少し不思議に思いました
「…うっわ、やらかした」
教室の床、そして、窓の下の地面に広がったプリントの白が目に痛い。
何が起こったのかと言うと、手に持った荷物でプリントの山を崩したのである。しかも、その瞬間風が吹いたのも悪かった。
結果、プリントは外にまで飛ばされ、盛大に散らばっている。この教室、二階なのが更に辛い。
取り敢えず教室のプリントを近くにいたクラスメイトに頼んで、急いでプリントを取りに向かう。また飛んだら非常にまずい。
教室の下の所に到着して、目を見開いた。
「……あれ?」
飛び散ったはずのプリントが無くなっている。
え、まさか、もう飛んでちゃったのか…!?
ヤッバ、どうしよう!?
一人で思いきり焦っていると、横から声をかけられた。
「これ、お前の所の?」
そっちの方を向き直って、ちょっと驚く。
派手な金髪は見間違いようが無い、黒瀬だ。
そして、その手に持っていたものを見て、更に驚いた。
「あ、プリント! …ひょっとして、拾ってくれた?」
ダルそうな表情は変わらないが、ちょっと肩をすくめる。
「木の上で昼寝してたら、顔に飛んで来たんだよ。飛びそうだったから、拾った。多分、全部だと思うけど大丈夫か?」
慌てて受け取ってから、プリントの種類を確認した。
落としたプリントの種類は全部ある。
周りを見渡しても無いから、恐らくこれで全部だろう。
「うっわ、マジでありがとう! 黒瀬、めっちゃ良いヤツ!」
けっこうな数が有ったのに拾ってくれるとは。
誰も居なかったから見て見ぬ振りで行ってしまえば良いのに、本当に良いヤツである。
「……なんで名前知ってんの?」
その声で顔をあげると、微妙な顔をしていた。
…そういや、ちゃんとした会話では初対面か。
「染谷に明るい金髪のヤツがいたら、黒瀬だって言われてな。俺は、篠山 正彦。よろしく」
そう返すと、非常に嫌そうな顔で、
「染谷の知りあいか……」
と呟いた。
なんとも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
しかし、名前聞いただけでこれとは、染谷が言ってた嫌われてる発言マジか。内心驚きながらも、ニカッと笑って続ける。
「おー、良いヤツだって言ってたぞ! 本当だったな、ありがとな」
「あっそ。それで?」
その言葉にちょっと首を傾げる。
「お前は何狙いな訳? 染谷と一緒で内申点?」
「え、いや、普通にお礼言っただけのつもりなんだけど」
皮肉げに言われた言葉に間髪入れずに返すと、黒瀬が目を瞬かせた。
それにちょっと首を傾げながら、また口を開く。
「プリントわざわざ集めてくれてありがとな。めっちゃ助かった!」
そうすると、ちょっと呆れた顔してから苦笑する。
「それと、染谷も普通に心配して色々言ってると思うぞ。……内申点は狙ってるだろうが」
「………ほぼ、それだけじゃねーのか、あれ」
「いや、ちょっと強かなだけで、心配はしてる……はずだぞ」
「はず…ねえ」
この前の嬉々としてノート頂戴と言ってきたことを思い出して、ちょっと付け足すと、呆れた顔で返された。
うん、染谷、すまん。お前のあれはちょっと強烈すぎる。
「…ま、いーや。気を付けろよ」
黒瀬はそう言うと、さっさと歩き出してしまった。
その背中に、
「黒瀬、じゃーな、本当にありがとうな」
と声をかけたが、無反応でそのまま行ってしまった。
一人になって、思わず、なるほどと頷く。
確かに、染谷の言ってた通りに、ひねてるけど良いヤツである。
つーか、攻略対象者って確か六人だったけか。
まだ、会ってないのは後一人だけど、攻略対象者ってなんか皆良いヤツっぽいな。
まあ、嫌なヤツ相手に恋愛とかしたくないから当たり前かもしれないけど。
「おーい、篠山、大丈夫だったか?」
上を見ると、教室の窓からクラスメイトが首を出して声をかけて来ていた。
「あ、ありがとうな。すぐ、戻るー」
返事をして、急いで教室に向かった。
まあ、攻略対象者に関わらないなんて、もうどうでもいいし。
黒瀬とも仲良くなれるといいな。
そんなこんなで作業をして、気付くとお昼頃だった。
授業のように時間が決まっているわけではないが、熱中症とかの予防の為にお昼休憩だけはしっかり取るように言われている。
弁当とかを取りに教室に向かうと、黄原達にばったり会った。
「あ、篠やんだ! お昼一緒に食べよう!」
「おー、どの辺で食べる?」
「なるべく涼しい所にしろ。白崎がキツい」
「……大丈夫ですよ?」
「いや、大丈夫じゃねーだろ。ちょっと乱雑だけど、教室の隅でいいか」
「そうだねー。白っち、食欲無くてもちゃんと食べなよー」
「…すみません」
ちょっと申し訳なさそうな白崎に気にすんなと言って、教室の隅の比較的空いている所に座る。準備の関係上、机や椅子はどかしているので直接床だ。
しかし、白崎は変な遠慮するんだよな。
しかも、一緒に昼飯取るようになってから分かったことだが、食欲無いとすぐに飯抜く。道理で、体調悪そうだった時に昼飯の誘いを断っていた訳だと納得したが、体弱いのに何やらかしてるのだと、知った瞬間呆れた。
貴成や黄原もだが、変な所で面倒臭い。
そんな感じで、しゃべりながら飯を取っていると、ガラリとドアが開く音がした。
クラスのヤツが帰ってきたのだろうと思ったが、ドアの方を向いて座っていた黄原がちょっと驚いた顔をしたので、気になって振り返り成る程と頷く。
「あ、智、いた。ちょっといい?」
暁峰が手に大きな包みを持ってそこにいた。
俺らの方を向いて、にんまりして見せる。
どうやら、宣言通りに突撃しに来たらしい。
こっちもにんまりして返していると、後ろから染谷が顔を覗かせて、どうもと言った。染谷も来てたのか。
「咲姉からの預かりものなの。皆で食べなさいだって。ゲテモノ系ではないから安心してね」
俺らの所まで来て包みを広げて見せた。
中には、普通の物からデザート系までさまざまな種類のサンドイッチがぎっしり詰まっている。
おお、うまそうだ。正直、食べ盛りの男子高校生には、飯はどれだけあっても嬉しい。
「あ、ありがとう。皆で食べるよ」
黄原は気まずそうにそう言ったが、暁峰が自然にその場に座ったのを見て更に微妙な顔をした。
「えーと、夕美、教室戻んないの?」
「これ、私のお昼でもあるんだけど、ご飯抜けと?」
その言葉に、ちょっと困った顔で口ごもる黄原に、暁峰が静かな声で尋ねた。
「……それとも、私と一緒にいるの嫌?」
「いや、それはない!」
間髪入れずにそう返してから、
「……ないんだけど」
と再び口ごもる。
それを見た暁峰がちょっとホッとした顔で、
「じゃ、問題無いわね」
と言って笑った。
黄原の肩を軽く叩く。
どうやら、この幼なじみの間の問題はどうにかなりそうである。
暁峰がこっちを振り返ってから、ちょっと気まずそうな顔で
「事後承諾で悪いんだけど、お昼一緒でもいいかしら? 友達も一緒なんだけど」
と問いかける。
俺らが軽くいいぞと返すと安心したように息をついた。
ちょっと緊張してたらしい。
白崎がにっこり笑いながら、染谷にはじめましての方ですかね?、と問いかける。
「あ、そうそう。智は置いとくにしても、さすがにこのイケメンの中に女子一人はヤバいかなと付いて来てもらっちゃったのよ」
「どうも! サンドイッチ目当てで付いて来ちゃいました、夕美の友達の染谷 凛です。よろしく! 篠山は一昨日ぶり」
染谷が明るく挨拶した。
白崎達が挨拶を返すのと一緒に俺も挨拶を返す。
「おー、一昨日ぶり。つーか、サンドイッチ目当てとか堂々と言うのな」
「あ、目当てはそれだけじゃなくて、篠山にも会いたかったよ」
にっこり笑いながらそんなことを言われて、ちょっとびっくりする。
白崎とかもちょっと興味深そうに見ている。
「ノート貸してください」
両手を差し出してのその言葉に、暁峰が呆れた感じで染谷を軽く叩いた。
うん、そんなことだと思った。
「ちょっと、もうやらかしたの? せめて仲良くなってからって言ってたのに」
「あ、いや、言い出したのは一応俺だし大丈夫だぞ」
呆れた感じで呟いた暁峰に一応ながらフォローを入れる。
しかし、ノートか。
ちょっと待っててと断ってから、廊下のロッカーにノートとかを取りに行く。
持ってきたノートや参考書とかを手渡した。
「取り敢えずで、数学と英語。こっちは、近所の兄ちゃんにもらった古い参考書だけど、結構分かりやすかったと思うぞ。求めてんのがどれくらいか分かんないけど、今確認して貰ってそれで大丈夫そうなら他のも貸すが」
言ってから、染谷が停止しているのを見て、ちょっと首を傾げる。
え、何か変なこと言ったか、俺。
「おーい、染谷?」
「……すぎんだけど」
「は?」
ぼそりと呟かれた言葉に聞き返すと、ノートを見下ろしていた顔を上げて叫んだ。
「篠山良いヤツすぎんだけど! え、何、いっつも、こんなのなの?!」
「「「そうだぞ(だね)(ですね)」」」
貴成達から何故か即答で返ってきた返答にちょっと首を傾げるが、それよりも、おい、ちょっと待て。
「貸してって言ったのそっちだよな?!」
「いや、そうなんだけど、そうなんだけど! こんな嫌な顔一つせずに、丁寧に対応してもらえると、びっくりするって言うかね!」
驚いた顔をしながらもぱらぱらとノートをめくる染谷に、微妙な顔になっているのを自覚しながらも口を開く。
「あのなぁ、大変そうなヤツに簡単なお願いされたら普通に応えるぞ。特待生って色々規定あるの知ってるし、風紀の仕事大変そうだろ。困ってたら、助けるって言ったの俺だし、やるぞ、これくらい」
再び固まったと思ったら、照れ臭そうに笑って
「…ありがとう」
と返した。
それを見て、良かったな、と思っていると、
「あ、じゃあ、他のもお願いします。今見たらめっちゃ綺麗で分かりやすい!」
殊勝な表情など一瞬で消え去って、キラキラした目でお願いされた。
「…了解。次は、古文と化学でいい?」
「本当にありがとう! 篠山、大好き!」
「うわ、軽っ」
「そんなこと無いわよ、ノートの分だけ重さがある!」
「やっぱり軽いじゃねーか!」
「いや、それでも本当にありがとう! 大好き!」
「あー、はいはい、ありがとうな」
そんな風に染谷とぎゃいぎゃい騒いでいると、また教室のドアが開いた。
何気なく振り返ると桜宮が立っていた。
暁峰がちょっと嬉しげに、あ、桃じゃない、と呟いていて友達だったのかと思う。
「…あ、夕美ちゃんだ」
「うん、そう。智の所に遊びに来たのよ。良かったら、お昼一緒にしない?」
暁峰が何気ない感じで誘った。
あー、貴成は桜宮のこと苦手そうだったけど…、まあ、最近は色々とマシになったし大丈夫か。
「…ご、ごめんね。お昼、もう食べちゃった」
そんなことを思ってたら、断って、ちょっと意外だなと思う。ミーハーな所があるから、このメンバーだったら、絶対乗ると思ったのに。
そんな感じでちょっと謝ってから教室を出て行った桜宮を見送ってから、さっきのことを思い出して口を開く。
「そーいや、さっき、黒瀬がちょっと助けてくれたんだけど。本当に、前言ってた通りの性格だな」
そう言うと、染谷がちょっと微妙な顔をして口を開いた。
「それっていつくらい?」
「えーと、確か10時くらい」
すると、小さくため息をつく。
「やっぱり、校内にいたのか。補習ちゃんと受けろって言ったのに」
……おい、また、補習サボってたのか、アイツ。
「…本当に勿体無いなあ」
しみじみと呟くのを聞いて、フッと疑問に思った。
そーいや、皆普通に学校来てるから余り気にしてなかったけど。
なんで、夏休みのこの時期にどうせサボるのに、学校来てるんだろ。
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教室を出て、早足で歩く。
人気の無い方まで来てため息をついた。
「…なんで断っちゃったんだろ」
確かにお昼はさっき友達と食べたが、まだ余裕はあるし、サンドイッチは美味しそうだったし、イケメンいっぱいだったし。
断る理由なんて一つも無かった。
だけど、
『大好き!』
前後は分からないけど、染谷 凛は確かに笑ってそう言ってて、篠山君も呆れた感じだけど笑ってそれにありがとうと言って。
見た瞬間から、何故かモヤモヤして止まらない。
……もしも、彼女が篠山君を好きなら原作とかけ離れ過ぎて行くから? …でも、白崎君とかが皆と一緒に笑ってるのを見るのは嬉しい。
「………本当に、なんでなんだろ」
もう一度小さく息を吐き出しても、モヤモヤは消えはしなかった。




