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エレメンツ  作者: 加藤 一央
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タイガーケイブ

マリファナを含んだ世界はどこまでも焦点が定まらない。このビーチに着いてからの数日、ずっとうっすらとした酔いが頭を包んでいる。彼女はタイガーケイブに行った。昔大虎が農民を食べたという洞窟。とても退屈でありとあらゆる娯楽の味にすでに飽ききっていた。この旅のあいだもう時々しか、彼女を抱いていない。彼女と毎日迎える旅の朝は色気を失って、どこか母性と少年性を帯びたものに変わってきていた。彼女が洞窟へと出発してしまうと、退屈さが増した。部屋を出てコテージと海のあいだを横切る国道を歩いて渡る。ビーチサンダルとアスファルトの擦れる音が、砂の音に変わる。味気ないビーチ。パラソルも小屋もゴミすらもない。ここにある人工物といえば背後のコテージと砂浜に広げて乾燥してある漁民の投げ網くらいだ。ここ数日いく度となくこのビーチで泳いだ。カオサンで買ったビキニとトランクスは日本で選ぶよりもいくぶん派手に思えた。潜ったりしてはしゃいでいる彼女を見ていると、ふいに日本の交差点のイメージが浮かんできたりした。僕らはもう日本に帰るときなのかもしれない。独りで海水に浸かる気にはなれず、木陰に腰を下ろした。尻が冷えた砂に埋まる。海を見ると脳はまだなにかに浸っていて、それはきっと近くて遠い将来のためになんの役にも立たないのだろうと思った。ここにある自由はきっと帰ったらもう二度と味わえない。ビーチサンダルを履いた足指を閉じたり広げたりしてみた。それは僕の足指で、くっきりとサンダルのかたちに日焼けしている。なにもかも一枚の柔らかい布に包まれているような気がした。弱々しい太陽も人気のないビーチも、鈍った感覚でなぞる水平線も。痛みのない世界。束縛のない、根っこのない世界。ただ滞留して沈んでいくあいだに流れる時間。タイガーケイブは楽しいのだろうか。僕はこんななんのつながりもない場所にいても、独りでいることをエロティックだと感じている。この鈍さ、あらゆる不自由が溶けてどろどろになってしまうこと。漁民の女性が来ればいいのに、とふと思った。話してみたいのだ。なんにもつながっていない世界から、この土地にあらゆる身体のパーツをつながれている女性へと声をかけてみたい、と思った。足指を動かしてサンダルを揺らしてみた。そしてその先の水平線へと目をやる。まるで空中に浮かんでいるみたいだ。


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