よくわかりません
「おはようございます。篠山君」
「…はよ。白崎」
白崎の無表情に気付いてから数日たったが、はっきり言って何の変化も無しである。
強いて言えば、隣の席として親交が深まったかね。
紹介してもらった本すげー面白かった。
「おはようございます。白崎君」
かばんを下ろして準備をしているうちに、桜宮が登校して来て白崎に挨拶している。
「おはようございます。桜宮さん」
それに対する返しも、俺に対するものといっしょでにっこりしながら丁寧に挨拶。やっぱり、今日も穏やかな優等生って感じである。
「…おはようございます。篠山君」
「はよ」
桜宮が幼なじみに話しかけにいく時に挨拶してくるのも、いつも通りで。
なんか、気のせいだったんじゃないか、って思えてくるよな。
俺に、そこまで、相手の感情の機敏を見分けられると思えないし。
いつも通りにものすごく邪険にしまくる幼なじみに、にこやかに話しかける桜宮を見ながらぼけーっと考え込む。
「どうかしました?」
「ん?」
突然話しかけられて、慌てて顔を上げると白崎がこちらを見ていた。
「驚かせてしまったなら、すみません。珍しく考え込んでいたようなので」
…本人に向かって、お前が時々すごい無表情になって、それが少し怖いのと、なんか気になって考え込んでた!、なんて言えないよな。
「いや、よく頑張るな、と思って」
咄嗟に、今まで見ていた桜宮のことを口に出した。
目線でそちらを示すと、白崎が、ああ、と言って納得した声を出した。
「確かによく声掛けてますね。彼、すごく邪険にしてるのに」
「だろー。桜宮の心臓は確実に剛毛が生えてるよな。貴成も、あれで少しは女子に慣れればいいのに。あ、そういえばさ。この前、教えてもらった本面白かったんだけど他にお勧めあったりしないか?」
そう言うと、白崎はほんの少しだけびっくりしたような顔をした。あれ、俺、変なこと言って無いよな?
「…そうですね。続編が出てますよ」
「え、マジ? 読みたい。学校の図書館に入ってなかったぞ。そんなん」
面白かったから、続き無いかなと思って結構探したのに。
「発売されてから、まだそんなに経ってませんしね」
「ああ、そっか。…ひょっとして、白崎持ってたりしないか?」
「え、持ってますけど…」
「やった! 汚さないから、貸してくんない?」
そう言うとやっぱり少しだけびっくりした顔をした。
え、何? 駄目だった?
「駄目なら、別にいいけど」
「いえ、大丈夫ですよ。明日持ってきますね」
おっしゃ! ラッキー!
「ありがとな」
「構いませんよ。…篠山君は、本当に気にしませんね」
「へ?」
「いえ、こちらの話です。それより、成瀬先生来ましたよ」
そう言われて慌てて席に着いた。
にしても、あれの続きか。明日が楽しみである。
白崎も、しゃべってると、本当に普通にいい奴なんだよな。…やっぱり、気のせいだったんだろうか。そうだと、いいな。
次の日、貴成を軽く急かしていつもより少し早く学校に着いた。
いつも白崎は早めに来るから、多分居るだろう。学校だから、しっかりと読むことは出来ないけど、冒頭だけでも読みたい。
教室のドアを開けると、白崎はいなかった。
まあ、時々はのんびり来ることもあるだろうとは思うけど、少し残念である。
「今日は、やたらと急いでどうしたんだ?」
「いや、白崎に本借りる約束してて、早く読みたいから早く来たかったんだけど。…白崎、まだ来てなかった」
「それで、今がっかりしたような顔してんのか」
貴成が納得した顔で頷いた。
「うん。急がせて悪かったな」
「別にいいぞ。1日くらい」
貴成に軽く謝ってから、席に座る。
準備を終えてから、そわそわと教室の出入り口を伺う。
まだかな、まだかな。来ないかな~。
桜宮が登校して来て、ちょっと首を傾げた。
「おはよう、篠山君。…どうしたの?」
「はよ。桜宮。いや、白崎に本借りる約束してるからさ、早く来ないかな~と思ってさ」
「それで、ずーっと教室の出入り口見てるの?」
「そうだけど?」
「…そっか」
桜宮が呆れたように、隣に座った。
「…子供みたい」
ポツリと、桜宮が何か呟いたような気がするけど別にいいや。
結局、白崎が来たのはHRどころじゃなく、始業ギリギリだった。
珍しく急いだ様子で教室に入って来た白崎に声をかける。
「はよ。白崎。珍しく遅かったな」
そう声をかけると、白崎はこちらを向いた。
あれ? 何か今日は感じが違う?
「おはようございます。篠山君。それから、本をどうぞ」
そう言って、自分の準備をするよりも先に本を渡してくれた。
いや、急かした訳じゃないぞ。…さっきの様子じゃ説得力無いな。
礼を言って受け取ると、にっこりする顔はいつも通りである。…さっきのは、気のせいか。
そう思って、授業に集中した。
昼休みになり、黄原たちと昼食を食べにいく時に、ふと、隣の白崎を見る。
コイツ、一人でメシ食うのかな?
本のお礼とか言って、誘うのっていいだろうか。
声をかけようとしたとき、
「白崎君。私たちといっしょにご飯食べない?」
桜宮がクラスの女子たちといっしょに声をかけていた。
…先、越されたな。
「…すみません。少し、用事があって」
「えっと、ちょっとの間だけでも、みんなで食べた方がおいしいよ?」
そう言って、にっこりしながら桜宮が食い下がっている。
毎回思うけど、コイツって結構度胸あるよな。
そんなこと言われたら、白崎は多分断れないんだろうな。基本、女子にはかなり親切だし。前も、女子に誘われて困った顔でご飯食べてたの見たことがある。
「…すみません。あまり余裕無いので」
気の毒に、と思って黄原たちと中庭に向かおうとして、その声がいつもと違ってどこか冷たい響きだったのに気付いて足を止めた。
振り返ると、白崎が桜宮たちに軽く会釈していた。
「また、今度誘ってくださいね」
いつも通りの柔らかい声色でそう言って、こちらの方、教室の出入り口の方に歩いてくる白崎はいつも通りだった。
だけど、その一瞬。白崎が見せた表情は、前に見た、いや、多分、今朝もだな。あの時のような無表情だった。
「篠やん、何かあった? 着いて来てると思ったら、いなくてびっくりしたんだけど」
黄原が話しかけてきて、我に返った。
「あ、悪い。ぼーっとしてた」
そう言って、黄原といっしょに教室を出て行く。
廊下には、さっき教室から出たばっかりのはずの白崎はもういなかった。
もう気のせいって、片付けられないよなぁ、やっぱり。
以前と違って、少し仲良くなったはずのクラスメートのその表情に以前以上に苦い気持ちを抱えながら、先に行ってしまっていた貴成を黄原といっしょに追いかけた。




