幼なじみの必須スキル…?
数秒後、お姉さんは固まった俺らに気付いたように、恥ずかしそうに笑った。
「あら、やだ、私ったら。智之の姉で咲っていいます。よろしくね」
にっこり笑って挨拶してくれる姿は上品だが、先程の印象が強すぎる。
「ど、どうも、はじめまして。篠山 正彦です」
「白崎 優斗といいます。弟さんにはいつもお世話になってます」
「…赤羽 貴成です。本日はお邪魔させていただきます」
挨拶を返すと、また嬉しそうに顔がほころんだ。心なしか、涙まで滲んでいるような気がする。
「……やだ。中身も普通に良い子そうじゃない」
「姉ちゃん、そろそろ家に。…姉ちゃん、聞いてる?」
黄原の声かけにも反応がない。
どうやら、黄原は役に立ちそうにないし、感極まってしまった様子の彼女に、どうすればいいのかと目配せしあっていた時、家の中から声がした。
「咲姉ー、中入んないの? 智の友達来たんでしょ?」
見ると俺らと同い年くらいの女の子が立っていた。
薄く日焼けした肌にはっきりとした目鼻立ちの美少女で、ちょっと色素の薄い髪をポニーテールにしているのがとても似合っている。
「あ、そうね。ごめんなさいね。どうぞ、中に入って」
その子の声かけで、ようやく我にかえったらしく、慌てて家の中に案内してくれた。
とりあえずとリビングに通された所で、黄原が不思議そうに、
「夕美、なんでいるの?」
と尋ねる。
すると、半目になって、
「せっかくの休日に、咲姉に1人で待つのが怖いって呼び出されて、ずっと励まして、このカオスをフォローするために残ってた幼なじみに対してそれなの、智?」
「マジすみませんでした」
「ふふふ、夕美ちゃんには迷惑かけちゃったわね、ごめんね」
呆れたようにため息を付きつつ、こちらを振り返る。
「えーと、どうも。隣の家に住んでる、智の幼なじみで暁峰 夕美っていいます。智と同じ高校に通ってます。同じ高校よね? よろしく」
ペコリと頭を下げながら挨拶してくれた。
ああ、あの家族ぐるみで仲が良いお隣さんか。幼なじみと言うのも納得である。
…絵に書いたような美少女が智なんて、親しげに呼んでくれるくらい仲が良い幼なじみ。
…うらやましい限りである。いくら美人でも、男では潤わない。
なんとなく、黄原が男に嫉妬されてた原因の一端が知れたような気がする。
しかし、…あまりに普通の対応に、思わず感動するな、これ。
白崎と貴成も同様のようで、ほっとした様子で普通に挨拶と自己紹介を交わしていた。
すると、俺らをまじまじと見つめてから、ぽつりと呟いた。
「…奇跡って起きるものなのね」
「ちょっと!?」
「あ、冗談よ。1割は」
「9割本気だと…!?」
黄原が地味にへこんでいるが、…家での評価が底辺這ってるな、コイツ。
「いや、だってさ、智のあの奇行で……ぶはっ」
突如として投げつけられたクッションが、暁峰の顔に当たり言葉が不自然に途切れる。
黄原の方に視線を移すと、クッションを投げつけた体勢で停止していた。
何やってんだ、コイツ。
案の定、怒った様子で黄原を睨んでいる。
「智~~?」
「ご、ごめん。つい」
いや、ついじゃないだろ。
思わず呆れると、お姉さんが席を立ち、黄原の方に近づいた。
…気のせいだろうか、笑顔の威圧感がヤバい。
「あらー、智之、ついじゃないわよね。女の子の顔に何やってるのかしら?」
「いや、これは、その」
「駄目でしょう?」
「待っ」
にっこり笑顔のまま、黄原に手をかけたお姉さんは、とても自然な動きで黄原の関節を極めた。
あー、ああいうプロレス技見たことあんなー。
お姉さん、さっきの反応から、弟に過保護なのかなと思いきやそうでもないんですね。
カオス再びに固まる俺らに、暁峰は口を開き、
「外、そろそろ暑かったわよね。冷たいお茶持ってくるわねー」
目の前の光景をさらりと流した。
「流すの? これ、流すの?!」
「え、ちょっと、黄原大丈夫なんですか?」
「え、あー」
ちらりと、黄原とお姉さんに視線を向ける。
「ちょっ、マジすみませんでした、ギブ、ギブー!!」
「あらー、聞こえないわねー」
黄原は、結構せっぱ詰まった声を上げている。
「大丈夫、大丈夫。いつも通り」
「マジで!?」
ぽつりと、貴成が呟いた。
「…黄原の異様なまでのフェミニスト精神はこれか」
必死な黄原、笑顔のひきつる白崎、納得したような様子で遠い目をする貴成。
そんなものを横目で見て、にっこり笑って、暁峰は言った。
「楽しい家よね、この家。 篠山君達が来て、更に賑やかで楽しい、楽しい」
さっき内心で下した評価を撤回する。
美少女だけど、普通の子かと思ったが、そうではない。
天下一品のスルースキルの持ち主である。
なんと言うか、本当にもう。
黄原、もう少し、情報提供しろや。




