キャッチ&リリース
「さて、それじゃ次は何をしようか」
着替えの終わったエレインは次にする事を考える。
「やはり、上の屋敷の掃除からか……」
埃や蜘蛛の巣まみれの屋敷内を思い出す。
「エレイン様、よろしければこの機械を上まで運んでいただけないでしょうか」
ランスロットがそう言うと、部屋の隅にあった1m四方の立方体の機械がエレインの元までやって来た。下には車輪が4つ付いており、薔薇園の手入れ機に良く似ている。
「これは?」
「これはこの階の掃除をしていた機械でございます」
機械の中から様々な掃除道具を付けたアームが現れる。
「こんな機械もあるのだな。これに掃除してもらうという事だな?」
「はい、カメラも搭載しておりますので、エレイン様が屋敷を使用するのであれば、屋敷内の正確なデータも取りたいと思いまして」
「ランスロットも屋敷は把握していないのか?」
「はい、必要ありませんでしたので、薔薇園のみ管理しておりました」
マーリンとランスロットは屋敷をまったく使っていなかった。カメラを屋敷内に持ち込まなかったランスロットは屋敷の情報が殆ど無い。
「ご覧の通り階段を登れませんので、申し訳ございませんがお願いいたします」
「ああ、お安い御用だ」
そう言うと、エレインは掃除用機械を両手で持ち上げる。そして1階へと運んで行った。
「よし、ここに置けばいいかな」
≪結構でございます≫
無線からランスロットの返事が聞こえる。エレインは屋敷のロビー中央に機械を置くと、すぐに機械は動きだし掃除を始めた。
「家具が一切置いてないし、意外と早く終わるかもな。2階へは……また私が運ぶ事にしよう」
≪よろしくお願い致します≫
「よし屋敷の掃除は、任せておいて。……そうだな。外に出てみよう」
エレインは玄関の扉を開け、外へと出た。玄関の前は広い庭があった。と言っても雑草の生い茂っている状態なので見る影もない。屋敷の周りは石畳が敷かれているが、石畳の隙間からも草が生えてしまっている。
「これは……荒れ放題だな」
広い庭と屋敷を囲う様に2m程のレンガの塀があった。
「草刈もしなきゃいけないな」
そう呟きながら正門へと続く石畳の道を進む。塀と同じ高さの頑丈そうな鉄の扉は茶色く錆びついており、閂であったであろう木は朽ち果てて下に落ちてしまっている。
「色々と課題が溜まっていくな」
≪新しく製作する方向で考えておきます≫
「ああ、頼む」
閂が無いのでそのまま左右の取っ手を引く。力を入れて引っ張ると、バキバキと音を鳴ったが思いの外簡単に開いた。
「見た目ほど錆びついてはいなかったかな」
そんな事を考えつつ、門の外へと出る。
「…………これは予想外だった」
エレインの視界に広がるのは大きな湖だった。
「岸部に建っている屋敷なのか。ここは……」
エレインがそう解釈すると、ランスロットの声が聞こえる。
≪エレイン様、我々が居るのは湖の中央に位置する島でございます≫
「島?」
エレインはそう言われ左右を見渡す。確かにどの方向を見ても同じような景色だった。
「対岸がどの方角も森の様だが、森の中の湖に浮かぶ島という事でいいのか……」
≪左様でございます≫
「とんでもない立地だな。人に会う事がなさそうだ」
それほど服装の心配しなくてもよかったのではとエレインは自分の姿を見る。
≪森を抜けますと、人の住む村や街があるとの事でございます≫
ランスロットからの情報を聞いて、エレインは森の外に興味を持った。
(どうせなら人との交流もしたいものだな。受け入れられるかは分からんが……)
一先ず島をグルリと一周してみる。塀の外は草と木が生えているだけで特に何もなかった。屋敷があるにも拘らず、周辺にはまだそれなりにスペースもあるので、島全体も手入れをして見栄えをよくしようかと考える。一周して正門へ戻ると、正門の先にある船着き場へと向かった。
「この舟は……まだ使えるのだろうか」
かなり古そうな木製の小舟が浮いていた。小舟を見つめているとランスロットが声を掛ける。
≪エレイン様、よろしければ重量操作をお使い下さい≫
「重量操作?」
≪本来は全身金属ですのでかなりの重量がございますが、魔法によって軽量化することが可能です≫
「そんな事も出来るのか。やってみよう」
エレインは頭の中でその項目を探す。重量操作の項目を見つけ、レベルを操作する。
「これ、レベルを一番上にすると……」
≪風に乗って空を飛べる程になるかと≫
「空を!? それは興味深い」
そう思ったが、一先ずレベルを調整して同体格の人並みの重量にしてみる。
「これでいいかな」
重量が変わってもそれほど実感は無かった。
「よし、乗ってみるか……」
恐る恐る足を乗せ、小舟に乗り込む。ミシリミシリと音を立てるが、沈む事無く乗る事が出来た。
「だ、大丈夫そうだな」
念の為、更に重量を軽くしておく。船に載っていた木製のオールを使って漕ぎ出す。折れると困るので出来るだけ慎重に扱う。
「とりあえずまっすぐ対岸を目指そう」
どの方角も対岸まで同じような距離がありそうだったので、直進する事にした。
「……よし、到着」
漕ぐという行為も初めてだったので、多少時間は掛かったが無事対岸に着く事が出来た。船から降りて辺りを見渡す。
「迷子になりそうだな……」
昼間だというのに、森の中は薄暗く道らしき物も当然なかった。
「森に入ったとして、戻ってこれるか……ん?」
森の中の様子を伺っていると、ガサガサと生い茂る草木の中からこちらに来るものがあった。
「何だ?」
≪いかがなさいました?≫
エレインの声を聴いてランスロットも状況を聞く。
「いや、何かこっちに……っ!」
姿を現したのは黒い狼だった。全長2mはあるであろう狼はこちらを威嚇している。
「あれは狼か? 大きいな」
「グゥアルルルル……」
狼は歯をむき出しにしながらこちらに近づいてくる。エレインもそれに合わせて後退する。
「ふ、船に戻るか……いや、間に合わな―――」
視線を後ろの船に送った瞬間だった。狼はこちらに飛び掛って来る。
「うわっ!」
思わず声を上げ、手で防ごうとする。狼は思い切り前に出された腕に噛みつく。
ガキィン!
金属音が鳴り響く。
「ん?」
思わず顔を逸らしたエレインはその音の発生源を見る。狼が豪快に腕に噛みついているが痛みは無かった。狼も想像していた感触と違ったせいか、戸惑っているように見える。だが、狼はすぐに腕に噛みついた状態で頭を振る。
「っと、ちょっと待て!」
暴れる狼にバランスを崩しそうになる。
「そ、そうだ。体重が軽いからか!」
エレインは慌てて重量操作を解除する。するとピタリと体の動きは止まった。ここまでくると冷静さを取り戻し、狼を見る余裕が出てくる。狼は諦めずに腕を引っ張っていた。腕にグッと力を込めると、その腕もピクリとも動かなくなる。それでも狼は必死に腕に噛みついて暴れる。
「いい加減……離せっ!」
噛みつかれた腕を力一杯横に振り払う。
ブォンッ
空気を切る音と共に狼が居なくなった。エレインは慌てて腕を振った先を見ると、狼が空高く弧を描いて飛んでいた。点になるほどの距離を飛んで行った狼はそのまま森の中へと消えていく。
「…………」
エレインは何が起きたのかさっぱり分からず放心している。
≪エレイン様大丈夫でございますか?≫
ランスロットの言葉で我に返り、先程起こった事を説明した。答えは単純明快だった。
≪エレイン様の現在の出力制限が30%のままだからではないでしょうか?≫
つまりエレインは力任せに狼をぶん投げただけだった。
「だからさっきの正門もあっさり開いたんだな。さすがに狼を放り投げる様な事し続ける訳にもいかないか。出力調整は気を付けよう」
エレインはすぐに出力制限を下げておいた。
(狼が)キャッチ&(エレインが空へ)リリースでした。
正確にはキャッチじゃないですが、その辺は大目に見てください。