ファンクラブの会長が私と言うことで彼女達が調子に乗っていると知っていたなら解散すれば良かったのですもの」
月待さんの言葉にちょっと驚く。
あれ、そうだよね。それが一番早い。
「え、何で解散しなかったの?」
そう言うと恥ずかしそうに俯く。
「だって、貴成さんの写真をいただけるんです…!」
「え」
「いや、あの、隠し撮りという訳ではありませんよ。行事の時とかに撮ったものなので、一応セーフかと」
えっと、つまり。
「赤羽君のこと、好きなの?」
そう言うとちょっと顔を赤くして頷く。
「昔からとても友達思いで優しくて素敵だなと。いつもは恥ずかしいし、貴成さんはあんまり寄ってこられるのも苦手なようでしたから、遠くから見つめるだけだったんですけど。高校に上がる時に婚約者のお話が出て、思わず両親に言ってしまって。貴成さんは今は恋愛にあまり興味が無く、友人と遊んでいる方が楽しいと言っていたので、話が伝わると嫌がられるかとちょっとした嘘をついたら、何故かこんなことになってしまって…。どうにか収拾を付けようとしてたんです」
最後の言葉は遠い目だった。
なんか行動が空回りして不思議なことになってしまうタイプっぽいなあ。
しっかりしてそうなのに、意外である。
「だから、その、一緒に頑張りましょう」
そう言って差し出された手に深く頷いて
「そうだね!」
強く握り返した。
うん、なんだか強い友情が生まれたような気がする。




