表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/110

気付きました ~桜宮視点~

 呆然としたまま階段を降り、人のいる所まで戻ったけど、頭の中は真っ白だ。

 私が、篠山君のことを…………?

 いや、いや、いや。

 また浮かんできた思考を頭を振って追い出す。

 …ち、違うんじゃ無いかな。

 だって、私は面食いだ。

 理想のタイプは、まるで王子様みたいにかっこよくて、落ち着きのある人だ。そう、まさに赤羽君みたいな!

 篠山君は私の理想と全く違う。顔はちょっと地味だし、落ち着いてるとは言えないし。一生懸命な時の顔は、ちょっとかっこいいかもしれないけど、それでも赤羽君とか黄原君とかの方がはるかに上だ。

 それに、漫画や乙女ゲームで言うような、胸がときめいて恋に落ちる瞬間なんて無かったじゃないか。

 まだ、逆ハーにこだわっていた時に、要注意かな、と思って観察するようにしたら癖がついちゃっただけだろう。

 それに……。

 篠山君が赤羽君達といる時の楽しそうな顔とか、凛ちゃんの話を聞いた後の晴れやかな顔を思い出す。

 生き生きとして、キラキラとした顔をしてる時、私なんかは視界にも入っていない。

 しかも、私は自覚なくひどいことをして、篠山君にひどいこと言って迷惑をかけた。

 だから、篠山君だって私なんて願い下げだろう。

 自分で思ったことに何故か落ち込んでしまう。

 思わず深い深いため息をついた時、放送が流れた。

 文化祭の終了と一般客の退場を知らせるお知らせだ。

 その知らせにハッと我に帰る。

 文化祭が終わった後、1、2時間ほどは片付けと称しながら、余った食品などを持ち寄って、クラス関係無しに騒ぐのだと聞いている。

 それから、明日の体育祭に備えて一端お開きにして、体育祭が終わった後は学校祭の結果発表をしてからキャンプファイヤーをやって本当にお祭騒ぎらしい。後日の片付けが大変なことになるらしいけど。

 それでも、優勝した団だけやる特別応援がキャンプファイヤーに照らされてすごくすごく綺麗で皆で騒いですごく楽しいらしいのだ。

 黒瀬君の事件もなんとかなって、後は楽しいこといっぱいなのだ。切り替えて楽しもう。

 そう思って、自分の教室に戻ろうといそぎ足で歩きだすと、廊下の曲がり角の所で誰かにぶつかった。

 ヤバい、ぼーっとしすぎだ。

 慌てて、顔を上げて謝る。


「す、すみませ……」


 声が途中で途切れた。

 ぶつかったのは、髪を派手な金髪に染めた、如何にも不良といった感じの男子だった。

 普段だったら、怖いけど固まってしまうほどではない。

 …だけど。さっきの喧嘩の時のことを思い出す。テレビで見るのとは全然違う生々しい殴り合いは怖かった。上手くいくって言い聞かせていても、見つからないかって足がすくんだ。

 黒瀬君が私の声を覚えていたことが頭をよぎる。

 どうしよう、さっきの不良だったら、私の声を覚えていたら、バレるかもしれない。バレたら、きっとただじゃ済まない。

 怖くて怖くて、固まってしまった私の前でぶつかった不良はチッと舌打ちをして、それに更にビクッとする。


「いってぇなあ。どこ見てんだよ」


 そう言って私の顔を見て、おっ、と小さく呟いた後、ニヤッと笑った。

 嫌な笑いにゾクッとする。


「お前、何やってんだよ」

「いやね、この子がぶつかってきたせいで腕が痛くて痛くて」

「マジでー。ちょっと、責任取ってよ」

「君、可愛いからさ、俺たちと遊んでくれたら許してあげるよ」


 そう言って、腕を掴まれた。

 怖くて声が出ないが必死にふり絞る。


「あ、あの、離してください…! 片付け行かなきゃいけないんで」

「そんなのサボればいいでしょ? ほら、行くよ」


 腕を引っ張られて、連れて行かれる。

 声を出さなきゃと思うのに、さっき以上に声が詰まってしまう。


「や、やだ…!」


 涙が出そうになった時、


「すみません、もう一般客は退場の時間なんで早く校門に向かってください」


 聞きなれた声が聞こえた。

 振り返ると、さっきボロボロになったからかジャージ姿で、だけど、普段見ないような真顔で篠山君が立っていた。


「あぁ? うるっさいなあ」

「あはは、決まりなんで。それと、その子ウチのクラスの子なんで返してください」

「はぁ? この子、今から俺らと遊ぶの。ほっといてもらえるー?」


 そう言われた瞬間、篠山君の目がスッと変わった。凛ちゃんが絡まれてた時みたいな変化に状況も忘れてちょっと見とれる。


「弁護士呼ばれるような事態になりたくなきゃ、さっさと引いとけっていってんだよ」

「はぁ?」

「分かりません? ここ、県下で一番の金持ち学園なんですよね。問題になったら、まずいのそっちですよ。大方、お嬢様引っかけてとか思ってたんだろうけど、目論見甘過ぎだから」


 不良達が目に見えてたじろいだ。

 篠山君は、不良の目を真っ直ぐ見て続ける。


「女の子泣かせるようなダッサイ真似してないでさっさと出てけって言ってんだよ」


 不良達はちょっとの間、固まっていたが舌打ちをして、ようやく私の手を離して立ち去って行った。

 篠山君は、不良多すぎだろ、とか、黒瀬のハッタリ参考になったな、とか呟いていたが、まだ固まったままの私を見て、いつもと同じ感じでにっこり笑って声をかけてくれる。


「大丈夫だったか? 桜宮」


 控え目に頭にポンッと手を置かれる。

 その暖かさと、さっきの恐怖と、頭の中を回ってる疑問で一気にキャパが越えた。


「う、うん」


 涙が決壊して泣き出してしまう。


「ちょっ、桜宮!?」


 篠山君が思いっきり慌てているが、泣き止むことができない。

 しゃくりあげながら泣いている私に更におろおろとしていたが、思い付いたように口を開いた。


「え、えっと、ちょっとここで待ってて。あ、いや、ゆっくり休める所に行った方がいいのか? えっと、付いてきてもらえる?」


 そう言って遠慮がちに手を引かれて頷く。

 休憩所に連れてかれ、ベンチに座ると篠山君が自販機で冷たいココアを買って戻ってきた。


「えっと、目腫れるといけないから、これで冷やして。それと、甘い物飲むと落ち着くから、これ飲んで。…あ、冷やしてると飲めないじゃん。つーか、顔拭く物。えっと、このタオル。あー、使ったヤツだから駄目じゃん。えーと」


 私が泣いているのを見てはおろおろと慌て続ける篠山君は、さっき不良から助けてくれたのと別人のようだ。

 その慌て具合いに思わずちょっと笑ってしまうと、ようやくホッとしたように息をつく。

 ポケットから取り出したハンカチで顔を拭いて、買ってくれたココアで目のあたりを冷やす。

 ちょっとの間、二人とも無言だったが、篠山君が私が落ち着いたのを見て、口を開いた。


「桜宮、刑事ドラマ好き?」

「え、えっと、普通かな」

「俺は結構好き。特に、『事件は現場で起こってるんだ』が決め台詞のヤツが面白いと思うんだよな」


 篠山君が言った言葉のドラマの台詞に思いっきり動揺する。

 そっと篠山君の顔を見上げると、悪戯が成功したような顔で笑っていた。


「やっぱり、桜宮か! 声でそうじゃないかと思ってたんだよな」


 し、篠山君にもバレてる!

 一人あわあわとしていると、篠山君がちょっと真面目な顔になって口を開いた。


「なあ、桜宮って、もしかして転…」


 篠山君は言いかけてた言葉を途中で止めた。

 ちょっと首をひねってから、


「まあ、いっか。桜宮は桜宮だし」


 と呟いた。

 不思議そうな顔をしている私の顔を見て笑う。


「あー、ごめん。なんでも無い。それよりも、本題なんだけど、桜宮、ありがとうな」


 真剣な顔で私の目を真っ直ぐ見て言葉を紡ぐ。


「さっき、助けてくれてありがとう。俺、ノープランだったし、桜宮いなかったら絶対ヤバいことになってた」


 あんまりに真面目な顔で言われるので、ちょっと慌てる。


「え、いや、大したことしてないし…」

「そんな訳無いだろ。さっき、不良に絡まれてあんなに怯えてたのに、あんなことしてくれたんだから、相当頑張ったんだろ。だから、桜宮、本当にありがとうな!」


 そう言って笑った篠山君の顔に固まった。

 普段、赤羽君達に向けているような、あの時、凛ちゃんに向けてたような、キラキラで生き生きとした笑顔。

 それが私に真っ直ぐ向かっていた。


 固まったままの私に篠山君はちょっと首を傾げたが、後ろの方から声をかけられる。


「あれ、篠山じゃん。何やってんだよ?」


 篠山君が振り返って答える。


「…あー、バケツひっくり返してやらかしちゃってな。それで、迷惑かけたからお詫び中」

「それでジャージな訳か。あほだー! それと、片付け手足りないんだけど来てくんね?」

「るっさいわ! …ごめん、クラスの片付け行ってくる。本当にありがとうな」


 そう言ってから小声で、もうちょっと目元戻ったら来いよ、と言って立上がる。

 クラスの男子とわいわい騒ぎながら遠ざかっていく声が聞こえなくなった時、ようやくフリーズが溶ける。

 両手で顔を覆った。


 ああ、もう、本当に。


「篠山君の馬鹿……」


 気付いちゃったじゃないか。気付くしかないじゃないか。

 不良から助けてくれたのがすごくかっこよくて。

 慌てつつも、必死に心配してくれたのが嬉しくて。

 …そして。

 あのキラキラした笑顔を向けてくれたのが、篠山君の視界に入れたのが、泣きそうなほど嬉しくて。

 

「……いつから?」


 呟いたけど思い出せない。

 だって、ずっと見てたから。

 頭良くて、運動も出来る。

 明るくて、友達もいっぱい。

 顔はちょっと地味だけど、手は意外と大きくて、声は低くて男の子っぽい。

 だけど、大人っぽいかと思えば、本当に呆れるほど子供っぽくなったりして。

 時々、びっくりするほど抜けてて。

 極めつけは、超が付くほどのお人好しで、いつも一生懸命でキラキラした目が格好いい。

 漫画やゲームみたいな劇的な瞬間なんて無くて、だけど、気付かない内に積もっていた。


 理想とは全然違うけど、それでも誰よりも格好いい。

 そんなの答えは一つじゃないか。

 彼がくれたココアをぎゅっと握りしめて呟いた。


「…大好き」


 私、桜宮 桃は篠山君に恋をしました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 俺もこんな話がかける作者様が大好き
[一言] 最初から読み直してるんだけど、この自覚した瞬間の話良いなあ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ