まあ、いいかは大事です
夕方にも話をあげてます。未読の方はそちらから読んでください。
「篠山、呼んでるぞ」
「おー」
クラスメイトに声をかけられて、ドアの所に向かうと、にっこり笑って手を振る染谷の姿があった。
この数日で見慣れた光景だ。
あれから、染谷はちょこちょこ教室来てはノートとかを借りて行く。
最初はクラスのヤツとかにからかわれたりしたが、最近落ち着いている。
なんでも会話とかに、色気無さすぎらしい。まあ、実際、無いしな。テンションとかがしゃべりやすくて、友達って感じで落ち着いている。
「早かったな、今日はこの前言ってた範囲の数学の参考書と重要単語帳があるぞ」
そう言うと何故か微妙な顔をされた。
「篠山、私がノートか参考書貰いにくる以外に用がないと思ってるよね」
「…違うなら、いらないのか、これ」
「勿論要ります、貸してください! …まあ、それは置いといて。いつものお礼です」
そう言って手渡されたのは、透明な袋に入ったクッキーだった。見た感じ手作りっぽい。
思わず、染谷の顔を見て、呟く。
「…食えるやつだよな?」
「おっけー、篠山、言い値で買うよ」
にっこり笑って言うが、目が笑っていない。
「冗談だっつーの。…でも、意外だな」
「料理は得意なんだよ、これでも」
開けてみて一口食べると、サクリと口の中に甘みが広がった。
あ、旨い。しかし、
「どうせだったら、紅茶欲しいな、これ」
無糖のやつが飲みたい。確か、購買に売ってたな。
「おし、飲み物買いにいこう。染谷もお礼になんかおごるぞ」
「え、お礼なんだから別にいいよ」
「いや、普通にめちゃめちゃ旨いから。ちょっと、タダじゃ悪い気がする」
「えー、いいのに。アイスココアがいいです」
「……言いつつ、リクエストはするんじゃねーか」
「いや、貰える物は貰う主義なんだよね」
そんな感じで駄弁りつつ、購買に移動する。
お目当ての飲み物を買った後、近くのベンチで座って、クッキーをつまむ。
十分くらいなら、多分、クラスのやつらも文句言わないだろうし、堂々と休憩だ。
短い時間を有効に使おうとまったりしていると、なんか視線を感じた。
そっちの方を見ると、男子二人組がこっちを、…と言うよりも染谷を見てニヤニヤと笑っていた。
その嫌な笑い方に眉をひそめる。
…しかも、あいつら、前に染谷にいちゃもんつけてたやつらじゃないか。
思わず持ってた書類を確認していた染谷の方を見ると、にっこり笑って、
「あ、気付いてるよ。ウザイよね」
と言った。おいおい。
「…なんか、変なこと企んでそうじゃないか、あいつら。大丈夫か?」
思わず、そう尋ねると、
「大丈夫、大丈夫。大したことしないでしょ。…それに、」
更ににっこり笑って、こう言った。
「気にするほどの価値がないでしょ。私、無駄な時間使いたくない! 忙しいんだよね、あいつらと違って」
その言葉に、ちょっと呆気にとられた。
…うん、なんと言うか、強いよな。
取り敢えずは、彼女の言うように、まあ、良いかで流しておこう。
見ると、あの男子二人はいつの間にかいなくなっていた。
そろそろ時間だしで、残ったクッキーをもう一度包み直して、立ち上がる。
「あんまサボり過ぎんのもあれだし、そろそろ戻るわ。クッキー、ごちそうさん。旨かった」
「はいはい、どーも。こっちこそ、ココアごちそうさま」
そう言って、手を振って別れる。
のんびりしちゃったかなと、ちょっと、急ぎ目で教室に向かっていると、声をかけられた。
「よ! 篠山、頑張ってるか?」
振り返ると、紫田先生が立っていた。
暑いからか、シャツの一番上のボタンを外しているのだが、何故か色気がヤバくなっている。
…損な見た目だな、この人。
そう思ったのが顔に出たのか、紫田先生がジト目でこっちを見る。
「…何も思ってませんよ? つーか、サボりからの帰りなんで、早く戻りたいです」
「嘘つけ! …まあ、サボりからの帰りって言うなら、仕事をやろう。口実出来たぞ、良かったな」
そう言った紫田先生の手には、山盛りのプリントがある。
…確実に押し付けられるな、これ。まあ、構わないが。
「了解です。これ、貰えばいいですかね?」
「いや、まだあるんだよな。往復しなきゃいけないのめんどいから手伝え」
そう言われて、近くの部屋に残りのプリントを取りに行き、教室に向かう。
プリントの量が結構ヤバいので、さっきよりもゆっくり目に歩く。
「…そういや、最近、染谷と仲良いんだって?」
突然言われた話題に、またかいと思って、紫田先生の方を見ると、何故か微妙な顔をしていた。
野次馬根性なのかなと思ったのだが、なんでこんな顔をするんだろう。謎だ。
「…いや、普通にノートや参考書貸してるだけですよ。クラスメイト曰く、なんで、あんなに色気がないのだそうです」
そう返すと、だよなー、と呟いた。
なんなんだ、本当に。
…そう言えば、
「学校貢献の特待生って、あんなに忙しいもんなんですか? 染谷、マジで大変そうなんですけど」
前、話を聞いたことによると、風紀委員で内申を稼ぐ他に、夏休み中にも学校貢献の特待生だけ、特別テストがあるらしい。
道理で、あんなにノートとかをありがたがってるのかと納得したが、風紀委員だけでもヤバいと聞いているのに厳しすぎるだろ。
そう言うと、紫田先生はさっきとは違って、少し困った顔をした。
「あー、篠山は学校貢献ってそんなに詳しくないか?」
「条件が厳しすぎて、あんまり調べなかったんですよね」
そう言うと、紫田先生はちょっと考え込んで、
「…学校貢献の特待生制度だけ、ちょっと特殊だからな」
と言った。
詳しく聞こうとするが、すでに教室に着いてしまった。
クラスメイトが窓からこっちを見て、声をかけてくる。
「おい、篠山、遅いぞ。可愛い女の子とのんびりなんて羨ましい!」
「途中からは、プリント運びの手伝いだよ」
そんな感じでしゃべっていると、紫田先生も他の人に声をかけられて、プリントを置いて行ってしまった。
なんか、ちょっと話が中途半端になっちゃったな。
まあ、また聞けば良いか。
そう思って、作業に戻った。




