ぶつかってみました ~桜宮視点~
黒瀬 啓君の背景はとても重い。
小さい頃、母親に売られるような形で跡継ぎのできなかった黒瀬家の養子になって、愛人の子と色眼鏡で見られながら色々なことを強いられた。
必死に努力して、ようやくその期待に応えられるようになった中学生の時に本妻に子供が生まれ、その子を跡継ぎにされてしまった。
今までしてきた努力が無駄になり、且つ周りにいた人達が離れて行ったのを見て、荒れてしまう。
やる気は無いが基本的に学校にいるのは、家にもどこにも居場所が無いと感じているからだ。だから、昔から好きだった高い所でひとりぼっちで時間を潰している。
それでも事情を知っている人達の中には同情して庇ってくれる人もいたのだが、彼が決定的に周りから距離を置かれてしまう出来事がある。
高一の時の文化祭で、よりにもよって校内に他校の不良を引き入れて、騒ぎを起こすのだ。
実際は黒瀬君のことを目障りに思っている黒瀬家の分家の人に仕組まれたことなのだが、学園の中で起こった事件はかなりの問題になり、彼はそのせいで更に孤独になった。
生い立ちのせいで、基本的に誰も信じようとしないし、仲良くなろうとか言ってくるヤツは家柄目的だけだと思っているので、攻略難度トップクラスの彼を攻略する為には、そんな事情を理解して彼の孤独に寄り添い癒してあげることが必要だ。
攻略の為には、必要な事件。だけど、彼の為には絶対に起こしてはいけない事件なのだ。
それを止める為に、彼に近づいて少しでも孤独を癒して自分をちょっとでも大切にできるようになればと思っていたけど、不良で且つあんなに重い事情の彼にどうやって話しかけていいか分からなくて。
押し付けるのは駄目だって思って、どうしたらいいか分からなくて迷って、全然上手くいかなくて、それなのに事件は近づいて来て、焦っていた。
だけど、出来ることを頑張ろうと気付いたから、ヒロインみたいにってこだわるんじゃ無くて、せめて騒ぎになる前に喧嘩を止めれるように考えて、備品のスピーカーとかを借りて、ドラマでパトカーのサイレンが流れてるシーンを探して、近くに隠れて様子を伺っていた。
何回か練習もして、ちゃんと出来るはずだった。それなのに……。
なんで、篠山君が一緒に喧嘩してるの!?
見付けた瞬間にびっくりして固まってしまい、すごく喧嘩が強い黒瀬君には敵わないけど、かなりの強さで相手を倒していく篠山君に思わず釘付けになってしまった。
篠山君が殴られたので、ハッと我に帰って計画通りにパトカーのサイレンを流したけど、パニクり過ぎてドラマのセリフまで流してしまい慌てて止める。
やらかしたのが不良が逃げてからで良かったと冷や汗流していると、黒瀬君が篠山君に話しかけた。
その言葉はゲームで見た時と同じで、誰も信じてなくて、誰かが側にいてくれるなんて信じられない彼そのままで、胸が苦しくなる。
…だけど、篠山君は本当にいつも通りに笑って友達になろうって言って。
あんまりにいつも通りの姿に、裏なんて無くて、本当に思ってることが分かった。
だから、黒瀬君が苦しそうな顔をしてその場を離れた時、なんでか思わず追いかけてしまったのだ。信じて欲しくって。
足が速い彼にただでさえ足が遅いのにさっきの緊張のせいで足がガクガクな私が追い付ける訳もない。
だから、設定を思い出して彼の行きそうな所に向かった。
見付けた瞬間に思わず声が出ると黒瀬君が訝しげに振り返る。
ちょっと考え込むような顔をしたが、すぐにこっちに向き直って呟く。
「…お前、さっきのサイレン流したヤツだよな? 声が同じだ」
あれくらいで声なんて覚えられないと思っていたので、驚きながらも頷く。
不意に、ひょっとしてあの不良達にも声を覚えられたのかもしれないと背筋が凍った。
黒瀬君は怖くて固まってしまった私を不思議そうに見て、ため息をつきながら口を開いた。
「お前もアイツらの仲間な訳?」
「アイツらって?」
「…染谷と篠山だよ。何が目的な訳? なんで俺なんかに関わってくるんだよ」
本当に苦しそうな声と言葉に唾を飲み込む。
ゲームで同じような声と言葉でヒロインに尋ねるシーンを思い出した。
だけど。
あのシーンとはもう色んなことが違って、これはちゃんと現実だから。
息を吸い込んで口を開く。
今の自分が思っていることを言葉にした。
「…凛ちゃんは格好いいんだよ。色々と辛いことがあって、それでもちゃんと前を向いて、頑張ろうって思ってるの。身内に押し付けられた理不尽を乗りこえて、ちゃんとやりたいことを頑張っているんだよ。…多分、同情かもしれないど、黒瀬君のこと似てるって言って心配してるの。内申点とかふざけたことを言って誤魔化してるけど、本当に黒瀬君のことを思ってるんだよ」
黙って聞いていた黒瀬君は身内に押し付けられた理不尽と言う言葉にちょっと視線を逸らした。
彼も聞いていたのだろう。彼女に対する心ない言葉を。あれだけ騒ぎになってしまっていたから。
そして、知っているはずだ。凛ちゃんがそれでも前を向いていたことを。
少し似た境遇の彼女の姿を思い出したのか、黒瀬君が泣きそうな顔をして、それを振り切るように無表情になって再び口を開いた。
「…じゃあ、篠山は何なんだよ。染谷みたいに得することも同情できるようなこともないだろ。仲がいいヤツいっぱいで何の悩みもない順風満帆な優等生じゃないか。なんで関わってくるんだよ!」
その言葉にちょっと詰まった。
そうだよ、篠山君は。
篠山君は………。
「度を越したお人好しなんだよ!」
思わず張り上げた声に驚いた顔をしたが、それに構っておれず、心の中でぐるぐるしてたことを思いっきり吐き出す。
「特待生で自分のやらなきゃいけないことだって沢山あるのに、困ってる人いたらほっとけなくて、直ぐに首突っ込んで、その人助けようとして必死に頑張っちゃうの! それも男の子だけじゃなくて、女の子にも下心無しでやらかすし! 態度悪かっただろう、めんどくさい女の子にも、一生懸命ぶつかって、それでいて前と変わらず明るくおはようって言ってくれて。本当にもう、お人好し甚だしいし、優しいし、大人っぽい所あると思ったら、急に子供っぽくなるし、本当にめんどくさい人なの! 裏なんてある訳無いでしょ! ただの馬鹿みたいなお人好し!」
本当にそうだよ。
いつでも一生懸命で、馬鹿みたいにお人好しで。
凛ちゃんみたいに、……ううん、凛ちゃん以上に真っ直ぐで恰好良くて、面倒臭いんだよ。
思いっきり吐き出したせいで、落ち着いていた息がまた切れて。
肩で息をしている私をぽかんとした顔で見てた黒瀬君はフッと吹き出した。
「…つまり、二人とも裏なんて無いと」
そうだ、それを信じて欲しくて追いかけたんだ。
熱くなったのを恥ずかしく思いながら頷くと、深く息を吐き出して
「そうか」
と呟いた。
安心したような、ホッとしたような泣きそうな顔で。
思わず凝視すると、恥ずかしそうに顔を逸らした。
「…まあ、お前が言いたいことは分かったから、さっさと他のとこ行けよ。ここは俺が先に来たんだから」
そう言って、屋上のドアに手をかけるが、さっきのように心を閉ざして逃げるのではなく、照れ隠しのようなものだろう。
ちょっと笑いそうになるのを必死に堪えて頷いて、大人しく階段の方へ向かう。
ドアを閉める直前に黒瀬君は思い出したように振り返って、私に声をかけた。
「お前、本当に面倒臭いのに惚れてんな」
……………………………………へ?
ガチャンと音が響いて、誰も居なくなったドアの前で立ち尽くす。
えっと、あれ、今、何を言われた?
黒瀬君の言葉が頭の中をぐるぐると回る。
私が、惚れている。
………誰に?
今の状況で言われる人なんて………。
え、え、え。
「えぇーーー!!」
思わず出た声は思った以上に階段に響いた。




