普通に楽しかったです
何故か合流した時点で妙に動揺してしまい、少し現実逃避していた俺に桜宮がおずおずと声をかけた。
「えっと、正彦君、行かない?」
慌てて視線を上の方から戻し頷く。
「あ、悪い。そうだな、行くか。駅の方で良かったよな」
「うん、色々お店あるし。可愛い雑貨屋さんも最近出来て、ちょっと気になってたの」
桜宮の言葉に了解と頷いて歩き出す。店に着くまでに何しゃべろうかなと思っていると、先に桜宮が話しかけてきた。
「正彦君はどこか気になってる所ある?」
何となく無言を避けたい気持ちで一杯だったので、有難く会話に乗っかる。
「……そういうお洒落な所はあんまり把握出来てない気がするな。まあ、ヴィレバンは見る予定だったかな。一応は本屋と言いつつ、雑多な雑貨やらお菓子やら売ってるし」
「ああ、あそこは良いよね。私も買うものないのに結構見ちゃう。特に使う予定もない派手なヘアカラーとか」
「桜宮なら意外と似合うかもよ。やってみたら?」
「先生方の圧力に耐えられる気がしません! 黄原君とか黒瀬君、結構すごいと思うよ」
「あー、あいつらはな。黄原はのらりくらりとかわすし、黒瀬は神経太いから」
「と言うかむしろ正彦君やってみたら? 私、結構見てみたいよ」
「……地味顔にどぎつい髪色ってキツクない? 貴成とかならともかく」
「えー、正彦君も意外といけると思うよ」
話始めるといつものように会話が出来て、ホッとしながら歩いていく。
駅前の店が多いエリアに入った所で桜宮に尋ねた。
「じゃあ、最初はさっき言ってた雑貨屋さんにいくか。どの辺?」
「あ、えっとね、ここの角を左で……」
桜宮の案内で着いた雑貨屋はなるほど、俺だけだったら絶対に入らないような雰囲気で可愛らしいものに溢れていた。
少しだけ居心地が悪い俺と違って桜宮は店内に入った瞬間から楽しそうに回りを見渡している。
「わー、可愛い。あ、ねえねえ正彦君、こういうのって男子から見てどう思う?」
そう言って桜宮が示したのは、プラスチックで作られたように見える真っ赤なリンゴだった。ちゃんと白い果物ネットにも包まれていてそれっぽい感じだが……何するやつだろう、これ。
「えっと、リンゴの置物?」
「違うよ。ハンドクリーム。リンゴとかミカンの香りで、入れ物も果物になってるの。私はこういうの貰ったら嬉しいんだけど、正彦君は?」
桜宮の説明で、なるほどと思う。見ると綺麗に積まれて陳列された山の横に、テスターがあるのを見つけた。
開けてみると果物の甘い香り。キツイ感じじゃないし、割といい匂いだと思う。
「へえ、結構いい匂いだな」
「でしょ。……あー、でも付けた感じとかどうだろう。麗ちゃんとか結構肌弱いって言ってたんだよね」
「ちょっと試してみても良いんじゃないか。テスターなんだし」
「うん。そうする」
そう言って桜宮はテスターを手に取り、少しだけ止まった後、思ったよりも多めに指ですくった。
「……桜宮、多くないか、それ?」
「う、うん。ちょっと取りすぎちゃった。……その悪いんだけど、正彦君、ちょっと貰ってくれないかな。多分、ちょうど二人分くらいだし」
「え、あ、うん。それじゃあ、貰うな」
照れたように笑う桜宮がそう言うので頷くと、桜宮がまた一瞬だけ止まり、小さく深呼吸した。
そして、俺の手を取って、指と指を絡ませるように手をつないだ。
「さ、桜宮?」
「えっと、クリーム分けてるだけだから!」
ま、まあ、確かにそうなんだが。普通に掌にちょっと乗っけられるだけだと思ってたから、びっくりした。
クリームで少しぬるぬるしているとは言え、柔らかい桜宮の手が俺の手の上を滑るように動いている。すりすりと刷り込まれるにつれて、ぬるぬるしていたのがしっとりに変わった所で桜宮が手を離した。
「ど、どう? 良い感じかな?」
「えー、ああ、いや、付けたばっかだし、よく分かんないかな?」
……すみません、正直、クリームよりも桜宮の手の感触の方に意識が行ってしまっている。
最近、ダンスでも手はつないだのだが、なんか違った感じで……ちょっとびっくりした。
「そ、そっか、ごめんね」
「あ、ああ、桜宮、あれとかどう思う?」
動揺している自分を落ち着かせるために、他の商品に目をやり、話を変える。
しばらくの間、桜宮の顔が何となく見れなかった。
その後、色々な店を見て回って、お互い納得のいくプレゼントを買った。
桜宮がプレゼントを買ったお店から出て、嬉しそうなため息を吐く。
「良さそうなの買えて良かった。ありがとう、正彦君」
「ああ、お互い良かったな。それにしても、最初のハンドクリームも買ったのに、それはプレゼントじゃないんだな」
「あはは……、あれはお店で色々としちゃった迷惑料と言うか、記念と言うか、まあ、自分用かな」
「でも、桜宮がプレゼントに買ったの、普通に柴犬のぬいぐるみに見えるけど、ホットアイマスク? になるんだよな。面白いな」
「アイウォーマーって書いてあったよ。部屋の中がちょっと肌寒い時にも、カイロ代わりになりそうだし、良いかなって思ってたの。正彦君も良いんじゃないって言ってくれて良かった」
「割と可愛いし、ちゃんと使えるのは良いよな。黒瀬とかに当たった時を想像すると笑えるし」
「あー、確かに黒瀬君は似合わないね。でも、それを言うなら、正彦君の買ったスマホスタンドも麗ちゃんの部屋とかには似合わないと思うよ。すごくお嬢様って感じのクラシカルな家具らしいし」
「えー、だってブラウン管テレビの形にはめ込めて、それに光るんだぞ。俺以外は皆スマホだし、夜もスマホの場所分かりやすくて良いじゃん。デザインも懐かしくて良い感じだし」
「まあ、確かに可愛いよね。普通に使いやすそうだし。そう言えば、正彦君ってそろそろスマホに買い替えるんだっけ?」
「そうだな。ようやく父さんの言った期限も切れるしな」
「買った初日にスマホ破壊したんだっけ? 何したの?」
「……防水って書いてあったから、プールに持って行って、水の中からも写真撮れるかなとかやってたらアウトでしたね。冷静に考えればヤバイし、その上、塩素と金属との相性かなり悪いらしいしな」
「それは……怒られたでしょ」
「そうだな、はしゃぎすぎだし、物を粗末にするなってめっちゃくちゃ怒られた。最初は5年の期限って言ってたのに、受験の関係で色々あるからって、高3になった所で解除って言ってくれたのは大分有難いな」
前世じゃ絶対買ってもらえない物だったから、正直はしゃぎ過ぎたんだよな、あれ。
買ってすぐなら保障期間内だから壊れても大丈夫かなって思ったにしても、大分やらかしたと思います。
物を粗末にしたのをすっごい反省して、貯めてたお小遣いから購入費用を返そうとしたら、それは止められて、父さんのお下がりを大事に使えればいいからと言われたのは印象的だ。
ちょっと不便な所もあったが、割と愛着も沸いている。
そんな事を話しながら歩いて、駅前の大通りの方へ戻ってきて広場の時計を見ると、もう18時になろうとしていた。
桜宮は女の子だし、この時期はすぐに真っ暗になってしまうから、もうそろそろ解散にした方がいいだろうか。
いや、途中までは送っていった方が良いかな。確か途中までは一緒の方向だったし、家の近くは割と大通りが多いって聞いているから、ちょっとだけ暗くなる場所を通り抜けるまでは送っていこう。
「桜宮、そろそ……」
「ま、正彦君!」
送ると言おうとしたのを桜宮が遮った。
少し驚いていると、目線を彷徨わせながら、口を開く。
「えっと、そろそろ遅いのは分かってるんだけど、あのアイス食べませんか? さっきから気になってて」
「え、ああ、あれか。夕方だけど寒くならないか?」
「全然平気! だから、あのアイス食べ終わるまで、もう少しだけ……」
少し俯いて小さな声でそう言う桜宮に、ちょっとだけ悩む。
……まあ、今日はなんだかんだ楽しかったし、あのアイス美味しそうだし、食べてから帰るか。
「じゃ、あのアイス食べるか。食い終わったら、家に近くの大通りまで送っていくから」
「え、ええ、良いよ。そこまで行っちゃうと正彦君の家遠くなっちゃうし」
「いや、桜宮、女子なんで。暗いのに人通りが少ない場所は危ないだろ。あんくらいの距離なら全然近いし」
「じゃ、じゃあ、お願いします。ありがとう」
桜宮がぺこりとお辞儀をしたのを律儀だなと思いつつ、アイスのメニューに目を移す。
「ん、オッケ。じゃあ、アイスだけど何食う?」
「うーん、悩むなあ。正彦君は何にする?」
「俺かあ。苺かさつま芋が美味しそうだな」
「じゃあ、私、苺にするから、正彦君さつま芋にしたら? それで一口交換しようよ」
「え、有難いけど、桜宮は他に食べたいの無いのか?」
「うん。全部美味しそうで迷っちゃうから。苺好きだし」
「じゃあ、それで。すみませーん」
「はい、ご注文お決まりですか?」
「俺はさつま芋でお願いします」
「私は苺で」
「はい。お会計はそれぞれ500円になります」
お互いピッタリ持っていたから、すぐに支払いが済んだ。
タイミングが良く他にお客さんもいなかったので、アイスはすぐにくる。
「あっちのベンチで食べるか?」
「うん。そうしよっか」
座ってアイスを改めてマジマジと見るけど、さつま芋の色が濃くてもったりとした感じに見える。
これは美味しそうだな。桜宮の苺も果肉が結構入ってたし。
食べる始める前に貰ってきたスプーンで一口すくって桜宮にあげよう。
そう思ってアイスをすくっていると、桜宮も隣で同じようにしていた。
じゃあ、スプーンの交換かなと思った所で
「ま、正彦君、あーん」
「はい?!」
予想外のことに思わず変な声が出た。
桜宮も慌てた様子で説明をする。
「だ、だって、片手はアイスで塞がってるし、スプーンの交換難しいよ。落としたりしたら勿体ないし、こっちのが簡単だよ……」
「それはそうだけど……」
女子から食べ物をあーんってされるって、本当に経験無いぞ。
なんか本当にデートっぽいし、カップルっぽい……いやいやいや。
悩んでいる間にすくったアイスが溶けてきていた。
一度目を瞑り、覚悟を決めて桜宮の差し出すスプーンに口を付ける。
「ひゃ!」
思ったよりも近づいた距離で桜宮が顔を赤くして慌てていた。
「桜宮、俺も大分恥ずかしいの我慢してやったのに、それは何?」
「だ、だって、ちょっと前まで躊躇ってたのに急に躊躇なく来るから! 私も恥ずかしかったし」
「お前が言い出しといて何? はい、それじゃ、桜宮、お前の番」
「あ、うん、ありがとう」
顔を赤くしたまま、桜宮が俺の持ってるスプーンに近づいて、口を開く。
確かに妙に恥ずかしくて、ちょっと視線を逸らしながらも桜宮がアイスを食べるのを見届けた。
「……どう、美味い?」
「え、あ、うん。正彦君はどう?」
「あー、うん、美味かったな」
正直、苺の味がしたはずなのに印象が薄くなってしまっている。
自分の分のさつま芋アイスを食べだすけど、これもなんだか味がよく分からない。
お互い無言でアイスを食べ終わり、立ち上がる。
「それじゃ、帰るか」
「う、うん、そうだね」
さっきまで結構話してたのにお互い無言で道を歩いていく。
それなりに歩くはずなのに、思ったよりも早く桜宮の家の近くの大通りに着いた。
「桜宮、ここでいい?」
「うん、ありがとう。ここからは本当に明るい所ばっかりだから、大丈夫だよ」
ここでじゃあなと言ったら、今日はもう解散だ。
何となく名残惜しい気持ちになりつつ、口を開こうとすると
「あの!」
桜宮が顔を赤くしながら、勢いよく口を開いた。
「今日はありがとう。すっごく楽しかった」
「ああ、俺もありがとうな。良いプレゼント買えたと思う」
「うん、私も。だけど、それだけじゃなくて、……ま、正彦君と一緒だから楽しかったよ」
その言葉にいつも通りありがとなと返せば良いだけのはずなのに、何故か固まってしまう。
桜宮は顔を更に赤くしつつ、もう一度言った。
「今日は正彦君と一緒に買い物に行けて、すごく楽しかったです。そ、それじゃあ、また明日!」
「あ、ああ、また明日」
桜宮が言うなり駆け出して、帰っていく。
俺は一人で大きなため息を吐いた。
アイスを食べて体が冷えたはずなのに、妙に暑い気がする。
……勘違いするな、俺。
桜宮には好きな奴がいるし、ただの友達。そのはずだ。
まあ、だけど、確かに今日は楽しかった。
桜宮と色々とお店を見て回った。それだけなのに、本当に、普通に楽しかった。
そう思って、自分の家に帰るために歩き出す。
夕方の冷たい風が妙に心地よかった。