とりあえずは…
昨日と違って、普通の時間に学校に来た。
隣の席の人物を確認し、かばんから取り出した本を片手に覚悟を決める。
…おし!
「白崎、本、ありがとな」
そう言って、白崎の机に本を置くと、白崎はにこやかに笑った。
「いえ。…それにしても、早かったですね。もう読み終わったんですか」
「めっちゃくちゃ面白かったからな! 他にもおすすめあったら教えてくれ」
「構いませんよ。そうですね……」
しゃべっていると成瀬先生が来たので、慌てて席に着く。
…普通だったな。なんか、昨日の夜、話しかけるきっかけを作るために必死に本を読んだ俺が馬鹿みたいだ。
まあ、あの無表情自体、そんな見るもんじゃないし、白崎の態度はいつも通りだったってだけだよな。
…白崎って、そもそも人付き合いが嫌いだったりするんだろうか。
ふと、そんな疑問が頭をよぎった。
そうだったら、俺、余計なお世話だよなぁ。
人と関わりたいって思ってるんならいいけど、嫌だったら迷惑にしかなんねえし。
つーか、乙女ゲームの世界だから、ちょっと考えらんないようなヘビーなトラウマがあったりする場合もあんのかな。鉄板だよな、薄幸の美人って。
俺に同級生のトラウマを救ってやれるような甲斐性あると思えんし。
隣に座っているクラスメートの心内なんて、普通じゃわかる訳無いもんが、わかんないと何も出来ないよな。こういうの。
「…篠山。授業始まってるの、知ってるか?」
自分の名前に反応して、バッと顔を上げると、実に冷ややかな先生の視線と目が合った。
やべえ、考え込んでるうちに授業始まってるし!
先生に謝って、机の上に出てすらいなかった教科書を取り出す。
シリアスに悩んでいようが無かろうが、とりあえず授業受けなきゃ先生に怒られるという、身も蓋も無い現実にちょっとため息が出た。
やっぱり、なんも出来ないまま、また数日がたってしまった。
ぼんやりと考え込みながらも、成瀬先生の話をしっかりと聞く。なぜなら、この時間に眠たかったために、ものすごく面倒くさい係になってしまった前科があるからだ。
今日は、一年生でやる発表の説明らしいから、安全だろうが、気をつけるに越したことはない。
「それでは、三人から五人くらいでグループを作ってください。グループ決めたら、班長決めて班員の名前書いて出してくださいね」
グループ決めかあ。さて、どうしようか。いつものメンバーでもいいけど、まとめ発表があることを考えると、クラスで頭いいヤツ独占って言うのはどうなんだろう。黄原も、ものすごく意外なことに頭いいし。別のヤツと組んだ方が良かったりするかね。
「正彦、用紙もらってきたから、名前書け」
「篠やん、赤っち、いっしょにやろー!」
「…おう」
悩む暇も無く来たな、コイツら。まあ、普通は仲良いやつでくむから、細かく考え過ぎてる俺が馬鹿なのかもしんないけどさ!
こう、有無も言わせずに来られると文句言いたくなるな。
「篠山、もう、グループ決まった?」
名前を書き終わってから、貴成に絡む黄原をちょっと遠巻きに見てると、声をかけられた。
「もう決まったぞ。貴成と黄原」
「あー、やっぱりか。一人でいたから、もしかしたらと思ったんだけどな。にしても、頭いいヤツばっかで固まってんなよ、お前ら」
うーん、やっぱり、頭いいヤツら独占は文句言われるか。
…と言うか、頭いいヤツだったら、
「白崎とかは? まだ、決まってなかったら、かなりの戦力になるぞ」
ふと、思いついてそう言ってみたら、川瀬は少し困ったような顔をした。
「白崎だと、なんかあんのか?」
「いや、なんかあるって訳じゃないんだけどさ。…こう、なんて言うか、話しづらい? いつも穏やかなんだけど、出来すぎてて、逆に冷たそうって言うか、世界が違いそう。学校もよく休んでるから、なんつーか、取っつきづらい」
白崎の無表情に気付いている訳じゃなかったらしいけど、その評価に少し虚を突かれたような気分になった。
「…貴成も、大概だけど?」
「いや、赤羽君は、確かに取っつきにくさはあるけど、篠山といるとよくしゃべるじゃん。だから、慣れてんだよな」
「…そか」
「んー、やっぱり俺らだけでいーわ。ありがとーな」
川瀬に、おー、と適当に返事を返した。
…篠山君は、本当に気にしませんね。
ふと、白崎のそんな言葉を思い出した。
そういえば、貴成で慣れてたから何にも思ってなかったけど。普通は、頭良すぎるヤツって話しかけづらかったりするよな。俺も前世だったら、話しかけづらかっただろうし。
白崎の方に、チラリと視線を向けると、席に一人で座っていた。
まだ、グループに入ってないっぽいよな。あれ。
あんな言葉、人と関わりたいと思ってないと出ないよなぁ。
…余計なおせっかいかもしんないけど、いいよな。こんくらい。
「よ。白崎、グループもう決まった?」
話しかけると、白崎は驚いたような顔をした。
「え、あ、はい。まだですけど」
「おし。戦力確保」
白崎を席から立たせて、貴成たちのところに引きずっていく。
「おーい、貴成、黄原。戦力確保、白崎ウチのグループ入るってさ」
「え?」
白崎が驚いたような顔しているけど、無視しよう。
ぶっちゃけ言って、俺もめちゃくちゃ言ってると思うし。
「白崎か、別にいいぞ」
「白崎、よろしくね~!」
二人はあっさり了承して、用紙を白崎の前に置いた。
ちょっと困ったように、固まってしまった白崎に声をかける。
「ひょっとして、他のところに入りたいとかあったか?」
「あ、いえ、そういうことではないんですけど。誘われると、思ってなかったので少し驚いてしまって」
「いや、お前、頭いいから戦力になるだろ。普通に大歓迎だぞ」
そういってにんまりすると、白崎は、また驚いたような顔をして、
「…よろしくお願いしますね」
そういって、用紙に名前を書いた。
「誘ってくれて、ありがとうございますね」
俺には、ぶっちゃけ言って演技とかを見破るほどの人生経験無いけれど。
そう言った白崎の顔は、普通に嬉しそうに見えて。
何考えてるか、意味わかんなくなってくるヤツだけど、まあ、とりあえずは良かったのかなと思った。




