表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

かごめさん家の猫又さん

曲げわっぱいいな~

暁さんの怪我がだいぶ塞がってきたので、現在はかごめさんの家で療養しているとの情報を聞いた。

僕はお見舞いの果物セットを持ってかごめさんの家へ向かっている。

「確かこの辺りって聞いたんだけどな・・・」

九断さんから受け取ったメモによると町の外れの方にあるらしいが、この辺りには空き地や寂れた寺跡などが

あるだけで住宅らしいものなんて見られなかった。本当にこんなところにかごめさんが住んでいるのだろうか?

「・・・あ、もしかしてこれ?」

見つけたのはだいぶ古くなった日本家屋だった。

そういえば真月町に昔住んでいた時からこれはあった。誰か住んでいる様だとは言われていたが

人が出入りをしているところなんて一度も見なかったけれども、もしやここなのだろうか?

僕は恐る恐る門の脇にある扉から中にお邪魔した。

古びた門の割に中は手入れがされている立派な建物がそこにあった。門の人を寄せ付けない為のフェイクか?

「お邪魔しまーす・・・かごめさん?いますか?」

玄関には木彫りの置物や高そうな置き時計が飾られていて自分が場違いな人間に思えてきた。

かごめさんの家ってお金持ちなんだな~。他の家族の人とか出てきたらどうしよう・・・・。

「はーい。どなたですか?」

奥の廊下からかごめさんに似た長い銀髪で背の高い綺麗な女の人が出てきた。

「(わあ・・・綺麗な人だなぁ・・・かごめさんのお母さん?)」

和装に割烹着を着たその人は僕の顔を見てにこりと笑い、「かごめのお友達?」と透き通った声で聞いてきた。

「あああ・・・あの・・お友達と言いますか・・僕は部活の後輩で・・特別深い関係ではなくて・・・えっと・・・」

友達かと聞かれて少々焦り気味に返答したせいか上ずった声になってしまい更に焦る。ああもうなにやってるんだか・・・

年上の女の人、ましてや先輩のお母さんなんて会話力のない僕にはレベルが高い。

「何をしてるんだ」

焦る僕の背後からかごめさんの呆れた声がした。

「あ・・かごめさん。出かけてたんですか?すみません、暁さんのお見舞いに来ようと思ったんですけど・・

 連絡しようにも電話番号わからなくって・・」

「私はケータイとやらは持っていないし、この家にも電話はない。私に連絡を取りたいのであれば定期的に九断を寄こす。

 それか学校で事前に言え。」

「(携帯電話ないのか・・)」

かごめさんは僕を押しのけ草履を脱ぎ、屋敷の中へ入っていく。

「あと栞さん。そいつは身内だ。人間の姿で対応する必要はない」

そう言うとさっさと奥へと歩いて行ってしまった。

「んにゃ?かごめ様のお知り合いでしたかにゃ。それは失礼しましたにゃ」

「へ?」

先程僕を迎えてくれた女性の方を見ると、そこには女性の代わりに僕の膝くらいの大きさで服に大きな鈴をつけ二股に別れた尻尾を

持つ猫が僕を見つめていた。

「え?さっきの人は?」

「あれは臨時対応にゃ。僕はかごめ様の身の回りのお世話をさせてもらってる猫又のしおりと申しますにゃ」

よろしくにゃ。と栞さんは深々とお辞儀をした。僕は呆気に取られつつも「こちらこそよろしくお願いします」と返した。

「新人さんが入ったと聞いてましたが、男の子だったのにゃ~。でも、かごめ様が暁様以外に人間をこの屋敷に入れるのは珍しいんですにゃ。どうぞ、お部屋へ案内致しますにゃ」

「え?お部屋?」

「今日はお泊まりににゃるんでしょう?」

「へ?泊まり?・・・えーと、そこまでお世話になるつもりは・・・」

「かごめ様。ああは言ってましたが、今日天童様が来ることはお見通しだったにゃから泊まりの用意をさせて頂いてますにゃ。さ、どうぞにゃ」

なんだか知らない間に話が進んでいるようだ・・・。まあ、ガスも電気も戸締りもちゃんとしてきたし、一日空けていても問題はないのだけれど。




屋敷の縁側を通って行くと、美しい庭が見えてきた。

鯉達が泳いでいる池の周りには青々とした苔や松が植えられていて、つくばいや鹿威しもある。屋敷の周りに人が

住んでいないため車や電車の音もしない、静かな庭園だった。

「この庭は栞さんが?」

「作られたのはかごめ様にゃ。僕の役目は精々手入れぐらいにゃ」

「(かごめさん、庭なんて作れるんだ・・・すごいな・・)」

かごめさんが僕と同じで高校生なのに、なんだかすごく遠い存在見たいに感じる事がある。初めてあった時も本当に人間なのかな?と思ってしまったし。

「あっ!この部屋が暁様の部屋にゃ。入られますかにゃ?」

「えっ」

栞さんが急に止まったので僕は慌てて栞さんを踏まないように姿勢を回転させた為廊下に思い切り尻餅をついてしまった。

「大丈夫ですかにゃ?!」

「いたた・・・・」

「怪我人の部屋の前で暴れないでほしいんですけど・・」

目の前の障子が開き寝衣の暁さんがじっとり眼差しでこちらを睨みつけた。

「暁さん!怪我はもう大丈夫なんですか?」

「誰かさんのせいで開くかと思ったけどね」

青い顔でお腹をさすって見せる暁さんに謝ってから僕はお見舞いの果物セットを渡し、僕は自分に当てられた部屋に通された。

部屋には布団とタンスと積まれた座布団に行灯が二つほど用意されていた。

「夕飯時まで屋敷の中でも見物されては如何ですかにゃ?」

「そうしようかな。ありがとう栞さん」

「ごゆっくりくださいにゃ」

部屋で一息ついたところで、僕は早速庭でも見に行こうと廊下に出た。反対側の廊下にから水音や何かを切っている音がする。

あっちは台所か。来た道を戻って行くとさっきの通った縁側に出たので、僕はそこには座って庭を眺めた。

「静かだ・・。この家ってかごめさんと栞さんしか住んでいないのかな?他の・・九断さんや黒子の人達も

 ここに住んでるのかな?」

それにしては人の気配がない。(人と表現するのもおかしいが)すると、来た時には気づかなかったが廊下の突き当たりの

部屋の戸が薄っすら開いてキィキィと音を立てていた。あの部屋はなんだろうか?少し気になったので

木でできた戸に人差し指を掛けてそっと手前に引いた。

中は本がそこら中に散らばっており、中には巻物のような書物や見慣れない置物が置いてあった。

「倉庫かな?」

勝手に入ってはいけないと自分に言い聞かせたが自分も本が好きなので、どうしても本棚があったら覗かずにはいられなかった。

特にかごめさんの読んでいる本というのも僕を後押しした要因でもあった。床に散らばっているものを踏まないよう

抜き足差し足で中に入ると、なんとも言え空気が自分を包んだ。

「なんか・・・他の部屋と違う気がする・・・なんだろう?」

妖怪の放つそれに似ているようで違う・・・。僕は目を閉じ、何がその気を放っているか感じようと集中した。

「あれだ」

目を向けた先の戸棚の上には大切そうに置かれた糸でできた人形のようなものがあった。この部屋の中で気配のある品は

幾つか感じられたが、その中でこれが一際強いものを感じた。妖怪や幽霊の気配(人に危害を加えるものならば)は決まって

頭にノイズが走るという『感覚』で近くにいるとわかるが、これから出ているものはノイズではない。

「これは・・・水・・?」

水中。途端に音が全ての自分の内に籠るような感覚に襲われる。そう思うと生ぬるい波に体が流され

視界が揺り籠のようにぐらりと揺れる。気味の悪い穏やかさだと思った。上からは日の暖かさが指し

底からは水の冷たさが吹き上げる。その狭間で揺蕩っている様だ。

「(なんだ・・・これは・・・?)」

ゴボリと空気を吐く。本当に水中にいる訳ではないのに、若干の息苦しさを感じた。ふと、左手を開いて見ると戸棚に置いてあったはずの

人形を自分が握っていた。

「(いつの間に・・・く・・・マズイ・・・)」

この前もそうだったが、自分はどうしてこういうものの誘惑に弱いのだろう。一番気をつけないといけないのは自分なのに。

傷つくのは周りなのに・・。

『・・・で・・・・ご・・・・ぁ』

「(?・・声・・・が・・聞こえる・・)」

ゆっくり目を開けると、水面みなもの上から誰かがこちらを呼んでいた。僕の体はそれに応じる様に水面の近くまで押し上げられた。すると、水面から自分に向けて白い腕がすぅと伸び、僕の頬に触れた。

「(氷みたいに冷たい・・・)」

白い両手の親指が瞼に触れる。手の主は水面上から僕を正面から見下ろしているが、逆光で顔がわからない。

水越しで見ているので輪郭もはっきりしていないから誰なのか全くわからなかった。

「(あなたは・・・誰?)」

目を凝らして見るがやはりダメだ。もしかしたら人じゃないかもしれないけど、僕を殺そうとしている訳じゃないのはわかる。

『・・・ご・・・めん・・・ね・・・か・・・ご・・』

水面からポチャンポチャンと雪のような小さな塊が無数に落ちて来て、僕の顔や白い手の上をコロコロ転がって沈んでいく。

「(・・・涙・・?)」

どうして泣いているの?と僕は届かないのはわかっている言葉をその人にかけようとした。





「宵!!聞こえないのか!!」

突然の大声に頭をガツンと殴られた様に僕は現実に戻ってきた。目の前には天井・・・と、血相を変えたかごめさんの顔があった。状況が把握するのに少し掛かったが、ここは僕が入った倉庫でかごめさんは倒れた僕の上に馬乗りになっているようだ。顔を横にすると腕の先に感覚を失うほど人形を握りしめ変色しかかった左手があった。僕は慌てて握りこぶしを解くと人形は畳の上にポタリと落ちた。

「・・・か・・ごめさん・・・」

乾き切った声でそう言った瞬間、かごめさんは懐から出した小さな刀を素早く抜き僕の目の前に突きつけた。

「私の・・・質問に・・・正直に答えるんだ・・・いいな?」

かごめさんは息を荒げ、血走らせた目を僕に真っ直ぐ向けた。目の前の刃物より僕はかごめさんのその眼差しの方が余程鋭く見え

刺し殺される情景が脳を過る。

「何を見た・・・?」

「・・・・・・僕は・・・」

「言え・・・何を見たんだ・・・?」

刀の切っ先が微かに鼻に触れた。部屋には緊迫した空気とお互いの荒い吐息だけが聞こえるだけだ。

「・・・僕は水の中にいて・・・白い手が僕に触れて来て・・・泣いていて・・・でも誰だかわかんなくて・・・・」

僕は今しがた見た幻を、途切れ途切れの記憶を頼りにかごめさんに伝えた。

「そいつはお前に何か言ったか?」

「わ・・・わかりません・・・言ってたけどよく聞き取れなくて・・」

「・・・・・」

「う・・・嘘じゃありません・・・!」

かごめさんは目を細め、暫く無言で僕を様子を伺っていた。僕は信じてもらえないのだろうか?と息を飲んだ。

「・・・ふん・・どうやら嘘ではないみたいだな・・・」

緊張が解かれたのか大きく息を吐いて刀をすっと懐に入れ、かごめさんは僕の上から立ち上がった。

「・・・ごめんなさい・・・かごめさん・・・」

「いや・・・また怖がらせてしまったな・・・」

「いえ・・僕が悪いんです・・・」

かごめさんは申し訳なさそうに言って僕を起こし、僕は握りしめていた人形をサッと回収して元の戸棚に置いた。

「かごめさん・・その人形・・・」

「形見のようなものだ。それと、これにはもう触るな。お前には危険だ」

僕の言葉を遮ってかごめさんは言い聞かせるように言った。僕がそれに小さく頷くと

「飯の支度ができたから行くぞ」と部屋を出て行ってしまった。僕はその置かれた人形にチラリと目をやって

かごめさんの後を追う様に部屋を出た。





「!!?かごめさん家のご飯おいしっ!?」

かごめさんと栞さんは珍しい物でも見る様に僕の食べっぷりに注目していた。

「育ち盛りってやつですかにゃ~?普段どんにゃ食生活送ってるんですにゃ?」

「うーん仕送りはしてもらってるんですが・・・食費にあまり割けなくて・・」

「狗校はアルバイトが認められていないからな」

「にゃー可哀想に・・・。おにゃか空いたらいつでもご飯食べに来ていいですにゃ~」

「ありがとうございます!!」

自炊してるしご飯食べてない訳じゃないけど、この町に来て始めて心から美味しいご飯を食べた気がした。味噌汁もお漬物も、おそらく物が違からだろうけどそれだけじゃない気がする。

「屋敷は電気もガスも通ってにゃいから釜で炊いてるからかもにゃ」

「え?そうなんですか?」

「ああ、だから飯食って風呂入ったらサッサと寝ろ」

「ええ?ゆっくりお風呂入ってもまだ九時くらいですよ?」

「薪も油も無限じゃないにゃ。暁様はテレビ見せろって夜中煩かったにゃ」

「ああ、今度騒音を出したら山に捨てに行くと言ったら静かになったがな」

「え~元気じゃないですかあの人」

囲炉裏を囲んで皆で食べるご飯は家で一人で食べるご飯より何倍も美味しかった。

大家さんもたまに晩御飯作りに来てくれて、それもとても美味しいけど、かごめさんや栞さんとのご飯も楽しい。

今まで一人でいる事が普通だった。『家族の暖かみ』とも縁遠かった僕にしては一人が当たり前になっているのに気づかされた気がする。

「(家族で一緒にご飯を食べるってこんな感じなのかな?)」




「は~。お風呂気持ちよかったな~」

一番風呂を頂いて、僕は縁側で夕涼みしていた時だった。

「あ、天童様。冷たい緑茶いかがですかにゃ?」

「えっ?ありがとうございます!」

氷の入った湯呑みを受け取り、喉に流した。晩御飯の時も緑茶も美味しかったし、もしかしたら栞さんが摘みに行っているのかもしれないな。

「ああそうにゃ!天童様にこれをあげるにゃ」

手渡されたんは木でできた箱だった。蓋を開けると杉であろう香りが鼻に届く。

「栞さん。これは?」

「これは曲げわっぱと言って、お弁当箱にゃ。軽くて持ち運び易いにゃけど、木でできた物だから湿気に弱いにゃ。

お手入れさえちゃんとすればにゃが持ちするにゃ。時々九断さんにお惣菜持って行ってもらうにゃから、お弁当頑張って作るにゃ」

栞さんは尻尾をパタパタさせてわっぱを差し出した。・・・ああ、僕の周りの人達はこうもいい人(人?)ばかりなのだろうか・・・。

感激の余り僕は栞さんをぎゅむっとハグした。

「にゃ~。ハグより顎下ゴシゴシがいいにゃ」

意外にもリクエストが帰って来たので、僕は栞さんの顎下をゴシゴシ掻いてあげた。

「にゃふぅ・・・。う・・うまい・・」

ゴロゴロ喉を鳴らして膝に寝転んだ栞さんを見て「ああやっぱり猫なんだな」と少しほっこりしたのであった。


つづく


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ