何だかちょっと懐かしい気分になりました
次の日、教室に着くと既に来ていた桜宮の所に向かった。
「あ、おはよう、篠山君!」
「…はよー、桜宮。あのさ、下駄箱にも鍵掛けた方が良いと思うんだけど」
「…あれ? 下駄箱って鍵付けれたっけ?」
「付けれます。お前、本当に今ちょっとヤバい状況なんだから気を付けろよ」
「ご、ごめんなさい。えーと、ひょっとして何かあった?」
ちょっと申し訳なさそうな顔で尋ねる桜宮にちょっと考える。
昨日の月待さんの行動は怪しかったが、桜宮の下駄箱は開いていただけで何かされていた訳ではなく、何かをした決定的な証拠は無いのである。
変なことを言って誤解を生むのはマズイだろう。
「昨日、帰る時にお前のだけ下駄箱の扉開いてたんだよ。一応何かされてないかは見たけど、靴隠されたりするのって嫌がらせの定番だろうが。自衛すんのは大事だと思うぞ」
「それ、凜ちゃん達にも言われた…」
「うん。絶対あいつらのがお前よりしっかりしてる」
「だよねー…。今日も放課後に皆用事あるらしくって、桃も早く帰りなさいって念押されちゃったの。同じクラスの友達にはその辺の相談あんまり出来てないしね。だから、早く帰って勉強しようかなって」
「あー、そう言えばSクラス入りたいんだっけ?」
「あ、え、知ってたの!?」
何故か赤くなって慌てているが、そんな知られて困るようなことか?
「いや、それで香具山さん達と勉強会してるんだろ? 香具山さんから教えてもらったって白崎が言ってたぞ。染谷も俺と一緒でSクラス入らなきゃだもんな。お前ら仲良いし、来年同じクラスになれるといーな」
「あ、うん、そうだね…」
ちょっとだけ微妙そうな顔をしたが、次の瞬間、パッと顔を明るくする。
「あ、でもね、皆に教えてもらってすごく成績上がったんだよ。この前の期末とか結果見せたら、お母さん高級店のケーキ買ってきてくれたんだから!」
「つまり、今までそんなにヤバかったと」
「いや、ち、違わないけど! つまりね、最近色々頑張ってて、変なこと気にしてる余裕は無いんだ。私のプライドにかけても絶対負けるつもり無いし。だから、大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
すごく嬉しそうに笑ってそう言った桜宮に、思わずため息をつきながら、頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
「え、あ、あの、篠山君!?」
「あ、悪い、つい」
前にやらかして反省したのについやってしまった。
多分前世の妹によくやってたからだろうな。思わず手が動いてた。
うん、マジで気を付けよう。
そんなことを考えながら、真っ赤になってしまった桜宮に謝った。
「寒っ!」
放課後、昇降口近くの植え込みの裏で俺のクラスの下駄箱を見張りながら思わず、そんな言葉が口から出た。
取り敢えず考え込むよりも、現場を見てしまえば早いと張り込むことにしたのだ。
貴成にはファンクラブの暴走らしいという事は伝えてないので、また成瀬先生の手伝いだと言ってある。
言ったら滅茶苦茶ブチ切れるのはわかりきってるし、そうなると地味に面倒なのだ。
それに、影で滅茶苦茶落ち込むのも知ってるしなあ。
中学での色々を思い出し、ため息をついたが、風が吹き思わず身を震わせる。
やっぱ、一月の夕方は寒い。日ももう落ちきっている。
もうちょっとしっかり準備整えてからやれば良かった。
もし何かしてるにしても昨日見つかりかけたから来ないかもしれないし。
…でも、桜宮のこと考えると早く解決させてやりたいしな。
コートの襟元をしっかりと整え直し、携帯で時間を確認する。
そろそろ昨日俺が帰ろうとしたぐらいの時間だ。
あと30分くらい経って何も起きなかったら、今日はもう帰るか。
そんなことを思いながら昇降口の方を見ていると、部活棟の方から人が歩いてくるのが見えた。
もう少ししっかり体が隠れる位置に座り直し様子を伺う。
外灯に照らされた姿は柔らかい茶色のハーフアップの上品そうな女生徒。
間違いない。月待さんだ。
彼女は俺のクラスの下駄箱の前に来るとキョロキョロと周りを伺う。
やがて、持っていた鞄から何かを取り出し、誰かの下駄箱を開けようとしたが、開かなかったようで少し行動を止める。
その行動で桜宮の下駄箱だと確信した俺は植え込みから走り出す。
「おい、何やってんだ?」
月待さんが俺の声に弾かれたように振り返る。
このまま現行犯なら話が早いと彼女の持ってるものをひったくるように奪った所で、思わず固まった。
油性ペンやゴミならいじめ確定だった。
だけど彼女が持っていたのは、『しつこい汚れも一拭きでスッキリ! 激落ちスプレー』と書かれたスプレーだった。
手に持ったものを見て固まってしまった俺を驚いたように見ていた月待さんは、強ばった顔でゆっくりと顔を上げ、固い声で切り出した。
「誤解をさせるような行動を取ってしまい、大変申し訳ありません。ですが、私は桜宮さんに嫌がらせをしておりません…!」
どこか怯えるような悲壮感たっぷりの様子でそう言った月待さんに深く頷く。
「…うん、そうだろうな」
この手に持っていたものはいじめに使うようなものでは無い。
むしろ逆だろう。
無理矢理奪い取ってしまった掃除用スプレーを見ながらどこか脱力した気分でそう答えると、月待さんは目を瞬かせた。
「し、信じてくれるのですか、本当に」
少し潤んだ瞳で感動したように見上げてくる美少女は大変に眼福なのだが。
ぞうきんを胸元で握りしめたこの状況で疑う方が難しいだろう。
うん、この子絶対桜宮並の天然だな-。
なかなかに謎な状況に、入学したばかりの時、黄原の奇行を見てしまったことを思い出しながらちょっと遠い目で頷いた。




