ちゃんとって難しいのです ~桜宮視点~
大きな布地に慎重に鋏をいれていく。
線に沿って、割りと綺麗に切れた布に小さくガッツポーズをした。最初はガタガタになってしまって、ミシン担当の子とかに苦笑いされたが、成長するものである。
すると、小さな笑い声が聞こえた気がして、顔を上げた。
「あ、ごめんね。邪魔しちゃった?」
ちょっと気まずそうな顔をした夕美ちゃんが開いたままだった廊下側の窓から覗きこんでいた。
……うっわあ、恥ずかしい。ガッツポーズ見られてたよね!
顔を赤くした私に、夕美ちゃんが慌てて口を開いた。
「いや、その可笑しくて笑ったんじゃないのよ! ただ、すごく一生懸命やってて可愛いなあ、と。笑ってごめんね」
その申し訳なさそうな姿に、まあ、いいかな、って気になった。
あれから、会う度にちょっと話とかをするようになったけど、思ってたよりも、ずっとしゃべりやすい子だった。
面倒見が良くて、ひとりっ子だけど、お姉ちゃんみたいだなって思う。
「ううん、全然大丈夫だよ。…下手だから、上手く出来ると嬉しくって」
「あれだけ一生懸命やってるなら、大丈夫よ。ちゃんと頑張れるのってすごいと思うわ」
ありがとうと頷こうとするが、何故かその言葉が引っ掛かってしまい、微妙に固まりかけていると、横から明るく声がかかった。
「あ、夕美、……と桃ちゃんだ、どうも!」
最近よく聞く声にそちらを向くと、案の定、染谷さんが立っていた。
ぎこちなく軽く会釈する。
「あら、凛じゃない。…また、篠山君にノート借りにきたの?」
夕美ちゃんが言うように、最近、染谷さんはしょっちゅう来ては篠山君と楽しそうにしゃべってから、ノートを借りて行く。
呆れたように言う夕美ちゃんに、染谷さんは明るく笑って、手を振った。
「今日は違うのよ。いつもありがとうのお礼でクッキー焼いてきたんだけど、篠山は教室にいるかな?」
「ああ、そういえば、料理は上手だったわね」
鞄から取り出された透明な袋に綺麗にラッピングされたクッキーはとても綺麗だ。
意外、案外女の子らしいんだなあ。…私じゃこうは作れないだろうな。
なんでか、またモヤモヤしてきてしまって、黙ってしまった私に、二人が不思議そうにして慌てて口を開く。
「担当場所が教室だったから、多分いると思うよ」
「そっか。ありがとう! あ、良かったら、お近づきのしるしに一つ食べない? 形が悪いのおやつに持ってるの」
そう言って、ジッパーを取り出した染谷さんに、ありがとうと言って食べてみる。
見た目通りにとっても美味しい。
きっと、篠山君も喜ぶだろうなぁ…。
にこにこ笑っている染谷さんに何か言わなきゃなと思っていると、後ろで
「ごめん、誰か手が空いてる人いる?」
と言っているのが聞こえた。
咄嗟に振り向いて、
「はい! やります!」
と答える。
「あ、邪魔しちゃってごめんなさいね」
「頑張ってね!」
二人がそう言って手を振ってくれるのに、手を振り返して、声をかけた子の所に行った。
「ごめん、何やればいい?」
「お昼までに生徒会の方に書類出して来なきゃなんだけど作業良いところで。…でも、友達としゃべってたなら、そんなに急いで来なくても良かったのに。他の子も割りとお喋り中だよ」
そう言って苦笑される。
「…でも、私、やれること少ないし」
「桃って結構真面目だよね。じゃあ、よろしくね」
書類を受け取って教室から出て、また、ため息をついた。
「…また、逃げちゃった」
最近、染谷さんがいるとすごくモヤモヤする。
理由は自分でもよくわからない。
別に変なことをされたという訳ではないし、夕美ちゃんの友達なんだから良い子なんだろう。
原作との違いは、赤羽君や白崎君を見てて分かってきたし、乙女ゲームの先入観のせいなら、話してみれば詩野ちゃんみたいに仲良くなれるかもしれないのだけど、何故か逃げてしまうのだ。
「…本当に変なことなんて何もされてないのにな」
そう強いて言えば、篠山君と仲が良い。…それくらいしか、彼女の行動で、原作との違いなんて無いのに。
それなのに、あの時から、ずっとモヤモヤが消えない。
ふと顔を上げると、黒瀬君が歩いているのが見えた。
何か声をかけようとするが、目が合いそうになった瞬間、どうしたらいいのか分からなくなってしまい、固まってしまう。
漸く動きだせて、振り返ると、黒瀬君はもう遠くに行ってしまっていた。
また、大きなため息をつく。
紫田先生の事件も起きたのは、原作知識の通りだった。
だから、もうすぐ起こるはずなのだ。黒瀬君が引き起こすあの事件も。
でも、現実だって、改めて気づいてしまうと、どうしたらいいのか分からない。
元々、不良な感じの子って実際にどう接していいのか分からないのだ。
それだけでも、気が重いのに、彼の事情は本当に重い。
知ってるからこそ、力になれるなら、なりたいって思うのに。
原作知識を押し付けるだけだと、また、白崎君のようになってしまうかもしれない。
「……難しいなあ」
篠山君だったら、どうにかしてくれるのかな。
そう考えて、ぶんぶんと首を振る。
一応、ヒロインは私なのだ。ちゃんと頑張らなきゃいけない。
…皆、幸せだといいなって思うから動きたいって思うのに。
何故かモヤモヤは消えないし、染谷さんからは逃げちゃうし、黒瀬君には話しかけるのも出来て無いし。
「…全然、ちゃんと頑張れてないよ、夕美ちゃん」
また、ついたため息は思いのほか重かった。




