用心棒にご用心? 2-1
胃が痛い。
翌朝、宵は校門前で立ち往生していた。
昨日の出来事も原因の一つでもあるが
今、目の前で起こっている現状こそが
胃に突き刺さる痛みの最大原因であった。
場所変わって、ここは3年A組の教室。
窓際の席は心地よい春の風が吹き込んでくる
読んでいる小説のページが風でパラパラと
一人でにめくれる様子をかごめは
ぼんやり見つめていた。特に真剣に読んでいる
わけでもなかった小説。もうどこを読んでいたか
わからない物語を片手で閉じ、鞄にしまった。
「……」
昨日の男子の顔が頭をよぎる。
「初めて会った…という口ぶりだった。
空似だろうか?」
わからない事が多い
しばらくは普通に接しよう。そう考えていた時。
「かごめ」
窓から手のひらサイズの子狐が
飛び込んできて、机の上に着地する。
「どうした?九断」
「校庭見てみろよ」
ふいと校庭に目を向けると、なにやら
人だかりができていた。円を作るように
できた人間達の中心に二人の人影が見える。
「…暁か」
「またボス猿の右京とだ。
朝から騒々しいこったな、近くで見物してくる」
かごめは深い溜め息を吐いた。
悩みの種はそうそう底を突きそうにない。
「右京さーん!!今日こそ
やっちゃってくださいぃ!こいつに前も
道場破りだっつって
7人もやられたんスよ!!」
「GOGO暁先輩!!男子なんて
全員ぶっ飛ばしちゃってくださ~い!!」
外野の応援を余所に、中央に
仁王立ちしている2人は静かだった。
「…暁 優梨。
柔道部相手に言うのもなんだが
…少しは加減を覚えたらどうだ?」
「柔道部っつ~のは道場破りに
対して命乞いしたり
部屋の隅でガタガタプルプル
してるもんなのかぁ~?
正直幻滅もんだったわ。で?
表番長の右京 璉が
何の用だ?まさかお説教じゃあないよな?」
一触即発、いつ戦いの火蓋が
落とされてもおかしくはない。
外野も、気のせいか
春の風さえもいつしか静まり返っていた。
緊張が走る中、一人だけ考えの
違うのか人間がいた。意外な事にそれは右京だった。
「(最悪の朝だ。なにが悲しくて
『惚れてる女子』とタイマン
張らなきゃならないの?
しかし、表番としてのメンツもあるし、
誤魔化せるかな?困った…)」
心中ままならないようだが、
表情は凄みを利かしたまま相手を睨みつける。
プロである。
「説教よりこっちの方がお前には
わかりやすいだろうが。
(脅しで下がってくれれば
いいんだけどな)」
大幅に一歩踏み出し、顔面殴りかかった。
もちろん寸止めるつもりだった。
「あん?」
迫る拳を目にも留まらぬ速さで
暁は体を倒し「足」で受け止める。
「!?」
パンチを後方へ受け流し、そのまま
踵で右京の眉間を蹴る。
一瞬視界がブレるが
立て直した右京は暁の足首を掴み、
思い切り地面に叩きつけた。
「どぅへぇ!?」
背中に大きな衝撃を受け、
暁はカエルのような声をあげた。
「(やっばい…やり過ぎた)
…おい大丈夫か?」
声を掛け、近づくのを測ったかのように
暁は飛び起きてみぞおちにエルボーを喰らわせた。
流石に右京もカウンターを喰らわせようと
拳に力が入る。
「!!(腹は…ダメだ!!)」
咄嗟の理性がカウンターを許さなかった。
右京はみぞおちの衝撃に膝をつく。
「あぁん?てめぇ…今カウンター
できただろ?何でしなかったんだ?」
こっちの気も知らずに、暁がダメ出しを始めた。
「(はぁ…帰りたい)」
ああ可哀想な右京。君こそ現代の紳士だ。
「ああ…帰りたい」
校門前の宵もまた帰宅を望んでいた。
すぐに引くと思っていた人の山は
予鈴が鳴っても一人も引かなかった。
「端っこ通って行こうか。
でも校舎までどのくらいだろ?
人混みって本当に苦手なんだよな~」
宵は煮え切らないまま鞄を抱きしめ、
しくしく泣いた。メンタルが弱いな。
「おいガキ、また泣いてんのか?」
「ひゃうっ!?」
突然声をかけられ飛び上がる。
しかし周りにそれらしい人はいない。
「あ・た・ま・の・う・え」
そう言うと頭の上でぴょいと
何かが飛び上がり、門の上に乗った。
手のひらサイズの子狐だった。
「あ…もしかして昨日の?」
「九断だ。漢数字の九に断絶の断で
九断。で、お前こんなとこで
なにやってんだ?」
昨日の狐面の女性の姿から一変、
狐になってしまって少々面食らった
やはり妖怪の類なのだろうか?
「校庭で何かやってるみたいで
…校舎に入れないんです」
「ふんふん。それは困ったな。
…よし、俺に任せろ」
「え?任せるって…」
内容を聞き出せないうちに、
宵の意識はそこで途切れた。
顔に青あざが浮かぶ右京に対して、
暁は無傷でピンピンしていた。
「ちょこまかとうざってえアマだ…。
(気絶させればこっちのもんなのにな。
つきちゃん強い)」
「あんたちょっと
なまったんじゃないの?トロすぎぃ~!」
この状況に外野も黙っちゃいいなかった。
「ちょろちょろ逃げ回ってんじゃねえよ!
卑怯だぞッ!!」
「黙れ脳筋男子共!!
戦略だ戦略ゥ!!」
外野のテンションもMAX。
ほぼ戦争と化していた。
「聞いたか右京?私は卑怯者か?ええ?」
暁は戦場の空気に酔いしれるように言った。
強者ほど闘争に取り憑かれるというが
今の暁はまさにそれだった。
「…(あ~この雰囲気苦手だな、
気持ち悪くなってきた…)」
対して右京は戦場の雰囲気は苦手のだった。
喧嘩は強いものの戦いに飢えているわけではない
彼にとってここは集団催眠にかかった者の
集まりでしかなかった。
「…立てよ。こっちはまだしたりねぇんだ。
仕掛けてきた責任はとってもらうぞ」
地面についている右京の手をぐりっと踏みつけた。
「ぐっ…(どうしよう…収拾つかないよこれ…)」
「あ~そこのお二人さんちょっと失礼」
思わぬ第三者の声に2人を含め
その場の全員が目を向けた。
そこでヘラヘラ笑っていたのは
先程から校門前でベソをかいていた宵だった。
「…どちらさん?」
戦闘状態から暁はすっかり冷めた暁は
拍子抜けした声で尋ねた。
「さっきから見てて二人とも
全然本気で戦えてないように見えましてね。
僕が相手になってあげようかなって
思いました」
外野もその言葉に息を飲んだ。
「あの子誰?一年生じゃない?」
「昨日来た転校生だ…」
「やばくない…?止めた方がいいよ…」
どよどよとした声が辺りに広がって
誰もが宵の身を案じた。
「…君、一年生?ちょっとやめた方が
いいと思うな~。見た目めちゃ細いし
怪我でもされちゃあこっちも困るしなぁ」
「……(僕もそうした方がいいと
思うな…て言うか誰?
つきちゃんの知り合い?)」
暁は身の程知らずの一年生に
困ったように首を傾げた。
「逃げるのか?随分デカイ口を
叩く腰抜けもいたもんだな!」
空気が凍った。外野の人間達は口を
半開きにして全員固まっている。
右京でさえ一瞬、膝が震えてしまった。
「……後悔しても知らんぞくそガキ」
右京と対峙していた時の
何倍もの殺気を暁は放った。
つづく