怖い事実を知りました
めんどうな係を押し付けられてから数日、メンバー同士の顔合わせの日がやって来た。
放課後、それに向かう俺と桜宮を黄原達が、頑張れ~と言いながら、のんびりと手を振りながら見送って来る。
チクショウ、俺だってやりたく無かったっつーの。
来年、お前ら生徒会だからな。
めっちゃ忙しいし、任期は一年もあるらしいからな。
覚えとけよ、このヤロウ。
そんな感じで、呪いの念を送っていると、一緒に集会室に向かっていた桜宮が声をかけてきた。
「し、篠山君、その、大変だろうけど、精一杯頑張るので、よろしくお願いします」
「あー、うん、よろしく。桜宮もありがとな。皆嫌がってた係やってくれて。最近、ちょっと忙しそうだったろ」
「あ、ううん、それは全然大丈夫だよ」
そう言えば、桜宮が立候補するとは意外だったんだよな。友人でさえ逃げたのに。
まあ、下手に押し付けられて嫌々適当にやるやつと一緒にならなくて良かったかな。
集会室に着くと、結構人数が集まっていてすぐに顔合わせが開始された。
実行委員だという真面目そうな女子の挨拶の後、担当になった教師の紹介だ。
立ち上がった二人の先生のうち、一人を見て、半目になる。
我がクラスのイケメン副担任が済ました顔で挨拶をしていた。
道理で、あのタイミングで誰も決まらなかったら俺になるとか押し付けられるフラグのようなことを言って来やがったと思ったんだよな、道連れにしやがったな、あのヤロウ。
そんなことを考えているうちに、メンバーの自己紹介の順番が回ってきたので、クラスと名前を言った後、適当に頭を下げて席に座る。
自己紹介の後、簡単な仕事の説明がされた。
なんでも、中等部と高等部のクラスを縦割りで四人組にして、割り振られた仕事をやっていくらしい。
7組は、学園紹介の冊子の作成か。
また、面倒くさそうなのに当たってしまったもんである。
えーと、中等部の7組の人達は、と周りを見渡そうとした時に、こんにちは! と明るく声をかけられた。
「7組の先輩達ですよね! 中等部3-7の倭村 木実です。よろしくお願いします!」
とても元気よく、ニコニコと挨拶してくれた後輩を見る。
140cmあるのだろうか、ちまっとしたサイズだが、猫っぽい大きな目といい、ちょっとだけ跳ねたショートカットの髪といい、いかにも元気そうな可愛らしい女の子だ。
そして、後ろを振り返って、ほら、青木君も! とまだ後ろの方にいたらしい同じクラスの子に挨拶を催促する。
声をかけられて、寄ってきたその小柄な男子生徒を見てちょっと驚く。
男子制服を着ているから男子なのだろうが、まるで女の子のように整った顔の男子だった。
こっちを見て、小さな声で、自己紹介をする。
「…青木です。……よろしく、お願いします」
その名前を聞いて思わず、顔を凝視する。
不思議そうな顔で見られて、謝りつつ、こっちも自己紹介をするが、この顔で青木と色の入った名字。
うん、攻略対象者ですね!
確か、生徒会メンバーと顧問の先生で、攻略対象者は6人だったから、これで最後の攻略対象者である。
しかし、アイツらを脳内で並べて見ると。
…うん、モブのこっちが申し訳なくなるほど、きらびやかだね。
そんなアホな考えを脳内から追い払い、教えられた昔の冊子がある教室に向かおうと、桜宮に声を掛けようとすると。
「…桜宮、どうした?」
桜宮は何故か、中等部の二人をものすごくキラキラした目で見つめていた。
小さな声で、ちみっこカップル可愛い! と呟いている。
…うん、そういや、コイツ、ちょっと残念だったなと思いつつ、頭をポンポンと叩いて桜宮を現実に戻した。
係の活動が始まってから、一週間が経った。
前年の冊子などを参考にしながら、学園設備の変更点をまとめたり、在校生にやってもらうアンケートなどを準備したり、結構忙しい。
コピーやら、プリントの確認やらで出払ってる三人の代わりに各クラスに配るアンケートのミスや、枚数を確認していると、廊下から声をかけられた。
「よー、頑張ってるか?」
呑気な声に誰か分かり、冷たい声で返事を返す。
「そうですね、受け持った以上、キッチリやりたいので。仕事量多くて大変ですが、受け持った以上」
係をやらされてることを当てこすると、苦笑する。
「いやー、お前、真面目だし、仕事早いし、やってもらえたら楽だな、と。うん、悪かったな」
「教師によるそういうのって理不尽だと思いまーす、この下っぱ教師」
そう言うと気まずげに、悪かったってと繰り返す。
その言葉に、軽く頷いて口を開いた。
「…所で、成瀬先生の差し入れ嬉しかったですよね」
「…うん?」
「結構度々持ってきてくれて。俺、あのおかげで頑張れたと思うんですよね」
「…………今度、なんか買って来るよ」
まあ、この辺にしといてやろう。
どうせこの人もまた面倒くさい仕事押し付けられているのだろう。下っぱは苦労するものである。
「ま、いいや。所で、どんな感じだ? 可愛い子と仲良くやれてるか?」
何故かニヤニヤ笑いながらのその言葉に、ちょっと考え込んで、口を開いた。
「…そっすねー、いつもすっごい真面目で、一生懸命なんで、すごいなと思います」
「ほー」
「気も利くし」
「なるほどー」
「ただ、本人がすごい大人しいんで、色々押し付けられてないか、ちょっと心配になります」
「……ん?」
「いや、生き生きと作業してる倭村さんと違って、こういう仕事キャラじゃないし、明らかに押し付けられてんじゃないですか、あれ。本人も真面目で自己主張がないから、周りも味を占めてそうだなと。俺の余計なお世話なんだろうけど、息抜きしないかって言っても断って一人で作業してるんで、ちょっと心配になってきちゃって」
「…すまん、篠山、誰の話だ?」
「誰って、青木の話ですよ。紫田先生が言ったんじゃないすか、可愛い後輩と仲良くできるチャンスだぞ、って。倭村さんも良い子なんだけど、そっちがすごい元気な分、大人しすぎるのが気になっちゃって」
「……うん、所で、桜宮とかは?」
「桜宮? なんか、やたら元気で張り切ってます。この前も、学園外れの設備の写真、俺がやるはずだったのに、私がやります! って一人で行っちゃって。別に、気になるなら、一緒に行けば良いのに。初日に後輩可愛いとかなんとか言ってたから張り切ってんのかな………紫田先生、どうかしました?」
何故か、俺の話を聞いて項垂れてしまった紫田先生に声をかける。
すると、紫田先生が、
「…いや、アイツ、空回り過ぎってか、…つーか、あんだけされて欠片も気づいてなさそうなのはどうなんだ…」
などとよく分からないことをぶつぶつ呟き、ふと、顔を上げて、
「篠山、お前、まさか、男が趣味って…「すみません、何言ってんのか聞き取れなかったんですけど、思いきり殴っても? ええ、全然聞き取れなかったけど、俺のタイプは普通に可愛い女の子だっつーの、アホですか、アンタ」
そう言って、据わった目で拳を構えると、即座にスマンと返って来る。
「そっかー、ってことは篠山が気になっちゃうほどあれなのか、青木。ちょっとマズイな、生徒会候補なのに」
そう言って、真剣に考え込みだした紫田先生に、そう言えばと口を開く。
「ウチの学校の生徒会って、どうやって決めてるんですか?」
「あれ、知らないのか?」
「いや噂を聞くと、珍しく任期一年で、めっちゃ忙しいのに、権力絶大で、決め方選挙のはずなのに、立候補者集め熱心にやらないし、何故か選挙前から新生徒会は動き出すしっていう謎な感じしか分かんないですよね」
聞けば、学園の有力者だけじゃなく、目立たない庶民な外部生も生徒会メンバーになったりする。
しかも、絶対やりたく無いって言ってたヤツも何故か新学期になると、真面目な顔して生徒会メンバーになってるということもあるらしい。
来年、貴成達がやるはずなので、色々聞いていたのだが、全然分からなかったのである。
そうすると、紫田先生は、うーんと唸った後、まあ、コイツだし良いかと呟いて、口を開いた。
「ウチの学園の生徒会って独特で、将来、上に立つものとして、これくらい出来なくてはっていうポリシーでめちゃくちゃ仕事多いんだよな。しかも、普通だったら、生徒の領分じゃないだろってこともやらされるし。まあ、そんな感じだから、次期社長だのなんだのなヤツらが、親の力でこぞって、生徒会になったりするんだよな。そうすると、生徒会OBがやたらすごいことになって、縦の繋り強いからコネ目当てでやりたいヤツ増えるし」
…うん、なんかすごい話である。漫画みてえ、ってか、乙女ゲームの世界かそうか。
「…所がな、いるんだよ」
「…ん?」
「甘やかされまくって、親の力に胡座かいて、中等部受験以来ろくに勉強もしてないし、内部生だからってイバるヤツ。んでもって、そう言うヤツに限って、ウチの学園の生徒会の仕事の多さなんて聞かずにやりたがるんだよな。んで、当然のように仕事全然しねえんだよ」
盛大なため息が落とされた。
まあ、うん、それは大変に困っただろうな。
「…何度か学園業務が滞って、リコール騒ぎが起こってから、学園も考えてな。保護者の圧力が強いヤツの中で、真面目にやりそうなヤツ選んで、高等部だけでメンバー足りなかったら、中等部3年にも目をつけて、それでも足りなかったら、有能そうな外部生をって感じでこっちで選ぶんだよ。んで、メンバー選んだら、ほぼ形骸的な選挙やって終了。楽だろ、そっちのが」
「…それ、真面目に生徒会やりたい一般の生徒は?」
「ウチの学園の豪華な設備、ほぼ、OBとか保護者からの寄付によって支えられてんだわ」
「…なりたいって言ってたのになれなかったアホとか面倒くさそうなんですけど?」
「大丈夫。かつて、ぶちギレてリコールやらかした権力絶大なOB様達が背後に控えてる。華麗に暗躍してくれるぞ」
「………それ、生徒会メンバー達の意志は?」
「大丈夫! 親からの圧力とヤバすぎるOBの面々のおかげで大抵大人しくやってくれるぞ。そもそも、真面目そうなの選んでるし。本人にとっても、コネ作れて、役に立つぞ。だから、お前も安心しろよー」
…うっわー、マジか。
怖っ!!
貴成達、超気の毒なんだけど。
「まあ、話を戻すと、そんな感じの生徒会メンバーに、あまりにも大人しいのは、ちょっと頂けないんだよ。本人も辛いし、周りもソイツに付け込もうとしてくるし」
他の生徒会候補、誰がいたっけなぁと呟く。
なるほど、確かに青木には気の毒だ。
つーか、ゲームの通り行くと、そんな感じのまま、生徒会役員やらされるの? マジで?
こういう時に、ゲームの内容覚えて無いのが辛いなあと思う。
そんな感じで考え込んでると、いつの間にか、桜宮が戻って来た。
「篠山君、ただ今戻りました!」
「あー、お疲れ様ー」
「な、何かやることありますか?!」
「いや、普通に割り当ての仕事の紙でやれること無かったら、特に…」
「じゃ、じゃあ、篠山君のやってること手伝う、よ?」
「いや、一人でやれるから大丈夫。ありがとうな」
「…そ、そっかー」
何故か落ち込んでいる桜宮に首を傾げていると、元気いっぱいに倭村さんが帰ってきた。
「はーい、私も戻りました! あのプラネタリウムはやっぱり申請すれば、天文部以外も使えるそうですよー。申請の仕方、詳しく聞いてきました!」
「そっか、ありがとう、まとめといて貰える?」
「はーい! あ、青木君もお疲れー! どうだった?」
その言葉に入り口を振り向くと、いつの間にか青木が立っていた。
「……書類、申請大丈夫でした……」
「そっかー、何かやれることある? 手伝うよ!」
「………大丈夫です、…ありがとうございます……」
倭村さんに話しかけられて、ちょっと俯きながら、小さな声で返事をすると、そそくさと逃げるように、必要書類の整頓を始めた。
それを見た紫田先生がちょっと苦笑しつつ、口を開く。
「忙しくなってきたみたいだから、行くわー。頑張れよー」
それを見送って、さっきからやっていた作業の続きを再開する。
ふと、顔を上げると、そこそこ量のあるプリントの入ったファイルが目に付いた。
化学の問題で、明らかにここにあった物ではない。
思わず手に取って、首を傾げると、
「……すみません、……僕のです……」
消え入りそうな声をかけられた。
顔を上げると、青木が気まずそうな顔で立っている。
「あれ? 青木君、それ、今日の課題だよね? どうしたの?」
倭村さんがちょっと眉根をひそめながら、口を開く。
「……教室に、忘れてたの、取ってきた………」
「でも、青木君、いっつもすぐに終わらせるじゃない」
「………忘れただけ、だから……」
消え入りそうなその声と倭村さんの追求に心底困ってそうな表情に、加えて何か言おうとしてた倭村さんが口を閉じた。
何か言いたげな顔で、チラチラと青木を見てる。
桜宮も、ハッとした顔になって、困ったように、青木を見ている。
それを見て、嫌な予感にため息を押し殺した。
攻略対象者の問題に何故か関わりまくってしまうのは何でだろう。
でも、あんな怖すぎる物をやらされるはめになる真面目な後輩を、知ってしまった以上見捨てることはできないんだよな。




