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マドレーヌは美味しいです

二話連続投稿です。

まだの人は前の話からお読みください。

「おし、大丈夫そうだな。お疲れさん」


 珍しく青木に頼まれて行った職員室で、紫田先生に作った書類のOKをもらってホッとする。

 うん、これで係の仕事の山は越えたなあ。


「それにしても、思ったよりも早いな。流石流石」

「優秀な後輩も頑張ってくれてますからね。差し入れもくれない先生と違って」

「だー、もう、悪かったって。今日はちゃんと持ってきてるよ」

「おっし! 何ですか? どの位の量?」

「…お前なあ。ひいきって言われるかもしれねえから、あんまり大きな声で言うんじゃねえぞ」


 そう良いながら見せてくれたのは、色んな種類の入ったマドレーヌの詰め合わせだった。

 やりっ、美味そう。うん、しつこくねだってみるものである。

 隣の青木も箱の中を覗きこんでちょっと目を輝かせている。

 その時、奥の方から声が掛けられた。


「すみません、紫田先生、ちょっといいですか?」

「はい」


 紫田先生は箱をさりげなく隠すと声を掛けてきた先生に向き直る。


「あ、すみません、生徒と話し中でしたか?」

「あ、いえ、用事が終わったところです」


 忙しそうなので、一旦、引こうと思ってそう言うと、その先生がおっと呟く。


「あ、じゃあ、悪いがこれを戻してきてもらえないか?」


 手に持ってたファイルを押しつけられ、思わずうっとなる。

 人使い荒いなこの先生!

 その先生の背後で紫田先生が手振りですまん、後で持ってくと伝えてきたのをみて、大人しく頷く。


「わかりました。どこの資料室ですか?」

「お、ありがとうな。西棟の三階のところだ」


 げ、作業に使ってる教室と反対方向、ついてねーな。

 そんなことを思いながらも頷き、青木と共に資料室に向かう。


「運悪かったな、青木」

「…いえ」

「戻ったら、紫田先生の差し入れで休憩しようぜ。お前、マドレーヌ何味が好き? 先に選ばせてやるよ」

「……いえ、大丈夫、です…、ありがとうございます……」


 そんなこと言ってるうちに資料室に着き、棚の番号を見て元々の場所を探す。

 そんなに量も無いし、青木と二手に分かれていたので、すぐに俺の分が終わった。

 青木はどうかなと振り返るとまだ二、三冊のファイルを持ってじっとしていた。

 ややこしい表記だったりしたのかなと、手伝おうと思って声を掛ける。

 

「青木、俺の分終わったからそっちのも手伝うわ」

「あ、すみません。…大丈夫です」


 声を掛けるとハッとしたように顔を上げ、目の前の棚にファイルを戻した。

 一瞬で終わった片付けに、どうしてじっとしていたのかと内心で首を傾げていると、青木がぽつりと呟いた。


「…あの、最近、俺のことよく持ち上げてくれますけど、……変な気遣わなくて大丈夫です…。俺としゃべっても楽しくないと思いますし……」


 突然の言葉に俺は思わず、


「何で?」


 と返していた。

 いや、これは周りの馬鹿のせいで思い込んでしまっている青木の本音で、もっと慎重に言葉を選ばなきゃいけないとは思ったんだけど。

 そこまで自分を卑下する青木にぽろっと本音が出ちゃったのである。

 青木は更に俯いて、小さな声で続けた。


「……しゃべるの遅くて、ノリ悪いですし……」

「その分ちゃんと考えて喋ってんじゃん。何にも考えずに無神経なこと言うヤツより、よっぽど良いと思うけど」

「……ひょろくてチビで女顔で、なよなよしてるし…」

「いや、まだ成長期終わってないよな。顔はいわゆるイケメンで正直うらやましいぞ。つーか、人の身体的特徴からかうとかマジで無いから」

「…えっと、名前変だし……」

「いや、変では無いと思うぞ。多分、親からもらった大切な名前とかは言われ慣れてると思うから言わないけど、取り敢えず、そういうのからかうヤツは、お前が本気で嫌と思ってるのに気付かない、気遣いも出来ない本気のアホだって言っとく。俺は普通に綺麗な字だと思うぞ」


 思ったことをそのまま返していくと、青木がぽかんとした顔をした。

 苦笑して、口を開く。


「んーと、そんだけか? なら、全然良いって。明らかに押しつけられた仕事なのに、しっかりやってくれるし、気遣いもできるし、俺は結構良い奴だと思うぞ。だから、そう言うこと言われて、お前が変に遠慮する必要無いと思うんだけど。……それに、周りにもお前のこと良い奴だって思ってるヤツ、ちゃんといるはずだから」


 押しつけられたプリントに真っ先に気付いて心配してた倭村さんを思い出して付け加える。

 青木は何とも言えない表情をしていたが、また、俯いて口を開いた。


「……でも、」

「取り敢えず!」


 何か言う前に無理矢理割り込んだ俺に青木が顔を上げる。


「俺はそう言うの一切気にしないってこと! もし、お前が気になるなら、克服の練習になるし、しばらく嫌でも顔合わせんだから、変な謙遜とか無しに俺と普通に喋ってくれると嬉しいってことだ!」


 勢いよく言い切った俺に、青木が再びポカンとした顔で無言になる。

 うーんと、ひょっとしたらやらかしたかも。

 家とか昔からの環境で自分に自信が持てないって、かなり難しい話だし。

 それを上から目線で、色々と。…うん、やばいかも。

 固まってしまっている青木におそるおそる声をかける。


「えーと、取り敢えず、戻るか」

「……はい」


 やらかしてしまったかもしれないと思ってるからか道のりがやけに長く感じる。

 どうしようかなと考えていると、後ろからやけにハイテンションな声が掛けられた。


「あ、篠やんだ! お疲れ~!」


 振り向くと案の定、いつもの三人が立っていた。


「お疲れ様です。仕事中ですか?」

「そうだぞ。友達に見捨てられて、悲しく作業中だ」

「…いや、あれはしょうがないだろ」

「何がしょうがないんだよ」

「はい、はい、悪かったな。何か飲み物おごるぞ」

「あ、やりっ。ついでに、桜宮と青木と倭村さんの分も」

「了解」


 よし、マドレーヌと一緒に飲むもの得したな。

 青木を振り返って尋ねる。


「青木、何が飲みたい?」

「…えっと、大丈夫で…」

「いや、遠慮しなくても良いぞ」

「そうそう、いつも頑張ってくれてる後輩君でしょ。お疲れ様でおごるって」

「それに、ジュースおごるくらい気にするような感じでもありませんしね」


 皆に言われて、押されたような感じで頷いた。

 うん、気まずい感じがコイツらのおかげで流れたな。有り難いわ。

 そう言えば、来年の生徒会メンバーの初顔合わせになるのか、黒瀬いないけど。

 うん、こんな感じなら大丈夫そうだな、頑張れ。

 そんなことを思いながら自販機に寄って、なんとなくそのままのメンバーで作業室に戻ると中で女子二人がキャアキャア盛り上がっていた。

 扉を開けると桜宮が大げさなほどにビクッとなって振り返る。


「あ、お、お疲れ様、篠山君」

「お疲れー。…別にちょっとサボってたくらいで怒んねーぞ」

「あはは、お疲れ様です!」


 やたらと楽しそうな倭村さんの挨拶にお疲れと言っている間に、何故かやたらとワタワタしてた桜宮が落ち着いたようで俺らの後ろを見て首を傾げた。


「あれ、どうしたの、黄原君達」

「お疲れ~、桜ちゃん! 篠やんに飲み物おごったついでに付いてきちゃった。桜ちゃん達の分もあるよ!」

「あ、そうなの? ありがとう。お代いくらだった?」

「良いって~、可愛い子に貢がさせてよ!」

「あはは、じゃあ、ありがとうね」


 そんなやり取りをしていると倭村さんが首を傾げていた。

 

「…えっと、桜ちゃんって桜宮先輩のあだ名ですか?」

「あ、うん、そうだよ。黄原君が付けたんだ」


 倭村さんは目をキラキラさせて、口を開いた。


「可愛い! 可愛いですね、そのあだ名! 私も桜ちゃん先輩って呼んで良いですか?」


 桜宮はちょっと笑いながら、良いよと頷いたが、黄原はものすごく照れたような嬉しそうな顔になっている。

 まあ、俺達は拒否はしないけど、喜びもしなかったもんな、黄原のあだ名。

 貴成なんて最初に赤っちって呼ばれた時は完全に無視したし。


「本当? 可愛いと思う?」

「はい! 私、そんな感じのあだ名好きなんです!」

「…そっか、じゃあ、倭村さんだったよね。じゃあ、倭むらん、って呼んでも良い? あ、青木君は青っちで!」


 何故か調子に乗り始め、青木にまであだ名を付け出した。

 青木は巻き込まれると思っていなかったのかオロオロとしている。


「黄原、調子乗りすぎ。青木が困ってんだろ」

「……あ、いえ、大丈夫、です…」

「本当? ほら、青っちは大丈夫だって! 倭むらんもこれでいい?」

「はい! 可愛いです!」


 うん、撤回させる機会を逃したな。

 …でも、まあ、倭村さんは喜んでるし、青木も戸惑ってはいるけど嫌がってはいないようだからセーフか。

 倭村さんに「青木君、青っち呼びは大丈夫?」と尋ねられても、特に困った顔はせずに頷いてるし。


「…そっか。青木君、そう言うの苦手かなって思ってたから、なんか嬉しい!」

「…うん、下の名前は苦手だけど、…こう言うのは、慣れてないけど、嫌じゃない……」


 そう言った青木に倭村さんが少し寂しそうな顔をして、小さく何か呟いた。


「ん? 倭村さん、何か言った?」

「あ、いえ、何でもないです!」


 慌てて否定する倭村さんに桜宮が元気付けるように口を挟んだ。


「えっと、言っても良いと思うよ! 倭村ちゃん!」


 その言葉で、何の話だろうと青木も倭村さんの言葉を待ち始め、倭村さんはオズオズと小さな声で話始めた。


「…えっと、そのね、もったいないなって思ったの。青木君の名前知った時から、綺麗な名前だなって。優しい青木君に合ってて、良いなあって思ってたから」


 その言葉に青木はちょっとびっくりしたような顔をしたが、小さな声でありがとう、と返した。

 その後、桜宮と小さな声で喋りながら、楽しそうにじゃれあい始めてしまった倭村さんを横目で見ながら青木に小さな声で言う。


「…ほら、居ただろ? 青木のこと良いやつって思ってるヤツ、周りに」


 青木はちょっと赤くなりながら俯いて、小さな声で何か呟いた。

 

「……桜宮先輩が、篠山先輩のこと好きな理由、なんか分かる気がする…」


 聞き取れなかったので何だろうと聞こうとしたタイミングで教室のドアが開いた。


「ん? なんか、人数増えてんな、足りるか、これ?」


 どうやらさっき言ってたように、紫田先生が差し入れのマドレーヌを持ってきてくれたらしい。


「あ、僕達の分はいいですよ。これ以上、邪魔するのも悪いですし」

「いや、別に食べてきゃ良いじゃん。せっかくの紫田先生の奢りだし。んで、食べた分手伝ってって」

「はい、分かりました」

「了解~!」

「…何すれば良い?」

「うわー、美味しそうです!」

「あ、本当に豪華。ありがとうございます、紫田先生」


 そんな感じでワイワイやってると、青木が俺に小さな声で話しかけた。


「…あの」

「ん?」

「………俺、苺味が良いです」


 ちょっと、恐る恐るのその言葉に、ニカッって笑って頷いた。



 

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