違和感 1-2
宵の通う戌神高校の始業式
は5日前だった。
僕が引っ越して来たのはつい昨日で片付けやら
その他諸々あって、登校が今日に
なってしまった。できれば始業式に
間に合わせたかったのだけど、
引越しというものはなかなか思う様に
いかないものである。スタートは遅れて
しまったが、…友達できるといいな。
初日の挨拶も済ませ、ドギマギしつつも
時間はあっという間に放課後に
なってしまった。短かったような、
しかし長くも感じた一日だった。
「また明日ね。天童君」
宵の隣の席に座っていた
女子が笑顔で手を振った。
「あ!…うん。またね…」
噛みつつも返事をしたが、言い終わらない
うちに女子は教室を出て行ってしまった。
「う~ん。もう少しスマートに
話せないものかな~」
コミュニケーション力の無さに涙が出てくる。
前の学校でもこんな感じで、友人と呼べる友人は
ほとんどいなかった。心機一転で
張り切っていたが、人間そうそう変われるもの
ではない。宵は重い足取りで下駄箱へ向かった。
「…あ。…うん?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
下駄箱に入っていたのは手紙だった。ご丁寧に
茶封筒に収められている。
…ラブレターにしては
少し事務的だ。
「宜しければ放課後。第二理科室まで
お越しください。オカルト部 部長…」
オカルト部。オカルト。部活の内容が
容易に想像がつかない。最悪の場合というと
心霊スポットに取材に
行ってそのまま…なんて…。
「(ゼッタイ入りたくないッ!!)」
どうしよう…この場合。いいに行った方が
いいよね?うやむやにされるといつの間にか
入部してたって事にされると嫌だし。
きっぱり断ろう!
あちこち迷いながらも宵は第二理科室まで
たどり着いた。第二理科室は授業で使われる
ことはなく。倉庫の役割をしている部屋だった。
薬品等は置いておらず、もっぱら理科室の
邪魔な椅子や棚などが一時的に
保管されているだけであり
掃除もされていない。
ドアにガラス窓がついていたが、
埃と汚れのせいで磨りガラスみたいに
中の様子は伺えない。宵は少々緊張気味で
ドアに手をかけた。
「失礼しま~…」
言葉を失った。
ドアの向こうにいたのは。狐面を被った
和装の女性だった。
黄金色の頭髪の中には狐と
おぼしき耳がはえ、膝が見える短さの
衽からは尻尾のようなものも
垂れ下がっている。肩から手首にかけて
あるはずの着物の袖は肩の部分までしかなく、
肩から手まではなにやら雲のように
揺らめいた煙が
まとわりついており、手元は見えない。
狐面の女性はこちらに気づいたのか
机の上からぴょんと降り、
こちらに向き直した。
「あう………お着替え中
でしたのなら…出直しますが…」
「逃げずに出向いたのは、賢い判断だ」
すごい威圧感と同時に、恐怖を感じた。
この感覚を宵は知っている。
今朝の顔の潰れた女性のようなもの。
ああ言うものに関わってしまった時に
いつも感じる。背筋を氷の手で撫でられて
いるような「死」を連想させる「感覚」だ。
「かごめが何故お前を
警戒するのかは知らん。
俺にはそんなことはどうでもいい。
俺にとって重要な事は、お前が
『かごめにとって脅威かどうか』だ」
威圧的な声で狐面は続ける。
「…かごめは『殺すな』といったが、
俺は不安要素は
消しておく性格でな」
狐面が両手を肩の高さまで上げると
腕に纏っていた煙が弧を描くように伸び
確固たる形へと変形していく。
「…鎌!?」
煙は鎌の姿になり、みるみる鋭さと
重量を帯びていく。SF映画で言えば
形状記憶合金と言ったところか。
「死んでもらう」
狐面が一歩踏み出した所で
姿がブレて見える。それが素早さから
きているとわかったのは狐面が座っていた
窓際の机の位置から一瞬で目の前に
現れて鎌を振りかざしている姿を
確認した時だった。
死ぬ
脳裏に言葉を浮かべた瞬間、突然視界が
グンッ!と低くなり、勢い良くドアを閉めた。
足が震えて力が入らない、でも這ってでも
逃げないと殺される…かも。
そんな事を考えるや否や、目の前のドアは
紙のようにスッパリ三等分に切れ、
ガラガラと音をたてて廊下に散らばった。
「逃がさんぞ、くそガキ」
ドアの残骸を蹴り飛ばしながら、
廊下にへたり込んだ宵との距離を詰めていく。
ダメだ。これは…。
走った所で逃げ切れる気がしない。
さっきの一撃を逃れただけでも
運が良かったんだ。
ああ…なんでこんなことに
なったんだっけ?宵の目に涙が溜まる。
ただここで普通に暮らしたかっただけなのに。
「…うう…。はぁ…ああ」
足元に散らばるドアのようにバラバラに
された自分を思い浮かべて
さらに涙が溢れてくる。宵は自分の
体を抱きしめ縮こまる。
「…苦痛は与えん。喉を出せ」
鎌の先端で顎をぐいと上げられた。
喉を切られるようだ。ああ…息が
苦しくなって、何秒ぐらいで死ねるのかな?
あんまり痛くないといい…よくない。
喉に鋭い刃の感触。その感触がいつ横に
滑ってもおかしくない。息をすると皮膚に
刃が食い込む気がして息を止め、
ぐっと目をつむり覚悟を決めた。
「九断」
廊下の先から女性の声が聞こえたが、
宵はそれどころではない。目をきつく閉じて
いるため姿も確認できずその時を待った。
「…チッ…」
狐面が小さく舌打ちをするのが聞こえた。
宵は訪れない苦痛を不思議に思いつつ
細く目を開けた。狐面は自分の方には
向いておらず、廊下の先を見つめていた。
眼球だけを動かして廊下の先を見ると、
なんとそこには今朝ぶつかった
銀髪の女子が立っていた。
鎌を突きつけられてるせいで声が
出せないまま、成り行きを見ていた。
「下がれ」
短く単調な命令を言う。
「…しかし」
「下がるんだ」
一回目よりドスを
利かしてゆっくり言い放った。
狐面はぐぅと喉を鳴らすと鎌を引っ込めた。
「…命拾いしたな、ガキ」
仕留めそこなって悔しいのか、
同情してくれているのか。狐面は
そう言い残すとスッと消えてしまった。
…助かったのだろうか?
呆然としていると銀髪の女子が
ツカツカと廊下を歩いて来た。
また何かされるのではないかと
身じろいだが、凶器らしいものは
何も見当たらなかった。
「私のためとした事だ、
あいつに悪気はない。怖い目に
合わせてしまったのは詫びよう」
へたり込んだ宵を立たせ、彼女は謝った。
そう丁寧に謝られては怒るに怒れなかった。
普通なら「殺されるところだった!」と
怒るところなのだが、気弱な宵には
真面目に謝っている女子を怒鳴りつける
だけの度胸がなかっただけで、
特別紳士というわけではない。
2人で部室へと入り、用意された
古びた椅子に座らされた。
銀髪の女子は教室の中央に
置かれた本が積んである
机の上にぴょんと座った。
窓から赤みを帯びた夕焼けの
光が差し込み、彼女の銀髪が
キラキラと反射している。
「…えっと、二三質問をしても、
よろしいですか?」
神々しい光景にゴクッと息を飲む。
「構わない」
腰まである銀髪を掻き上げ、短く言った。
「手紙の送り主はあなたですか?」
「そうだ」
「ここがオカルト部の部室ですか?」
「そうだ」
「さっきの狐面の人は誰なんですか?」
「それは今答えられない」
「どうして僕を殺そうと?」
「それも答えられない」
「部員は何人ですか?」
「君が入れば四人かな」
「部に入らない。という
選択肢は僕にありますか?」
「それは『ない』と自覚しているのか?」
「…部長はあなたですか?
何故僕を部へ招待したんですか?」
「…部長は私だ。君を部へ
招待したのは幾つか理由はある。
が、現時点で言えるのは、
私が君を気に入ったからだ」
その返答に思わずドキッとした。
「気に入った」ってどういうこと??
気に入られるようなことを自分はしていない。
今朝ぶつかたからこれは仕返し
なんじゃないか?ともとれるが、
真相を素直に話してくれる相手じゃなさそうだ。
「二三と言った割には
質問が多かった気がするが、もうこちらが
話してもいいかな?天童 宵」
フルネームで呼ばれて更にドキッとした。
うう…この人はなんなんだ?
まるで縛り付けられて尋問されている気分だ。
「無理強いはしないが、君にはこの部に
入った方がいい。君のためにも。
でないと、少なからず
『良くない』目に合う。必ずな」
少しトーンを落として彼女は告げた。
「君も気づいているだろう?
この真月の町を…」
今朝の顔の潰れた女性を宵は思い出した。
「…この町は、何処かおかしいです。
何がとは言えませんが。子供の頃から霊感が
強くて、どこでも『それらしきもの』を
見て来ましたが、この町は…なんだか
『他より濃い』気がします」
「なんだ。思ったより飲み込みが
早いじゃないか。なら我々といた方が安全と
思うだろう?この町は他より
『見える者』が多いせいか被害も多い。
だから、私もここに来たのだ。
宵。私は何も正義感で活動している
訳じゃない。君も私らに協力して欲しいのだ。
君は見たところ他の見える者達より
『極めて強い』ようだからな」
なるほど、ようやく話が見えてきた。
僕としては「助けられるだけ」というのは
なんだが信用できなかったが、彼女等は
僕をなにかしら必要と判断しての行動だった
ようだ。の割には本気で殺そうとしたように
見えたが、彼女の言うことが真実ならば
一緒にいて危険な目から救ってはくれそうだ。
「…わかりました。とりあえず、
仮入部という形で
しばらくいさせてもらいます。まだ、
よくわからない事もありますし」
「信用できないか?まあ、無理もないか。
とりあえず今日は帰りなさい。部活は
放課後ここに一旦集合して
ミーティングを行うから、
メンバーはその時に。
今日は『手荒い』歓迎ですまなかった、
今後この様なことはないように
言っておくから安心しなさい」
宵はひとまず安心した。
下手を言ったら帰してくれないのではと、
どこかで考えていたのかもしれない。
「あ…明日からよ…よろしくお願いします。
失礼しま~…した」
椅子から立ち上がって足早に立ち去ろうとする。
「ああ待った、自己紹介しておくと。
私は鳴神 (なるかみ)かごめ。3年生だ。
苗字は好きじゃない、
かごめの方で呼んでくれ」
「こ…こちらこそ、天童 宵です。
よろしくお願いします」
光の加減からか銀髪の女子、
かごめの瞳が琥珀色に光って見えた。
美しい。二つ歳が離れているだけで、
こうも違うのだろうか?いや、歳の問題ではなく
人間味の問題のような気がする。
本当に3年生なのだろうか?という疑問は
ごく普通に湧き上がった。
宵がぺこりと頭を下げ教室を去った後、
かごめは一人部室で宵の座っていた椅子を
凝視していた。
「…なあ、宵。例えばの話。
本当に例えばの話なのだがな。
白鳥の湖の王子は何故、
黒鳥のオディールを殺さなかったのだろう?
物語の都合上、白鳥の
オデットを追った方が盛り上がるから?
姿形がオデットそのものだったから?
自分では魔族に勝てないと
わかっていたから?
この物語はハッピーエンドと
バッドエンドの両方が存在する。
ハッピーエンドに『必ず』行き着く
ためにも、オディールは死ぬ必要があると
私は思うのだよ。
オデットのためにも、王子のためにも」
かごめはそこまで言うと
深いため息をついた。視線は遥かなる太陽が
闇に飲まれていくのをじっと見つめていた。
「…私は黒鳥を殺せるだろうか?」
つづく
人物紹介
天童 宵
彼が相手の人間と差し障ることなく
対話できるのは自分と相手に絶対的な距離を
置いてるからこそ成せる技。だから
彼は相手の肝心な領域に立ち入ろうとはしない。
そんな関係を彼は「友達」と
認識しているのだから、
相手はその考えを尊重するべきだ。
鳴神 かごめ
彼女はこれまでの時間、自分以外の
全てを敵視し生きてきた。それ故心は
極度に不安定で脆い。
不意を突かれれば
呆気なく砕けてしまうだろう。
九断
九尾の一片。一であり九。
祖のして末裔。
全てを受け継ぐと同時に
全てを断つ者でもある。
顔を潰された女
最近私の彼。
ずっと変な女の人に付け回されて
いるんですって。
なんだか怖いわ。