東京タワーの思い出
東京タワーは学生時代の通学でJR京浜東北線を利用していた際、浜松町―田町間で電車が空いていると窓からドーンと真直ぐ見える瞬間があって私はとてもそれを見るのを楽しみにしていた。九州から出てきて学生生活を送っている大森駅周辺に住んでいる友達と一緒に帰るとき、東京タワーが見える瞬間に私が「ほらっ!」と言うとその友達はいつも私のミーハーさに驚いて恥ずかしく顔を赤らめていた。
正月にはテレビで東京タワーに消防隊員が消防訓練のために階段を上がって登るのを見て、その訓練が予想以上にハードなことを目で見て思い知らされた。
私にとって東京タワーで思い出深いエピソードは最近ではある病院で知り合った男性患者さんからの話だ。私自身は心の病で入院していたのだが、その患者さんはアルコール依存症と心の病で入院していた。六〇歳になっていて、「還暦ですね。」とお祝いの話をしても、本人は家族ともけじめをつけて別れたし、自分を祝うほどの理由も特にない、とのことだった。そして、テレビなど一緒に見ながら、「これからの経済は大変だねー。」と話しながら、「自分は仕事をしていたときはまだ景気がよかった」と明るく仕事の話をしてくれた。そのときの患者さん、Kさんは昔を回顧して懐かしそうだったが意気揚々と元気よく当時のことを話してくれた。
Kさんは塗装工を職業としてやっていたらしい。「こうやってね、刷毛にペンキをのせてずっと何回も繰り返し同じところを塗るんだよ。いちばん、金もらえたのは東京タワーを塗ったときだわ。朱色の色を繰り返し、繰り返し塗ってね、あー、あの時は楽しかった!」
Kさんは本当に入院中過ごしている中でいちばん生き生きと語ってくれた。東京タワーを塗った人が今このような生活を強いられているとは想像しにくい。それと同じように私たちは何でも一つ一つのこと、その背景に関わっている人たちに感謝に意を表さなくてはいけないと感じる。




