人魂を捕まえよう
「ところで部員がもう一人いるそうですけど、どんな方なんですか?」
部室の隅に鞄を下ろした宵は、かごめに問いかけた。
「ああ、そこにいる」
本から目を離さないまま、かごめは部室の壁に立て掛けられた
木の箱を指差した。
それは六角形で人が一人分が入るくらいの大きな箱だった。
随分古そうで触っただけで崩れてしまいそうだ。
「???どこにいるんですか?」
「何?見えないのか?」
見えないとはどういうことだろう?
まさか九断さんと同じで妖怪の人なのかな?
「おい御影。新顔の挨拶くらい受けたらどうだ」
部室にかごめの声がこだまするが、反応は返ってこなかった。
「仕方ない。これを使え」
かごめからそう言って手渡されたのは、小さなビデオカメラだった。
「これで、その棺桶の辺りを見てみろ」
棺桶!?木のチェストかなんかだと思ってたのに!
それが棺桶だと知るや否やなんだか気が進まなくなったが
宵はカメラを起動し棺桶の方へ向けた。
「あ・・」
そこに映っていたのは、黒いセーラー服で肌の青白い
顔は長髪で隠されていて見えないが同い年くらいの
女の子が棺桶側に立っていた。
「彼女は御影影印。私がここへ来る前から
この部室にいた地縛霊だ。極度に人間不信でな、見える人間に
関わらず姿を隠してしまうのだろう。まあ悪い奴ではないから
たまに話しかけてやってくれ」
地縛霊・・・。部室に。はなからまともな部だとは
思っていなかったけど、部室に霊がいるとは思っていなかった。
九断さんみたいな狐の妖怪を引きつられているから
ショックは思ったより少なかったけど。
「えっと・・・よろしくね。御影さん」
「・・・・・・」
御影は無言で棺桶を開け、中に入り隙間からジッとこちらを伺っている。
「ぼ・・・・僕、嫌われちゃいましたかね?・・・」
「・・・ん、ほおっておけ」
かごめさんはやれやれと言う顔で本に目線を戻した。
「かっごめ~。新しい依頼だぞ!
廊下に待たせてある・・・って何してんの宵ちゃん?」
「えっと、御影さんに挨拶をっと思ったんですけど。
なんだか嫌われちゃったみたいです」
暁は宵の持っていたビデオカメラをひったくると、棺桶に向けた。
「挨拶もできねぇのか!?この根暗ぁ!!
この邪魔なボロ箱処分してやってもいいんだぞ!!」
暁は叫びながら棺桶をガンガン蹴った。
「!!?やめてください暁さん!!?何してるんですか!!」
「あ!?いいんだよ。だいたいこいつ部員でもなんでもね~しな!
かごめが置いとけって言ってるからいるだけだしな!!」
その時ビデオカメラにノイズが走り、途切れ途切れに何か聞こえてきた。
「・・ザザッ・・・・死ねクズ・・・」
「ああん!?」
「やかましい!!」
かごめの声に暁と宵と御影は肩をビクッっとさせた。
「わ・・悪ぃ悪ぃ・・・。あ・・依頼主が来てるぞ」
「・・・通せ」
おとなしくなった暁は足早に扉に駆け寄り
廊下に待たせていたであろう依頼主とやらを部室に入れた。
「お久しぶりですぅかごめ様」
「おやおや、大将の使い魔。また鵺か何かが逃げ出したのか?」
部室に入って来たのは薄い着物を着た膝くらいの背丈の小人だった。
人型だが単眼で少し不気味だった。
「いえ、あ・・いや、ちょっと合ってますね。
逃げ出したのは人魂なんですぅ。しかも五百魂」
「五百・・・」
「管理人が籠の鍵をかけ忘れで・・・・」
「即刻クビにしたらどうだ?この際管理体制を改めるべきだな。
それに何故そんな雑用が私に回って来るのだ?
天邪鬼共にでもやらせればいいだろう?」
「人魂が人間界に放流されたままだと獣に影響が・・。
早いこと回収せねばならんのです。天邪鬼は皆不真面目でして
回収にどれだけかかるやら・・・。かごめ様の部下に人間が
いると聞きまして、そやつらにやらせては如何かと」
そこまで聞くとかごめは「まったく・・人使いの荒いじじいだ」
と小さく呟き、宵と暁を自分の近くへ呼び寄せた。
「今聞いてもらったように、五百魂の人魂を二人で集めてもらいたい。
場所は御影に割り出してもらうから、二人でそこへ向かい回収して来てくれ」
単純明快な命令を言い渡された二人。その一人暁は静かに手を頭上に挙げた。
「質問がありまーす。五百も無理だと思います!」
「やるんだ(低音)」
一蹴された。ものすごい覇気で。
「ぼ・・僕も質問があります。人魂って手で捕まえられるんでしょうか?」
「それについては問題ない。専用の道具は今夜までに揃えておく」
「かごめはやんないの?」
「私は今夜用事があって、九断も連れて行く。
まあ、そうは言っても二人だけでは流石に
一晩で回収は難しいだろうから、助っ人を二人用意しておこう」
「助っ人?人間なのか?」
暁が不信そうに尋ねた。
「む・・・。どちらとも言いにくいな。まあ会えばわかるだろう」
「(ええええ・・・)」
「(ええええ・・・)」
「じゃあお願いしますねぇ。報酬の話は式神がお伝えしに来ますので」
単眼の小人は間抜けた声でその場を後にした。
その夜。草木も眠る丑三つ時。
「嫌だなぁ・・・。」
人魂はあまりバラバラには移動しておらず、学校の裏山と
町外れの小山の二箇所に停滞しているようで、この気を逃すと
次何処に行ってしまうかわからないそうだ。
だから何としてでも今夜中に全て回収しなくては
ならなくなってしまった。なのに約束の時間になっても誰も来ない。
僕はもしかして置いて行かれてしまったのであろうか?
夜の真月の町は昼の顔とは一変していて、不気味なほど静かだった。
人も鳥も獣も風も死んだように眠っているのだ。
今息をして動いているのはこの町で僕だけじゃないのだろうか?
温度のない月明かりが降り注ぐばかりだ。
「ごめんごめん。眠っ・・・」
眠そうな様子で現れたのは暁だった。
動きやすそうなジャージにスポーツシューズ。
いかにも作業着という感じだ。軽装で来てしまったのを少し後悔した。
「お前・・・半パンだと草木で足を切るぞ。
ハイキングに行くんじゃあるまいし」
場慣れしてないなぁと、ケラケラ笑っている。
やはりかごめさんの近くにいるだけいろいろな事を頼まれてるのだろうな。
「助っ人とやらはまだ来てないのか?道具なきゃ取れないじゃん」
「そうですね・・・どうされたんでしょうか?」
困り果てていると宵の頭の上に折り紙で作られた鶴がチョンととまった。
「?なんでしょうか?」
手にとって開いてみると、それは手紙だった。
[少々急用ができました。学校の裏山の方へ先に向かってください。
場所は把握しています]
「先に行け。と書いてあります」
「なんでこいつらは時間とか約束とか守らないかな・・・」
「うわぁ・・・意外と、うようよいる・・・」
裏山に着くと青白い光を放った人魂が不気味なほど
ひしめき合っていた。一つ二つの人魂だと怪談めいた
不気味さがあるのだが、これほど大量に存在すると
虫の大群を目の前にした、ある種の集合体恐怖症
を感じさせられるものがある。
「うへぇ・・・きもっ!こりゃさっさと済まさないと
なんかに憑くとやっかいな事になりそうだ」
「そんなに危険なものなんですか?」
「んーエネルギー体だからな。単体だと大丈夫だが
生き物とかにくっつくと狂暴になったり変な進化したりするんだ」
「ええ。じゃあこんなに大量にいるとけっこうマズイのでは・・」
そんな話の矢先、暁が何かの気配を感じ取ったように周囲を警戒し始める。
「・・・・何か来る・・けど、くそ・・この人魂の気配が
邪魔でうまくわからない」
「いったい何が?」
「しっ・・!」
二人とも息を殺す。じっと。
懐中電灯で周りを確認するが、姿はまだ確認できない。
人魂達は二人を嘲笑うかのようにふよふよと浮遊する。
人魂が宵の顔の近くに寄ってきた。熱は感じない。
だが人間が触れて良いものだろうか?肌や髪を焼くのだろうか?
もう肌と数センチの距離だ。あああ、瞳に青白い光が嫌に眩しい。
まるで貧血で視界がフラッシュしたような感覚に襲われる。
視界が赤く染まる。黄色に染まる。緑に染まる。青に染まる。
紫に染まる。白く染まる。黒く染まる。思考もその白濁色に染まってゆく。
暗闇から何が襲って来るのかわからないのに光が邪魔で何もわからない。
頼む・・・頼むから、僕の眼を焼かないでくれ。
「宵!!」
ハッと顔を上げて暁の方を見ると、暁は自分達の
正面を指差していた。人魂を避け見て見ると人間と同じくらいの
大きさの熊がこちらに今にも飛びかかって来そうな様子で目を光らせていた。
「こいつ・・・人魂を蓄えてやがる・・」
熊の体がゴアリと大きくなった。もう二メートルは超えている。
憑いているのは一つ二つではないらしい。
「ど・・どどど・・・どうし・・・」
「ちーとマズイかもね、ははは」
そういう割りには暁は戦闘態勢をとった。
一度暁の戦いを見た宵はすぐにわかった、やる気だと。
「無茶ですよ!ただの熊じゃないんですよ!?」
とっさに出た言葉に暁は
「じゃあ死ぬか?」
と返した。宵は暁の様子に凍りつかされた。
笑っているのだ。まるで自分が捕食者だと言わんばかりに。
「ここは引きましょう・・・いくらなんでも暁さん一人じゃ・・・」
宵がそう意見した時だった。
「グヮアアアアアアアッッ!!!」
熊が悲鳴をあげたと思ったら、胴体がズリッとずれた。
二人は目の錯覚かと思ったが
熊はそのまま真っ二つに割れ、生き絶えた。
「いやいや、遅くなって申し訳ない。暁殿に天童殿ですね」
熊の骸の側に音もなく降り立ったのは
黒装束に身を包んだ細身の黒子だった。
「あなたがかごめさんの言ってた助っ人?」
「いかにも」
「何もんだ?人間か?」
「・・・・それは」
細身の黒子が話そうとした所に、林の奥から大柄の黒子が
「おお~い」と声をあげてドスドス走ってきた。
「いやいや、黒崎殿は速いでござるな!
儂は力は自信があるのだが、どうも遅くてな」
「私こそ速さは取り柄ですが、黒政殿に比べれば貧弱。
互いにフォローしていきましょう」
大柄な黒子は「またまたご謙遜を」とガハガハ笑っている。
なんだかさっきまでの緊迫した空気が嘘のようだ。
「はいはい。集合してほっこりしてんのはいいけど
自己紹介してくれますかね?」
暁さんが二人に横槍を入れると、
二人の黒子はその場に正座してこちらに姿勢を正した。
「儂は、かごめ様の屋敷の守人を務める
黒子「黒政」と申す」
「私は「黒崎」黒政に同じ
屋敷の守人を務めています」
「・・・・え?それだけ?」
暁は素っ頓狂な声をあげた。
「ええ!?それだけってなんでござるか?立派な自己紹介だったと思うが」
「何か不満のようですね・・・」
二人の黒子は互いに顔を見合わせ(と言うか、黒子は頭巾を
被っているため目を合わせているかわからないが)困った様子で話し始めた。
「や・・やっぱり、最近の自己紹介は好きな音楽とか
バンドから入るべきだったでござるか?
それとも好きなスイーツ(笑)とか・・・」
「さあ・・・そもそも、かごめ様とも最近まともに
話してない我らにいきなり完璧な自己紹介求められても無理というものですよ」
「ち・がーう!!違う違う!!なんでそうなるの?
あんたら何?おっさんなの??」
「あ・・暁さん落ち着いて!えっと、かごめさんから
僕達の事どれくらい聞いてます?」
「暁殿はかごめ様の信頼のおける友人。
天童殿ここ最近お仲間になられた全くの素人。と聞いております」
「まま、儂らはプロ故、危険な目には合わせはしない。
あ、だからさっきのはノーカンでお頼み申す」
大柄な黒子、黒政は頭に手をやりペコッと下げた。
「顔を見せろ」
暁は鋭い声で二人に言い放った。さっきまでガハガハ笑っていた
黒政や落ち着いた様子だった黒崎の纏う気配がピキッとひび割れた。
「・・・必要ですか?それは・・」
「顔もわからん奴と行動する程馬鹿じゃない。
あと、妖怪か人間かもわからんから信頼もできないな。
かごめの屋敷は何度か行ったことがあるが、あんたらは見たことがない」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「暁さん言い過ぎですよ。ごめんなさい、ちょっと気が立ってるんです」
「・・確かに、素性を隠した相手をいきなり
信頼しろというのも無理な話です。ご無礼をお許しください」
「ただ顔は許していただけないでござるか?
ちょっと女に見せられるような状態ではござらんで・・」
「??理由は話すんだろうな?」
黒子達はチラリと互いを見て、腹をくくったようだ。
「我々はかごめ様からは「黒子」と常に名乗るよう
言いつけられたのですが、その正体は「死体」なのです。
死体であった我々をかごめ様は死霊術で「屍人」となったのです」
「つまり・・死体を・・・」
「勘違いめされるな。かごめ様を恨んだりはしていない。
儂らは共に志半ばで死んだ。・・お館様のために
最後まで戦い抜く事ができなんだこの儂に
今一度チャンスをくださった」
「私も奇襲で城を焼かれた。私の失態でな。
その時に顔も躯も焼け爛れて、自分でももう目も当てられん・・・・」
「・・まあそういうことでござる。これくらいで勘弁してくださらんか?」
「・・・まあいい、信用しよう。踏み入った事まで話までしてくれて感謝する」
「僕も・・ありがとうございました」
「納得してくれたなら結構。ではこれを、かごめ様から預かった道具です」
渡されたのはなんの変哲もない網と虫かごだった。
「人魂をこれで捕まえるんですか?
普通の網みたいに見えるんですけど・・」
「ああ、これこう見えて妖術で加工されてんのよ。
よっしゃいくぜ!!」
暁は網を構え勢い良く人魂の群れへ突っ込んで行った。
弧を描くように網を振ると連なって飛んでいた人魂が
面白いように網へ吸い込まれて行く。暁は素早く籠に入れると
再び網を振り回し人魂を捕まえて行く。
「ほほ~この数だと入れ食い状態でござるな」
「我々も手伝いますよ」
黒政は暁より大きな網でブルドーザーのように
人魂の群れを掻き込み。黒崎は高い木の上にいる人魂を捕まえに行った。
「すごいなぁ・・・。僕もたくさん捕まえないと・・・」
人魂は動きは遅く捕まえやすいが籠に移すのが難しい。
小さい頃から虫取りなどしたことがなかった宵には網で何か
動くものを捕まえるのは始めても同然だった。
人魂捕獲を始めてものの一時間近くで息が上がってしまう。
「(情けない・・・・なぁ・・)」
そして明け方。
「なんとか日の出までに集められましたな」
「あんたら死体と違ってこっちは
もう立ってるのが・・・いや立ってるのも無理」
暁はすっかり憔悴した様子で地面に突っ伏した。
「ガハガハ!二人ともご苦労さんじゃ。
この人魂は儂らでかごめ様に届けよう。
報酬はまたかごめ様が直々に言いなさるじゃろう。では解散!!」
「お疲れ様でした。また任務で会うこともありましょう」
二人の黒子は朝日から逃げるように、森の中に消えて行ってしまった。
「かごめさんの部下って優秀な人ばっかりなんですね~。
なんで僕なんか入れたんでしょうか?
僕なんの役にも立たないし、頭が特別いい訳でもないのに・・・」
考えてみれば不思議だった。ただ「気に入った」
という理由で呼ばれたとかごめは言ったが、宵から
見ればかごめは他の人間と親しくしようとはしない。
むしろ人間を嫌っているようにも見える。
「見える体質」だけで考えても、宵より霊感が強い人などいくらでもいるだろうに。
「(それはこっちのセリフだっつうの・・
なんでこんなもやし男入れたんだろ?
私だけで十分だろ・・・・かごめの側近)」
かごめの考えは時折不可解だ。暁はそのことが不満であった。
人を近づけさせないかごめだが、暁だけはそれを許された。
それは暁を信頼しているからだと暁自身も感じていた。
だのにいきなり現れたこの男がかごめと普通に
会話しているのが理解できなかったのだ。
「(こいつには何かある。
それがわかるまでこいつもあまり信用できないな・・)」
暁がじっと宵を睨んでいたため、宵はその視線に気がついた。
「暁さん立てますか?肩を貸しますから、一緒に帰りましょう。
あ、その前にコンビニ寄って何か飲み物買ってきますよ。
暁さんずっと人魂追いかけて、僕数えるくらいしか
捕まえられなかったから何かお礼させてください」
「・・・お、おう」
あれ?こいつめっちゃいい奴じゃん。
枯れた山の山頂付近
「おや、こんな所にいましたか御主人」
白髪で背の低い黒装束の少年がかごめの側に近寄る。
「蛇か・・・。見ろ、土に穢れが見える」
かごめの足元に広がる痩せた地面には黒ずんだ土が
ぽつぽつと水を垂らしたように存在していた。
黒い土を避けて草木が茂り、獣道のようになり
「それ」がここを通ったことを表している。
「忌鬼ですかい・・・山も腐蝕はずだ。
まあ御主人にとっちゃあ思わぬ好都合でしょうが」
蛇はゲテゲテと笑った。
「ああ・・・まったく、殺しても殺しても
蛆のように湧いて出てくる。早く「元」を絶たなけれな」
呪符と刀を携え、かごめは穢れの道を踏みしめた。
つづく