鴉目の呪い part1
鴉はかっこよくて好きです
「はぁ~。お腹空いたな・・・」
午前の授業が終わり、教科書とノートを机にしまいながら溜め息をついた。子供の頃から数学は苦手教科で
黒板に書いてある数式を見ているだけで頭痛がするほど嫌いだった。今度の小テスト頑張らないとまた補習させられてしまう。
「ふふ・・栞さんにもらったわっぱで早速お弁当作っちゃった♪屋上で食べよ」
手に取ると独特の杉の香りが鼻を掠める。僕はわっぱと水筒を持って教室を出た。
「・・・・天童君・・。今日もお昼誘えなかった・・・はぁ・・」
廊下を小走りで歩いていく宵の背中を、癖っ毛の女子が恨めしそうに見つめていた。手には一人分とは思えないほどの
大きな重箱を抱えている。
「・・・兄さん達に配ろうか・・」
落胆気味の女子はその光景にくるりと背を向け、廊下を歩き去って行った。
扉を開けると、広々とした屋上と高いフェンスが周りを囲っていた。前までは腰までの柵が建てられていただけ
だったようだけど、五年前に自殺した生徒が出たらしく防止用に作られたとクラスの噂で聞いた。そのせいか人気は少ない。
「でもこんなにいい天気の日に教室でご飯も味気ないしね。それに静かだ」
屋上には使われていない椅子がしまわれている物置があって、鍵はかかっていない。僕は椅子を一脚借りようと物置の戸を開けた。
「んー・・おっ!これはキレイな椅子だ」
僕は比較的キレイな椅子を取り埃っぽい物置を後にした。その時目に入ったのはさっきまで
いなかったはずの黒い学ランと帽子を身につけた背の高い男子が、なんとフェンスの向こう側に立って空を眺めていた。
「!?ちょちょちょちょっと!!」
僕が慌てて椅子をコンクリートの上に落とした音に驚いたのか、男子は肩をビクッと震わせてこちらを向いた。
「!?」
その顔に僕は驚きを隠せなかった。男子の顔、否。目は異様な模様の施された布で覆われていたのだ。
その上帽子を深く被っているため表情はわからなかった。
「あの・・危ないですよ・・そこ・・・」
「・・・・・・」
異様な容姿に気を取られて動揺して何を言い出せばいいのか迷ったが、とにかく目隠しをしてそんなところにいるのは危ないと伝えた。
その前にどうやってそんな所に立っているのか疑問だったがそれは後で聞くことにしよう。
「俺に何か用か?」
「いや、用っていうか・・・とにかく危ないですから声のする方に歩いて来てください!」
「何が危ないんだ?」
「落ちますっ!!十分危ないです!」
目隠しをした男子は必死な僕にはお構いなしに落ち着いた様子で「ああ」と頷いた。
「・・・やれやれ、うるさい奴だ」
呆れた様に屋上の端から足を動かし、フェンスの一部をぐいと引っ張ったかと思うと、そこは端がキレイに切断されているため、パカっと外れた。
「そこ開くんですか・・・?」
「他には言うなよ。開けるの大変だったんだ」
そこからするりとこちらに来ると、取り外したフェンスの一部をそっと元に戻した。遠目に見ると切れているのなんてまるでわからない。
うまく隠してあるんだなと少し感心してしまった。まあ、この屋上は人があまり来ないので運よく見つかっていないだけかもしれない。
「ってあなた・・・目が見えているんですか?」
「・・何故見えないと思ったんだ?」
「え?・・・だってその目隠し・・」
後から思ったけど、僕は近頃「怪しいもの」に対する警戒心が薄れたのではないかと思う。昔に妖怪や幽霊の問題を抱えた時は誰にも相談できず
自分だけで解決しなければならなかったが、かごめさん達と関わりを持ってからそういうものばかり見てきたので、慣れてしまったのかもしれない。
いや、慣れたと言うより『なんとかしてもらえる』と考える様になったのか。なんと無責任な人間になってしまったのだろうかと自分に腹を立てた。
「お前、この目隠しが見えるんだな?」
しまった。と思った時には遅かった。僕は誤魔化す事も忘れて、只々目を泳がすしかできなかった。彼はじりじりとこちらに歩みを進め
僕は距離を取る様に後退った。
「これは特殊な目隠しでな、普通の人間ならなんの変哲もない眼鏡でも掛けている様にしか見えないはずなんだが。まさか見破る奴がこの学校にいるとは・・・」
「う・・・あ・・・」
ガシャンと踵がフェンスにぶつかった。いつの間にか屋上の隅に追いやられてしまったようだ。
「ぎゃあぎゃあ!!」
「ひっ!?」
見上げると、フェンスの端から端までおびただしい数の鴉達が僕を見下ろしていた。中にはその黒い翼を羽ばたかせ、威嚇している鴉もいた。
鴉達は僕をじっと見て時折ぎゃあと鳴いた。
逃げられないぞ。
そう言っている気がするのは鴉の放つプレッシャーのせいだろうか?
「何故逃げる」
眼のように見える模様の目隠しが鴉達の視線のせいで余計に不気味に感じられた。額に汗が浮かぶ。彼との距離がずんずん縮まるにつれ、恐怖が高まっていった。
「っ!?」
脇をすり抜けて逃げようとしたが腕をぐっと掴まれてしまった。振り解こうにも自分より遥かに力が強い。・・・もうダメだ、逃げられない。僕はと腹を括った。
「はい。そこまでー」
聞き慣れた声の方に目を向けると、焼きそばパンを咥えた暁さんが屋上のドアにもたれかかっていた。
「暁さん!学校にもう来られていたんですね」
「・・・お前この状況で人の心配か?どんだけお人好しなんだよ・・」
焼きそばパンをもごもご頬張りながら、困った顔を僕に向けた。
「そんなことはどうでもよくて!そこのお前、ウチの可愛い後輩に何してんだ。返答によっちゃあ痛い目にあってもらうぞ」
焼きそばソースのついた指をぺろりと舐めて暁さんは僕の腕を掴んだままの彼を睨みつけた。
「狗神校裏番長、暁 優梨さんですね」
「あたしの事を知ってるのか?」
「この学校の人間なら名前ぐらいは嫌でも耳にします」
「制服は確か去年に全部ブレザーに変わったが学ラン、セーラーをそのまま着たい奴は今でもそのままだ。だが、三年ならあたしが知らない訳がない。・・・二年か?」
「・・・二年C組の斑目 響也です」
「御丁寧にどうも。で、そいつに何か用なのかって言ってんだ」
斑目さんは暫く黙ると、僕を掴んでいる手とは逆の手で目隠しを触りながら暁さんに尋ねた。
「あなたにもこれが見えているのですか?」
探るように暁さんにも僕と同じ質問をした。周りの鴉達もその様子を黙って観察しているようだった。
「その様子趣味の悪い目隠しのことか?ファッションセンス疑うぞ」
そ暁さんの答えを待っていたかのように周りの鴉達がぎゃあぎゃあと一斉に鳴き出した。
「おいっ!?妙なマネすんじゃねえぞ!!」
「ああ、これは失敬しました。この子達は少々気性が荒くて・・。でも、噂は本当だったんですね」
「は?噂?なんの話だ」
暁さんはイラついた様子で首を傾げた。
「『この学校にはオカルト部という非公認の部があって、密かに不可思議な事件を受け持ってくれる』と言う噂です。オカルト部の存在自体は誰でも知っているが、活動内容を知っている者は極わずか。確かめようとする人間もいませんからね。でも、俺の『これ』が見えるとなると話は別だ。活動内容を公開しないのも頷ける」
「・・・てめぇ、何が目的だ?さっきからごちゃごちゃぬかしやがって。やるってんなら相手はあたしが相手してやるよ。ちょうどリハビリ相手が欲しかったとこだ」
暁さんは拳をゴキゴキ鳴らして戦闘体制をとった。
「落ち着いてください。俺は争う気もなければ、この子に危害を加えるつもりもありません」
「嘘つくんじゃねえよ。こんな数の鴉なんて引き連れやがって」
「・・・信じてもらえないようなら、オカルト部に俺を連れていってもらえませんか?」
「え?」
「なんだと?」
斑目さんは僕を解放し、両手を挙げて降伏のポーズをとった。それを見た鴉達は一斉にフェンスから飛び立ち、空へ散りじりに飛び去っていった。
その中の小柄な鴉だけは斑目さんの頭にふわりととまった。
「オカルト部の皆さんに依頼したいことがあります」
つづく