魔法の華
お久しぶりでございます。
地下一階に戻って来たエレインはハウリンガーを連れて作業台を離れる。戻って来た時に降りた柵が、エレイン達が離れると同時に再び上がる。
「それでは私は作業に戻ります。何か御用の時は無線通信にてお申し付けください」
「ああ、ありがとう」
ランスロットはそう言うと再び下層へと降りて行った。
「さて、何をしようか」
「ウォン!」
「…………ランスロットが操作している訳じゃないよな?」
尻尾を振りながらこちらを見つめるハウリンガーを見てポソリと呟く。この愛らしい仕草も、絶賛作業中のランスロットがしているのかと思うと少し複雑な気分になる。
≪ハウリンガーにも自我はございますのでご安心ください。賢い狼と思っていただければ≫
「そ、そうか。わかった」
通信からのランスロットの説明にホッと安心してハウリンガーの頭を撫でる。
「それでは……あ、そうだ」
エレインは壁際の棚に置いていた果実を手に取る。
「これを入れる袋を探そう。外に出る時にも使える物がいいな」
衣裳部屋へ行き、袋を探す。ポーチや洒落た鞄等の中に革製のナップサックがあった。口に紐を通しただけのシンプルな造りで肩に掛けて行くのに大きさも丁度良さそうだった。
「これでいいだろう」
エレインはナップサックに果実を入れる。
「果実の皮を切るナイフがあるといいな。出掛けた時にあると便利だろうしな」
思いの外苦かった果実の皮に再び口を付けるのは避けたいと思い衣裳部屋を探すが、刃物類は置いていなかった。
≪エレイン様、ナイフでしたら後程私がお造りいたしますが≫
「そうか、それじゃ頼もうか」
≪畏まりました。出来上がり次第お知らせいたします≫
「わかった。それじゃ、ナイフを掛けるベルトと……ん?」
他に何かあるかと適当に見ていると、アクセサリーや小物類が入った棚に置かれた小瓶を見つける。中には赤い液体が入っていて、蓋の部分には指で摘まめる程の大きさの球体が付いている。
「この赤い液体は何だ?」
小瓶を手に取り、中を見ると、赤い花びらが数枚入っていた。
「これは薔薇?」
≪それは薔薇園の薔薇を使った香水でございます≫
「香水?」
≪薔薇がお好きだったマーリン様が愛用していた物でございます。材料は薔薇園の薔薇を使用しております≫
「あ、あの手入れの機械が摘んでいたな」
≪はい、あの機械で私の元へと運び、私が作成しております≫
「あの噴水の下が繋がっているのか。地下はかなり大掛かりになっているのだな」
地下の構造に驚いてしまったエレインだったが、香水の香りを嗅いで微笑む。
「私もこの香りは好きだな。これは体にかけるのか? それとも服にか?」
≪蓋の部分についているポンプを押しますと香水が霧状で噴出します。それを首元や手首に1,2度吹きかけて下さい≫
「なるほど」
エレインは試しにポンプを指で摘まんで押す。するとプシュッと反対側から霧が噴射された。
「おお、霧が出た。これを首に向けて……」
首の左右に一度ずつ、左右の手首にも香水を吹きかける。
「ふむ、どうだ?」
足元で座って待機しているハウリンガーに首の匂いを嗅がせる。
「ウァフ!」
ハウリンガーはウンウンと頷く。悪くないと言った反応だった。
「そうか。お前も気に入ってくれたか」
エレインは嬉しそうにハウリンガーの頭を撫でる。ハウリンガーも目を細めてそれを受ける。
香水を棚に戻し、目当てのベルトを探す。ベルトも数種類掛かっていたが、シンプルな革のベルトにしておく。
「これでよし。それではランスロットの作業が終わるまで外に出ていよう」
ハウリンガーを連れて、衣裳部屋を出て地上へと上がった。
「おぉ、綺麗になっている」
屋敷のロビーに出ると、埃や蜘蛛の巣は一掃され、見違えるように綺麗になっていた。掃除を終えた機械はロビーの中央で待機している。
「天井は……まぁ仕方がないか」
ロビーは吹き抜けになっており、掃除を任せていた機械では天井は範囲外だった。
「よし、それでは二階の掃除も頼もうか」
エレインは機械を持ち上げ二階へと登る。二階の廊下に置くと、機械はすぐに掃除を始めた。それを確認してエレインは一階へ戻る。
「さて、……庭に出て魔法の練習でもしようか」
そう言い、玄関から外へと出た。
庭は背の高い雑草が鬱蒼と生い茂っている。その中に入るのは止めて石畳の部分に立つ。念の為屋敷を背にして何もない広い庭へと体を向ける。目の前には雑草だらけの庭と先に塀があるのみだった。
立ち位置を確認してから頭の中にある魔法のリストを眺める。
「火と水の魔法がそれ以外に比べて多いな」
属性毎に整理されたリストだったが、火と水以外は数が少なかった。
≪魔法のリストはマーリン様がお使いになっていた魔法を参考にしております。マーリン様は火と水、水の中でも氷を使った魔法が得意でございました≫
「なるほど、それで火と水だけ種類が多いのだな」
炎と水は他属性と同じ様な名前の魔法以外に幾つか項目が多かった。
≪はい。一部、属性を変化させ応用が可能である魔法が各属性のリストに載っております≫
「この"炎華"という魔法がそれだな。"氷華"、"雷華"、"土華"、"風華"は属性が違うだけで同じ様な魔法という事か」
≪様々な状況に対応できる様マーリン様の手によりそれぞれ改良が加えられております≫
「なるほど、一度確認しておいた方がいいか……。」
使う魔法をリストから選ぼうとするが、注意点に気付いた。
「炎華……は十中八九炎が出るだろうな……火事になっても困るか。これは後にしておこう。まずは氷華だな」
リストの中から氷華を選ぶ。
「目視できる範囲内の指定した位置に種を作り……物体に接触、又は術者が念じると開花……か。なるほど」
説明を読みながら、2m程離れた前方に狙いを定め掌を翳す。
「氷華」
エレインが唱えると、狙いを定めた場所に1cm程の青白い氷の塊が現れる。クルクルと回り周囲を白い冷気で覆いながら空中に浮いている。そして生い茂る草に触れた瞬間、20cm程の蕾に膨れ上がり一気に開花、40cm程の氷の睡蓮が出来上がった。花弁の先は鋭く尖っており、開花した時に近くにいれば勢いよく開いた花弁が突き刺さるのであろうとエレインは感じた。
「殺傷力はありそうだが……綺麗な魔法だな」
エレインは氷の睡蓮の出来栄えに感心していた。時間が経つと睡蓮は音を立てて崩れ去るが、その周囲は凍りついたままだった。
≪マーリン様は花がお好きな方でした。魔法も独自の魔法をお使いであったとか。実際にお使いであった炎華、氷華以外もマーリン様によって花を模して作成しております≫
「これもマーリンの残してくれた物なのだな。有効に使わせてもらおう」
感謝の気持ちを胸に、エレインはリストを眺める。
「よし、次は雷華」
雷華も氷華同様位置を指定して発動する物だった。エレインが唱えると氷華同様に種が出現する。だが、今回は淡い紫色でパチパチと小さな放電を起こしていた。そして草に触れるが、開花する事無く漂っている。
「ん? 草に触れても開花しないな」
≪雷華は雷を通す物に触れない限り発動致しません。また、ご自身で念じて発動させられる点は氷華と同じでございます≫
「ああ、そうか。よし、それじゃあ開花」
エレインは翳していた手を握る。すると雷華の種はバチンと音を立てて開花した。だが大きさ1cm程の紫色に光る小さな花が咲くとそのまま消えてしまった。
「…………ん?」
≪いかがなさいましたか?≫
「あ、いや。何でもない」
予想に反した小さな効果に首を傾げるエレイン。
(……いや、見た目に反して威力は凄いのかもしれないな。もしくは相手を殺さず行動不能にする為にあえて威力を抑えているのかもしれない)
そう思い直して次の魔法を見る事にする。
「次は土華だな」
手を翳して発動させると、今度は黄色の種が出現する。種はその場に留まらずにそのまま下へと落ちて行ってしまった。草の生い茂った中を落下して地面に触れた瞬間、鋭く尖った数枚の葉を携えた杜若が勢いよく生えてきた。自分の胸の高さ程まで勢いよく伸びてきたのでエレインは驚く。
「おぉっ!?」
剣の刃のように鋭く伸びた葉、花の部分も花弁の先が鋭く尖っており茎と合わさり返しの付いた槍の様になっている。
「これはまた危ないな……」
近づいて土華に触れてみると石の様に硬かった。そしていつまで経っても消えない。
「これは消えないのか?」
≪土華は地面の土を変形させて針の様に突出す魔法でございます。それ故に花や葉は元々地面にある土から出来た物なので消えません。種の触れた場所に土が無いと発生致しませんのでご注意下さい≫
「なるほどな。消えないとなると庭中に生やす訳にもいかないし、これもここでは控えておくか」
次の魔法を見ようとエレインはリストから風華を選ぶ。
「風華」
手を翳して唱えると緑色の種が出現する。種はその場を漂うだけで落下せず、草に触れても開花しなかった。
「ランスロットに説明してもらってばかりではいかんな。自分でも説明を読まなくては」
エレインはリストに表示されている風華の説明を読む。
「……相手に向けて風の刃を放つ。1つの花で6発。花は術者の意志で移動可能……か。よし、とりあえず開花」
念じると、種は蕾に変わり、全長20cm程の薄緑色に淡く光る百合の花が咲いた。百合の花は半透明で翳した手と同じ方向を向いて咲いている。エレインが動く様に念じると念じた方向へスッと移動した。
「なるほど、動かし方はわかった。後は風の刃か…」
動かした時と同じ様に前方に刃を放つ様に念じる。すると百合の花弁の一つが光った。光った瞬間空気を割く音と共に目の前にあった土で出来た杜若が真っ二つにされ崩れ落ちた。杜若の先にある壁にも1m程の斬りつけたような傷が付く。その様子を放った本人は茫然を見つめる。百合の花は依然空中に浮いているが、先程光った花弁は更に透明になり消えかかっていた。
「…………こ、これは危ないな。何も見えない分一番危ないかもしれん」
風の刃の名の通り何も見えず、本人も何処まで切ってしまうのか把握出来ないという点に不安を覚える。
「とりあえず使う機会が無い事を祈ろう。……残り5発、どうするか。消えるように念じたら消えるのか」
試しに念じてみたら。百合の花は消えて行った。その結果にエレインは安堵する。もし消えなかったら空か地面にでも撃つかと考えていた。
「魔法はこの辺にしておくか。他にもリストにあるが、取り返しがつかない威力だと困るしな。いい場所と機会があれば試してみよう」
うっかり屋敷や島を破壊、なんて事になっては困ると思い魔法の確認は切り上げる事にする。離れて見ていたハウリンガーもエレインの足元に近づく。
「よし、それじゃ一緒に森を散策するか」
ハウリンガーの頭を撫でると、「ウォン!」と元気の良い返事が返ってきた。
次話もほぼ出来上がっているので近いうちに投稿できると思います。
次回もよろしくお願いします。