理由が全然分かりません
前半、篠山君、後半、桜宮ちゃん視点です。
学校祭の片付けも終わり、学校生活はすっかり日常に戻った。
変わったことといえば、黒瀬との関係だろうか。
廊下とかで会った時とかに、よくしゃべるようになった。
未だに友達とか言っても、冷たい目で見られてしまうが、会話には素っ気ない感じながらもちゃんと付き合ってくれる。
話の流れで軽い喧嘩っぽく手がでることもあるが、お互いに加減しまくりだし、ちょっと空手の技の練習にもなって楽しかったりする。貴成とかにはちょっと呆れられてるが。
染谷からの話によると、最近はちょっと素直になって、ちゃんと授業とかにでる回数も増えたらしい。
なんと言うか、ひねてるけど良いヤツな所がツンデレっぽくて面白く、よく染谷と一緒に笑っていたりする。
まあ、それは良いのだが、一つ気になっていることが有ったりする。
朝、教室に入り、自分の机に向かった。
席替えは学校祭の色々が落ち着いたらやると言っていたので、まだ、一学期のままの席だ。
教科書とかの整理をしていると、隣の席に人の気配を感じて顔をあげた。
「はよー、桜宮」
なんてことない普通の挨拶。
一学期の時から全然変わっていないだろうそれに、何故か桜宮の動きが止まった。
何故か中途半端に手をあげたまま固まりつつ、
「あ、……えっと、その」
と小さな声で言っては口ごもっている。
どうしたんだろうと、桜宮の顔を見つつ、次の言葉を待っていると、桜宮の顔が次第に赤くなってきた。
思わず、顔を覗き込もうと立ちあがりつつ、口を開く。
「…おい、桜宮、大丈夫か? 顔色、変…」
「だ、大丈夫! お、おはようございます…」
更に真赤になった桜宮は慌てて体調不良を否定した後、消え入りそうな挨拶を告げて、カバンを机の上に置き、クラスの女子の方へすっ飛んで行った。
どうしたらいいのか分からないまま取り残され、取り敢えず、席に座り直す。
「……なんかしたっけ、俺」
何故か学校祭が終わってから、桜宮があんな感じなのである。
前、白崎のことで桜宮に話をした時も無視をされたが、あの時とは様子が全然違うし、そもそも理由が分からない。
最後にまともに喋ったのは、お礼を言った時だったが、あの時は普通だったような気がするんだが。
あの時になんか失礼なことを言っちゃったりしてたのか、ひょっとして……。
「正彦、帰ってこい」
その言葉と共に頭を軽く叩かれ、上を向く。
見ると、貴成が呆れた顔で立っていた。白崎と黄原も同様である。
あー、うん、またやっちゃったか。
「悪い。はよー」
「はい、おはようございます」
「うん、おっはよー! いくら声掛けても気づかないからどうしたのかと思ったよ。今度は何で考え込んでるの?」
「あー、うん。ちょっと、な」
取り敢えず誤魔化そうとすると、白崎が悪戯っぽく笑って、口を開いた。
「ひょっとして、桜宮さんのことですか?」
何で分かったのかと一瞬驚くが、隣の席なのである。
桜宮の態度なんて、何度も見る機会が有っただろう。
「…そうなんだよ。なんか、最近、俺に対する態度変だろ? なんか嫌われるようなことしちゃったかな、と思ってさ」
そう言うと黄原が、えー!、と文句ありげに言った。
「いや、あれは違うでしょ。全然、嫌って無いって。むしろ、…」
「黄原、他人が口出して良いことじゃないですよ」
黄原が何か言いかけたが、白崎が穏やかに遮ってたしなめる。
「あ、そうだよね。ごめん」
黄原も反省したように、すぐに謝罪するが、……正直、何の話かさっぱり分からない。
「おい、何の話?」
そう尋ねると、白崎と黄原が顔を見合わせて苦笑した。
「…まあ、自分で分かってとしか」
「ですねえ。でも、まあ、見てれば分かると思いますよ。桜宮さん、前とは全然違いますし」
「だよねー。最近、すごく分かりやすいもんね。赤っちもそう思わない?」
二人揃って、俺にはさっぱり分からない話をしていたが、黄原が貴成に話を振った。
え、ひょっとして、分かって無いの俺だけなの?、と思った時。
「…さあ。何の話だ?」
貴成が訝しげにそう言った。
「ええっ! 赤っちも気づかないの? 桜ちゃん見てれば分かるじゃん!」
黄原が驚いたような顔で言い募る。
貴成は、ため息をついて、口を開いた。
「知るか。俺はアイツに欠片も興味が無い」
その声は思いの外、冷たかった。
何か言おうと口を開いた時、ガラリとドアが開く音がした。
ドアの方を振り返ると、成瀬先生がにっこり笑って立っている。
「おはようございます。みなさん、席についてくださいね」
その声に立っていた人達が慌てて席に戻った。
HRの連絡を聞き流しながら、貴成のさっきの言葉を思い出す。
確かにアイツはものすごい女嫌いだし、桜宮は何回も話しかけに言っていたので好感度はかなり低いだろうとは思っていた。
だけど、さっきの声と言葉を見るに、割りと本気で桜宮のことを嫌っていそうだった。
それにしても、そんな程度なら昔からよくいたので、あそこまで真剣に嫌っているのはちょっと不思議だ。
何でだろうなー、と思いつつ、貴成の桜宮に対する態度を思い出す。
…そう言えば、入学してすぐの時に、貴成が桜宮に対する態度を変えた時があったけ。
なんか地雷踏んだのかなと思ったけど、ひょっとして、それか?
その時、チャイムがなった。
前もぼーっとしていて怒られたことがあるし、授業は真面目に聞いておきたい。
慌てて、教科書とかを取り出して、桜宮のことや貴成の態度とかを取り敢えず、思考から追い出した。
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放課後、詩野ちゃん、夕美ちゃん、凛ちゃん達をお茶に誘った。
学食の隅っこの席に座り、それぞれの注文が揃った時、凛ちゃんが口を開いた。
「で、どうしたの?」
その言葉にじわーっと、涙が浮かびそうになる。
「し、篠山君としゃべれないの…」
「え、何で? 篠山君、最近、忙しいとか無いよね。智、何も言って無かったし」
夕美ちゃんが不思議そうに言う。
「そうじゃなくてね。なんか、やたらと緊張しちゃって、何にもしゃべれなくなっちゃうの」
「…今まで、普通にしゃべってなかった?」
「いや、だってね、気付いちゃったら格好良いんだよ! いつも、明るく笑顔で挨拶してくれたり、急に顔近づけてきたりするし! むしろ、自分が今までどうやってしゃべってたか聞きたいレベル…」
思わず言った言葉に、三人の目が生温い物になった。
自分が言った言葉が急に恥ずかしくなり俯く。
そんな私を横目で見ながら、三人は話を進めた。
「…まあ、すごい良いヤツだよね、篠山」
「だよね。前、白崎君が倒れた時とかも、すごく親身になって助けてくれたんだよ」
「そうよね。と言うか、多少挙動不審になっても、話しかければ返してくれると思うわよ。あの超絶コミュ障の智と友達になれたくらいだし」
その言葉にそろそろと顔をあげて口を開く。
「何しゃべって良いか分からないから、頭まっ白になっちゃうんだよ……」
「普通に好きなテレビ番組の話とか趣味の話とかで良いんじゃなのかな?」
そう言われて、篠山君の好きな物を思いだそうとするが、全く浮かばない。
いつも少し離れた所で見ていたから、私は、篠山君の好きな本や、趣味なんて全然分からないんだ。
「…篠山君が何を好きなのか、分かんない」
「じゃあ、聞いてみたらどうかな?」
「……唐突になっちゃうかなとか考え過ぎて頭まっ白になっちゃって無理」
そう言うと、ちょっと考え込んだ凛ちゃんが口を開いた。
「…じゃあ、篠山の友達にそれとなく、趣味の話とか聞いて話題を考えてから話しかけて見れば? 多分、今よりは、ちょっとは話しやすくなるんじゃない?」
その提案に夕美ちゃんがなるほど、と呟いた。
「そう言えば、智も篠山がしゃべりやすい話題を振ってくれたおかげで、クラスメイトとしゃべれるようになったって言ってたわね。明確な話題が有った方が今の桃には良いかも」
その言葉に、なるほどと思いつつも、篠山君を前にした時を思い出して、ちょっと怖じ気づく。
すると、詩野ちゃんがにっこり笑って口を開いた。
「桃ちゃんは、すごく可愛くて真っ直ぐな女の子なんだから、自信持ってやってみなきゃ。きっと、大丈夫だよ」
優しい言葉にうるっときそうになる。
ありがとう、と言おうと口を開こうとしたとき、
「それに、どうしたらいいのか分からないって何もしないよりは、きっとどうにかなると思うよ。しゃべれないって私達の前でウジウジしてるだけじゃ、何にもならないでしょ? 時間もったいないよ」
「ごめんなさい!」
今の現状をズバッと言いきる言葉にうっとなる。
話の前半と後半の差で思わずダメージを食らった。
詩野ちゃんの言葉に、夕美ちゃんは苦笑、凛ちゃんは爆笑している。
「まあ、詩野の言う通りね。まずは、やってみなきゃ」
「そうね。ちゃんと勇気出せば大丈夫よ」
そう言って二人も笑ってくれる。
「…うん、ありがとう」
心からお礼を言って、私もにっこり笑った。
取り敢えず、皆の案を実行してみよう。
篠山君のことを一番知ってる人と考えて、すぐに浮かんだ人物に頷く。
「明日からさっそく頑張ってみるね!」
頑張れと言ってくれる声に励まされながら、注文してたジュースを口に運んだ。




