ハウリンガー
サブタイトルを決めるのが難しいです。
「そういえば……」
エレインは狼に噛みつかれていた腕を見る。
「服が破れていないな。それほど丈夫そうにも見えないが……」
シャツの袖は多少汚れてしまっていたが、噛みつかれた状態で振り回されていたのにまったく破れていなかった。
≪そちらのシャツはミスリルを織り込んだ特別製でございます≫
「ミスリル?」
エレインは聞いた事の無い名前を聞き返す。
≪ミスリルは鉱物の一種で、鋼などよりも頑丈でございます≫
「鉱物を織り込むとは凄い事が出来るのだな」
≪はい、金属加工はマーリン様の得意分野でございます。他の分野も一流の腕を持っておりました。履いているズボンと靴も魔獣の毛皮を加工したもので、多少の事では傷つきません≫
「そうか。やはりすごい人なのだな」
自分の母親的存在なので、マーリンが凄いとエレインも誇らしく感じた。
自分の服の良さを改めて実感したエレインは再び森を見る。
「ランスロット、森の探索をしようと思うのだが……この森は広いのか?」
≪はい、マーリン様の話では湖から森を出るには、真っ直ぐ歩いて1日以上掛かるとの話でございます。エレイン様であれば1時間程に短縮する事が可能です≫
「それは一直線に走り抜ければ……という事だな?」
≪仰る通りでございます。探索するのであれば数日は必要かと≫
「かなり広いという事だな。……興味はあるが湖に戻ってこれなくなると困るな」
≪その心配ならご無用です≫
「何かいい方法があるのか?」
≪転送機能がございます≫
「転送?」
エレインはランスロットの言葉を聞き返す。"機能"というからには自分に付いている物だとは理解出来た。
≪エレイン様はどちらにいても、瞬時にこちらに戻る事が可能です≫
「何? そんな便利な事が出来るのか」
余りに便利な機能なので驚くエレイン。
≪はい。ですからいつでも帰る事は可能でございます≫
「そうか。それならいいな」
帰りの心配が必要無くなったエレインは森探索に専念する事にした。
「よし、では行ってみよう」
足取りも軽く森へと入る。薄暗い森だったが、ずっと地下に居たエレインの好奇心を刺激するには十分だった。木々の隙間から光が差し込み、真っ暗な影と鮮やかな緑で彩られた草木が生い茂る中を歩くだけで楽しさを感じていた。
「私は、自然が好きなのだろうな」
記憶には無い自分の好みが分かった様な気がして微笑みを浮かべる。
しばらく歩いていると、再び狼が現れた。その後ろからもう2匹姿を見せる。
「今度は三匹か……」
先程の経験から一匹相手なら問題無いと知ったが、三匹は不安を感じる。
「ランスロット、狼を追い払う方法は無いか?」
≪魔法を使われてはいかがでしょうか?≫
「魔法か」
エレインは頭の中にある魔法の項目を見る。魔法リストが並び、魔法の名前を選ぶと簡単な説明もあった。
「自分の知らない事が頭の中にあるというのも不思議な事だがな。無暗に殺したくもないしな。とりあえず一番弱そうな物にしてみよう」
エレインはリストの一番上にある"魔法弾"を選ぶ。
「えっと、指先を相手に向けて発動……か」
エレインは威嚇をする狼の一匹に人差し指を向ける。
「魔法弾」
エレインが言うと、指先から数cm程離れた所に1cm程の火の玉が生まる。
「発射」
言うと、火の玉は狼目掛けて勢いよく飛んで行った。
「ガフッ!」
火の玉はバシュッと狼に着弾して燃える。だが小さな火の玉が当たったところで毛が燃える程度でしかなかった。
「む、本当に威力が小さいな。一発では驚かせるくらいか」
毛が焼けた狼は今にも飛び掛りそうな体勢になる。
「もう一発……そうだ、連射出来るかな?」
エレインは再び魔法弾を撃つ。声に出さなくても念じれば発動可能だった。そしてそのまま連続で念じ続ける。
バシュッ、バシュッ、バシュッ
「う~ん、他の指からも出るか?」
人差し指以外の他の4本も狼に向け、そこからも出るように念じると火の玉が出た。
「おお、ちゃんと出るな。指先ならいいようだな、足の指でも出るのか?」
≪エレイン様、魔法発動は手のみでございます≫
「そ、そうか。まぁ、足の指から出ても困るしな……」
ババババババババババババババババ―――
「ギャンッ!!」
5本の指から途切れる事無く火の玉が発射され、狼に被弾する。狼は悲鳴を上げて飛び回る。
「凄いな。これほど連射出来れば威力が弱くても安心だな。誤って殺してしまう事もなさそうだ」
1発は大したことは無くても、連続で当たり続くれば狼も堪ったものではない。狼は慌てて逃げ出してしまった。
「やっと、逃げたか。あとは……」
残り2匹はまだ逃げようとせず、こちらを威嚇し続けている。だが、今の攻撃を見て警戒しているのか飛び掛ろうとしない。
「説明に属性を切り替える事も可能とあるな」
≪エレイン様は火、水、雷、風、地の5属性を切り替えて使う事が出来ます。それとは別に無属性の魔法も使用可能です。試しに"雷"に切り替えてください≫
「わかった」
ランスロットに言われ、魔法属性の項目を"火"から"雷"に変えてみる。すると指先にあった火の玉が、白く発光する球体に変わった。
「これで雷が使えるのか」
≪そちらで狼を気絶させていただきませんか? 恐らく連射を行えば可能です≫
「気絶? やってみよう」
エレインは狼に向かって雷の玉を連射する。
「ギャッ、ッッッッッ!」
無数の玉を浴びた狼はガクガクと痙攣してその場に倒れこんでしまった。それを見た隣の狼は一目散に逃げて行く。
「あ、逃げてしまったな」
追い払えれば良かったのでエレインも追う様な事はしない。
「気絶した様だが、どうすればいい?」
≪スキャンをして頂きたいのです≫
「スキャン? たしか眼の機能の一つだったな」
エレインは鏡で眼を見ていた時を思い出す。
≪スキャン機能で狼の体の構造を記録に保存して欲しいのです。その記録を元に自動人形を製作しようと思います≫
「自動人形を? ランスロットも造れるのか?」
≪はい、詳しい事はこちらにお戻りになった時に説明した方がよろしいかと思います。一先ず、スキャンをよろしくお願い致します≫
「ああ、わかった」
ランスロットの発言が気になったが、ちゃんと教えてくれるという事なので追及はせずにエレインは狼をスキャンする事にした。
「スキャン機能を選んで発動……おお」
スキャンが発動した瞬間、視界が緑に変わった。その状態で狼を見ていると、体内の構造の情報が大量に頭に入ってくる。
「おおおお、これは凄いな」
エレインも思わず声が出る。
「骨の構造や筋肉の付き方、臓器の位置まで全部分かった」
≪動物はもちろん、人間にも使えます。武器等を隠し持っていたりしてもスキャンを使えば丸分かりでございます≫
「なるほど。そういう使い方も出来るのだな。覚えておこう」
スキャンを終え、通常の視界に戻す。狼はまだ起きそうもなかったので、そのままその場を後にした。
「ん? あの木、沢山実を付けているな」
前方日向部分に背の低い木が見える。ゴツゴツした青い皮の果実がいくつも付いていた。
「味覚も確認したいし……一つ食べてみようか」
エレインは一つもぎ取ると、噛り付く。
「っ! 苦いっ」
口の中に広がる苦味に耐え切れず、思わず吐き出す。
「み、味覚はしっかりあるみたいだな……。だが苦い。甘い味もあったから、皮が苦いのか?」
齧った果実を見ると、中の実は薄緑で果汁が溢れ瑞々しい。試しに実の部分だけ口にしてみる。
「おお、こちらは甘くて美味しいな。これだけ美味しいのに動物に食べられないのは、皮の苦さのせいかな」
背が低く草食動物などに食べられやすそうな木だが、まるで手を付けられた様子が無かった。
「せっかくだから2,3個もらって行くか。なかなか美味しかったし」
味が気に入ったのでエレインは三つもぎ取って両手で持つ。
「何か入れ物でも持ってくるべきだったな。とりあえず戻るか。ランスロット、果実を三つ程持って帰りたいのだが、転送機能で問題はないか?」
≪問題ございません。最大で周囲2m以内の物体や生物を一緒に転送出来ます≫
「そうか。ならば問題無いな」
エレインは転送機能を作動させる。するとエレインの足元に1m程の青白い円が浮かび上がる。円の大きさはエレインの意志で大きくも小さくも出来た。
「なるほど、これが転送範囲か」
最少がエレインがギリギリ入る大きさ、最大がランスロットが言っていた通り2mだった。エレインは適当な大きさに決めると、円の淵から光に壁が浮き上がる。それと同時に数cmだが、エレインの体が浮き上がった。
「おおっ?」
宙に浮いてはいるが、バランスを崩すことは無かった。数cm地面が追り上がっている様だった。そのままエレインの視界は白い光に包まれる。
光に包まれたのは一瞬で、次の瞬間には灰色の壁に包まれた部屋に居た。見覚えのある造りの部屋だったので、エレインはすぐに屋敷の地下だと気付く。
「本当に戻って来たのだな」
エレインは自分の足元を見る。直径2m、高さ10cm程の金属の台の上だった。足元には青白い光を放つ円が中心から何重にも描かれていたが、しばらくすると消えて行った。
「なるほど、最大2mの理由はこの台の範囲が理由か」
≪その通りでございます。この範囲外の物は転送出来ませんのでご注意下さい≫
「わかった。気を付ける」
エレインは台から降りて部屋を出る。すると地下1階の廊下に出た。倉庫とランスロットの居る部屋の間に位置する部屋だった。
「ここに出るのか」
納得しながらランスロットの居る部屋に入る。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、エレイン様」
ランスロットに迎えられ、部屋の中へと入る。持っていた果実は壁際にあった棚に置いておく。
「スキャンした記録なんだが、どうすればいい?」
「エレイン様の各部位の動作記録チェック等もありますので、服を脱ぎ、一度作業台に横になっていただけますか?」
「ああ、わかった」
エレインは着ていた物を総べて脱ぎ、作業台の上に横になる。するとランスロットは「失礼します」と左右の耳の後ろにプラグを刺す。そうすると体の感覚が一旦無くなり、意識だけがある状態になった。エレインは完成する前に何度も経験している事なので、特に驚く事では無かった。エレインの記録部分のコピーを取りつつ、ランスロットは体の各箇所を調べる。メンテナンス用アームにはエレインの眼の様に緑の宝石が付いている。それでスキャンして異常を調べていた。
「体に異常はありません。エレイン様がご覧になった映像記録と狼の記録も無事こちらに複写いたしました」
そう言うと刺さっていたプラグが抜け、体の感覚が戻る。
「もう起き上がって結構でございます」
そう言われ、エレインは起き上がり服を着る。
「それで、自動人形を作れるという話だが……」
「はい、そちらの説明をさせていただきます。私、この体が本体ではございません」
「何?」
ランスロットのいう"この体"とは作業台の頭上にある幾つもアームの付いた機械の事。エレインはこれが本体だと思っていたので驚く。
「本体は別にあるのか?」
「はい、そこへこれからご案内致します」
ランスロットがそう言うと、作業台を囲う様に床から柵が現れる。
「!?」
エレインが驚くとランスロットが落ち着いた声で話し掛ける。
「ご安心を。これより更に地下へと移動いたします」
「……さらに下があるのか」
柵の出現と同時にガクンと作業台を含む床が下へと下降し始める。数十m程降りると、下には更に広い空間が広がっていた。
「……何だこれは……」
作業台が到着すると、そこは機械に囲まれた空間だった。作業台を囲う様に壁には様々な設備が並び、そこからいくつものアームが作業台に向かって伸びている。
「こちらが私、ランスロットの本体でございます」
作業台の頭上の機械、その裏の壁にある設備から声がする。
「……この場合、初めましてになるのか?」
「いえいえ、エレイン様もこちらで作られましたので、私はお会いしております」
「そうなのか」
「はい。エレイン様の場合、こちらでは主に金属加工や部品の製造などをやっております。部品組み立て、及び調整は上で行っておりましたのでエレイン様がこちらを知らなかったのは仕方が無い事かと」
「なるほどな。態々上に移動していたのは?」
「はい、自分の事で恐縮ですが、こちらの設備はかなり大がかりでして、消費する魔力も多いのです。マーリン様は魔力を多くお持ちでしたが、高齢な為あまり無理も出来ません。最低限に消費を抑える為に小まめに上に行き作業しておりました」
「そうか。今は大丈夫なのか?」
「はい、エレイン様から魔力を提供していただければ、その心配は無用になります」
「私はそれほど魔力を多く持っているのか?」
「エレイン様の動力源には"賢者の石"が使われております」
「賢者の石?」
エレインは聞いた事の無い名前だった。
「はい。錬金術を極めた者が作れるという石でして、無限の魔力を生み出せる代物だそうでございます。その膨大な魔力を使って様々な現象を起こす事が可能だとか」
「私の場合はこの体を動かすのに使っているのだな」
「その通りでございます。エレイン様の魂と同化した賢者の石はエレイン様の力の源でございます」
「マーリンは凄い物を作れたのだな」
「古代文明の技術を元に完成させたのだと聞いております」
「古代文明?」
「はい。今からどれほどの年月を遡るのでしょうか。現在よりも遥かに高度な文明がございました。自動人形もその文明の遺産でございます」
「という事は私も?」
「はい、私も古代文明の時代に生まれております。私は元々、自動人形を生産する為の設備でした。ここもその為の工場とでも言いましょうか。文明が滅び、私も活動を停止しておりました。そこへマーリン様がやって来て私を蘇らせ、こちらにあった唯一の自動人形であるエレイン様を完成させたのでございます」
「そうだったのか」
「今の世界では古代技術は多少伝わっている様ですが、殆ど失われているといってよいでしょう。ですから私達の正体や賢者の石などはあまり公にしない方がいいかもしれません」
「そうか。わかった、気を付けよう」
エレインは肝に銘じて頷く。そしてエレインは後ろを振り返り、この空間の奥を覗いた。空間は縦に長く伸びていて、中央には台があり、台も奥へと伸びている。壁一面には棚が並び、様々な金属の塊や部品が置かれていた。
「ここで作られるんだったな?」
「はい、これからご覧になりますか?」
「ああ、是非ともみたいな」
「では、狼の自動人形の製作に入ります」
そう言うとランスロットの本体が動き出す。
「狼の記録より骨格、および外装の設計図を作成……。追加する装置、及びそれに伴う思考装置を抜粋……」
所々分からない単語があったが、製作準備をしているのだろうなと推測したエレインは黙って待っている事にした。十数分後、空間の中央に伸びる台に明かりがつく。所々に設置してある設備も動き出した様だった。
「エレイン様、一番奥まで移動して下さい」
「ん? ああ、わかった」
言われるがまま、エレインは奥へと進む。一番奥、台の端では取り付けられたアームが壁にある棚から立方体の金属の塊を取り出していた。台に載せると、様々な大きさにアームから出る光線で切られていく。台の表面が移動するようになっており、ランスロットの本体のある方へと金属を載せて移動していた。
「この台はランスロットが動かしているのか?」
「はい、この流れる作業台をコンベアと申します」
設備の凄さに感心しながら眺めていると、運ばれた金属がコンベアの左右のある分厚い金属の箱に挟まれ、潰されていた。箱の中はくり抜いた様になっており、その中に入ったものがしばらくすると形を変えて現れる。
「どうなっているんだ?」
「中に入った物を魔力を使って変形しております」
「な、なるほど」
ランスロットの説明を受け具体的に聞くと難しい話になりそうだったので、そのまま流す事にした。
様々な大きさに切られていた塊は大きさに合わせて形の違う物に加工されていく。そのまま先へと流れ研磨や洗浄などの工程を進んでいく。部品によっては前後に並ぶ部品と途中で組み立てもしていた。出来上がった部品の列の間に、アームが棚から様々な装置を置いて行く。
「この並びには順番があるのか?」
「はい、効率の良い組み立て順になります。今回は足元から組み立てる予定でございます」
様々な工程を終えて、部品の列の先頭がランスロットの本体までやって来る。エレインが普段使っている作業台で組み立てる様で、流れて来た部品が次々と作業台に運び込まれ、それを作業台のアームと本体と壁から伸びるアームを駆使して素早く組み上げていく。
「これは凄い光景だな……」
入れ代わり立ち代わり動くアームの中で次第に狼の形に組みあがって行く。最後にコンベアから毛皮が流れて来る。
「毛皮もあるのか!」
「こちらは本物の毛皮ではございません。ミスリル繊維で作った模造品でございます」
「そんな物まであるのだな。ちゃんと狼の形に切ってもいるのか」
運ばれた毛皮を自動人形の上からかぶせると手足をぴったり覆う。体の各箇所と毛皮を固定し、作業台の左右から1本ずつアームが出てくる。先端はT字になっており、発光していた。その先端が狼の体を撫でると黒かった毛皮が深緑になる。
「これは?」
「元の狼と見分けがつくように、あと森の中で目立たない様に毛色を変えてみました。いかがでしょうか?」
「ああ、いいんじゃないか。黒いままだと見分けがつかないほどよく出来ているしな」
エレインが言うとおり、完成した狼型自動人形は本物そっくりの出来栄えだった。
「それでは起動します」
ランスロットが言うと、繋げられたプラグが抜かれる。すると狼型自動人形の眼が動き、体も動き出す。
「おお、動いた!」
初めて自分以外の自動人形が起動する所を見て感動するエレイン。
「この狼型は知能は本来の狼より高く設定して、人の言葉を理解出来る様になっております。ただ、記憶、記録媒体の容量は少ないです。あくまで森の探索用でございます。映像と音声は常時私の元へと送られ、情報解析と指示を狼に送る事が可能です」
「それは凄いな」
「あと数体製作し、森の探索を任せようと思いますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、さすがにすべてを私一人で見て回るわけにもいかないしな。人手……狼手か。多い方がいいだろう」
「では引き続き製作を続けます。とりあえずこの1匹を連れて一度上に参りましょうか」
「そうだな……そうだ。名前はどうする?」
「そうですね。個体名ではありませんが……ハウリンガーというのはいかがでしょうか?」
「……うん、いいんじゃないか。それじゃお前は今日からハウリンガーだ」
「ウォン!」
エレインが撫でるとハウリンガーは元気に吠えた。ハウリンガーを作業台に乗せたまま、エレイン達は地下1階へと戻った。
書き貯め分があと0.5話程度しかないっ。
合間を縫ってがんばるしかないですね。