待つ時間は不安になりやすいものです
前半、篠山、後半、桜宮視点です。
昨日の文化祭と昼の体育祭が終わって、あとは後夜祭だけだ。
長かった学園祭もあと少し。準備のために駆け回る中、去年同じクラスだった奴が不意に俺を呼び止めた。
「あ、篠山だ。昨日、他校の女子とデートしてたってマジ? お前、彼女いたの?!」
「いませんけど! 中学の時の友達グループが遊びに来て、お化け屋敷苦手な奴と他のメンバーが並んでる間、回ってただけだよ。あの後、合流したし!」
また聞かれた質問にうんざりした気分で答える。
何故か昨日からこの質問聞かれまくっている。
生徒会メンバーにも聞かれたんだよな。あと、香久山さんと染谷と倭村さん。
何故か超絶微妙な表情で。
何? 俺がもし彼女いたりしたら、そんなに駄目なのか? 変なのか? 泣くぞ。
まあ、それを深く考えると悲しいことになりそうだから、一先ず置いといて。
……桜宮からまだメールが来てないんだよな。
昨日、確かに送るって言ったのにな。
今日話そうとしても、何故か桜宮も俺と同様に色んな人から声をかけられて何か聞かれていて出来なかったし。
結構色々と準備が終わってきたし開会式の司会はボランティア部がやってくれるから、ちょっとは話せるだろうか。
そう言えばダンスの話も結局出来なかったな。
桜宮の捻挫は今日の様子を見てても治った感じだけど、ダンスの約束に関してはやっぱり流れる感じかね。
ちょっと残念な気分でいると着信音が鳴った。
誰からか確認すると桜宮だった。慌ててメールを確認する。
『正彦君
メール、昨日、送るって言ったのに遅くなってごめんなさい。
今日の後夜祭ってまだ忙しい?
もし時間があったら、夏休み前に言ってたみたいに私と踊ってくれませんか?
踊ってくれるならダンスの時間に裏庭のイチョウの木の所に来てくれると嬉しいです。
桜宮』
メールを読んで、目を瞬かせる。
流れたと思ってたダンスの話が桜宮から持ち出されたのと、何故か裏庭に呼び出されたことに少し驚く。
だけど、やっぱり嬉しい。
踊ってくれるならと言っていたけど、返信した方が良いよなと思った所で「正彦、何やってんだ! 準備!」と貴成から注意を受ける。
ヤッベ、準備中。仕事はしっかりやらなきゃいけないよなと、携帯をポケットに入れて準備に戻る。
音響系の配置と、キャンプファイヤーの安全確認と、あと、それから……あ、暇があったら、あれも取ってこよ。
頭の中でやることをまとめて、祭りの終わりの準備に再度駆け出した。
***************
後夜祭が始まって、キャンプファイヤーが点火され、出し物の時間が始まった。
ダンスが始まる直前、これからもっと盛り上がっているであろう時間に私は一人、裏庭のイチョウの木の下に立っていた。
盛り上がってる声は薄暗いここから聞くだけで、なんだか別世界みたいな感じに聞こえる。
「正彦君、メール見てくれたかな」
ポツリと呟いて、それから深いため息を吐く。
忙しい中、しかも直前にメールを送るなんて、気づかれなかったとしても不思議ではない。
本当なら昨日送るはずだった。
なぜこんなに直前になってしまったかというと、……周りから「振られたの?」という質問がきまくったのが原因である。
正彦君は生徒会メンバーで顔を知ってる人は多いし、私のアプローチは誰から見てもバレバレで結構有名らしい。
しかも、正彦君がデートしてる時に人前でつい袖を掴んで引き留めてしまった。
その後も正彦君が引き続きデートに戻ったから、実は他校に彼女がいて、焦った私がその場で告白したけど振られたという噂が広まったらしい。
おかげで昨日、当番が終わった瞬間からクラスの人にすごい慰められるし、家に帰った後も普段そんなに連絡も来ない去年のクラスメイトからもラインが来るし、散々だった。
まだ振られた……という訳ではないと思うのだけど、周りから当然振られたものとして話をされるし、慣れてない大量のラインの返信に手間取るし、心が折れそうだった。
詩野ちゃんや凛ちゃん達は「篠山に聞いてみたら、グループ行動のちょっとの間の別行動としか思ってなかったし、まだ全然大丈夫。頑張れ!」と言ってくれたけど。
でも、ちょっと心が折れてたせいでこんなにギリギリのメールになってしまった。
こういうのが駄目なんだよなって自分でも分かるから、更に落ち込むし、今後のことを考えるとちょっと憂鬱になってしまった。
私が気づいて欲しいなって必死にアプローチした結果、有名になってしまってるのは知ってた。
今までは周りからどう言われようとも、正彦君に意識して欲しいと思ってたけど、私の恋が叶うとは限らない。
振られたら、本格的に駄目になってしまったら、またこんな風に野次馬な感じで色々と聞かれたりするんだろうな。と言うか私が正彦君へのアプローチ止めるって前提で話しかけてきた人とかいたし。
今回は……振られたという訳じゃないけど、本当に振られた時にこんな風にされたら大分キツイ。
今まで、本人からのスルーや鈍感に心折れそうとか言ってたけど、周りのからかいや野次馬でここまでダメージを受けると思わなかった。
おかげで周りに人がいない場所で一人で待っている。
時計を確認するとダンス開始の時間の5分前。
メールを確認するとやっぱり返信は来ていない。
……やっぱり気づかなかったかな。
来なかったら。やっぱり俺となんかじゃなくて、別の奴ととか言われたら。
その場では必死に我慢するけど、家に帰ったら泣いてしまうんだろうな。
でも、やっぱりまだまだ大好きだから、泣いたらそれで気分を切り替えて、また頑張ろう。
そう思うけど、もやもやとした気分は晴れなくて、ため息を吐いた。
なんだか泣いてしまいそうで、目をきつく閉じて手首に付けた香水の匂いを吸い込む。
大丈夫……、大丈夫……、大丈夫。
心の中でそう呟いた時、誰かがこちらに走ってくる音が聞こえた。
パッと目を開け、顔を上げる。
違うかもと自分に言い聞かせながら、後ろを振り返ると、ビニール袋を持った正彦君が走ってきていた。
びっくりするくらい嬉しくて、ホッとして、体から力が抜ける。
「あ、桜宮、いた。悪いな、返信できなくて。ちょっと準備でドタバタしてて」
「ううん、こっちこそメール遅かったし、変な場所に呼び出したし」
「あー。ある意味ありがたかったぞ。なんか俺に彼女いるのって色んな奴らが聞いてきて、ちょっと面倒くさかったんだよな」
「えっと、その、……デートしてたけど、付き合ってないの?」
震えそうになる声でそう尋ねると何でもないように「いや、彼女とかいないぞ」と返ってくる。
「本当にグループ行動の中のちょっとの間の別行動ってだけだったのにな。何で皆、そんなにデートって言うんだろうな」
……渚さんがすごく仲良さげに、距離近いの見せびらかすように歩いてたからじゃないかな。
正彦君の返答にホッとすると同時に、その相変わらずの鈍感さに自分のこれからを実感して微妙な気分になった。
「あ、そろそろ曲始まるな」
正彦君が携帯を取り出して、そう呟いた。
そうだった、フォークダンス。なんかさっきからホッとして前みたいに緊張していない。
今日は前よりも自然に踊れそう。
そう思った時、正彦君が私の前に手を差し出した。
あ、もう?!
思わず顔を見上げると、正彦君はすごく恥ずかしそうな顔で口を開いた。
「えっと、本当に柄じゃないし、俺なんかから言われても変な感じかもしれないんだけど。……踊ってくれますか?」
「へ?!」
私から誘ったはずなのに、正彦君から誘ってくれるような言葉が飛び出して混乱する。
「いや、なんかわざわざ俺に付き合ってくれたのに怒らせて、桜宮キレながら約束って言ってたじゃん」
「う、うん、そうだね……」
自分の最近のやらかしを思い出して、声が上ずる。
確かにちょっとムカついたけど、あそこまで意地張るのは本当に無かった。
「だけど、俺は桜宮が当日も付き合ってくれるって言ってくれて、普通に嬉しかったし。割と楽しみにしてたから、ちゃんと誘いたいなと思ってさ」
「え……え?」
あまりに都合のいい言葉に上手く返せない。
正彦君はちょっと慌てて、続ける。
「あ、いや、変な意味じゃなく。その、仲いいやつと踊れんのは、嬉しいし。桜宮となら多分普通に踊れるし。他の奴となら多分また失敗して恥ずかしい思いするし」
「あ、うん。そうだね」
その言葉に、ああ、いつもの感じだなと思って頷く。
「……あー、まあ、でも、意地になってたとしても、誘ってくれて、嬉しかったんだよ。俺の練習に付き合ってくれたのもすごい助かったし。それなのに、無神経なこと言って怒らせて、悪かった。だから、俺からもちゃんとお願いするよ。桜宮、踊ってくれるか?」
そう言って差し出された手を見つめる。
本当にそういう所だよなあ。
自分で仲良いやつって、友達扱いしておいて。なのに、時々こんな風に欲しかった言葉を簡単にくれちゃう。
本当にタチ悪い。人たらし。鈍感。
……だけど、だからこそ諦めたくないし、この恋を絶対実らせたいって思うんだよ。
ダンスの始まりを司会が告げているのが聞こえる。
にっこり笑って、差し出された手に手を重ねた。
「うん。ありがとう。是非」
周りに人もいないのに、音楽だって小さくしか聞こえないのに、練習の時よりずっとずっとドキドキした。