その感覚が不思議と残りました
「ね、正彦、行きたい所ある?」
最初に目についた屋台で買ったホットドッグを食べながら、渚がそう尋ねた。
見るからにウキウキしながらも、気遣ってくれるのは嬉しいけど、行きたい所ねえ……。
えーっと、音響トラブルがどうにかなったかなってないか不安な体育館と、配置関連で揉めた空手部とサッカー部の屋台……、駄目だ、完全に遊びにというより確認の意識が抜けない。
なんか社畜的なお仕事脳に染まってる気がするな。
これは渚の付き添いに徹した方が、いっそ普通に楽しめそうだ。
「いや、俺はなんか飯食えれば良かったから、大丈夫かな。渚、なんか見たいのある?」
「私が選んでいいの?」
「まあ、せっかく来てくれたんだし、案内してって話だったしな」
「ありがと! ふふ、ねえ、これ、デートみたいじゃない?」
「はい!?」
急に言われた言葉にむせそうになる。
デート……、いや、確かに男女二人で文化祭めぐるとか、そう見えると言えばそうなんだけど!
そもそも、友達皆でって予定だったし、俺と渚は付き合ってるって訳じゃないし、あー、もう、何て言ったら。
言葉に出せないまま、内心で焦りまくっていると、俺の顔を見てた渚がふき出した。
「嫌ね、ちょっとからかっただけなのに。冗談よ、冗談」
「……彼女いない歴=年齢の繊細な男子高校生をからかわないでいただけませんかね」
「いやー、すっごい困った顔になって面白かったわ。……ね、正彦のクラスって何やってるんだっけ?」
「脱出ゲーム。ファンタジーな感じで、魔法使いからの依頼って設定でやってるぞ。かなり面白いぞ」
うちのクラスの出し物は、しっかり者な暁峰さんや香久山さんが主導でやってくれたから、提出遅れとか違反とか本当に一切無かったんだよな。
完成も早かったから、他のクラスと違って、確認の時も普通にお客さんへのリハーサルの体でやらせてくれた。
生徒会役員は忙しいからって、準備や店番も無しにしてくれたおかげでほぼ関われてないが、自信をもってお勧めできます。
……そう言えば、今の時間なら桜宮の当番か。
時間あったら顔出しに行くって言ってたけど、多分お化け屋敷くらい混むしな。
今は渚の案内中だし、あとで合流したり、ひょっとしたら呼び出しくらうことを考えると今行くのは止めといた方がいいかな。どうしよ。
「へー、面白そうだけど、混んでそうね。正彦も準備ちゃんと手伝ったの?」
「いや、生徒会の仕事で、全然やれてなかったな。でも、担当してくれた奴らが凄かったから、結構すごいのに仕上がってたぞ」
「そっか。……ねえ、前会った桜宮さんだっけ? と同じクラスだったわよね?」
「そうだぞ」
「じゃあ、当番とかやってたりするの?」
「丁度今当番の時間だったな」
「そうなんだ……」
渚はちょっと考え込むように黙った後、にっこり笑って口を開いた。
「桜宮さんが当番なら、ちょっと覗いてみたいな」
「へ? 別にいいけど、渚って桜宮と特に話したりしてなかったよな?」
「だって、可愛い子だったし、私は話してみたかったのよね。ねえ、今から二人で行きましょう」
何故かにこにこ笑う渚に引っ掛かりを感じながらも、断る理由もない。
「じゃあ、今から行くか」
教室の前に着くとそれなりの行列が出来ていた。
それを嬉しく思いながらも、桜宮を探すと、行列整理をやっていた所だった。
魔法使いからの依頼がテーマなので、マントにとんがり帽子といったいかにもな魔法使いスタイルな恰好をしている。
足は治ったようで包帯もなく、歩いてる姿は問題なさそうだ。数日前から包帯などはとれているのを見ていたが、大丈夫そうで安心した。
挨拶しようと思ったがお客さんがいるしどうしようかなと思った所で、桜宮がこちらに気づき、目が合う。
仕事中なので、声をかけずに片手を上げて軽く手を振る。
桜宮は嬉しそうな顔をして軽く手を振り、そして、隣にいる渚を見て、一瞬だけ固まった。
すぐに接客に戻るが、ちょっとだけ顔がこわばっている。
あれ、どうかしたかと思った所で、隣の渚が嬉しそうな声を上げた。
「わあ、衣装可愛いわね。桜宮さん、似合ってる。ね、正彦」
「え、ああ、確かに似合ってるな」
「ねー。だけど、忙しそうだし、話しかけるのは無理そうかな。外装とか衣装見て満足しちゃったし、次の所行こうよ。連れてきてくれて、ありがとね」
来てすぐにもういいやと言う渚にちょっと驚くが、確かに忙しそうだよな。
ちょっと待てば、少しだけ話は出来そうだけど、今日は渚に案内頼まれてる上に俺はすぐ抜けなきゃいけないかもだし……。
少し悩んでいる俺に渚が重ねて、「お客さん来てるし、邪魔にならないうちに、早く行こう」と言う。
ふと見ると、中等部の制服を着たグループが入るかどうかを俺たちの横で話し合っていた。
確かにこの場所は教室の中も見える場所だし、邪魔になりそうである。
その場所からどくと渚は、にっこり笑って「じゃあ、行こうか。あいつ等のご飯もの選ぼうよ」と告げてくる。
桜宮の方を振り返ると丁度教室に入った所だった。
……まあ、確かにタイミングも悪そうだし、あいつらに飯系のもの買ってくるって話だったし。
「……そうだな、行くか」
「正彦君!」
後ろから俺の制服の袖がつかまれる感触と共に、聞きなれた声がした。
振り返ると桜宮が片手にビニール袋を持って立っていた。
隣にいる渚も驚いた顔をしている。
「あれ、桜宮! 今さっき、教室の中に引っ込まなかったか?」
「えっと、ちょっとだけ抜けるねって、伝えに行ったの。すぐ戻るよ。……その、これ、差し入れ。会ったら渡そうと思ってたの」
そう言って差し出したビニール袋には俺の好きなジュースと飴が入っているのが透けて見える。
「え、ありがとう! 悪いな、わざわざ」
そう言って受け取ろうとするが、桜宮は差し出そうとしない。そして、俺の袖を掴んだ手は離されないままだ。
「えっと、桜宮? どうかしたか?」
割と人が多い中、周りがこちらに注目しているのが分かる。
だけど、桜宮は少し俯いていて表情が分からない。
「桜宮さん、どうかしたの? 周りから注目集めてるわよ」
渚もそう言ったが、手は離されないままだ。
少しの沈黙の後、桜宮はぽつりと呟いた。
「……メール」
「ん?」
「正彦君、忙しいけど、当番終わったらメール送ってもいい?」
メールアドレスは教えたことがあるが、最初の挨拶以来桜宮からメールが来たことは今まで一度もない。少しびっくりしながらも頷く。
「え、全然いいけど」
「そっか」
そう言うとようやく手が離された。顔が上げられて、見えた表情もいつもと変わらない。
「ごめん、もう戻るね」
「ああ。桜宮、これ、ありがとな」
「うん、どういたしまして」
そう言って小走りで、教室の方に戻っていった。
その後ろ姿を見て、先ほどまで掴まれていた袖を見る。
桜宮の手の力は弱く、皺の付きにくい生地は軽く手を振るだけで、掴まれていた跡が分からなくなったが、なんとなく感触が残っているような気分になる。
「……なんだったんだろ」
もらったビニール袋を握りしめて、そう小さく呟いた。