悩み事相談 ~桜宮視点~
「……行ったかなぁ」
木の影からそっと顔を覗かせ、篠山君がいないことを確認してため息をついた。
本当に何をやっているんだろう、私。
掃除当番が終わって、教室に戻ろうとした時に篠山君を見つけて、咄嗟に隠れてしまった。
おかげで、茜坂先生との会話を盗み聞きしてしまうことにもなり、重ねて憂鬱な気分だ。
「やっぱり、わかるよね………」
茜坂先生の「仲悪いんだって?」という発言を思い出し、呟く。
あの話からずっと篠山君と、いや、白崎君ともまともに話せていない。
どうしても気になってしまうのだ。
自分のしてることが、どうだったのか。
考えても、考えても、堂々巡りでわからない。
木にもたれたまま、ずるずると座り込む。
昨日も考え込んでしまったせいで、あまり寝れなかった。
そのせいか、眠いし、考え事は頭の中でぐるぐるするしで、ぼーっとする。
寝ちゃおうかなぁ、と普段なら思わないことが頭をよぎって、目をつぶる。そよそよと吹く涼しい風が気持ち良い。
本格的に眠りそうになった時、
「大丈夫ですか? 具合でも悪いんですか?」
心配そうな声をかけられて、正気に戻った。
こんな所で寝るとか普通に駄目だろう、何やってるの、私!
声をかけてくれた優しい人にお礼を言おうと、目を開けて顔を上げる。
「ふぇっ!?」
「え、どうしたの?!」
思わず変な声が出た。
いや、でも、しょうがないよ!
だって、そこにいたのは、白崎君ルートのライバルキャラ、香具山 詩野だった。
香具山 詩野はあの乙女ゲームで茜坂先生の次に苦手にした人が多かったであろうキャラだ。
と、言っても、茜坂先生のように性格の悪いヤンデレキャラという身の危険を感じる系ではない。
また、陰湿な嫌がらせとかもない。
理由はただ一つ。
発言がものすごくキツいのだ。
ゲーム画面越しでも、メンタルガリガリと削られるキッツイ言葉は覚えている。
しかも、割と正論。
選択ミスるとその攻撃をくらい、漏れなく涙目になれる破壊力である。
ただでさえ、メンタル弱ってる時に会いたい相手では無い。むしろ、茜坂先生の次に避けたかった人です!
どうしよう、どう切り抜けよう!?
一人であたふたと慌てていると、
「あの! 本当に体調悪いなら保健室行きましょう。私、付き添うから」
本当に心配そうに声をかけられて、ふと我に帰る。
……よく考えれば、現実には初対面の彼女にあのキッツイ発言をされる訳無い。
それに、現実の茜坂先生良い人だったし、性格が優しい可能性だってあるのだ。
「大丈夫だよ。ちょっと、風が気持ち良いなぁ、って座ってたら眠くなっちゃっただけだから。心配してくれて、ありがとね。」
「そうなの? でも、気を付けてくださいね。私の知り合いも無理して倒れちゃってたし」
その言葉にドキッとする。
彼女は白崎君ルートのライバルキャラだ。
設定では一年生の時から、図書室でよく会ってたらしい。
つまり、その知り合いは白崎君かもしれないのだ。
…ひょっとして、倒れるくらい、無理してたの?
「やっぱり、体調悪いんじゃ無い? 顔色が悪いですよ」
その言葉に、思わず顔を抑える。どうやら、顔に出てたらしい。
「いや、大丈夫なの! ただの悩み事だし!」
「…悩み事?」
慌てて言った返答の失言に内心頭を抱える。
初対面の人に、悩んでますと言ってどうするの、私。
「えーと、その」
ああ、悩んでる。困ってる。本当にごめんなさい!
「聞きましょうか?」
「へ?」
その言葉に思わず口を開けて、間抜け面になった。
「だから、話、私で良かったら聞くよ。私、今日、暇だし。初対面だと却って話しやすいかもだし」
その言葉に思わず顔を見つめてしまう。
その顔は真剣で、私の視線に気付くと安心させるように優しく笑った。
……さっき、逃げようって思ってごめんなさい。
設定と違ってめちゃくちゃ優しい女の子です。
その言葉に甘えて、おずおずと口にだす。
「…そのね。私、助けてあげたい人がいたの。その人が悩んでることの解消の仕方もわかってたから、頑張って悩みを解決させてあげようって思ったの。それで、頑張って順調に行ってたのかな、って思ってたんだけど」
思わず、言葉が詰まる。
視線で先を促されて再び話しだす。
「別の人に、それは違うって言われたの。その人に無理させてたって。…でも、ちゃんと出来てたの。可笑しなことなんてしてない筈なの。だけど、気になっちゃって。その人とも、注意してきた人とも上手く話せなくなっちゃって、どうしたらいいのかわからないの」
一息に言い切って、息を吐く。
そろそろと、彼女の顔を伺うと、彼女は小首を傾げながら考えていた。
そして、うん、と頷くと私に向き直って、
「それはあなたが悪かったんじゃない?」
オブラートなんて欠片も感じ無い、直球の返答を返してきた。
思わず、うっ、と詰まる。
「悩み事解決させてあげようって、上から目線な親切って、ちょっと押し付けがましいよ。それに、多分、冷静な第三者に駄目だって言われるってことは、相当的外れだったんじゃないかな? それに、気になるってことはあなたも気付いてたんじゃない?」
「でも、注意してきた子もかなりおせっかい…」
「おせっかいだから、わざわざ言ってくれたんじゃ無い? 普通、嫌われるってわかっててそんなこと言ってくれないと思うよ」
正論である。そう、正論故に心に痛い。
スッゴく痛い。グサグサ突き刺さる。
前言撤回したい、設定間違って無い。
この子、やっぱり言葉キツい。
俯いて落ち込んでしまった私に、彼女は慌てたように謝ってきた。
「あ、すみません。私、その言葉キツいみたいで」
知ってます!
「えっと、その、それだけじゃなくて、私、あなた優しいんだなって思ったよ」
「…今更、お世辞はいいよ」
そうすると、少し困ったように、
「いや、そういうんじゃ無くて。えっと、本当に自己満足の為だったなら、そんな風に悩まないと思うよ。だから、方法は間違っちゃったけど、その子のこと考えてたのは本当なんだなって感じたの」
うん、そう。幸せになって欲しかった。
…だって。
“前”の時、少し体調が悪くて病院に行ったら、もうどうしようも無い状態だった。
いきなり余命なんて告げられて、怖くて、悲しかった。
でも、いつも笑ってた家族が、友達が、皆皆、悲しそうで、辛そうで、泣いていたのが辛かった。
自分が周りを不幸にしてたのが嫌だった。
だから。
「皆、幸せなのがいいって思うの」
ぽろりと零れた言葉に彼女は優しく笑った。
「そういう言葉が、自然に出るのは、本当に優しいって思うよ。多分ね、ちゃんと考えたから、もっともっと素敵になるんだろうなって思うよ」
そう言ってから、ハッと気付いたような顔をした。
「…ご、ごめんなさい。なんか、さっきからめちゃくちゃ偉そうなことばっか言ってますね」
そう言って気まずそうにした彼女に、ふと思った。
言葉がキツくて、怖い女の子だって思ってた。
だけど、今、私がしゃべってるのは、言葉がキツいだけじゃなくて、真っ直ぐで優しい女の子だ。
多分、ゲームの中でも本当はそうだったんじゃないかな。
ヒロインの目線から見ただけじゃ、わかんないことだって沢山ある。
そんな、当たり前のことに私は今初めて気付いた。
「話、聞いてくれて、ありがとう。スッキリした」
そう言うと、ふわりと笑って、
「どういたしまして」
と答えた。
…いい子だなぁ。本当に優しい。
友達になれたら、いいなぁ。
どうしよう、この上、私から言い出すのって図々しい!?
一人、アタフタしてると、
「そういえば、名前言ってなかったですね。私、香具山 詩野っていいます」
そう笑って自己紹介してきた。
そういえば、私は知ってたけど、彼女は知らないよね。
「えっと、私は、桜宮 桃っていいます。」
「えっと、そのね。私、言葉がキツいから、友人少ないの。だから、恩を売るようであれだけど、友達になってくれない?」
その言葉に思わずはしゃぐ。
「いいの!? 喜んで!」
はしゃいでから、ふっと気付いたことがあった。
スッキリしただけじゃないよね。
「あの、えっと、詩野ちゃん。そのね、やらなくちゃいけないことあるの。だから、その」
口ごもると、詩野ちゃんは笑って。
「じゃあ、また今度。いってらっしゃい」
と言ってくれた。
誰よりも先にライバルキャラ(ボッチ)に懐くヒロイン笑。
まあ、うん。
仕様かな!




