閑話 紫田先生視点
本編の少し前くらいの話です。
放課後、歩いていると、教室でプリントを整理していた生徒を見つけた。
それが誰か確認して、声をかける。
「よ、篠山。真面目にやってるか?」
「紫田先生、失礼ですよ。俺はいつだって真面目です!」
「どの口で言うの、お前」
軽口叩きながら、軽く吹き出す。
篠山は、こう言うと聞こえが悪いかもしれないが、お気に入りの生徒という感じだ。
元々、友達も多く、授業を真面目に受けてくれるので、教師としては安心で心配の無い生徒という感じだった。
講演会の準備で関わりが増えてからも、熱心で真面目で、いいヤツだなという感じだった。
その印象が崩れたのは、講演会での書類紛失事件からだ。
書類を必死に探し回っていた時に、キレた芝崎先生と、それを冷めた目で見やる篠山を見つけた時の混乱は、ヤバいどころではなかった。
そして、事態がようやく飲み込めた時、思い浮かんだことは、芝崎先生への怒りと、………何やってんの篠山というなんとも言えない脱力感だけだ。
芝崎先生に嫌われていたことは、普通に知っていた。
まあ、叔父が理事長やってる学校に就職とかコネ以外の何物にも見えないだろうというのは分かっていた。
実際は、コネなど全く無く、むしろ、親戚なんだから評判下げるようなことするな、と厳しく当たられているだけである。
それを知った上で、思い入れがあるこの学校に就職することを決めたのだから、後悔など何もない。
だが、学校への迷惑を何一つ考えないアホ臭い嫌がらせは、心底腹が立った。
だけど、その横ですでに傍観者のように、感心したような目をこちらに向けていた篠山に脱力してしまったのは、否めない。
まあ、そのおかげで芝崎先生にキレ過ぎずにすんだのは良かったかもしれないが。
そして、終わった後にやったことを聞いた時は、………普通に予想を越えたやらかし具合に、怒れるわ、呆れるわ、脱力するわで、今までの印象なんて容易くぶっ壊された。
その後、遠い目をした成瀬先生と篠山の扱い方に関して少し話し合ったのは余談である。
まあ、そのおかげで、今までこだわっていた色々に見切りを付けて、自然体で仕事をできるようになったが。
つまる所、真面目な優等生は、行動の読めない問題児であった。
その上で、俺は裏表無くお人好しなコイツのことを気に入っている。
クラスで目立っているヤツらと、仲が良いのもそこら辺が良いんだろうな、と思う。
どうにも要領が良さそうではないアイツらには、こんな風に何も気にせず付き合ってくれる篠山の側は居心地が良いのだろう。
「ま、いいや。どうせ成瀬先生からの頼まれ事だろ? 手伝ってやるわ」
そう言うと、思いっきり目を輝かせた篠山に、
「あ、じゃあ、これよろしくお願いします!」
と、保健室へ持って行く記録用紙を手渡された。
「…………」
その輝かんばかりの笑顔に、思わずヒクリと顔がひきつる。
「あー、篠山。お前、茜坂先生と何かあった?」
そう言うと、微妙に顔を反らして、
「……特に、何も?」
その反応に、もう何も聞くことをせずに、その記録用紙を受けとる。
「…まあ、頑張れよ」
普通に、雑用のことだと思ったのだろう篠山に、後ちょっとで終わると笑いながら言われ、軽く手を振ってその場を後にした。
保健室の前で、軽くため息をつく。
そして、ノックをして、失礼しますとドアを開けると、
「あら、紫田先生、ご苦労様です!」
朗らかに明るく言った、茜坂先生に出迎えられる。
それに対して、再び顔がひきつるのを押さえられない。
「……止めませんかね、それ。ものすごく、白々しいんですけど」
そう言うと、にっこり笑って、
「ドア閉めてくださいな」
言外に言いたいこと、なんとなく察し、さっさと閉める。
すると、先ほどの愛想の良さなんて、まるで無かったように、
「ドア開けたままで、地で話せる訳無いじゃない」
冷たく吐き捨てるのだからやってられない。
「……俺にも、猫かぶりで話してくれたら、俺的に楽だったんだけどな」
「嫌よ。私って、猫被り状態だと性格も見た目も良いでしょう? 万が一にでも、惚れられたら面倒だもの。私、イケメンとか本当に付き合いたくないのよね」
これである。
俺は、明るく親しみやすい、人気の保険医の素を知っている
ただ、理由に至っては、先ほど茜坂先生が言ったように、親しみの欠片もないが。
本人曰く、素を出せば、大抵の男は逃げるから、らしい。
「…ま、いいや。記録用紙、置いていくぞ」
「あら、ありがとう。それから、それだけじゃないでしょう? 最近、どうかしら?」
顔がひきつる。
そう、この人は俺を情報源の一つとして使っている。
教師で、尚且つ、理事長の親戚である俺は、情報源としてとても良く、その為にわざわざ素を出してまで、近づいてきたらしい。
本当に、全く嬉しくない現状である。
「……あんた、篠山に何かしただろ。明らかに避けられてんぞ」
「あらー、可愛がり過ぎたかしら? 面白いのよね、色々と」
クスクスと笑う姿に、確かにこれは大抵の男は逃げるわ、と納得してしまう。
「ま、いいわ。で、最近どんな感じかしら?」
「……本当に、特に何も無いぞ。芝崎先生は、相変わらず俺を嫌ってるし、クラスも特に何……も、」
言いながら、ふと、篠山が最近、桜宮と仲が悪そうなのを思い出す。
篠山は、大抵の場合、どんなヤツとも上手くやるので気になっていたのだ。
「あら、クラスでなあに?」
「いや、別に大したことじゃ」
「私、とっても、知りたいわね」
笑顔で圧力をかけられて、屈する。
篠山、すまん。
「……篠山と、桜宮が最近仲が悪そうだというだけだ」
「あらー、なるほど」
面白げに、笑みを浮かべながらのその言葉に、心内で本気で篠山に詫びる。
どうやら、素かそれに近いものを知ってしまっているらしいアイツは、振り回されることだろう。
「うん、ありがとう。とりあえず、それだけでいいわ。それから、言いたいことあるならどうぞ」
「はい?」
「愚痴くらいなら、聞いてあげるわよ。ねちねちやられてんでしょ」
そう素っ気なく言う彼女に、茶化す感じは一切なく、内心でため息をつく。
どうにも、便利に使われているが、この中途半端な優しさのせいで、未だに付き合いが途絶えない。
この仕事は、思った以上に大変だ。
だけど、俺の為に無茶してくれるお人好しな生徒がいて、素っ気ないが愚痴を聞いてくれる人もいる。
だから、ちゃんと頑張らなきゃいけないと思えるのだ。
紫田先生の内面と茜坂先生の情報網の一端でした。
別視点、苦手なので時間かかってすみませんでした。




