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油断大敵と思い知りました

かなりシリアス回です。

 そろそろ作業も大詰めに入ってきた。

 夏休み期間中ということもあって、予定の合わない人が多い日程は作業がない。

 だから、今日やると5日も空いてしまうので、今日の作業は頑張っている。

 ということで、昼飯を早めに切り上げて作業に取り掛かる。取り敢えず、乾かしてた板を取りに行くと、また木の上に人影を見つけた。

 近づいてみると、案の定、黒瀬が寝息を立てている。

 本当に木の上が好きなんだなと思いつつ、ふと、思い付いたので声をかけてみる。


「おーい、黒瀬、ちょっといいか?」


 パチリと目を開き、欠伸をする。俺を見て、ポツリと呟いた。


「また、ここじゃ邪魔だったか?」


 あ、最初に会った時のこと覚えてたんだ。でも、今日の用はちょっと違うので、首を振って続ける。


「お前って飯食った?」

「は?」


 ニンマリ笑って、更に尋ねると、食ってないと答えた。

 やっぱりか。


「ちょっと待ってろー」


 そう言って、教室に急ぐ。

 戻ってくると、微妙な顔をしていたが、ちゃんとその場に残っていた。

 そのことにホッとしつつ、持ってきた物を手渡す。


「やるから、食わねえ?」


 今日のおやつにしようと持ってきたパンである。近くのパン屋さんのものだが、絶妙においしいのでお薦めなのだ。


 黒瀬は案の定、変な物を見る目で、こちらを見てきた。


「お前、ちょっと顔色悪いぞ。食った方がいいよ、成長期なんだし」


 ちょっと、ポカンとしたが無理矢理押し付けると、思わずといった感じで受け取った。

 目線で促すと、渋々といった感じで口に運んだが、一口かじって、目を見開いた。


「旨いだろ?」


 返事は無かったが、立ち去ろうとする素振りはなく、パンに集中している。

 …なんか、野良猫に餌付けしている気分になるな、これ。

 黙々と口に運んでいたパンの最後の一口が消えて、黒瀬は漸くこちらを向いた。

 思わずパンに夢中になってしまったのが恥ずかしかったのか、ちょっと気まずげに口を開く。


「パン、どーも。…で、何が目的な訳?」

「いや、普通に仲良くなれたらなあ、と」

「…へえ」


 思いの外、冷たい声で相槌を打たれる。

 何故か表情を消した黒瀬にちょっとまずったかなと、慌てて続ける。


「お前、なんか良いヤツそうだし。あと、なんか気になる。なんで補習もサボるのに、学校いるんだろうとか。そんな感じで、仲良くなりたいなと思ったんだけど…」


 そこまで言って、もう一度黒瀬の顔を見て、ちょっと息を飲んだ。

 さっきまでは呆れたながらも落ち着いた感じで俺の話を聞いていた。

 なのに、今の黒瀬は冷たく、どこか突き放すような雰囲気を纏っていた。

 驚いて固まってしまった俺を皮肉げに笑って、呟いた。


「…お前には、どうでもよくね?」


 そのまま俺に背を向けて立ち去ってしまった。

 姿が見えなくなってから、詰めていた息を大きく吐き出す。


「…急ぎ過ぎたか?」


 仲良くなりたいと思ったから行動を起こしてみたのだが、明らかに距離感を見誤ったのだろう。

 何か、黒瀬の地雷に触れてしまったらしい。

 やってしまったなと、深くため息をついてから、自分の頬を叩いて、顔を上げる。


「…気持ち持ち直して、取り敢えずは作業頑張ろ」


 やらかしてしまったが、明日から5日は学校に来ないのである。

 反省して、次の時には、もうちょっと頑張ろう。

 そう思って、必要な板を持って、教室まで走った。










 その2日後、黄原達とボーリングに行った後、街中をぶらぶらうろついていた。

 さっき寄った本屋で、欲しかったバイクの本も買えたし、いい日だな、今日は。

 ふと、店先に並んでいたスマホケースが目にとまる。

 …あれ、格好いいな。


「篠やん、何見てんの? あ、これ格好いいね」


 ちょっと止まっていたことに気付いたのか、黄原が声をかけてきた。


「…正彦が好きそうなデザインだな」

「折角だし、この店入ります?」


 白崎がゆっくり見れるようにと気を使ってくれたのか、そう提案してくれる。

 その流れで皆して店に入ったのだが、ちょいちょいスマホケースに視線をやってしまう。

 本当に好みど真ん中なのだ。

 ちょっと呆れた感じで黄原が声をかけてくる。


「篠やん、そんなに好きなら買ったら? 値段、そんなに高くないし」


 …あー、買えたらいいんだけどな。


「正彦、スマホじゃなくて、ガラケーだぞ」

「え!? あれ、そうだっけ!?」


 貴成が言った言葉に黄原が慌てている。

 まあ、学校とかでは貴成にスマホ借りていじってるし、ラインとかは家のパソコンでやってるしな。

 あんまり話に出ないのである。

 そんなことを説明すると、納得したように頷いた。


「でも、ちょっと珍しいですよね。家の教育方針でしょうか?」


 …あー、そうちゃ、そうだな。

 白崎の質問にちょっと微妙な顔をしてしまうと、貴成がさらりとばらした。


「そうだぞ。中学の時、正彦が買った初日にスマホ壊してな。親父さんにぶちギレられて、確か5年は親父さんのお下がり使うんじゃなかったか」


 黄原と白崎がなんとも言えない顔をした。

 …いやね、初めてのスマホでちょっとはしゃいだって言うかね。やらかしたんだよ、うん。


「それは、篠山にしてはやらかしましたね」

「いや、コイツ、たまにだけど物凄いドジとか普通にやらかすぞ」

「るっさい、ばらすな。それにガラケーも結構便利なんだからな!」


 そう言うと、はいはいという感じであしらわれた。くそう。


「いやー、篠やんも結構可愛い所があるね」

「そうですね。意外とドジっ子なんですか」

「やらかすと盛っ大に慌てるから、見てて面白いぞ」


 皆に寄ってたかっていじられる。

 あー、もう!


「俺、喉渇いたから、自販機探してきます!」


 そう言って逃げると、笑いを含んだ声で、どうぞと言われた。

 それに恥ずかしさを感じながら、道沿いに自販機を探すと、ちょっと行った所ですぐに発見した。

 取り敢えず、お茶を買うと、近くの路地裏が騒がしいのに気付いた。

 聞こえてくる声に眉をひそめる。

 どうやら喧嘩らしい。

 少し迷ったが、ソッと足を踏み出した。

 喧嘩なら自己責任でやっててくれと思うが、カツアゲとかだったら、見捨てるのは忍びない。

 奥の曲がり角から喧嘩現場を伺おうとした時、


「っくそ!! 覚えてやがれ!!」


 そんな捨て台詞と共に、3、4人の男達が走り出てきた。

 先頭を走っていた男の髪型は、ピンクのソフトモヒカンと言った感じで如何にも不良らしい。

 ちょっと、感心さえしてしまいつつ、奥を覗きこんで息を飲んだ。


 明るい金髪は何故か濡れているが、整った顔立ちに、学校の制服である紺のブレザーの姿はどう見ても。


「おい、黒瀬! 大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄ると、こちらを見た。

 冷たい視線に少し怯むが、状況確認が先だ。

 服は少し乱れており、髪もぐちゃぐちゃになっているが、見て分かる所に怪我は無い。

 よく見ると、足下にへしゃげたペットボトルとその周りに広がる水溜まりがあった。

 どうやら、このペットボトルの中身を掛けられたらしい。


「怪我してないか? 取り敢えず、拭いた方がいいな。ティッシュしか無いんだけど、これ使って…」


 ベシャッ


 渡そうとしたティッシュが振り払われた。

 油断していたからか、手にかけていた本屋の袋まで地面に落ちる。

 袋から出てしまった本が水溜まりに落ちたのが見えた。


「…うるせえよ」


 苛立たしそうに、そう呟く黒瀬の声は明らかに俺を突き放していた。

 そのまま、立ち去ろうとした黒瀬に咄嗟に呼び止める。


「おい、黒瀬!」


 振り返った黒瀬は、皮肉げに笑って言った。


「…お前に得はねえぞ」

「は?」


 突然の言葉に驚いた俺を気にせず、黒瀬は続ける。


「黒瀬の跡取りだって思って近づいてきたなら、お前に得は無い。俺は、愛人の子だからな。漸く、本妻に子供が産まれた。だから、俺は用済みだ。金で買われた、愛人の子なんて、とっくの昔にあの家で価値なんて無いんだよ」


 その言葉は俺を突き放すようで、それでいて、血を吐くようでいた。


「“仲良く”なんて、とうの昔に意味なんかねえよ。残念だったな、優等生さん」


 黒瀬は固まってしまった俺から背を向けて、最後にそう皮肉げに吐き捨てて立ち去った。

 呆然としたまま、さっき落とした本を拾う。

 買ったばかりの本は、水分を吸ってぐちゃぐちゃになっていた。

 その場にしゃがみこんで、大きく息を吐く。


「…俺、馬鹿だな」


 白崎の時に考えていたのに。

 乙女ゲームの攻略対象者なんだから、重い事情があるかもしれないって。

 色々上手くいっていたから、多分、黒瀬とも上手くいく。

 そう思って、軽い気持ちで近づいて、黒瀬のトラウマに触れてしまった。

 本当に馬鹿だ。

 黒瀬は俺なんか迷惑だろう。

 …だけど。

 あの、血を吐くような言葉を思いだす。


「…ほっとけ無いなあ」


 その言葉は、自分でも驚くほど、小さく掠れていた。

















「正彦、本当に大丈夫か? あれから、ちょっと変だぞ」


 久々の作業日の朝、何回目にか貴成に心配そうに尋ねられる。

 あの後、黄原達にも結構心配された。


「だから、何もなかったって。本落として凹んでただけ。もう平気だっつーの」


 いつもの感じでそう返してみるが、心配そうな顔は変わらない。

 それに苦笑しながら、昇降口に向かう。


 黒瀬に会ったら、なんて言うべきだろうな。

 そんな風に考えながら、落ち込みそうになる思考にため息をついた時、下駄箱のあたりが騒がしいのに気付いた。

 何だろうと、周りを見渡す。

 下駄箱の近くの掲示板に人が集まっている。

 何か貼られているのだろうか。

 靴を替えて、そちらの方に向かい、掲示板に貼ってあったものを見て、息を飲んだ。


「…なんだこれ」


 貼ってあったのは、ビラのようなものだった。真ん中に新聞の記事を拡大コピーしたものが印刷してあり、その上にでかでかと文字が書かれていた。

 その言葉のあまりの衝撃に、周りの音が遠くなるような気がした。


『染谷 凛は犯罪者の娘』


 ああ、本当に。

 油断してた所に次々とこれかい。重すぎんだろ、乙女ゲーム。

 






 


 


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