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幼なじみは結構めんどい

「よっし、終わりと」


 そう呟いて、持っていたプリントを置き、軽く伸びをする。

 近くで作業していた青木が小さく、お疲れ様です、と言ってくれたのに、ありがとなー、と返す。

 うん、最近、なんか良い感じなんじゃないだろうか。

 係の仕事も山場を越えたおかげで大分楽になり、気楽な感じになっている。

 それに何より、青木の変化だ。

 前は本当に全くと言っていいほど喋らなかったのに、最近は先程のようにちょっとしたことで声を掛けてくれるようになった。

 倭村さんもクラスの方でもちょっとずつ喋るようになってきていて、話しかけるとお喋りしてくれるし、アイツらに理不尽なことを要求されても断るようになってきたと、とても嬉しそうだった。

 そんな感じで最近は少しほのぼのしている。

 なんだかんだと、攻略対象者関係で今までいろいろとあったからなー。

 だけど、最後の攻略対象者である青木が良い方に向いてきたことで打ち止めだろう。

 うん、平和で平凡な日常、良い物である。

 だけど、


「…二年生になったら、またなんか変わるのかねー」


 思わず呟くと青木がこちらを見た。


「あ、いや、もう冬休みも近いし一年が大分過ぎたなと思ってな」

「…そうですね、早いです…」

「係終わっても青木がなんかあったら相談に乗るぞ!」

「…えと、あ、ありがとうございます……」


 そう言ってちょっと俯きながらも嬉しそうに笑った青木は男の俺からしても、これはモテるわと納得せざるを得ない。

 友人達を思い出しながらしみじみと呟く。


「青木もファンクラブとか有ったりすんのかねー」

「…ファンクラブ、ですか?……」


 青木は困ったような顔をしながら、口を開いた。


「…えっと、そういうのは俺なんかには…あり得ないと思います……。それに…、ファンクラブって確か赤羽先輩くらいしか無い、ですし…」

「えっ、マジで!?」


 貴成に入学早々にファンクラブができたせいで、攻略対象者ヤベえと思っていたけど、ヤバいのは貴成か!

 つーか、女嫌いなのにアイツだけとか気の毒に…


「うわー、マジかー、え、なんで?」


 思わずそう呟いてると青木は律儀に答えを返した。


「…えっと、確かですけど……、赤羽先輩の婚約者さんがいるので、…より規模が大きくなったらしい、です…」

「…え?」


 青木の言葉に思わず固まった。


「え、えっと、青木、もう一回言ってもらっても良いか?」

「え、えと、…より規模が大きく…?」

「いや、そのちょっと前」

「えと、…赤羽先輩の婚約者さんが…」

「はあ!?」


 え、何それ、ちょっと待て、俺聞いたこと無えんだけど!?

 幼稚園以来の十年以上の付き合いのある幼なじみのまさかの情報に、俺はコピーに行ってくれてた桜宮達が帰ってくるまで固まり続けたのである。














 係の仕事を終わらせた後、速攻で帰った俺は自分の家には帰らず貴成の家に来ていた。

 いつもは貴成と一緒に来たり、裏口の方をノックして軽い感じで開けてもらったりだが今日はあえて滅多に使わないでかい表の門のチャイムを鳴らす。

 すぐによく会う年配のメイドさんが出てくれて、インターフォンの画面で俺を見るなり、不思議そうな声を出した。


「あれ、正彦君じゃないですか。どうしたんですか、わざわざ正面玄関の方から?」

「あはは、ちょっと事情がありまして。上がってもいいですか?」

「勿論。正彦君が来たのに家に上げなかったりしたら、坊ちゃまに叱られてしまいますよ。坊ちゃまは上にいらっしゃるので今呼んできますね」

「あー、いえ、呼ばなくっていいので取り敢えず上がってもいいですか?」

「そうですか? じゃあ、門を開けますので入ってきてください」


 そう言うとガチャリと音を立てて門が開き、俺が通るとまた勝手に門が閉まり鍵のかかる音がした。

 門から玄関までの間も結構遠く季節に合った草花が咲き乱れている。

 …いつも、軽ーい感じで遊んでるけど、本当に住む世界が違うんだよな。

 玄関を開けようとすると、中からメイドさんが出てきて、ドアを開けてくれる。


「いらっしゃいませ。…リビングの方にいらっしゃいますよ」

「あー、はい、ありがとうございます。おじゃまします」


 上にいるって言ってたけど降りてきたのかな。

 そう思いながら、リビングの方に向かうと、楽しげな笑い声が聞こえた。

 そこにいた人物が振り返って、にこりと笑う。


「あら、正彦、お帰りなさい」

「…あー、母さん、また、遊びに来てたんだ…」


 なんとなく脱力してそう呟くと、案内してくれたメイドさんが不思議そうにした。


「あら? 正恵まさえさんにご用があるんじゃなかったんですか? 坊ちゃまは呼ばなくて良いと言われたので、てっきり」

「あら、母さん、アンタになんかしちゃったかしら?」

「正恵さんは天然だものねえ」


 貴成の母親である恵美めぐみさんがころころと笑う。

 俺の母さんは正恵と言い、二人は俺が幼稚園の時にお迎えで知り合ったのだが、同じ字が入っているというので初対面で盛り上がってからとても仲が良い。


「いや、母さんは関係無いよ。ちょっと、貴成に奇襲かましたくて」

「…うちの息子が何かしちゃったかしら?」

「いや、大したことじゃないんで」

「ふふふ。アンタが帰ってくるってことは、もうこんな時間か。先帰ってるから、ケンカするにしても夕飯までには帰ってきなさいね」

「あら、もう帰っちゃうの?」

「ええ、今度はうちに来てね。頑張ってケーキ焼いてお出迎えするわ」

「勿論よ、楽しみにしてるわね。そうそう、旦那さんにもよろしく言っておいてね。あんまり構ってくれないって、うちの夫がすねっちゃって」

「あらあ、あの人ったら。お酒控えるって言ってたけど、ちょっとは付き合ってあげればいいのに」


 帰ると言いつつ、また話が盛り上がってきてるのを尻目に貴成の部屋に向かう。

 一応ノックしつつも返事を聞く前にドアを開けて、口を開く。


「幼なじみつっても住む世界違うからしょうが無いかなーとちょっと切なくなってたけど、やっぱりこんだけ家族ぐるみで仲が良くて、高校同じ所が良いっていうお前の我が儘のためにいろいろと頑張った幼なじみに教えてくれねえの酷くないか!?」

「いきなりなんの話だ。それと、ノックしても返事する前に開けたら意味が無いだろ」

「安心しろ、わざとだ! それと、喉渇いたからなんか飲み物無い?」

「どこに安心する要素が…」


 呆れ顔でそう言いながらも、くつろいでいたベッドから起き上がり、部屋にある小型冷蔵庫からお茶をだしてついでくれた。

 どうもと言ってお茶を飲みほすなり、貴成が口を開いた。


「…で、本当に何の話だ? お前にそんなふうにキレられる心当たりが無いんだが」

「そうっ、お前、婚約者なんていつの間に出来てたんだよ! 俺一切聞いて無くて、青木に聞いて驚いたんだけど!」


 そう言うと貴成はちょっと驚いたあと、納得したように頷いた。


「ああ、その話か。違うぞ」

「え、いや、お前のファンクラブやってるって言う婚約者さんがいるって聞いたんだが…?」

「ああ、婚約者じゃない」


 さらりとそう言う貴成の言いぶりは嘘を言ってるようでは無く、徐々に寒くなるような心地で恐る恐る尋ねる。


「違うってことは、つまり、同じ学校にお前の熱心なファンかつ婚約者を騙っちゃうような痛いヤツがいるってことか?」


 ヤバくない? え、怖くない?

 

「いや、そういうことでも無いな。と言うか、そんなんだったらとっくの昔にキレてる」

「…そーだな」


 うん、コイツはそういうたぐいの馬鹿に対してはびっくりするほど沸点が低い。


「えー、じゃあ、どういうこと?」

「お前が言ってるのって月待つくまちのことだろ? 月待 れい。頼まれたんだよ、本人に。俺のファンってことにしてもいいかって」

「はい? 女嫌いのお前が? そんなこと言われて頷いたの?」


 貴成は小さくため息をつくと話始めた。


「月待は昔からパーティーかなんかがあると顔合わせるヤツでな。他のヤツは親からなんか言われてんのか毎回しつこくなんか言ってくるんだが、月待はいつも必要最低限の挨拶だけしてくるヤツで、嫌いじゃ無かったんだよな。たまに話すとサッパリしてるし」

「え、珍しい!」


 昔からパーティーとかあるとすごく不機嫌になっていたが、そんな子もいたのか。

 そう言えば、暁峰さんとか、染谷とかも、いつもサッパリしてるからか、嫌がることって無いよな。


「入学する前に会食で会ったときにな、珍しく熱心に話しかけてきて。なんでも高校生になるに当たって、そろそろ婚約者をって言う話になってきたんだけど、本人は面倒くさいらしくてな。俺のことは月待の両親が気に入ってるから、俺のファンだからそういうのはしばらく待ってという話にしてしまい迷惑かけるかもしれないからごめんなさい。だけど、高校のうちは平和に過ごしたいから許してくれないかって頼まれたんだよ」

「あー、なるほど」


 気難しそうに見えるが、無理に関わろうとしたりせず、真剣に頼まれたりしたら、結構頷いてくれるのである。


「…じゃあ、なんで婚約者って話に?」

「俺がああいう場所で女と長く話すとか無いからそういう噂になったらしい。それで、入学してから俺のファンって周りに話したら、何故か話が盛り上がってファンクラブ的な物になってたと入学してすぐの時に謝られたぞ。…まあ、月待の気持ちは分かるし、特に害は無いから放っておいてる」

「なるほど、納得したわ。お前、意外と優しいもんな」

「どうも。…と言うか、母親同士があんだけ仲良いんだから、そんな話になったら確実におばさんからお前に話がいくぞ。それに、お前に言わないとか絶対無いし」

「それもそうだな。悪かったな、いきなり」

「いや、平気だ。…それより、住む世界が違うってどういうことだ?」

「…あー、言葉の綾的な?」

「言っとくけど、そんなこと言われたら俺の家族全員嘆くぞ。母さん、おばさんのこと親友って言って憚らないし、父さんはなんかある度におじさんに愚痴りに行ってるじゃないか」

「悪いって」


 結局、始めにポロッと言った一言で思い切りすね始めた貴成をなだめるはめになり、母さんがご飯出来てるわよとわざわざ呼びに来るまでそれは続いた。











「へ~、昨日そんなこと有ったんだ~。…と言うか、篠やん、知らなかったんだね、あの噂。有名なのに」

「まあ、皆知ってると思ってわざわざ篠山に言いませんしね。その手の話は赤羽に振ると嫌がられるから振りませんし」

「あー、そんでか」

「本当だったら、言うだろ。普通に」

「はいはい、悪かったってば」


 翌日、学校で黄原達にその話をすると普通に知ってたらしく、むしろなんで知らないのと微妙な顔をされた。

 おまけに、また、貴成がグチグチ言い始め、やらかしたなと思いながら謝る。

 話を逸らそうと周りを見渡すと、桜宮と目が合う。


「あ、桜宮、おはよう!」

「おはよう、篠山君!」


 貴成達のおかげか嬉しそうに笑って近寄ってくる。

 露骨に話を逸らした俺に貴成は半目になるが、桜宮におはようと言われて普通におはようと返した。

 本当に前と違って普通になったなあと思いつつ、ぼんやりしていると、視線を感じた。

 振り返ると開いていたドアから女子がこっちの方を見ている。

 この面子の中の誰かのファンだろうな、大変だなと思って、普通に会話に戻った。



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