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違和感

涙は枯れた

心も朽ちた


身は砂となり 水となり

意識さえ世界に溶けても


それでも何故


この「思い(いたみ)」は

この「願い(のろい)」は


消えないのだろうか?









光は彼方 影は彼岸











その日、悪い夢を見た気がする。内容は忘れたが、気味の悪い夢だった。


天童てんどう しょうは汗だくになった頭をもたげながら学校へ向かう準備をした。東の空から黄金の光がカーテンで遮っているにも関わらず真っ直ぐに差し込んでくる。眩しい。


睡眠という沼の底からサルベージされた気分で…水圧に当てられたかのような頭痛を覚えた。洗面台へ向かい、冷たい冷水で顔を洗うと頭痛が少し和らいだ気がした。今日から高校生、しかも引っ越て来たばかりで知人もいない。不安も頭痛の原因かもしれない。


「……」


歯を磨こうと歯ブラシを手に取ったところで宵はピタリと動きを止める。

「うわ……。泣いたのかな?」

目の周りが少しだけ赤くなっていた。悪夢で泣くなんて小学生以来だ。


準備を終え、外に飛び出した。

春独特の暖かい日差しと肌寒い風が宵を出迎えた。


「4月なのにまだ寒いな~… 」


少し小走り気味で自分の住んでいるアパートを後にしようとした時、ふいに声を掛けられた。


「おはよう 宵ちゃん」


柔らかい声色の主はこのアパートの大家御上みかみ れいさんだ。


「おはようございます、大家さん。お掃除ですか?」


「ええ、とってもいい天気ですもの。宵ちゃんも良かったわね~初日がいい天気で。慣れない土地でやってくのは大変だけど、何か困った時は私に相談してね。」


このアパートには言ってはなんだが、変な人がよく入る。中には素性を隠しながらでないと暮らせない人もいたそうだ。しかしアパート自体部屋は六つしかないため

大家さんは住人に対していつも家族のように接している。そのため、このアパートを後にする人間はまるで長年暮した実家を後にするが如く滝の様な涙を流しながら別れを惜しむと言う。


「ああそうだ。はいこれ」

渡されたのは袋に包まれたランチボックスの様だ。


「朝ごはん食べてないんでしょう?」

確かに今日はまだ何も口にしていない。引越しの作業をしていたせいで冷蔵庫は

今だ空に等しくパンの欠片のも入っていなかった。

「わあ…ありがとうございます!」

三日前に引っ越して来たばかりの他人を目かける人間はそうそういないだろう。彼女のおかげでこの土地での生活に僅かに希望が見えた。

「いってきます!」

笑って見送る彼女に宵は精一杯の声で言った。


学校までの距離はそう遠くはないが、人通りが少ない。宵にとって問題なのはそれであった。この問題に直面する人間は限りなく少ないであろうが、宵はその人間の一人でもあった。


「…」

十字路に差し掛かった所で宵は足を止めた。通学路である正面、道路の電信柱の影に女性とおぼしき姿が見える。その女性の髪は乱れ白いワンピースは所々赤黒い染みで汚れている。しかし宵が不気味さを感じた点は別にある。顔が陥没するほど潰れていたのだ。もはや髪型や服装からでしか女性と

判別できないくらい女性の顔はぐちゃぐちゃになっていた。かろうじて口とわかる部分からは蚊の羽音程の声がブツブツと何かを呟いている様に思えた。これを宵が見たのは二度目、初めは引越しの片づけを終えて学校までの道を確認していた時である。


「あいつ…まだいたのか……」

今の今まで忘れていたが、ああいう類の奴が二、三日で消える何て考えが甘かったと自分に戒めの言葉を送る。仕方なく回り道をして行こうと

くるりと踵を返した。

「!?」

「!!」

とっさに倒れない様足を動かしたが、それは失敗に終わった。視界はぐるんと回り、尻と背中に強い衝撃を受けた。頭を上げると倒れまいと塀に手をかけ驚いた表情の女子学生がいた。どうやら引き返そうと振り向いた瞬間にぶつかりそうになったことを理解した。

「ごご…ごめんなさい!余所見をしてたもので気が…」

動揺しながらも宵は謝罪の言葉を

述べつつ相手の様子を伺った。

「いや…。こちらこそすまなかった…」

やや低めで凛とした声だった。

「さあ。手…を…」

その女学生は宵の顔を見るなり氷の様に

固まってしまった。言葉が途中で

切られた事に違和感を感じこちらも

顔を上げ顔を見た。

女子学生の白銀の髪が朝日を反射して

キラキラ光っており、髪の間から

白い肌が見えた。宵は見慣れない髪色に

釘ずけになっていた。怖いくらいに

整った顔は驚いた表情で

どこか悲しげだった。声を掛けようと

したが、何と言っていいかわからない。

静寂が続く。時間が止まったかの様だ。

風が木々を揺らす音さえも

二人には届かなかった。

「な…んで…?」


なんで。と言ったのだろうか?

よく聞き取れなかった。



「ッ!………」


彼女の頬に涙が伝った。

もう片方の目からは溢れた水球が落ち、

コンクリートの上で砕けた。

それは、痛々しい程悲しい表情だった。

テレビドラマでよく十何年会えなく、

それでも生きていると信じていた恋人が、

実は見知らぬ土地で息を引き取ったという

通知を見て涙している女性のシーンを

彷彿とさせたが。彼女の涙はそれと

類似しているようで、もしかしたら

それとは全く逆の思いを孕んでいる

のではなかろうか。会いたかった、

でも会いたくなかった。

とでも言うのだろうか?

しかし、その感情は常人には

理解しがたいものなのだと言うことは

はっきりしていた。その瞬間は、

ほんの数十秒の出来事だったので

あろうか。息をするもの躊躇していた。


「あ………あの……」


やっと絞り出した自分の声で

自分も相手も我に帰った。


「あ……あの!すみませんでした!

 どこか怪我でも……」

「いや、何でもない。

 ぶつかってすまなかった」


一瞬顔を隠した彼女は冷静そのもので、

もう泣いてはいなかった。

すまなかった。

それだけ言い残すと宵を通り過ぎ、

足速にその場を去ってしまった。


宵はしばらく状況が把握できずに

呆然と立ち尽くした。

なにが「なんで?」だったのだろう。

なぜ泣いていたのであろう?

ぶつかったせい?なにか不快なことを

言ってしまったのであろうか?と、言うか。


「初日に女の子を泣かせた……」

その事実だけが頭に浮かび、青ざめた。

よくよく考えたら、彼女が着ていた制服は

自分と同じ学校のものではなかっただろうか?


やってしまった。


ああ、さっきまで煌めいて見えた

これからの学園生活が一気に閉ざされていく

音を聞いた気がした。宵は一人路上で

絶望感に浸っていた。


その数十メートル先の物陰でその様子を

伺っている人影があった。さっき宵と

ぶつかった銀髪の女子だ。

「……………」

事情があまり呑み込めない

部分はさておき、えらくを警戒した

様子で宵を見つめていた。

「なんだ?……あれは…

 …何者なんだ?」

銀髪の女子はすかさずカバンから

なにやら紋章が描かれた小瓶を取り出し

それを口元に近ずけ小さな声で話した。

「聞こえるか?九断クダン

 あの男を放課後まで監視しろ」

強い命令口調で小瓶に呟くが、

小瓶からはなんの反応もない。

「放課後、奴を部室へ誘い出す。

 妙な行動をとったり、誘いに応じない様子の

場合は連れて来い。殺さずにな。」




つづく

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