用心棒にご用心? 2-2
「ねえ、鳴神さん。
校庭見て見なよ、すごいから」
近くを通った女子がかごめに話しかけた。
「…ああ」
再び小説を読んでいたかごめは興味なさげに
返事をする。校庭の騒ぎは一向に治まらない。
少し目障りにも思えてきた。教師達は今頃
誰が止めに入るか揉めているに違いない。
「あの子一年生かしら、凄いわね」
「互角っぽくない!?暁さんと!」
「弱そうなのにやるね。彼」
窓際に集まった生徒達から
外の様子が聞こえて来た。
「(暁、喧嘩、一年生、男、九断は外…)」
バンッ!!と机を両手で叩きつけ
席から立ち上がり窓に駆け寄った。
普段から物静かなかごめのいきなりの行動に
驚いている生徒が何人かいたが
それどころではなかった。
校庭を凝視すると案の定
暁と宵が戦闘を繰り広げているではないか。
「珍しい~鳴神さんが
興味持つなんて。あの子知りあ…」
クラスの男子が声をかけた途中で固まった。
かごめは無表情だったが目の周りに
青筋を浮かばせ憤怒していたからである。
例えるならば、好きでもない動物を親戚から
「少しの間預かって」といわれ渋々家に置き
次の日帰宅してみたら部屋が破壊の限りを
尽くした惨事になっていたのを
目の当たりにした人間の表情。
と言った所か。
「…あの馬鹿狐が…」
幸いその独り言は誰にも聞かれなかった。
「…お前何もんだ?人間のスピードじゃない」
「あんたが遅すぎるんだよ」
宵はヘラヘラ笑っていた。さっきから
繰り出している暁の攻撃は全てかわされて
いるのだ。おかしい。速さならかなりの
自信があるのに、こいつには全く通用しない。
「(あの子強いけど攻撃は全くしないな…。
どういうつもりだろ)」
右京から見て宵の行動は不可解だった。
まるで子供がよくやる「鬼さんこちら♪」
のようで、からかってるだけなのかもしれない。
しかし、からかうにしても暁にする
なんてまさに身の程知らずだ。暁は宵の事を
知らない。では何が目的なのだろうか?
「あうっ!」
暁は宵が石に躓いて体勢を
崩したのを見逃さなかった。宵は
転けそうな体を右手で支えたので
咄嗟に左腕で暁の蹴りをガードしようとした。
宵は体ごとメリメリッと嫌な音を
たてて吹っ飛ばされ、倒れた。しかし
何食わぬ顔でむくりと起き上がって
左腕を動かして見た。肘から先が
奇妙にぶらぶらと力なく垂れ下がって
思うように動かせない。
「あぁあ!?やっべ!」
宵は右手で左手の手首を掴み上げて落とす
左腕はその状態を保てず
またぶらりと垂れ下がった。
「あー絶対折れてるなこれ」
「…な……お前それ痛くないの?」
まるでおもちゃの人形の腕でも壊して
しまったかのような口ぶりに暁は
流石に青ざめた。暁だけじゃない。
その場の誰もが信じられないという顔だった。
「騒ぎを起こすのが好きなようだな…貴様等」
「!?」
宵の背後にいつの間にか現れたのは
かごめだった。無表情だが確実にキレている。
「あ…かごめ…これはその…運動してて」
「暁。お前は後だ」
思わずひっ!と喉が鳴った。
かごめの表情はもはや氷なんてものじゃない。
液体窒素でも浴びせられたように
その場から動けない。
「か…かごめさん。僕は…その」
「芝居はいい。うんざりだ、九断。
お前はしばらく頭を冷やしてもらうぞ」
かごめは紋章の描かれた小瓶を出し
蓋を開けて宵に向けた。
「まてまてまて!!話せばわかる!!
俺はただちょっと…」
「話だと?必要ないな」
小瓶の入り口に空気が渦巻いたと
思うと、宵から何かがすごいスピードで抜け
小瓶に吸い込まれて行った。
宵は憑き物が落ちたようにその場に崩れ落ちた。
「暁」
「はいぃ!!」
「そいつを連れて来い」
事態が思わぬ終わりを迎えたので
右京と外野達は呆気に取られていた。
「あいつ誰よ?」
「鳴神さんだ…オカルト部の…」
「暁さん何か弱み握られてんのかな…?」
「謎の多い人だ」
暁が宵を担ぎ
かごめの元へと歩み寄った。
「右京とやら」
様子を伺っていた右京は
突然かごめに呼ばれ、ハッと顔を上げた。
「今日私達は学校を休む
そう伝えておいてくれ」
「……ああ(怖)」
かごめは言伝を頼むと校門に
向かって歩き出した。その後を暁がついて歩く。
校門に付近にいた外野達はすかさず
道を開ける。謎の力で宵を倒し、鼻で暁を
使うかごめの前を塞ごうなど考える者はいないようだ。
「兄貴ぃ~大丈夫ですか!?兄貴!!」
右京の取り巻きが何人か心配そうに
駆け寄ってきた。余程心配だったのか
少し涙目になっている奴もいた。
「兄貴…俺ぁ今度こそやられるんじゃ
ないかと…すいません。兄貴の強さを
疑ってるわけじゃないんですが」
「かすり傷だこんなもん…
それに女は殴らねぇ…
(つきちゃんの方が心配だな
鳴神さん怖いし)」
「こらぁぁ!!何やってんだ
お前ら!教室入れ!!」
事態が治まりつつあるのを
見計らって教員達がぞろぞろ出てきた。
「先公だ!兄貴行きましょう!
見つかると面倒なことになる」
取り巻き達は教師達に見つかる前に
その場から離れようと促す。
「いや、俺は残る。幸い怪我してんのは
俺だけだ、厳重注意くらいで済むだろう。
それに、あいつらの欠席も
報告しねぇとな。お前等は見つかる前に戻れ」
右京はそう言うと生徒達の雑踏の中に消えていった。
「あ…兄貴ィィィィィィィ!!」
取り巻き達は右京の背中を
見守る事しかできなかった。
「痛たたった痛ぁぁいいィィッッ!!」
「やかましい」
「我慢しやがれ!」
「貴様が原因だろうがッ!!この阿呆!」
「ペぶしッッ!!」
宵に包帯を巻きながらかごめは
暁の頭を引っ叩く。あれから三人は
学校の近くの空き地で宵を手当てしていた。
「復元の薬が残っていなかったら
土を喰わせるところだったぞ」
「ご…ごめんなさい…」
「私じゃなく、彼に」
暁は骨折に苦しむ宵に向かって
申し訳なさそうに頭を下げた。
「えーと…まさか馬鹿狐が
憑いてるとは知らず。ごめん!」
「いえ…僕もよくわかってませんので
そんなに謝らないで…」
「で!こいつ誰よ?かごめ」
切り替えの速さでずるりと転けそうになる。
この人結構サバサバしてるというか
かごめさんとは真逆の人間だ。
「ああ、紹介がまだだったな。
新しく部に入る天童 宵だ。
宵、こっちは副部長の暁 優梨。
私の…まあいい」
「ええ!!『右腕』だろうが!!
『用心棒』だろうが!!」
暁はこれ見よがしに自分を指して抗議する。
あの腕なら用心棒を
自称してもおかしくはないが
かごめからはそうは認識されてないようだ。
かごめはそんな暁を横目に
宵の腕の心配をしている。
「二、三日は動かすな。
あと今日は学校は休むよう言っておいたから
帰って安静にしておけ」
「ん~あんたをどういう経緯で
部員にしたのかわっかんないけど
とりあえずよろしくね宵」
「こ…こちらこそ!」
ちょっと怖かったけど、いい人みたいだ。
この後、かごめさんは
用事があると言って別れ
暁さんにアパートまで
送ってもらうことになった。
「あんた一人暮らしなの?
ますます申し訳ない事しちゃったな~…。
あたしんちラーメン屋やってるからさ
おごりで配達してやるよ!」
「え!いいんですか!?やった~!」
食べ物が絡むとついつい無遠慮になってしまう。
でもせっかくいいと言ってくれているのを
断るのは逆に失礼。というのが
宵の信条でもあるのだった。
「あ。あの建物です。あの茶色い屋根の」
「!?」
急に暁が足を止めた。
表情は少し強張り、警戒しているようだった。
「?…どうかしました?」
「………いや」
視線だけを辺りに向けて
気配を殺し始めた。宵もなにが
起こってるかわからず、暁に身を寄せる。
「あら。宵ちゃん?
どうしたの~?学校は?」
向こうから駆け寄ってくるのは
大家の御上さんだった。
「…知り合いか?宵」
暁は身構えながら小声で宵に尋ねる。
「……あ、ええ。
アパートの大家さんです。
お世話になってる…」
2人の側に来た御上は
宵と暁の顔を交互に見比べる。
「お友達?」
「ああ。友達と言うより
部活の先輩です。
…階段で怪我をしてしまいまして
ここまで送ってもらったんですよ」
「ええ!?…あらあら大変。
帰ってきたらちゃんとお見舞い行くからね」
御上は用事があるらしく
心配そうに宵を見ながら歩いて行った。
「はぁ…また心配かけちゃった。
大家さんお世話になりすぎて
頭上がらないんですよね~」
宵はたははと苦笑する。
「………」
「暁さんどうしました?
様子変ですよ……?」
暁は今しがた別れた御上の
後ろ姿を険しい表情で睨んでいる。
「(………あいつかどうかわからんが
…ものすごい殺気を含んだ視線を
感じた………?
気のせいだといいんだが…)」
つづく
人物紹介
暁 優梨
彼女の戦いは諸刃の剣である。
死に至る攻撃は自分自身をも深く
傷つけ更なる闘争を生む。この世には
苦痛に見合う勝利はなく
あるのは敗北に見合う
末路だけなのかもしれない。
右京 璉
素直になれない男ほど哀れなものはない。
空回りな行動はいつか望まぬ結末に
行き着いてしまうかもしれない。
しかし、男とはそういう生き物。
と断言されてしまうのも遺憾なものである。
彼の生き様は
果たして賞賛される日はくるのだろうか?
御上 零
彼女は昔、友人を亡くしたらしい。
自由を望む鳩は加護の内で死に
意図を切られた人形は虚しい怒りに
苛まれ続ける。望まぬ月の荒野で。