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暴れてみました

「前からお前にはムカついてたんだよな、黒瀬。デカイ顔して街歩きやがって」


 本来なら文化祭中は人が来ないはずの校舎裏。使わなかった看板や板のあまりなどが散乱するその場所には、普段ウチの学校では見かけないような柄の悪い連中が群れていた。

 その真ん中で、こんな状況にも関わらずどうでもよさげな顔で立っているのは黒瀬だ。 ちょっと、予想を遥かに越えたヤバい状況に思わずしそうになった舌打ちをこらえる。

 喧嘩にしても、この人数差だとほぼリンチになるだろう。

 警察に通報しようと思ったが、一応本来なら通れる道を封鎖して特定のルートでしか来れないようになってるここに外部の連中がいる状況を見るに、黒瀬が疑われるように仕組まれているのだろう。

 体面を重んじるこの学園でここまでの騒ぎを起こしたら、かなりマズイことになるのは明白だ。

 焦っていると、黒瀬がどうでもよさそうに欠伸をしてから口を開いた。


「…ここ知ってるってことは、誰か手引きしたヤツいるんだよな。誰?」

「はっ、誰が答えるかよ。お前にムカついてるヤツは結構いるってことだよ。騒ぎになったら、マズイだろ? 大人しくボコられろ」


 そう言われた瞬間、黒瀬の顔が皮肉気に歪んだ。


「いや? 望むところだよ」


 そう言って、相手の顔面に拳をいれようとした瞬間、


「いや、ちょっと待て、よく考えろよ、アホか!」


 そんな声が響いて、黒瀬がピタリと動きを止める。

 周りを見渡すと、周りの不良もこっちを見ている。

 …あ、ヤッバイ。

 思わず声が出てたらしい。


「なんだ、コイツ?」

「黒瀬のオトモダチってヤツじゃねえの?」

「ああ、じゃあ、コイツもやっとくか」


 おおう、割りと不穏な感じに話が盛り上がっていっている。

 うん、考え無しに特攻は結構不味かった。

 そんな感じでちょっと焦ってポケットの中に手を突っ込んでいると、黒瀬がため息混じりに口を開いた。


「いや、そんなヤツ知らねえ。忘れ物でも取りに来たんじゃねえの。つーか、お前らアホだろ。ここ、どこだか覚えてるのか? 金持ちのボンボンが集まる学園だぞ。怪我なんてさせたら、慰謝料いくら取られると思ってんだ?」


 その言葉に周りの空気が変わった。

 ざわざわと、近くのヤツとヤバくないか?、などとしゃべっている。

 そして、俺もその言葉に少し驚く。

 染谷に絡まれまくってる黒瀬は知っているはずだ。俺が特待生で、金持ちでもなんでもないって。

 思わず、黒瀬の方を見るとすごく嫌そうな顔をしていた。

 俺が見ているのに気づくと、声を出さずに口が動く。


(さっさと行けよ。巻き込まれんぞ)


 その言葉に固まっていると、リーダー格らしいピンクモヒカンが俺の近くまで来ていた。

 ぎろりと睨みながら口を開く。


「おい、坊っちゃん。これ、見なかったことにしたら、見逃してやってもいいぞ」

「…え、えと。見逃すって」

「何にも見なかったことにして、誰にも言わずにいてくれってことだよ。じゃねえと、集団でぼこされて何にも喋れない状態になってもらうぞ。貴重な高校生活、病院で管に繋がれて過ごしたくなかったら、大人しく聞けよ?」


 胸ぐらをつかまれて言われたそのセリフは、確かに結構な迫力だ。

 ごくりと唾をのみこんで、口を開く。


「えっと、俺、携帯まだガラケーなんですけど、ガラケーの良さって知ってます?」

「はぁ? ビビってパニクってんのか、テメェ」


 呆れた顔をした相手の目を見る。


「結構、便利なんですよ? 丈夫で、何年も使えて、尚且つ、手元を見なくてもボタンの位置さえ覚えておけば操作可能なんですよね!」


 ポケットから取り出した携帯を顔の前に突きつけて、にっこり笑って再生ボタンを押す。


『何にも見なかったことにして、誰にも言わずにいてくれってことだよ。じゃねえと、集団でぼこされて何にも喋れない状態になってもらうぞ。貴重な高校生活、病院で管に繋がれて過ごしたくなかったら、大人しく聞けよ?』


 流れた音声に相手がひきつった顔になった。

 周りが再びざわつくがさっきとは違って、戸惑いではなくふざけてんのかというざわめきだ。

 脅すような顔が更に険悪になるが、残念、キレた貴成の方が怖い!

 再び黒瀬の方を見ると、目を見開き、驚き切った顔をしていた。

 先程までのすかした態度はどこにもなく、黒瀬のあまりに投げやりな態度に対してムカついていたので、ちょっと溜飲が下がる。

 携帯を急いで内ポケットにしまいこみつつ黒瀬の顔を見て、ニヤッと嫌みに笑ってみせると、目の前にいたピンクモヒカンがぶちギレた。


「テメェ、ふざけてんじゃねーぞ!!」


 そう言って殴りかかってくるのを見て、ちょっとやり過ぎたなと思いつつ、避けてから上段に突きを放つ。

 当たって、注意が上方に逸れてから、足をこちらに引き付けるように払う、っと。

 頭の中で空手の先生に教わったことを思いだしながら、相手の足を払うと、油断していたようでズドンッと音を立ててきれいにぶっ倒れた。

 試合でやったら反則だよなと思いつつ、倒れたピンクモヒカンの腹に一発入れてから離れ、周りを警戒するように視線を巡らすと。

 ポカンとした黒瀬と目が合った。

 さっきまでちょっと離れた所にいたのにと思ったが、黒瀬がかかって来たヤツに一発入れてから更に近づいて来たのを見て納得する。

 どうやら心配して、助ける為に周りをあしらってここまで来てくれたらしい。

 こっちもこっちで殴りかかってくるヤツに一発入れては、ぶっ倒してと続けていると、背後に移動していた黒瀬から何かを押し殺したような声で尋ねられた。


「……おい、ちょっといいか」

「何!? ぶっちゃけ、話に集中してる余裕は無いんだけど?!」

「お前、喧嘩慣れてねえか?」

「五歳から中学卒業まで空手やってたから流せる程度、ぶっちゃけそこまで大したことはない」

「あー、そうかよ!」


 そう言って苛立ちを紛らわせるように、回し蹴りで相手をぶっ飛ばす姿にちょっと感動すると、ギロリと睨まれた。

 うん、ごめん。


「なあ、こんなことしたってことは、どうするか計画はあるんだろうな?」


 必死に空手の技をくり出しながら、不良をあしらっていると、黒瀬から再び声をかけられた。

 なんかもう諦めたような声音である。

 それに対して悪いなと思いつつも、返事ができずに黙っていると、実に微妙な声音で再び尋ねられる。


「………まさか、無計画にやらかしたとか言うなよ?」


 一瞬振り返って見ると信じられないような物を見る顔をしていた。

 にっこり笑って頷いてみせるとホッとした顔をした。

 前を向き様に叫ぶ。


「まあ、なんとかなるんじゃないか、多分!」

「……馬鹿だろ、お前!」


 黒瀬が背後でぶちギレている気配に、力なく笑う。

 いやね、実はやらかしたなと思ってんだよな。

 思わず、喧嘩を売ってしまったが、喧嘩が馬鹿みたいに強い黒瀬がいるとは言え人数差はヤバいから、疲れてきたらアウトだろう。

 加えて騒ぎになった場合、黒瀬もヤバいが特待生の俺はもっとヤバかったりする。

 どーしよ、さっきの録音で言い訳できるかな。ぶっちゃけ、自信は無いんだよな。

 そんなことを考えながら、必死に喧嘩を続けていたが、避けようとした拳が避けきれずに結構モロに入った。

 ゲホッとむせて、咄嗟の反応ができなくなった瞬間に、また次の拳が降ってくる。

 ヤバい、ちょっと限界かも。

 そう思った瞬間、ある音に気付いた。

 ドラマとかでもお馴染みのパトカーのサイレン。だんだんと大きくなってくるその音に周りもざわめきだす。

 そんな中で、澄んだ声が響いた。


「お巡りさん、こっちです!」


 周りの不良がその言葉に舌打ちをして弾かれたように走り出す。

 ほんの数十秒の間にあっという間に逃げ去るそれは成る程、慣れているんだなと思う。

 思わず、ホッとして座り込みそうになってしまうが、俺達もかなりヤバイ。

 さっさと逃げ出そうと走り出した瞬間、


『事件は現場で起こってるんだ!』


 聞こえたセリフに思わずずっこける。

 ちょっと待て、その有名なセリフは…。

 次の瞬間、慌てたかのように、音量が急に上がったり下がったりした後、ブチッと切れた。

 沈黙が広がる。

 顔を上げると黒瀬も同じように呆気に取られた顔をしていた。

 それがツボに入って、笑い転げながら座り込む。

 黒瀬は憮然とした顔をしていたが、ポツリと呟いた。


「これ、お前がやった訳?」

「いや、違う」


 違うけど、あの声は多分…。

 そんな感じで考えこんでいると、再び黒瀬が口を開いた。


「お前、本当に何がしたい訳? 俺に恩売っても得にならないし、こんなことしたら割に合わねえだろ。取り入りたいなら、赤羽や黄原、白崎とかだけで十分だろ」


 その声は馬鹿にしてるとかじゃなくて、本当に不思議そうだった。

 思わず苦笑いしながら、口を開く。


「あのさ、一つ言っときたいんだけど。アイツらといて得なんてしてないから」

「は?」

「ぶっちゃけ、アイツら本当にめんどくさいからな。貴成は女嫌いヤバすぎてフォロー大変だし、黄原はコミュ障ものすごくて呆れるレベルだし、白崎は変な所で遠慮しすぎてハラハラするし、つーか、アイツらといると女子からマジ空気扱いだぞ! 地味なのは知ってるけどな、何も思わなくは無いんだよ! 俺だって彼女欲しいわ!」


 一息で語った内容に黒瀬がなんとも言えない顔をした。


「それでも、アイツらいいヤツで一緒にいて楽しいから、一緒にいるんだよ。損得なんか考えてねえから。そんで、お前に仲良くなりたいって言ったのも、普通にいいヤツだなって思ったからってだけだよ」

「…なんで?」

「だって、馬鹿なことやらかしてるヤツにきっちり文句言えて、めんどくさいこと見なかった振りせずに手伝ってくれただろ。それにさっきだって俺のこと巻き込まないようにって庇ってくれたじゃん。いいヤツだな助けたいって思ったから首突っ込んだ。そんだけ」


 黙って聞いていた黒瀬は、ため息をついて呟いた。


「……お前、本当に馬鹿だろ」


 その言葉に笑って口を開く。


「んじゃ、馬鹿ついでにもっかい言っとくわ。黒瀬、友達になんねえ?」


 黒瀬は目を見開いて話を聞いていたが、複雑な表情を浮かべてから顔を逸らした。

 そのまま、立ち上がって何も言わずに歩き去って行ってしまう。


「うーん、振られたか?」


 思わず苦笑いしてしまう。

 自分の恰好を見ると、つかまれた跡やら足跡やらでぼろぼろだ。

 バレたらヤバいから、こっそり置いてあるジャージに着替えなければいけない。

 時間も結構過ぎていて、文化祭を回るのはもう無理だろう。本当に散々な文化祭である。

 ああ、でも、モヤモヤしてるよりもずっとずっといいや。


 






 




――――――――――――――――――――――――










 馬鹿だ。アホだ。何言ってるのかちっとも理解できない。

 そんなことが頭をぐるぐると回る。

 耳触りの良いことを言って近づいて来るヤツは何人もいた。利用しようとするヤツも。

 だけど、もう用済みの役立たずだと知ると、期待はずれだと忌々しげに去って行った。

 そんなもんだと思った。

 いらないなら、せめてさっさと捨てて欲しくて、逃げ出したくて。

 彼らが押し付けた色々を全て放り投げて、イライラするままに振る舞った。

 そうしたら、更に周りの人は減って、逃げ出すことは許されないのに自分を見る瞳は更に冷たくなった。

 やっぱりと全てがどうでもよくなっていた。なのに。

 なんなのだ、アイツらは。

 内申点とか騒ぎつつも、勿体ないよと言って声をかけ続けるあの女も。

 関わる必要なんて無いであろう優等生なのに、友達になろうとか言ってくるあの馬鹿も。

 本当に何なんだ。

 頭の中がぐるぐると回る。

 何も考えられなくて、ただ人気の無い所を目指して歩いて、屋上のドアの前にたどり着く。

 ため息をつきながら、ドアに手をかけた時。


「やっぱり、高い所!」


 後ろから聞こえたちょっと既視感を覚える声に振り返る。

 長い真っ直ぐな髪の少女がちょっと涙目で、息を切らしながらそこに立っていた。



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