他のメンバーがいたら普通だったはずなのです
火曜日の放課後。生徒会の仕事が始まってあまり経っていないというのに、にやにやした黄原がからかうように口を開いた。
「篠~やん、こんな所で仕事なんてしてないでさ、デート行って来たら! 月ちゃんもいるから、今日は本当に余裕があるし!」
「だっから、デートじゃないって言ってんだろ。ただの買い物! それに仕事優先だろうが!」
俺は言っていないというのに何故か知っていたこの後の買い物だが、先週からずっと「デートじゃん!」と言われてからかわれている。
少しうんざりした気分でそう叫ぶ俺に白崎がクスクス笑いながら、話に加わった。
「まあ、真面目な話、今日は本当に余裕があるので、予定があるなら帰っても大丈夫ですよ。僕が体調悪い時もいつも帰らせてもらってますし」
「いや、それとこれとは話が別だろ」
香久山さんにも怒られてたし、体調不良は最優先でお大事にしてください。……なんかこいつは、ついつい自分の体後回しにしがちで怖いんだが。
そんなことを考えて少し冷静になった所で、青木がおずおずと口を開いた。
「……えっと、俺も明後日に倭村さんと……パーティーグッズを買う約束をしているので、……篠山先輩にも行ってきてもらえると助かります」
「あー、うん、そっか。それは確かに」
青木は会場は貴成が提供してくれるというのを聞いて、自分は司会進行をちゃんとやって盛り上げると張り切っていた。
なるべく応援したいし、正直仕事が忙しくない時期なので、是非行ってきてほしい。
にもかかわらず俺が渋っているのは、……正直やらかしてしまったかなと思っているからです。はい。
何と言うか好きな奴がいるって言ってたのに、デートって言われて嫌な気がしていないか心配だし。
グループで遊ぶのならいざ知らず、最初から女子と二人きりって初めてで、微妙な感じにならないか不安だし。
……なんかそわそわして変な気分になって、普通に出来るか自信ないし。
こういう時に俺がモテないって実感するなあ。女友達と二人で買い物に行くだけなのに、ここまで動揺するとは。
買い物に行くのがバレた時に他の奴らも誘ったのに、「絶対行かない」と断言されたしな。
あー、もう、絶対あいつらのがセンス良いし、桜宮も楽しいだろうにな。
そんなことを考えていると貴成がため息を吐いて口を開いた。
「正彦、もうデートだとかデートじゃないとかどっちでもいいが、約束あるなら行ってこい。と言うか、黄原が浮ついて仕事にならんし、この事で男同士ギャーギャー騒いでると月待が居心地悪いだろ」
「あー、それはごめんな、月待さん」
「え、いえ、その大丈夫、いや、えっと……確かにちょっとびっくりしますね?」
何故か少ししどろもどろにそう返す月待さんを見ていると、何故か何となく最初の頃の桜宮を思い出す。クールにビシッと決める時もあるのに、なぜだろう。
「でも、折角手伝いに来たのに仕事がないと言われてしまうと寂しいので、どうぞ行ってきてください」
月待さんがにっこり笑って言った言葉に、ようやく観念して立ち上がる。
「……それじゃ、今日は先に上がらせてもらいます。お疲れ様でした」
「うん、お疲れ! 楽しんできてね~」
「はい、お疲れ様です、篠山」
「お、お疲れ様です。篠山先輩」
「ああ、お疲れ」
「お疲れ様です。どうぞ楽しんできてください」
全員に朗らかに見送られて、生徒会室から出た。
桜宮に生徒会の仕事が終わったことをメールで伝えて教室の方に向かおうとするがすぐに返事が来た。
慌てて確認すると、ちょっとだけやることがあるから、校門の所で待っていて欲しいとのことだった。
教室の方に行きかけていた進路を変更し、昇降口に向かっていく。
校門に着いて、門の壁にもたれて、ため息を吐いた。
門の所で友人待つとかよくある感じのことなのに、こんなに落ち着かないのはどういうことか。
……俺、本当にこういうの苦手だな。前世でも散々だったし。
つーか、初恋もまだな感じだったな、そう言えば。
前世、貧乏だった事とか家の事とかで色々あったし、そんな余裕もなかった気がする。
大学入ったらそのうちなんて考えていたのに、結局そんな機会もなかったのである。
そういった事を考えていると、心のモヤモヤが広がっていくような気がしたので、慌てて思考を切り替える。
つーか、桜宮のやることってなんだろ。
最近はあいつ、成績上がってるって聞いてたから先生に捕まってるってのは違うだろうし。
学年上がってすぐの時は、Sクラス入れるギリギリの成績だったため、授業になかなかついていけないようで、先生方に困った顔で色々言われていたのを何度か見た。
幸い友達とかにも教えてもらってどうにかなり、最近では文系科目は大分良い感じと聞いているけど。
本当に最初の頃と比べて、変わったと思う。
入学当初は正直、ミーハーで、授業で答えられなくてしょっちゅう涙目で、結構ドジで、料理は苦手な癖にアレンジ加えてきて、何故か貴成に嫌われ……うん、中々である。
俺が白崎のことで何か言った時には、こんな風に変わっていくなんて想像もしてなかったな。
変わった桜宮は時々空回りしながらも一生懸命で、友達想いで、優しい面が目立つようになった。
髪型だって変わって、挙動不審も目立つけど、よく笑うようになって。
ああ、なるほど、こんな感じの子なら『乙女ゲームのヒロイン』としてあいつらが惹かれて、恋愛するのも無理はないなと思ったのである。
うん。俺はどーせ『乙女ゲームのモブ』だし、なんか変に意識しちゃってるけど、あいつが好きな完璧超人なんて程遠い。
落ち着いて普通にやろ。何度も言ってるけど、友達と買い物ってだけだしな。
そんな風に思ってた時、昇降口の方から誰かが走ってきてるのが見えた。シルエット的に桜宮っぽい。
あ、来たかな。そう思って、体を壁から離して手を振ると、更に慌ててこけそうになりながらも走ってくる。
おいおい、危ないぞ。俺も慌てて、そっちに向かい走る距離を少しでも短くする。
「ご、ごめんね、正彦君! 待たせちゃって!」
「いや、全然待ってない。そもそも俺が予定外に早かっただけだろ」
「……うう、でも、ごめん」
そう言って落ち込む桜宮に苦笑しながら、改めて近くで見ると少し違和感を感じた。
……あれ、髪、授業中と違うような。
朝は普通におろして髪飾りを付けただけだったのに、今はふんわりとした内巻きが強くなったのか、少しだけ短くなり細い首筋が際立っている。編み込みもしてあって、なんか凝った感じだ。
顔立ちもちょっとだけ違うというか、……夏祭りの時と同じ感じだから、多分化粧をしてるんだろうな。唇とかがいつもよりもつやつやしてる気がする。
思わずマジマジと観察してしまい、ハッと気づいて目線を少し逸らしながら尋ねる。
「あー、違ったらすまんけど、なんか化粧とかした?」
「あ、気づいてくれた!? 夕美ちゃんが暇ならやってあげるって言って、色々とやってくれたの。モデルさんなだけあって、すっごく上手だよね。どう? 似合ってるかな?」
そう言って桜宮が少し恥ずかしそうに笑うのが、なるほど確かに可愛いと思って心の中で首を振る。
これはただの友達との買い物。普通。普通。
そう自分に言い聞かせつつも聞かれてしまったので、慣れてない女子の恰好への感想を送る。
なんかすごく恥ずかしいし、変な感じがするが、やっぱり慣れてないからだろう。
「あー、良いと思うぞ。似合ってる、な」
「本当? やった!」
そう言って嬉しそうに笑う桜宮から顔を少し上に向けることで視線を逸らす。
大丈夫。普通、普通、普通。
ああ、もう、本当にあいつらも来れば良かったのに!




