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女子との接し方には気をつけましょう


 茜坂先生の有り難いアドバイスに震えあがった数日後。

 俺は係の仕事をしながら考えこんでいた。

 青木の置かれている状況を考えてみるに、必要なのは茜坂先生の言う通り、青木自身の自信だろう。

 だけど。


「青木、これってどこにやったか分かる?」

「……はい…」


 小さな声で返事をすると、素早く探してた資料を取ってきて、手渡してくれる。


「おー、ありがとうな。助かったわ」

「…………」


 そう言うと、無言でペコリと頭を下げて、そそくさと作業に戻った。

 

 うん、喋らない、逃げられる、会話が続かない。

 倭村さんに聞くと、クラスでも常にこんな感じであるらしい。

 前からこういう所がちょっと心配だったのだが、色んなことを知ってしまうと尚更である。

 どうすっかなー、と考えていると。

 ガラリとドアの開く音がした。

 振り返ると案の定桜宮が立っていた。


「あ、桜宮先輩、こんにちはー!」


 倭村さんが明るく挨拶するのと一緒に、青木もペコリと頭を下げる。


「こんにちは、遅れちゃって、ごめんなさい」

「いや、掃除当番お疲れ様」


 普段、荷物をまとめている棚の方に荷物を置きに行くと、いつもとは違って小さな包みを持って戻ってきた。


「えっと、クッキーを作ってきたから、良かったら食べてね!」


 そう言って、真ん中に置いてある机にクッキーの包みを置いた。

 それを見て、思わず、へぇ、と呟く。

 以前、俺にばっかり食わせるので、他の人にも意見を聞いたらと言ったら、「…完璧になるまでは、篠山君に食べてほしいの!」と言われたのだが、もう満足できるものができるようになったんだな。

 ちょっと感慨深く見ていると、倭村さんが歓声を上げた。


「わぁ、ありがとうございます! お腹減ってたんです!」


 食べるのが好きなのか、分かりやすく目を輝かせている倭村さんに、桜宮が慌てたように言った。


「あ、その、練習中だから、そこまで期待しないでほしいんだけど…、倭村ちゃんも、青木君も、いつも頑張ってくれてるから、お礼したくて。こんなんで悪いけど、良かったら食べてね」


 照れくさそうに笑う桜宮に、倭村さんは嬉しそうにして、クッキーを摘まんだ。


「えへへ、こっちこそ、ありがとうございます。それに、クッキー、すごく美味しいですよ!」

「ほ、本当?」

「はい!」


 そうして、女子二人でほのぼのと和むと、桜宮は青木にも声をかけた。


「青木君も良かったら、どうぞ! いつも色々と助けてくれて、頑張ってくれてるから、いっぱい食べて良いからね」


 そう言って笑った桜宮に、青木はちょっと困ったような顔でうつむき口を開いた。


「…大したこと、してないです…」

「そんなこと無いよ。いつも仕事丁寧だし、この前も、私がミスっちゃったページの修正やってくれたでしょ。青木君、すごいよ。ね! 倭村ちゃん!」


 そう言って、倭村さんに話を振ると力強く頷く。


「はい! クラスでも色々とやってくれてるじゃん。すごいなって思ってるんだよ」


 急に誉められて驚いてる青木に、チャンスだと思って俺からも口を挟む。


「そーだぞ。いつもすっげえ頑張ってくれてて助かってんだから、これ以上俺らのハードルを上げにいかないでくれよ」


 皆からそう言われて、青木はようやくクッキーをおずおずと摘まんだ。

 俯いた顔は仄かに赤い。


「えっと、美味しいです」

「うん、そう言ってくれると嬉しいな。…なんか感謝の印なのに、こんなんでごめんね」

「もう! 桜宮先輩! そんなこと無いです、すっごく美味しいです!」

「えへへ、ありがとう、倭村ちゃん」


 本当に珍しく青木が輪の中に入っているのを微笑ましく見ながら、俺もクッキーを摘まむ。

 ちょっと形がいびつで、端が焦げかけだけど、味は美味しかった。

 最近のお菓子の中でもかなり美味くできている。

 成長を感じながら味わっていると、桜宮が俺に近付いて来て、声をかけられた。


「篠山君、どう?」

「いや、上達したな、お前。美味いぞ、これ」

「本当!?」


 頷くと、嬉しそうに笑う。

 その時、ピーとコピー機の音が響いた。


「あ、コピー終わったな」

「作業やらなきゃだね」


 二手に分かれて、作業を開始する。

 本当になかなかの桜宮のグッジョブに、いっしょに大量のコピーを仕分け中の桜宮に思わず語りかけた。


「もう、お菓子の毒味は卒業だな」


 おめでとうと続けようとしたところで、桜宮がバッと顔を上げて驚いた顔をした。


「え、何で!? …何か、駄目だった?」


 何故か泣きそうな顔で、そう呟く桜宮に慌てて口を開く。


「いや、完璧になるまでは俺に食べてもらうって言ってたじゃん。青木達にもごちそうしてたし、かなり美味くなったから、毒味は終わりなのかな、と」


 そう言うと、何故か困ったような顔をした。

 

「違うの。えっとね、お菓子作りはまだ全然自信が無くて…」


 言葉を探すように口ごもった後、口を開く。


「…えっと、青木君を元気付けたかったの。この前とか元気無さそうだったから。ちょっとしたことでも誉めてもらったり、お礼言われると嬉しいし、自信になるでしょ。既製品とかよりは、手作りの方が心がこもってて良いかなと思ったの。…やっぱり、綺麗で美味しいって感じにはいかなかったけど。…だから、また、食べてほしいと言うか…」


 何故か段々と声が小さくなっていく。

 だけど、俺はその言葉とさっきのクッキーを思い出して、思わず桜宮の頭に手を乗せていた。

 びっくりしたように顔をあげる桜宮の頭をそのまま撫でる。


「クッキー、お世辞とかじゃなくて、すっげえ美味かった。それに心がこもってたから、青木があんなに嬉しそうにしたんだよ。最近色々と頑張ってるし、ちゃんと自信持って良いと思うぞ。…すごいな、お前」


 最後にポツリと呟いた言葉は心からの感嘆だ。

 俺が事情を知っているから、俺がどうにかしなくちゃと、ちょっと思いこんでたけど。

 さっきの桜宮と倭村さんを思い出す。

 もっと周りに頼って良いし、周りもどうにかして良いと思ってるのだ。

 それを桜宮に思いきり気付かされた。

 前は思いきり暴走気味だったけど、最近しみじみ思う。

 やっぱり、良いヤツなんだよな、桜宮。

 会った頃には、まだヒロインとかそういう思い込みが有ったから、こんなに普通にコイツのことを見れなかった。

 そんな風に色んなことを考えこんでいたが、フッと桜宮の顔を見て、固まる。

 桜宮は尋常じゃないほど真っ赤になって固まっていた。

 あれ、思わずワシワシと頭を撫でてしまっていたけど、よく考えなくても駄目じゃないか、これ。

 そう言えば、この前の顔合わせの時にポンポンと頭を叩いた時も割りとオーバーリアクション気味だったけど、……結構嫌だったか。

 つーか、これ、ひょっとしなくても、セクハラか!?

 慌てて、手を桜宮の頭からどけて謝る。


「悪い! つい、撫でちゃったけど、嫌だったか?」


 そうするとようやくフリーズから少し溶けて、口を開く。


「いや、全然嫌じゃなかったよ、むしろ…」


 まだ真っ赤な顔のままで小声で呟くが、全然聞こえない。

 桜宮? と呼び掛けると、慌てて再度口を開いた。


「あ、ううん、何でもないの。えっと、本当に、全然嫌では無かったから! …取り敢えず、作業に戻ろっか」


 その言葉で、作業を再開するが…。

 二人の真ん中に置いてあるコピーの山に手を伸ばす。

 近くに置いてあるプリントを取ろうとした時に、軽く手が触れるとバッと飛び退かれた。


「…えっと、悪い」

「いや、違くて…、気にしなくて良いから、ごめんね!」


 その後も、話しかけたり、手が触れそうになる度、似たような反応が返ってきた。

 …うん、気安く女子に触れるのは控えよう。








*******************





 …うう、どうしよう。

 さっきから自分の反応がおかしいのは自覚しているが元のように戻せない。

 篠山君への気持ちに気付いた時ばりに挙動不審だ。


 この前、青木君の様子が変だったことで、彼のイベントの内容を思い出した。

 青木君は、本当に無口で内気な男の子だ。

 そして、厳しいお父さんの言葉や周りの態度のせいですっかり自信を無くしていた。

 それに目をつけられて、生徒会に入れなかったことを逆恨みする馬鹿ボンボンが陰で青木君に無理な要求などをしたりしていたのだ。

 彼のルートでは、ヒロインと出会ったことで自信を取り戻した青木君が、ちゃんと自分の意志を主張し、その馬鹿をやっつけるのだ。

 その馬鹿のことは覚えていたけど、まさかこんな前から色々やってきてると思ってなくて、係の仕事が始まった当初は思いきり篠山君のことと青木君と倭村ちゃんの関係に頭が行ってしまっていた。

 倭村ちゃんは、青木君ルートのライバルキャラで、明るく元気で青木君に片想いしている可愛い女の子だ。

 二人とも身長があまり高くないから、二人が並ぶと本当に可愛くてお似合いなのだ。

 そんな訳で、事情が分かってるからにはほっとけないと、ゲームでのイベントを思いだし、クッキーを作ってきて、青木君に渡し、日頃の感謝を伝えてみたのだ。

 ゲームのヒロインは料理上手ですごく綺麗で完璧なクッキーを渡していたけど、作るのは私なのでやっぱり不恰好になってしまって、ちょっと不安だった。

 だけど、感謝を伝える時に倭村ちゃんの気持ちも伝えれるように話を振れたし、まあ、ギリギリセーフかなと思っていたのだけど……


 さっきの篠山君の手の感触を思い出し、思わず顔を手でおおう。

 隣の篠山君がびっくりしたように私に呼び掛けたのに、何でもないと返すけど、本当は何でもある。ありまくる。

 好きな人が優しそうに笑って、頭を優しく撫でてくれたのは嬉しくて幸せで、でも、恥ずかしくて、顔が真っ赤になってしまった。

 しかもさっき、撫でるのを止めた篠山君に思わず、もっと撫でてほしいとか変なことを口走りかけたし……。

 なんかもう、作業のことも、本来の目的だった青木君のことも考えられない。

 …ああ、もう、どうしよう。…篠山君の馬鹿。




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