ちょっとひどいと思います
「し、篠山君!」
休み時間になったとたんに、声をかけられ振り返る。
と、言っても、相手は誰だか分かっている。
案の定、ノートと教科書を持った桜宮が立っていた。
「さっきの授業のこの問題、ちょっと聞いてもいいかな?」
何故か少し恥ずかしそうに顔を赤くしながら尋ねてくるのに頷く。
「…別にいいぞ。えーと、この問題のどの辺?」
「えっと、どうしてこの公式を使うのか分からなくて…」
「あー、それはだな…」
ちょっとした解説をすると理解できたようで、目を輝かせて頷く。
「そっかぁ。ありがとう、篠山君」
「いや、どーいたしまして。……えーと、ちょっと聞いていい? 最近、よく色々なことで聞きにくるけど、なんかあった?」
そう、桜宮が俺に授業の質問などをしてくるのは、最近ずっとなのだ。
一、二ヶ月ほど前、やけに俺を避けるなと不思議に思っていたのだが、髪を切ったあたりから前と同じように話しかけてくるようになった。
それだけなら、普通にホッとしたで済むのだが、今のようにやたらと勉強のことを聞いてきたり、練習中だと言うお菓子の味見を頼まれたりするようになったのだ。
しかも、席替えも終わって、少し離れた席になったのにだ。
正直、勉強は先生に聞けばいいし、お菓子は友達に頼めば良いのに、何故、俺にくるのか謎なのだ。
「ご、ごめん! 迷惑だった…?」
「いや、勉強のことは簡単な復習になるし、お菓子はなんかもう、進化を目の当たりに! って感じである意味面白くはあるんだけど…、何でかなと」
そう言うと、桜宮は何故か真っ赤になりながら視線を逸らした。
「えっと、その、色々、頑張ろうかな…と思いまして。そのですね、」
しどろもどろに何かを語ろうとしていたが、その時、ドアが開いて次の時間の教科担任が入ってきた。
「あ、もう、先生来ちゃったから、席に戻るね!」
「あ、そうだな」
「問題教えてくれてありがとう! あ、そ、それと、今日も作ってきたので、味見してくれると嬉しいです!」
そう言うとやたらと急いで席に戻ってしまった。
首を傾げながらも、次の時間の教科書を取り出した。
「えぇー、篠やん、それ本気で言ってる?」
昼休み、いつものメンバーで飯を食っている時に、さっき桜宮に聞いたことをコイツらにも聞いて見ると、黄原に思いっきり呆れた顔をされた。
なんか、コイツにこんなこと言われるのはムカつくなと思ったが、見ると、白崎も苦笑顔だし、貴成も微妙な顔をしている。
…あれ、これは俺が悪いのか。
どうにも分からないというのが顔に出てたのか、白崎が苦笑しながらも俺の質問の答えを出してくれた。
「桜宮さん、来年、Sクラスになりたいそうですよ」
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまう。
桜宮は言っちゃ何だが、成績はそんなに良くない。
よく先生に当てられては詰まっていたし、テストの成績表が返ってくるときは涙目だった。
それなのに、いきなり学年で45番以内しか入れないクラスと目指すとは、……結構大変ではないだろうか。
「最近、図書室で香具山さんや、暁峰さん、染谷さんと一緒に勉強してるんですよ。結構、頑張ってるみたいですよ」
「そー、そー、お菓子作りも、よく夕美達と一緒にウチの姉ちゃんに習いにきてるしね」
「え? 何で?」
思わずそう言うと、貴成がため息をついて、口を開いた。
「ちょっとは考えろ」
「えー、いや、分かんねえし。つーか、ひょっとして、貴成は何か聞いてたりすんの?」
そう、桜宮が髪を切った頃ぐらいに、貴成と桜宮が和解したようなのだ。
貴成はちょっとしか教えてくれなかったが、何でも桜宮が何かやらかしてたのに気付いて、ちゃんと謝ってきたから、普通に態度を直すことにしたと言っていた。
それ以来、ちょくちょく貴成が桜宮に何かを語っている所を見たりすることがあり、かなり驚いたのだ。
なので、そう聞いてみると、更に深いため息をつかれた。
「…料理に関しては、前、お前が桜宮の作った料理をマズイとか言いながらも全部食べてくれたからで、勉強に関しては、特待生はSクラスにならないといけないから、一緒のクラスになるためらしいぞ」
その言葉に目を見開く。
周りを見ると、白崎と黄原も頷いていた。
なるほどと頷いて、口を開く。
「そっか、せっかく仲良くなったなら、友達と一緒のクラスになりたいもんな! 俺と一緒で染谷もSクラスにならなきゃっていうの忘れてたわ!」
ものすごーく納得して、一人うんうんと頷く。
最近、とても仲良くなったらしい彼女達はよく昼休みや放課後につるんでいるのをよく見る。
コイツらはさらっと成績いいので忘れていたが、二年生時のクラス分けは一年生の時と違って成績順になるため、友達同士で一緒のクラスが良いと頑張ると言うのはこの学校ではよく聞く話だ。
俺と一緒でSクラスにならなきゃいけない染谷がいるなら、そりゃあ勉強頑張るだろう。
俺に勉強のことを聞きにくるのも、染谷がよく俺にノートとか参考書を借りに来てたからだろう。
料理も俺にマズイと言われて、ものすごくむくれていたのを思い出すに、料理が上手くなっていく様子を見せることで見返してやろうと思ったのだろう。
確かにこの一、二ヶ月でかなりの進化具合いで、びっくりしつつも感心したもんな。
気になっていたことの答えが分かり、あー、スッキリしたと呟いている俺を見て、三人がこそこそと何かを囁きあっている。
「え、鈍くない!? 桜ちゃん、めちゃくちゃ、恋する乙女感いっぱいのアプローチしてるじゃん!」
「…じゃなきゃ、わざわざ俺に正彦の情報とか色々聞きにくる訳ないだろうが。桜宮のことちゃんと見るようにしたら、俺にさえ一瞬で分かるくらいに分かりやすい態度だったぞ」
「…ですよね。篠山、何でもそつなくこなすと思ってましたけど、こんな所に弱点があったんですね」
「ごめん、何話してんの?」
「「「何でもない(よー!)(です)」」」
即返ってきた返答に首を傾げながらも、取り敢えずと、昼休みの始めにもらって、後で感想よろしくと言われていたカップケーキに手をのばす。
やはり、見た目はちょっと不恰好で、焦げる一歩手前だったりするのだが、バターの風味が効いていて、わりとイケる。
前のアップルパイを思い出し、上達してんなあ、と思いながら桜宮に何て伝えようか考えながら、カップケーキを味わった。
数日後の学活の授業。
入ってきたのは、成瀬先生じゃなく紫田先生だった。
成瀬先生は割りと出張が多い為、ちょくちょくこんな感じで代わりをやっている。
女子生徒達がラッキーなどと喋り始めたのを見て、
「ウッセいから黙れよ、お前ら。授業中だ、授業中。他のクラスの迷惑考えろ」
などと、ぞんざいな口調で言ってのけた。
最初の時期のかしこまった感じが嘘のようだなと思う。
本人的には、成瀬先生の笑顔での無言の圧力を目指したかったらしいが、こっちの方があっているだろう。
静かになったクラスを見渡して、紫田先生は今日の学活の内容を喋りだした。
「今日は、外部受験の生徒達の案内係りを決める。役割としては、冬休みにある校内見学の案内、入試の時の案内や、受付、ついでに入学式の案内とかだな。人数は高等部1年のクラスから各二人ずつ、中等部3年のクラスから各二人ずつだそうだ」
その言葉に懐かしいなあと去年の今頃のことを思い出した。
普通だったら、中学校二年生向けの見学会らしいが、三年生になってから貴成に頼まれて目指し始めたので行っておらず、学園祭も用事のせいで行ってなかった為、三年生の冬休みに行ったのだ。
それまで割りと憂鬱だったのだが、案内の人達は親切だし、校内設備もかなり充実していたためモチベーションがかなり上がったのだ。
しかし、それにしても、さらっと仕事が多い。
この学園の係りは本当に鬼畜めな仕事量だ。
特に生徒会とかは本当に忙しいそうだから、来年やることになる貴成達に同情する。
「誰かやりたいヤツいないか? 後輩と仲良くなれるチャンスだぞ」
紫田先生がそう言って、生徒達の顔を見渡すが、当然の如く、誰一人手を上げない。
仕事内容聞いただけでもかなり仕事多いし、内部生に聞いた所、中等部3年の時に外部生案内の係りになったヤツがかなり忙しそうで毎日のように愚痴っていたらしいから。
何でも、内部生は受験は無いし、外部生が入学した時に、案内やってた人が同級生にいたら、安心できるだろうとのことだがそこまでの仕事をやらせちゃいけないだろうと思う。
「誰かいないかー? もし、いなかったら、文化係にやってもらうことになるんだが」
それを聞いた瞬間、思わず手を挙げて、反論を述べる。
「はい! 俺、文化係になってから結構色んなことやらされてるんですけど! 更にそれ追加は無いと思います!」
「もう、文化係の仕事は無いだろ? 文化係=校内雑用係だ。最初に油断したのが悪い。はい、つーことで、篠山に同情したヤツ二人くらい誰かいないかー?」
その言葉を聞いて、慌ててクラスを見渡した。
ちょっと待って、誰かいねえの?!
めんどいし、嫌なんだけど!
いつものメンバーと目が合うと苦笑しつつも、三人で目配せしあっている。
そのやり取りをちょっと期待しつつも、見ていると、
「はい!」
誰かの手が挙がった。
見ると、桜宮が手を真っ直ぐに挙げている。
あれ? 最近、色々やってるから忙しいって思ってたけど大丈夫なのか?
「……おー、じゃあ、桜宮と…、もう一人いないか?」
何故か、ちょっと笑いながらも紫田先生が再び問いかける。
だけど、誰も手を挙げない。
いつものメンバーを見ても、ちょっと苦笑しながらも首を横に振られた。
「…じゃあ、篠山と桜宮でいいかー?」
その言葉に、再びあの講演会の時のような忙しさがやって来るのだろうな、とガックリと首を落とした。
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「へー、桃、あの係やるの? 忙しいって有名じゃない?」
放課後、図書室にて怒られない程度の小さな声で、凛ちゃんが言った。
詩野ちゃん、夕美ちゃん、凛ちゃん達に付き合ってもらう感じで、最近、よく開いている勉強会だ。
「うん。篠山君、あんまりやりたく無さそうだったから、手を挙げてみたんだけど。結局もう一人が出なくて、私と篠山君でやることになったんだ」
篠山君には悪いが、ちょっと嬉しい。
「あー、それはまあ」
「多分、気を使われたわね」
「だよね」
三人がちょっと苦笑ぎみに相槌をうつ。
「でも、大丈夫なの? 桃ちゃん、今でさえ、色々とやってるのに」
「あー、うん、…頑張る」
前向きに頑張るって決めてから、赤羽君に色々と話を聞いたり、会話の内容を思い出したりして、やることを考えたのだ。
来年は絶対一緒のクラスになりたいし、料理はちゃんと上手になって女の子らしく見て欲しい。
かなり大変だけど、赤羽君が言ってた篠山君は努力家が好きだと言う言葉を思い出して、頑張っている。
「それよりも、皆には、迷惑かけちゃってごめんね。勉強とか料理教えてって言ってから、結構付き合わせちゃってるし」
そう言うと、三人とも笑って否定してくれる。
「いーの、いーの。私はそもそも、絶対やんなきゃいけないことだし。皆でやれてモチベーション上がるよ!」
「勉強はそろそろやんなきゃなって思ってたし、お菓子作りは咲姉に付き合って元からよくやってたしね」
「それに、私も料理そんなに得意じゃないから、教えてもらえて嬉しいよ」
皆の言葉に感動しつつも、詩野ちゃんの言葉にちょっと苦笑いする。
詩野ちゃんは女の子女の子した外見に似合わず、かなり豪快な料理をしたりする。
「まあ、それは置いといて、肝心の恋の進歩状況はどう? いい感じになったりした? ちょっとは意識してくれたりとか!」
「声が大きくなってるわよ。ちょっと落ち着いて」
「でも、気になるよね。どんな感じ?」
ウキウキと尋ねてくる凛ちゃんと、嗜めながらも好奇心の隠せてない夕美ちゃんに、やっぱり直球でさらりと聞いてくる詩野ちゃんに見つめられて、ちょっと詰まる。
そして、先日の篠山君からの質問を思い出して、遠い目をしながら口を開いた。
「…篠山君、ちょっと、鈍感かもしれない……」




