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苦手な人はいる物です

 学園の怖い事実とか、なんか大変そうな青木のことを知ってしまってから、数日後。

 俺はとある部屋の前で、帰りたくなるのを抑えながら立っていた。

 さっきから、ノックしようと手をあげたまま固まっている。

 でも、仕方がない。誰にだって、苦手な人というのはいるものだろう。

 覚悟を決めて、目の前のドアをノックする。

 中から明るい声で、どうぞーと返ってきて、ドアを開けた。

 保健室独特の消毒液の匂いが仄かに漂う部屋の中で、大人っぽい美人がこちらを見て、目を瞬かせた。


「あらー、篠山君じゃない! どうしたの? 怪我? それとも、体調不良?」


 朗らかに、そして、心配そうにこちらを見る茜坂先生は、評判通りの明るくて優しい保険医だ。

 だけど、毎回の事ながら、彼女の素を知っていると、顔がひきつるような猫被りである。


「…いえ。お話を聞きに来ました」


 ひきつる顔を必死に抑えて、そう言うと、茜坂先生はまるで獲物を見つけた猫のように笑った。


「あら、珍しい。何かしら?」


 表情一つで印象が、がらりと変わる。

 思わず身構えると、茜坂先生はクスクスと笑う。

 

「ふふふ、そんなに緊張しなくても、何もしないわよ。どうぞ、座って?」


 促されるままに、椅子に座る。


「で、お話って?」


 楽しげにこっちをからかってくるような感じなのに、普段見せているものとは全く違う雰囲気に飲まれそうになる。

 おそらく本人も、こっちが受ける印象とかを分かってやっているのだろう。

 …この人のこういう感じがすごい苦手なんだよな。

 せめてもの抵抗で、茜坂先生の目をしっかり見て答える。


「…中等部、3-7の青木について聞きたいんですけど」


 係の仕事をやるようになってから、そんなに経っていないが、青木は頭が良くて、とても真面目だというのはよく分かった。

 そして、すごく大人しくて自己主張をあまりしないタイプだ。

 係だって、十中八九押し付けられたのだろう。

 そんな彼が、明らかに自分のものではないだろうプリントを持ってきた。

 それも、真面目な彼が係の仕事の最中に、教室の忘れ物を取りに行ってきただけと言い張る。

 …正直、途中で会った誰かに、課題を押し付けられたようにしか見えない。

 大人しい生徒がクラスの係決めなどで貧乏くじを引くはめになることは、良いことではないが時々あることだろう。

 だけど、更に日常的に課題などを押し付けられていたりするのは、アウトだと思う。

 その上、そんな軽くパシられた状態のまま、校内でかなりの権限があるという生徒会役員になってしまうかもしれない。

 …どう考えても、面倒なことになる予感しかしない。

 生徒会役員になるのは、俺の友達ばっかりだし、青木のことも考えると見捨てる訳にはいかないと思ったのだが、ここで一つ問題が浮上した。

 青木との接点が係の仕事しか無い俺は青木のことが全然分からないのである。

 白崎のようによく話したり、黒瀬のように明らかにヤバいトラブルに巻き込まれてる訳ではない。

 且つ、割りとデリケートな問題であり、誤解で何かやらかしてしまうこととかも考えると、情報が無いと首を突っ込めない。

 青木と普通にしゃべって色々知ることができれば良いのだが、青木は本当に大人しく、あまりしゃべらないのである。

 だから、俺が思い付く一番の情報通である茜坂先生に話を聞きにきたのだ。


「…青木君かぁ。今、一緒に係の仕事やってるんだっけ? 聞きたいことがあるなら、自分で聞けば良いんじゃないかしら。わざわざ、私に聞きにくるのはどうして?」

「…前、貸し一つで何でも教えてくれるって言ってましたよね」

「違うわよ。だって、篠山君、私のこと苦手でしょう? かおるちゃんって呼んでくれないしねー」


 ふざけた感じだが、サラリとかわされる。

 …やっぱり、一筋縄じゃいかないな、この人。

 どうしようと悩んでいると、クスクスと笑いだした。


「意地悪はこれくらいにしとかないと怒られちゃいそうね。良いわよ」


 その言葉に拍子抜けして、茜坂先生を見るが、にこりと笑うと話始めた。


「頭が良くて、真面目な良い子よね。顔が可愛いから女子人気も高いし、教師からの評判も上々。来年の高等部の生徒会役員候補としてあげられてる。…なんだけど、すごく大人しくて自己主張が少ないせいで、クラスの一部の男子達に良いように使われている。篠山君が私に話を聞きにきたのって、それが心配だったからでしょう? 顔が可愛いから、結構噂話にあがるし、名門私立小学校の出身だから同じ出身の人が多いから、色んな話が出来ると思うわよ」


 言うまでもなく見透かされていたそれに、内心で驚きながらも頷く。


「それをやってる主犯格の子は、青木君の小学校の時からの知り合いらしいわ。…ねえ、青木君の下の名前って分かる?」


 そう言われて答えようとするが、……あれ? そう言えば、何だっけ?


流星りゅうせい。流れ星って書いて、りゅうせいって読むのよ」


 あ、なるほど、そんな名前だったか。

 なんで、全然覚えて無かったんだろうな。


「そうですか。綺麗な字ですね」


 そう言うと、茜坂先生はクスクスと笑う。


「なるほど、篠山君らしい反応ね」

「はい?」

「フルネームで青木流星なんだけど、七年くらい前に流行ってた漫画の必殺技が“蒼き流星”だったんだって。それで散々からかわれて、元々大人しい子だから、言い返したり出来なくて、それが原因で上下関係が出来ちゃったってのがそもそもの切っ掛けらしいのよね。だから、あんまり下の名前名乗ったりしないみたい」


 うっわ、マジか。

 小学生らしい悪ふざけと言えばそうだが、名前をしつこくいじるのとか本当に無いし、それを後々に引きずるのとか本当にいただけない。


「その上、ソイツが割りと有名な会社の社長令息で、周りもあんまり強く言えないらしいわ。それに加えて、青木君が教師から気に入られてるから、ソイツも生徒会役員を目指してるせいで、ライバル視されてるみたい」


 …紫田先生の言ってた、親の権力で調子乗る系の馬鹿か。

 なるほど、こう言うのがいるから、あんな恐怖体制になったと。本当に迷惑だな。

 そんなことを考えていると、眉間をトンッとつつかれる。


「顔すごいしかめ面になってるわよ」

「…すんませんね」

「ううん、良い子よねー、篠山君」


 そう言って、頭をわしわしと撫でられる。


「ちょっ、何ですか、いきなり!」

「いやぁ、こう言う問題って難しいから、教師の立場になっても、却って問題を大きくしちゃうこととかを考えて動けないこと多いのよね。でも、篠山君、本気で心配して、親身になってくれてるでしょう。そう言うのって、結構嬉しいのよ」


 そう言って、優しそうな顔で笑う茜坂先生は、いつもの笑顔のように怖い感じではなく、元から美人なだけあって、ちょっとドキリとする。

 ちょっと居心地が悪くなり、ソワソワしていると、クスリと笑って頭を撫でる手を止めた。


「こんな風に親身になってくれる人が身近にいるなら、後は青木君なのよねえ。篠山君、青木グループって分かる?」


 確か、ホテルとか旅行会社とかの会社で、よくCMでやってる…って、ええ!?

 ひょっとして、あの青木グループの青木?!

 驚いた俺の顔を見て、気付いたのが分かったらしく続ける。


「超有名企業でしょ。会長は厳しい人だって、有名なのよ。青木君、跡取りだから、結構周りからも色々言われて、自信無くなっちゃったみたい。…でも、青木君って良い子だから、ちゃんと自分に自信が持てて、拒絶できるようになれば、周りも青木君の味方になれるし、調子乗ってる馬鹿も色々と気付くだろうから、こんな風なことは無くなると思うの」


 言ってから、深く息を吐いて、呟く。


「…言うのは簡単なんだけどね、難しいわよね、こう言うの。青木君のこと、ちょこちょこと聞こえてくる噂を聞いて、ずっと気になってたんだけど、流石に中等部じゃ、高等部の保健医の私なんかじゃどうしようもないもの。だから、篠山君がこんな風に来てくれて、ちょっと有りがたかったのよ。ありがとうね。だけど、ちゃんと、自分のことも考えなきゃ駄目よ」


 だから、拍子抜けするほど簡単に話を教えてくれたのかと納得するのと同時に、茜坂先生の真摯な気持ちと、心からの心配が、その言葉から伝わってきた。

 ふと、桜宮を保健室に連れてった時に、昔色々あったから、情報収集に自信があると言っていたのを思い出す。

 いつもからかうような態度でやって来て、色々と知りすぎているせいで苦手だったけど。

 そもそも、助けてもらってばっかなんだよな。

 …苦手だって避けまくってしまって、失礼だったかな。


「話はこんな所かな。そろそろ予鈴がなるから、戻んなさい」


 そう言って、話を締めた茜坂先生に、改めて向き直る。


「色々と教えてくれて、ありがとうございました」

「はいはい、どーいたしまして」

「…それと、」

「ん?」

「色々と助けてくれてんのに、避けまくって、すみませんでした」


 その言葉に、茜坂先生はきょとんとした後、嬉しそうに笑った。


「あら、嫌だ、別に良いのに」


 その姿を見て、やっぱ、思ってたより良い人じゃんと思う。


「ふふふ、ちょっと嬉しかったから、もう一つだけアドバイスね」

「はい」

「篠山君、特待生なんだから、校内での喧嘩はもっと気を付けた方がいいわよ。文化祭の時のあれ、バレなかったの、本当に運が良かったんだから」


 その言葉にビシリと固まった。

 ま、待て待て待て、黒瀬の時のあれ、何で知ってんの!?

 だらだらと汗が流れてくる中、どこか楽しそうに続ける。


「篠山君、元々普通の公立行く予定だったのをこの学園に変えたから、両親に金銭面で迷惑かけたくなくて、特待生やってるんでしょう。それなら、あんなことは駄目よー」

「…あ、あの、何で知ってるんですか? 喧嘩とか俺の家のこととか」

「ふふ、ひ・み・つ」


 絶句して固まっていると予鈴がなった。

 慌てて立ち上がる。

 

「じゃ、じゃあ、ありがとうございました!」

「はーい、勉強頑張ってねー」


 逃げるように部屋を出て行く俺に楽しげに手を振るのを視界の隅で見ながら、保健室を飛び出した。

 いけないなと思いつつも、かなりのスピードで教室まで走る。

 教室のドアを開けると、席替えでドアの近くの席になった黄原がこっちを振り返った。


「あー、篠やん、用事終わった? ギリギリだったねー」

「…つ、」

「ん?」

「疲れた…」

「そっか、大変だったね、お疲れー」


 黄原のねぎらいに生返事を返して、自分の席に着き、べちゃりと潰れる。

 ああもう、やっぱり苦手だ、あの人!





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