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祭が終わりました

「うわー、綺麗だな」


 思わず呟いた。

 広い運動場の真ん中でのキャンプファイアーは、小学校の時の自然教室の物とは比べものにならないくらいに立派である。

 内部生の奴らが言うだけあるんだなと内心で独り言ちた。

 学校祭の結果発表も終わって、後夜祭である。

 昼間の体育祭はすっげえ楽しかったけど、結構疲れた。

 昨日、喧嘩したせいで割とくたくたになってたし。どうしたって心配する貴成達を誤魔化すのも結構大変だった。

 だけど、思いっきり走って、応援して、応援合戦の時には応援団の格好良さに感動して。

 昨日の文化祭は色々やってたら終わってしまった感じだったけど、今日の体育祭は本当に楽しめた。

 今日と昨日の色々なことを思い出しながら、キャンプファイアーを見つめて、不意に喧嘩の後のことを思い出す。 

 昨日、黒瀬と一緒に不良と喧嘩した後、桜宮にお礼を言いに行った。

 喧嘩してた時にすごく用意周到な助け船を出してくれたことに、色々思わなかった訳ではない。

 だって、あれは絶対に偶然なんかじゃ説明はつかない。

 前の紫田先生や白崎のことを考えても、多分、桜宮は転生者なんだろうなと思う。

 しかも、俺とは違ってシナリオの内容をしっかり覚えているのだろう。

 俺は妹がやってたくらいで、攻略対象者の名前に色がつくのと、本当にぼんやりとした特徴くらいしかほとんど覚えていない。

 だから、あれが桜宮ってことが確かめることができたなら、色々聞いてみようかなと思ったけど…。

 校舎を走り回って、やっと見つけた桜宮は不良に絡まれて泣きそうになっていた。

 不良は追い払うことができたけど、その後、泣き出してしまった。

 我ながら情けないくらいに慌てまくって、ようやく落ち着いた時、聞いてみたらあの声はやっぱり桜宮だった。

 だけど、まあ良いかと思ったのである。

 だって、桜宮はヒロインだけど、“桜宮 桃”という普通の女の子だ。

 結構ミーハーで、勉強や運動は苦手、料理も下手、しかもけっこうおっちょこちょい。だけど、結構良いヤツ。そして、不良に絡まれて泣いてしまうくらいに普通な女の子。

 そんな子がシナリオを覚えていたとしても、不良の喧嘩を止めようとするのは相当怖かっただろう。

 だから、別に転生者ってことをハッキリさせて対応変えたり、変えられたりするよりも、すごく頑張って俺達のことを助けてくれただろう桜宮に普通にお礼を言いたかった。

 だから、転生者とか乙女ゲームとかそんなこと、聞かないし、言わなくても良いだろうと思った。

 普通は未来なんて分からないのが普通だし。

 それに、桜宮は桜宮だしな。

 そんなことを思って、ちょっと格好つけな台詞かなと、ちょっと恥ずかしくなった時、肩を叩かれた。


「いい加減戻ってこい、正彦」


 そっちの方を振り向くと、貴成が呆れた顔をしていた。

 黄原と白崎も苦笑ぎみである。

 うん、昨日のことに意識飛びすぎた。


「すまん、ぼーっとしてた」

「篠やん、結構、ぼーっとしてるよね」

「そうですけど、風邪とかじゃないですよね? 昨日、バケツの水被ったって言ってましたし」

「あははは、平気平気。俺、丈夫」


 昨日の誤魔化しを信じて、普通に心配してくれている白崎にちょっと罪悪感を感じる。

 ちょっと棒読みぎみになってしまったが、慌てて誤魔化すと、貴成に軽く頭を叩かれた。


「ちょっ、何すんだよ」

「うるさい。……最近のことは本当に大丈夫になったんだよな?」


 後半だけ小さな声で言われた言葉に、ちょっとだけ目を見張って、ニカッと笑った。


「おう! スッキリ解決したぞ」


 俺の顔を見た貴成がちょっと笑って、そうか、と呟いた。

 応援合戦で優勝した団の特別応援があるまでの間、有志によるバンドの演奏とかを見て、駄弁っていると後ろから声をかけられた。


「あ、篠山だ。どもっ!」


 振り返ると案の定、染谷が立っていた。

 暁峰と、ちょっと意外なことに香具山さんも一緒だった。

 仲良いのかなと思っていると、染谷がにやにやしながら話し掛けてきた。


「篠山、1-7、総合成績、7位おめでとう」


 その言葉にコイツが何をやりに来ているのか分かった。

 さっきの後夜祭の初めの総合成績発表で、ウチのクラスは7位だった。全校で24クラスある中でまずまずと言った感じである。

 まあ、文化祭はイケメン効果で結構良いところまでいったけど、上級生でめちゃめちゃ凝ってる所いっぱいあったしな。

 体育祭は応援合戦も含めてすごく頑張ってたけど、応援合戦に関しては人数の関係で各学年の一組ごとで一団とか言った感じだから、その点数は団ごと加算だし。

 競技に関しては貴成とか俺とかで頑張ったから結構良かったんだけど、まあ。

 暁峰に呆れた顔をされながらも、にやにやした顔で俺を見ている染谷に、仕方なく口を開く。


「…はいはい、総合成績、5位おめでとう」

「ありがとう!」


 染谷達、1-2の文化祭はお化け屋敷をやって、音響効果とかに拘りまくったそれはかなり評判が良かった。

 体育祭に関しては、染谷、暁峰を筆頭に女子で運動神経が良い子が多くて、女子の競技でかなりの点数を稼いでいた。…それに、


「いやぁ、黒瀬が参加してくれるとは思わなかったんだけど、お陰で良い結果になったのよね」


 あのサボリ魔の黒瀬が参加してたのである。

 あの喧嘩の時も思ったけど、かなり運動神経が良かった。

 貴成とかと同じ組で走ってくれれば良い勝負だっただろうけど、出ると思ってなかった為、何の対策もしておらずバンバン一位を取られたのである。

 染谷はよほどそれが嬉しかったようで自慢しに来たのだ。


「止めなさいよ、もう。恥ずかしいわね」

「良いじゃん。あの黒瀬が出てくれたんだよ! 総合成績5位だよ! 嬉しいじゃん」

「そうだね。凛ちゃん、良かったね」


 そう言って笑っている染谷の笑顔に黒瀬のこと、気にしてたもんなあと思う。

 俺も、あの一匹狼気どってた黒瀬が体育祭参加とかちょっと嬉しい。

 そんな感じでじゃれてる女子達に白崎がにこやかに話しかけた。


「おめでとうございます。染谷さんも暁峰さんもすごく速かったですね」

「そうだね~。夕美、昔から足速かったもんね」

「智はスタートの時に緊張しすぎなければもうちょっと速かったと思うわよ」

「そうだな。緊張し過ぎだ、黄原」

「…夕美も赤っちも容赦無いよね」


 そんな会話をクスクス笑って見てた香具山さんに、白崎が声をかけた。


「香具山もすごく活躍してましたね。びっくりしました」

「ありがとうございます。スポーツ好きなんです」


 そう、香具山さんも文学少女な見た目を裏切って、めちゃめちゃ速かった。

 まあ、あの時の剣幕や、合気道有段者と言って、にっこり笑ったのを思い出すと納得なのだが。


「香具山さんって、染谷達と仲良かったんだな」


 さっき思ったことを聞いてみると、何故か女子達がちょっと顔を見合わせた。


「いや、今日、初めて喋ったんだけどね」

「え、そうなの? でも、めっちゃ仲良さそうだよな」


 そう言うと染谷が香具山さんの顔を見て、


「えっと、言ってもいい?」


 と聞いた。

 香具山さんはちょっとため息をついて、


「どうせ広まるでしょうし、聞かれるなら、早い方が良いよ」


 と言った。

 その言葉を聞いて染谷が話し出す。


「えーと、私の噂あったじゃん」

「そうだな…」


 あの後、茜坂先生がどんな手段を使ったのか噂は下火になり、女の子相手に言いくるめられたからと酷い噂を捏造した馬鹿の噂が広まっている。

 なんかもう、本当に茜坂先生は怖いが、それに大分ホッとした。


「なんか思ったよりもすぐに鎮静化したんだけど、まだ何か言ってくるヤツはいるのね。それで、イヤミ言われてる時に詩野が偶々いて。…相手をけちょんけちょんにしちゃったんだよね」

「…はい?」


 思わず聞き返すと、染谷と暁峰がちょっと苦笑いしながら続ける。


「いや、すっごく格好良かったのよ。相手の男子に一歩も退かずに文句を言って。…思ったよりも激しくてびっくりしたけど」

「うん。そうだよね。理路整然と相手に意見言ってた。…最後には、相手の男子が泣きそうだったけど」


 ちょっと沈黙が降りた。

 如何にも大人しそうな外見に、黄原と貴成がびっくりした顔で香具山さんを見つめている。

 香具山さんはちょっと恥ずかしそうで、本当にそんなことやる感じには見えないが、……正直、あの時の白崎へのキレ方を思い出すと。

 うん、大変に迫力満点で格好良かったでしょうね。

 一人それを聞いても、にこやかに笑い続けている白崎が口を開いた。

 

「それで仲良くなったんですか?」

「そうだよ。もう、あんまりに格好良いから、声かけちゃって」

「きっぱり、さっぱりしてて、気持ちいいわよね、喋ってて」


 染谷と暁峰がそう口々に言うが、香具山さんはちょっと遠い目だ。


「………あんまりやらかしすぎて、ちょっと周りの子に引かれちゃったんですけどね」

「え、そうなんですか?」

「そうですよ。特に男子とかはドン引いてましたもん。白崎君も最初はそうだったじゃないですか」


 香具山さんがそう言うと、白崎がちょっと驚いた顔で口を開いた。


「いえ、そんなことはありませんよ」

「…嘘はいいですよ」

「いえ、ちょっとびっくりしましたけど、本当に格好良いと思いましたよ。素敵な人だなと思いました」


 その言葉に香具山さんがポカンとした顔をした時、染谷が俺達の後ろの方を見て、パッと顔を明るくした。


「あっ、桃だ!」


 振り返ると桜宮が立っていた。

 そう言えば、今日は話すの初めてかもしれないなと声をかける。


「おー、桜宮、お疲れ。暁峰とかもいるし、こっち来たら?」


 桜宮は俺の顔を見て、固まっていた。

 少し不思議になって、もう一度声をかける。


「おーい、桜宮。聞いてる?」

「あ、ひゃい!」


 慌てて返事をしたが、思いっきり舌を噛んだようで口を押さえる。


「大丈夫か、桜宮?」


 思わず、近くまで行って声をかけると、桜宮が真っ赤になった。

 え、何?


「だ、だい、大丈夫だ、よ。えっと、し、詩野ちゃん達のところ、行くね」


 そう言って、染谷達の背中に隠れるような位置に走った。


「どうしたの、桃? あら」


 桜宮の顔を覗き込んだ染谷がニヤッと笑って、こっちを見た。

 暁峰と香具山も桜宮を見て、ちょっと微笑ましそうな顔をする。


「桜ちゃん、どうかした? こっちからだと、桜ちゃん、篠やんで隠れて何が起きたか分かんなかったんだけど」

「いや、俺も分かんねえ」


 そんな会話をしてると、ドーン!と太鼓の音が響いた。

 キャンプファイアーの近くに作られた舞台に優勝団の応援団が立っていた。

 後夜祭の絞めの特別応援が始まるらしい。


 さっきまで各々喋っていた生徒が、舞台を見て歓声を上げる。

 ドーン!と再び太鼓の音が響いて始まった特別応援は背後のキャンプファイアーに照らされて、とても綺麗で格好良い。

 それを皆で眺めて、ああ、楽しいなと心から思いながら、最後に一際大きく太鼓が鳴り響いて、学校祭は終了した。



















 学校祭が終わって数日後、本格的な後片付けがようやく終わった頃。

 

「おい、篠山」


 教室の入り口の所で黒瀬が呼んでいた。

 ちょっとびっくりしながらも返事をする。


「ん、何?」

「…ちょっと着いてきてくんねえ?」


 何の用だろうと思いつつ頷き、喋っていた貴成に行ってくると告げてから着いて行こうとすると、


「おい、危なくないのか」


 貴成が心配した顔でそう言った。

 そういや、悩んでた時とかも心配してたもんな。中学の時、不良と揉めた時とかもすっげえ心配して、怒られたのを思い出す。

 安心させるように、ニカッと笑って口を開く。


「ん、大丈夫、大丈夫」


 すると、ちょっとため息をついて呟く。


「お前の大丈夫はあてにならない」


 信用無いな、俺、と思いつつも心配かけていたのは分かっているので、黒瀬に声をかけた。


「…黒瀬、わりぃけど貴成もいっしょでいいか。こいつ、意外と心配性で面倒くさいから」


 その言葉にちょっと文句ありげな貴成は無視して、黒瀬の反応を伺うと、ちょっと迷うそぶりを見せたが了承した。




 連れて行かれたのは、校舎裏だった。

 何をするんだろうなと見ていると、カバンから何かを取り出して、俺の前に突きつけた。


「やる」


 咄嗟に受け取って何か確認すると雑誌だった。

 俺がよく読んでいる、この前ジュースでぐしゃぐしゃになってしまったのと同じ物。

 思わず、黒瀬の顔を見つめると、どこか罰が悪そうな顔で、


「俺のせいで駄目にしただろ、やる」


 と言った。

 ちょっとそっぽ向きながらも、前のように立ち去ったりしないで、俺の反応を伺っている黒瀬にクツクツ笑いが込み上げる。

 わざわざ校舎裏なんかに呼び出したのは、雑誌が校則で禁止されているからだろうか。自分は堂々とウォークマンをいじっているのに。

 ごめんとか、ありがとうとか言う気は無さそうだけど、俺も別に言って欲しくないから、どうでも良い。

 だけど、発行数が少ない雑誌を発売日からちょっと経ってから手にいれたということは相当探し回った筈だ。

 染谷の言葉を思い出す。

 本当に、ひねてるけど良いヤツだわ。


「お前、意外と律儀なのな。サンキュー」


 そう言って軽く受けとると、そっぽ向きながらもちょっとホッとした顔をした。

 …ツンデレ乙とか言ったら、怒るだろうな。


「…この前の奴らと何も無かったか?」


 アホなこと考えてたら、黒瀬が再び口を開いた。

 どうやら心配してくれているらしい。


「大丈夫だぞ。会ってないし、会ってもどうにかできるから」


 そう言うと、小さく、そうか、と呟いた。


「そういや、アイツ…」


 黒瀬が再び口を開いたが、途中で口をつぐむ。


「どうした?」

「…いや、俺が言うことじゃないなと思ってな。何でもねえ」


 そう言って、ちょっとニヤッと笑って口を開く。


「まあ、色々と頑張れよ、って言っといて」


 へ?

 何のことかさっぱり分からなかったが、聞き返す間も無く、さっさと立ち去ってしまった。

 何のことだろうと首を傾げるが、後ろから肩を掴まれて振り返る。


「おい、この前の奴らって何だ?」


 貴成が眉間にシワを寄せて、こちらを見ていた。

 …うわあ、やらかしたかな、これ。


 取り敢えず、貴成の追求を誤魔化そうと、黒瀬の言葉を頭から追いやって、誤魔化すような笑みを浮かべた。








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