分からないことは考えないことにしました
自分でも柄じゃなくて、滑ったらどうしようと思いつつ差し出した手を桜宮は取ってくれた。
曲が流れ始めたのが聞こえてきて、特に会話も無しにぎこちなく踊りだす。
前練習してた時と同じで誰もいない場所だけど、祭りの喧騒が聞こえてくるからか何となく、違って感じる。
そして、やっぱり落ち着きさえすれば、あの練習から時間も空いてるのに問題なく踊れる自分に苦笑する。
だけど、ターンをした時、ガサガサと大きな音を立てた肘にぶら下げたままのビニール袋はやらかしたなと思います。
一区切りついて、他の人とダンスの相手を交換したりするタイミングになり、桜宮がおずおずと切り出した。
「えっと、正彦君、そのビニール袋……」
「うん、桜宮。言いたいこと分かってる。悪い、置くタイミング逃した」
何というか、折角誘ってもらえたのと、ようやくちゃんと謝れた気がするのでテンションが上がって、ついそのままダンスに誘ってしまったのである。
割とこれはないよな。あんだけ格好つけて誘っておいて、ビニール袋ガサガサさせながら踊るとか。
「いや、全然良いんだけど……えっと、何入ってるの?」
桜宮の言葉に苦笑いしながら、袋を差し出した。
「いつも差し入れとか貰ってたし、昨日もありがたかったし、……お礼みたいな物。美味そうなお菓子とかジュースとか色々」
昨日用意して渡せる時にと思ってロッカーに入れていたのだが、早速渡せそうだと思って取ってきてたのだ。おかげでメールの返信も出来ずにダンスが始まるギリギリに来ることになってしまった。
「え!? 良いよ、全然気にしなくて」
「いや、そんな訳にはいかないから。普段からすごいありがたく思ってたし、……桜宮と喧嘩してしばらく無かったから余計に」
「あはは、その節は私も意地張ってごめんなさい」
「まあ、貰ってくれると嬉しいな」
「じゃ、じゃあ、ありがとう。わあ、色々あって、美味しそう……あれ?」
受け取って袋を覗き込んだ桜宮が不思議そうな声を上げた。
あー、小さいお菓子とかをまとめる感じで下の方にいれたのに、一発で見つかったか。
袋の中から取り出して、ポカンとした顔で「ミサンガ?」と呟く桜宮にどこか気まずい気分で説明する。
「その、昨日、射撃やった時に貰った景品なんだけど……なんか桜宮の髪飾りと似た感じだし、好きかなと。まあ、いらなかったら、全然捨ててくれても」
「え、絶対そんなことしないよ! すっごく嬉しい! 可愛い……私の髪飾りに確かに似た感じだね。わあ、こういうの好きなの。ありがとう!」
そう言ってはしゃいだ様子で早速自分の腕にミサンガをつけて、照れくさそうに上目遣いで笑いながら口を開いた。
「どうかな? 似合う?」
頬はちょっと心配なぐらい赤くて、そして、心から嬉しそうに笑う顔。
それを見た瞬間、何故だか何も言えなくなった。
正直、桜宮はよく顔を赤くして、ちょっとだけ赤面症ぎみなのかな? とか思っていたのに。
どうしてか要らないって言われるかもって思いながら渡す前よりも、緊張してるような感じがする。
だけど、どうにか口を開いて応える。
「まあ、多分……?」
「もう、多分って何?」
「いや、だって、ミサンガに似合う似合わないとか考えたことないし」
「あー、まあ、そうだよね」
自分でも気が利いてないことが分かる返答に何が楽しいのか楽しそうに笑い続ける桜宮から何となく目を逸らす。
丁度、曲がまた始まるタイミングだったので、話題を逸らすようにその話をする。
「あー、桜宮、さっきは俺のせいで微妙な感じで終わっちゃったから、もう一回くらい踊っとく? そしたら、そろそろあっち戻ろうぜ」
「あ、うん、じゃあ、お願い。ちょっと待ってね、袋置いてくる」
「あー、大事だね」
「ふふ、だね」
もう一度手を取って、踊り始める。
練習の時に感じた以上に、手が柔らかく小さく感じて、何故だか前みたいにぎこちなく感じる。
逸らす話題間違えたかなと思っていると、ターンの時、タイミングがずれて、足がもつれた。
辛うじて桜宮の足を踏みはしなかったけど、ダンスが止まる。
慌てて手を放して、桜宮が大丈夫か確認する。ちょっと前まで捻挫していたのに、また捻ったら大変だ。
「うわ、悪い、桜宮!」
「いや、大丈夫だよ。ふふ、折角踊れるようになったのに、また、やっちゃったね」
「だな、本当に格好悪い」
「え、格好悪くはないよ。前練習してた時にも言ったけど、正彦君はいつも何でも出来てすごいんだから、ちょっとの欠点くらい可愛いだけだよ」
「……いや、その意見はやっぱりおかしくないか?」
「だって、出来ないって苦手意識で避けるのも、格好悪いって落ち込むのも、私だってよくやるから、親近感沸くし。私、苦手なこと一杯あるんだから。メールとかラインも苦手で最近頑張り始めたんだよ。やってみたら、結構楽しかったけど。正彦君はどう? ちょっとは楽しいって思ったりしなかった?」
「……まあ、人目が多い所ならともかく、これくらいグダグダのならちょっとは」
「なら、良かった。それじゃ、もう一回踊ろうよ。ちゃんと踊って、気持ちよく終わって、それであっち戻って楽しく過ごそう」
笑って差し出された手を見つめる。
今日は何故だかどこかふわふわした変な感じだ。
それでもなるべく顔に出さないように手を取った。
「はいはい。それじゃ、もうちょっと頑張るよ」
何となく取ってしまったミサンガが予想以上に喜んでもらえて、嬉しかったのも。
喜ぶ桜宮がとても可愛く見えたのも。
差し出された手を取るのが、手を差し出すのよりも緊張したのも。
苦手だったはずのダンスが普通に踊れてしまったことによる、『前世』と『今』の自分の違和感も。
乙女ゲームだったら到底あり得ないだろうと思う、薄暗い中、微妙に聞こえづらい音楽でのグダグダなダンスも。
ヒロインとか攻略対象とかよく覚えていないストーリーのことも。
桜宮の好きな奴のことも。
ここにいて、俺なんかと踊ってていいのかって疑問も。
頭によぎった全部を口に出さずにただクルクルと回る。
下手くそで、ぎこちなくて、それでも、ちょっと悪くないって思うのがどうしても変な気分になるから。何故だか少し怖いから。
もう、今日は何も考えないようにしよう。
そして、色んな事を楽しんで、終わらせて、いつも通りに戻ろう。
すごく楽しそうな桜宮に一瞬だけ目を閉じる。
目を開けて、俺も笑ってみせながら、そんな風に考えた。